0.動き出す黄金
流星が、踊っている。
何を馬鹿なと言われるかもしれないが、少なくとも霧の街の夜天に見えたその光は、長く尾を引き軌跡を描く流れ星に見えた。
普通と違うとわかったのは、その流星が縦横無尽に動き回っていたこと。そして、遥か高い空ではなくビルの隙間を縫うように、街の至近距離を抜けていっていたことだ。
常に光が溢れ、眠る時がないこの街の空で、赤い流星は確かに踊っていた。
「うおおおっ‼︎」
「何だありゃあ⁉︎」
それを見上げ、多種多様な外見の人々が慄きの声を上げる。
肌や髪、瞳の色どころではない。獣に似ていたり昆虫じみていたり、挙げ句の果てには人の原型さえ止めていないような外見の人々が、我が物顔で街中にあふれている。
異なる世界より訪れ、定住し始めた彼らでさえも、その光景に目を奪われていた。
《エクスプロージョン・ナウ》
《ディフェンド・プリーズ》
多くの人々に目撃されながら、同時に流星のそばを、金色の影が並行して飛行する。
流星と同じように空中を駆ける金の影とぶつかり合いながら、激しい火花を散らせて流星は天を舞い続ける。ぶつかると同時に甲高い金属音や鈍い轟音が鳴り響き、真下にいた町の住人たちは何事かと目を見開き、天を舞う眩しい二つの光に目を覆う。
「ふんっ!」
「はぁああ!」
幾度かの激突ののち、あるひときわ高いビルの上にその二つの影は降り立った。流星と金の影が降り立った瞬間、殻が剥がれるようにして両者がまとっていた炎と光が崩れて行った。
「……無駄なことを」
片方は、金のスーツの上に黒いマントと腰布を巻き、腰に手のひらの衣装が施されたベルトを巻いた大柄な男。宝石の原石のようなレンズに金の装飾が付いた仮面をつけ、とんがり帽子を被ったその姿は、まさに
もう片方は、黒いスーツの上に同じ色のコートを重ねた幼い少女。額には赤く丸い宝石に銀の装飾が施されたサークレットが巻かれ、左右の髪をハーフアップにまとめている。幼くもどこか妖艶な雰囲気を放つ彼女には、魔女という印象が強く抱けた。
「下らないこの世界は終わりを迎え―――私の世界が始まる」
魔女を見据え、ソーサラーは嘲笑うように語った。
街の明かりに照らされたその黄金の輝きは神々しくもあり、同時に邪悪な輝きも混じって見えた。
「お前はその目撃者となるのだ―――指輪の魔法使いよ」
「…………」
魔女からの返事がないことにもソーサラーはさして気にした様子はなく、仮面の下でフッと鼻で笑う。
仮面に隠されてなお感じられる嘲笑にも、魔女は一切の反応を返さない。ただただ、冷たく見下し返すように見据えるだけだった。
「その余裕がいつまで保つか……その顔が絶望に染まる瞬間を楽しみにしていよう」
《テレポート・ナウ》
ソーサラーが右手にはめられた指輪をベルトの前にかざすと、発せられた声とともにソーサラーの背後に真っ黒な渦が出現する。険しい顔で睨む魔女を置いて、ソーサラーは自らその渦に呑まれ、渦とともに姿を消した。
渦が消えると、先ほどまで場を支配していた殺気や緊迫感が消え失せ、街の喧騒が戻ってくる。今まで凄まじい戦闘が起こっていたとは思えない賑やかさだ。
事件や災害さえお祭り扱いするこの街にとって、この程度のことは日常茶飯事なのだ。
「……ふぃ〜」
何も言わずにソーサラーを見送った魔女は纏っていた炎を振り払うと、髪を揺らして肩から力を抜いていく。
エンジンが切れたように、魔女からは先ほどまで迸っていた闘気が霧散し、表情も眠たげなものに変わってしまっていた。
「……面倒なことになりんした。ま、あとは彼の様らに任しんしょう」
あふぅ、と存外可愛らしいあくびをこぼし、魔女は夜でも眩しい街の方を見下ろす。
この騒がしさは変わっていないと思えば、よくよく見ればあちこちの崩壊の跡が残っている。そのせいか、以前とは若干風景や住人のメンツが変わっているように見える。向こうからの住人も増えたのではないだろうか。
「久々に帰ってきてみれば、刻々と世がお変わりしゃんす。ほんに飽きぬ街でありんすなぁ」
煌々と光を纏うビル街を見下ろし、道行く人々を見つめる魔女はやがて、蠱惑的で妖しげな笑みを浮かべた。
―――街の名は、ヘルサレムズ・ロット、元
一晩で崩落・再構築され、異次元の租界となったこの都市は今、
地球上で最も剣呑な危険地帯となった。
霧烟る街に轟く奇怪生物・神秘現象・魔道科学・超常謀略。
街行く人々も異形が混じり、塵芥の面影は指先ほどしか残らない。
一歩間違えば人界は浸蝕、不可逆の混沌に呑まれるのだ。
世界の均衡を守る為、暗躍する秘密組織ライブラ。
この物語は、その構成員達の戦いと日常の記録である。
そして、両手に希望の輝きを携え、絶望を希望に変える魔女の一幕である。