ドゴン、ズズン!と。
街中で立て続けに起こる爆発で、多くのビルが振動でビリビリと震え、ガラスが粉々に砕け散っていく。
中にはドミノ倒しのように崩壊する建物もあり、無数の瓦礫が街を歩いていた人々の頭上に降り注いでいく。
ずしん、と目前に落下した壁の一部を乗り越え、バイクのエンジンを噴かせながら、エヴァンジェリンは鬱陶しそうに鼻を鳴らした。
「ふむん……これは流石に困りんした」
呟く彼女、そしてレオナルドとツェッドの背後で、怪物兵器から放たれた砲弾が炸裂し、大爆発が起こる。
後ろから幾つものアスファルトの破片が飛んできて、ハンドルを左右に傾けて躱し続ける。そんな攻防がかれこれ数十分は続いていて、魔女は徐々に辟易とした様子を見せ始めていた。
「ここまでしつこいとは……無駄な殺生は疲れるゆえ避けたいのじゃがな」
「言ってる場合じゃねえええええ‼」
操縦したまま、やれやれと肩を竦めるエヴァンジェリンに、彼女にしがみつくほかにないレオナルドが叫ぶ。
耳にキーンと突き刺さるような悲鳴に、エヴァンジェリンは心底鬱陶しそうに顔をしかめさせる。そして、背後に見える鋼鉄の怪物と、その足元を走る装甲車やバイクを睨み、嘆息する。
「仕方がありんせん……河岸を変えんす」
ぐいんっ、とハンドルを傾け、アクセルを全開にするエヴァンジェリン。
急な方向転換にレオナルドがまた叫び、ツェッドが慌てて後を追う。その後ろを襲撃者達も食らいつき、途中の車や歩行者を犠牲にしながら迫り来る。
獣の唸り声のようなエンジン音を響かせ、バイクを駆るエヴァンジェリンが向かったのは、都市部から離れた港。
コンテナがいくつも並ぶその間の通路を抜け、波止場に到着した時点で、魔女は車体を回し強制的にブレーキをかけた。
「ちょ…ここ、行き止まりですよ⁉ どうするんですか⁉」
「人はいませんが……ここでは我々の方が不利に」
今日も今日とて霧の空が見える、穏やかな波が押し寄せてくる周囲を見渡し、レオナルドとツェッドが慌てた声を上げる。
巻き込む人間がいない事は確かに賢明な選択かもしれないが、退路を断たれたこの状況は不安しかもたらさない。向こうが広範囲を破壊する凶悪な兵器を持っている場合は猶更だ。
しかしエヴァンジェリンは、そんな彼らの叫びにも耳を貸さず、平然とした顔でバイクから降りた。
「ぎゃはははは! バァ〜カ! 自分から行き止まりに来やがって!」
「往生せぇや〜‼︎」
ズシンズシン、ばりばりブォォンとけたたましい音と共に、追いついてきた襲撃者達が、それぞれで所持する武器の銃口を向けてくる。
ツェッドが舌打ち交じりにレオナルドを庇い、血法を用いて三叉の槍を生み出し構える。その横でも、エヴァンジェリンは気だるげな表情のまま、じっと男達を睨み見据えるのみだ。
それを恐怖で固まっているものと思ってか、嗜虐心で溢れた下卑た顔つきになった男達が、引き金に指をかけていく、その直前。
「はーやれやれ……やっとこさ追いついたぜ」
そんな、魔女とそっくりなくらいに気だるげで面倒臭そうな声が、頭上から男達に降りかかった。
声に気付いた何人かが、訝しげな表情で顔を上げ、声の主を探し始める。
だがその時には既に、コンテナを運ぶクレーンの上に立っていた何者かが勢いよく飛び出し、鋼鉄の怪物に向かって思い切り片足を振り上げているところだった。
我流・獅子王砌牙
ごぐわしゃ、と。
鋼の装甲が飴細工かなにかのように変形し、ボディが原型を留めないほどに歪む。
衝撃で足の関節からボルトが弾け飛び、パーツが片っ端からバラバラに分解されていく。その真下にいた何人かの男達が、「ぎゅべっ」「がびゅ」と破片の下敷きとなって潰されていった。
「…⁉」
「おいおい…オレ様を抜きにして好き勝手暴れすぎだぜ、エヴァ」
何が起こったのか、と呆然とその光景を凝視していたレオナルドとツェッド。
そんな二人のすぐ近くで、グルルル…と唸り声とともに近付いてくる何者かの姿があった。
振り向き、身構えた二人の視界に入ったのは、猫―――いや、獅子の耳と尾。
襟元にファーがついたジャケットを羽織り、鬣のような髪を海風にたなびかせる、長身でグラマラスな身体つきをした、ワイルドな印象を抱かせる美女。
鋭い八重歯がきらりと輝く、獰猛な笑みを湛えたその美女に、エヴァンジェリンがじろりと呆れたような視線を送っていた。
「ここに誘導しておいてなんじゃが、オーフェン、ぬし…ようここに辿り着いたの」
「そりゃあこんだけ派手にやってんならな…! 独り占めはゆるさねぇぜ!」
「そうか」
うずうずと、待ち遠しそうに唸る美女―――オーフェンと呼ばれた彼女に、エヴァンジェリンは深いため息と共に目を逸らす。
ふんふん、と顔にかかる荒い鼻息に、本気で鬱陶しそうに手で払いつつ、餌を前にマテを強要される犬のような表情をしているオーフェンを、じろりと睨みつける。
「それよりぬし、頼んでおいた仕事は終わったのかえ? サボりなら容赦せんぞ」
「うるせぇな…ちゃんとやってるっての、お前は俺様の母ちゃんか何かかっつの」
「そういう態度が信用ないのでありんす」
途端に不機嫌になり、同時に居心地悪そうに目を逸らすオーフェン。
エヴァンジェリンはその態度に、ある程度の彼女の仕事の成果を予想し、はぁ、と重いため息をつく。
落胆を感じるその声に、カチンと額に青筋を立てたオーフェンが振り向き、凄まじい勢いでまくしたて始めた。
「大体よぉ、こんなくそデカい街のどこに潜んでるかもわかんねぇ金ピカ魔法使いを見つけろなんて、一朝一夕でできるわけねぇだろうがムチャブリババア‼」
「それをやれと言っていんす。文句を垂れるな小娘が」
「はい出ましたー! そうやって年上ですオーラ出す会話ー! 年下のムキムキマッチョ紳士に恋焦がれるババアがナマ言ってんじゃねーぞコラァ‼」
「ぶち殺すぞ餓鬼が」
ビキッ、と今度はエヴァンジェリンのこめかみに血管が浮かび、凄まじい殺気が周囲に迸る。
思わずズザザッと後退るツェッドとは真逆に、真正面から殺気を受けても、オーフェンがたじろぐ様子はない。むしろ意気揚々と、視線だけで十分に人を殺せそうなエヴァンジェリンを睨み返していた。
味方であるはずなのに、巻き添えで心不全を起こさせられかけたレオナルドは、ツェッドの背後から恐る恐る新たな美女を観察する。
そして、彼女の中に見えた一体の影に、ごくりと大きく唾を呑み込んだ。
―――この人も、エヴァンジェリンさんと同じ…!
義眼で覗いた景色の中に見えたのは、巨大な獅子。
無論ただの獅子ではなく、両肩や胸、尾に別の種類の獣の顔を宿す、
その気配は、エヴァンジェリンの中から感じる竜の気配とほぼ同等の圧を放ち、気を抜けば食い殺されそうな恐れをもたらしている。
「あ……あなた一体…誰ですか。何事も無かったかのように会話を始めてますけど…」
「あ? お前こそ誰だよ」
意を決してツェッドが話しかけてみれば、胡乱気な顔でオーフェンが顔を覗き込んでくる。
急に顔を寄せられ、圧で思わず後ずさるツェッドに合わせてレオナルドも圧倒され、二人して冷や汗をかいて顔を引き攣らせた。
「ほーほー……見た感じなんかしらの魔術で作られた人造生物って感じか? 面倒くさそうなもん背負ってそうな見た目してんなぁ」
「ぼ…僕は」
「あーあー、みなまで言うな。なんか悪いなぁ、ウチのババアが変なことに巻き込んじまったみたいで。代わりに頭下げっから許してちょうだいよ」
無遠慮な、そして話を聞かない態度が目立つオーフェンに、レオナルド達はひたすら圧倒される。ツェッドに対する偏見こそないようだが、それでもデリカシーというものが非常に欠けている、何とも言えない残念な美女だ。
ヘラヘラと笑みを浮かべる彼女に、魔女はちっと舌打ちをこぼし、肩を竦める。
「此奴に関しては気にせんことでありんす、小僧共。此奴はあれじゃ……あー、わっちの使い魔のような何かでありんす」
「ああ⁉︎ 誰が使い魔だ⁉︎」
「ぬしじゃ」
「ふざっけんなっつの! オレはお前の……ビ、ビ…あれだ、何とかパートタイマーだろうが!」
「……ビジネスパートナーとでも言いたいんでありんすか?」
「そうそうそれそれ!」
心底呆れた様子で横目を向けるエヴァンジェリンに、馬鹿にされている事にも気づかないオーフェンが上機嫌に頷く。
ぽかん、と呆けたまま立ち尽くすレオナルドやツェッドの前で、オーフェンは改めて向き直ると、ポーズをとって自分に親指を指す。
「オレ様を知らねぇってんならよく覚えておけ……オレ様は」
格好をつけて名乗ろうとしたその時、ドズンッ!と凄まじい轟音が響き、鋼鉄の怪物の残骸が倒れ込む。
その間からわらわらと、巣を潰された子蜘蛛の大群のように、生き延びた襲撃者達が怒りをあらわに這い出してきた。
「てっ……てめェふざけやがってえええ‼」
「よくも俺の兄弟を…!」
「ちっ…のんびりやってる暇はなさそうだな」
「仕方がない……さっさと片付けて場所を変えんしょう」
血だらけになり、片腕片足をバキバキに圧し折られながら、潰された味方や仲間をやられた憎しみに燃える男達。
エヴァンジェリンもオーフェンも、それに鬱陶しそうに顔をしかめ、鋭い目で睨みつける。
二人は示し合わせる事もなく、黙って隣り合うように並び、懐から取り出した指輪を一つ指にはめる。そして同時に、腰の前にかざし一本のベルトを呼び出した。
〈ドライバー・オン!〉
「変身」
「変〜身!」
片方は掌の意匠、もう片方は扉のような意匠のベルト。
エヴァンジェリンが赤い宝石のついた指輪をはめる横で、オーフェンは頭上に掲げた手を回し、ベルトの左側にはめ込み、鍵を挿すように捻る。
途端にオーフェンのベルトの扉が両側に開き、黄金の獅子の顔が露わとなった。
〈フレイム・プリーズ! ヒー・ヒー・ヒーヒーヒー!〉
〈セット・オープン! L・I・O・N! LION!〉
炎を放つ赤い魔法陣がエヴァンジェリンの左側に、金色の光を放つ魔法陣がオーフェンの前方に出現し、それぞれ二人の肉体を通過する。
そして現れる宝石の魔法使いと、もう一人の獣の魔法使い。
左肩に獅子の貌を、軍服に似た黒い衣装を纏い、鬣を思わせる豊かな金髪が揺れる。額には獅子の顔を模ったフェイスガードが装着され、同じく金色に光り輝く。
緑に変色した両目を爛々と輝かせ、オーフェンは集まってくる襲撃者達を見据え、獰猛な笑みを浮かべた。
「古の魔法使いビーストことオーフェン、いざ、いただきます…!」
ズシンッ…!とオーフェンが片足を踏み鳴らすと、途端にアスファルトに巨大な蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
ビリビリと走る衝撃に、殺意満々で向かってきていた襲撃者達は思わず圧倒され、顔から血の気を引かせて後退る。重火器の引き金に指がかかっているのに、凍ってしまったかのように動く事ができなくなる。
そんな彼らに向けて、オーフェンはガルルル…と唸り声をあげ、一人一人を睥睨し、べろりと唇を舐めた。
「さぁ…
ギラリと一際鋭く強く目を輝かせ、オーフェンが俊敏な動きで空中に跳び上がり、その下でエヴァンジェリンが剣を片手に颯爽と駆け出す。
気圧され、行動が遅れた襲撃者達に対し、二人の魔法使いたちが無慈悲に凶刃を食らいつかせに向かう。
そんな光景を、レオナルドとツェッドはただ、呆然と見ている事しかできなかった。
―――そのあとはもう、地獄だった。
ライブラ最古参の魔法使いと、その使い魔だかビジネスパートナーだとかいう色々デカい美女。
ほぼ同程度の凶悪なオーラを放つ魔獣をその身に宿す魔女達は、次々に自身らが持つ魔法を放ち、敵を一人残らず蹂躙していく。
火や水や風や土の魔法を連発し、鋼鉄の兵器の数々を片っ端からぶっ潰し、剣や銃で叩きのめしていく宝石の魔女。
肩にタカやらイルカやらカメレオンやらバッファローやらの顔を生やし、その都度能力を変えて男達を吹っ飛ばす魔獣の女。
その威力の凄まじさは、ツェッドさんが巻き添えを防ぐために、防御に徹することしかできなくなるくらいだった。
明らかに向こうの方が悪人のはずなのに、どう見ても正義の味方とは思えない暴れっぷりで破壊の限りを尽くし、吹っ飛ばし蹴散らしていく。
終始笑顔のまま暴れ狂う、しかし可憐な美貌を持つ魔女達を前に。
彼らは皆、途中から完全に泣きが入っていた。
気づけば、港に置かれたコンテナはほとんど全滅していた。
大の字になった人の跡が残った金属の側面や、まんま顔の形に歪んだ跡。あるいは夥しい量の血の跡が残った壁や地面に、転がっている人体の破片。
あちこちでもくもくと立ち昇る黒煙や火の手が、そこで起きた惨劇の凄まじさをこれでもかと物語っている。
数少ない生き残り、千切れかけた片腕を抑えた男が、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を辺りに向け、呆然と呟く。
「……ウソだろ」
「否―――真でありんす」
全てが夢であってほしいと願うような、現実から目を逸らしたがっているような声音をこぼす彼の目の前に、ガチャンとエヴァンジェリンが銃を突き付ける。
散々暴れ、狂った後だというのに、魔女やその連れに疲労した様子もなければ、さらにはさして汚れた様子もない。全くと言っていいほど、襲撃者達との戦闘を、歯牙にもかけていなかったことがわかった。わかってしまった。
「ぬるいのぅ…この程度でわっちの首を取るつもりでありんしたか」
「ぁ……あ…」
「まぁ、ぬしらの見通しの甘さを恨むことでありんすえ……おとなしゅう、指を咥えて見ておれば、こうならずに済んだのにの」
心底呆れた様子で呟き、額に銃口を当ててくいっと顔を上げさせる。
冷たく、無機質な目で見下ろしてくる魔女をしばらく凝視していた男は、やがてフッと自嘲気味に鼻を鳴らし、吐き捨てるように告げた。
「化け物が……」
「知っていんす」
直後、ドパンッ!と破裂音が鳴り響き、頭蓋を貫かれた男の骸が、力なく倒れ込む。
そのすぐ横で、ばりばりと何かを咀嚼する音が響く。
そこには転がる襲撃者達の骸の山に腰かけ、彼らの身体から滲み出る、光の靄のような何かを食い散らかしているオーフェンの姿がある。
骸から溢れたそれがすべて消えると、オーフェンは満足げに腹を撫で、パンッと両掌を打ち鳴らした。
「あ~……ごっつぁん!」
オーフェンは上機嫌に唇を舐め、骸の山の上でどっかりと胡坐をかく。死者に対してあまりな姿だが、周囲の惨状もあり、誰であっても口を挟めない雰囲気がある。
レオナルドとツェッドも、その惨状を前に表情筋を引き攣らせ、物陰から顔を覗かせたまま動けなくなっていた。
「…あの…! あの人ホントに……ライブラの人間なんスよね…⁉」
「その……筈……だけど……‼」
白煙を立ち昇らせる銃を下ろし、エヴァンジェリンはフゥとため息をこぼす。
そして、コンテナの影からわなわなと震えて凝視してくるレオナルドとツェッドに、にやりと蠱惑的な笑みを浮かべてみせた。
「―――よかったのぅ、ぬしらもまとめて踏み潰されんで」
「……やはり、あの程度の輩では足止めにもならんか」
黒煙の立ち昇る、原型をほとんど留めていない港を見下ろし、それは―――黄金の魔法使いは呟いた。
視線の先にいる、無数の骸や残骸を適当に運び、気だるげに後片付けに向かう小さな魔女。隠しきれない殺意と憎悪を内に宿す彼女を見つめ、黄金の魔法使いは仮面の奥に隠された目をさも愉しげに細め、笑った。
「まぁいい……戦力に関しては大体把握した。あとはもう―――儀式を始めるだけだ」
〈テレポート・ナウ〉
意味深な呟きのみを残し、黄金の魔法使いの腰のベルトが光を放つ。
途端にその姿は光に隠され、まるで最初から誰もいなかったかのような静寂が訪れる。
それに気づく者は、誰一人として存在しなかった。