血界戦線 −THE LAST HOPE−   作:春風駘蕩

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Ⅲ 黄金暗躍譚
1.指輪職人


 そこは、どことも知れない、しかし確かに存在する空間。

 普通からは遥かにかけ離れた、人の姿をしていながら人外以上の力を持て余した者達が集う、特別で特別な特別の部屋。

 

 妖しく笑い続ける狂人にして〝王〟達が集う、秘密の場所だった。

 

「ああああああ…!」

 

 そこで一人、狂った叫び声をあげる男がいた。

 口以外の殆ど、顔の半分以上を覆う仮面を身につけた、肩にかかる程度に金髪を伸ばした、白衣を纏う長身の男。

 

 彼こそ稀代の変人。『千年生きてあらゆる魔道を練り上げた』とまで噂され、それ故に常に退屈し、片手間で世界を滅ぼせる児戯を繰り返す、正真正銘の狂人。

 13王の一人〝堕落王〟フェムト、その人である。

 

「ああああああああああ実にっ、実にっ……退屈だ‼︎」

「いつものことじゃないの〜」

「いつもこうだから困っているのさ! なぜっ…なぜこの世はこんなにも刺激が少ないっ⁉︎ 理不尽だ! 不幸だっ‼︎」

 

 悲痛な叫びをあげ、頭頂部がギリギリ地面につくかつかないかの凄まじいブリッジを行うフェムト。

 彼はいつも刺激に飢えている。なんでもできていつでもできてしまう神の御業を持つため、破壊や混乱を自ら引き起こすことで、ひと時その虚しさを忘れ去ろうとしているのである。

 

 そんな彼に飽きれた言葉をぶつけるのは、同じく仮面で顔の上半分を覆った一人の少女。

 彼女は同じく13王の一人〝偏執王〟アリギュラ。フェムトとほぼ同レベルの狂人にして、神の御業を持つ者である。

 

「新たに刺激を作ろうか⁉︎ いいや、きっとできるだろうがそれではあまりにつまらない! 結末がわかっているサプライズがどれだけ虚しいものか⁉︎ なぜ世界はこうなのかっ⁉︎」

 

 これまでもちょくちょく、朝ふと思いついたら、食事の用意をしながらそのついでに、退屈しのぎにと幾度も破壊と混乱を生み出し、ヘルサレムズ・ロットにもたらしてきたフェムト。

 しかし、何度も繰り返していればやはり飽きる。全く異なる手段を考案することなど容易いが、自分で行うという行為自体に空きが生じてしまっている。

 

 それがたまらなく、〝堕落王〟には受け入れがたいものであった。

 まぁ、しばらく騒いで落ち着いてくれば、いずれまた同じことを始めるのであろうが。

 

 ばたばたと地面を転げ回り、意味のありそうななさそうな奇妙な動きを披露し続けるフェムト。

 それをソファに寝転がり、詰まらなそうに眺めていたアリギュラが、そういえばと言った様子で不意に呟いた。

 

「そーいえばー、指輪の魔法使いが帰ってきてるみたいだねぇ」

「……ああ、我らが同類である彼女か」

「同類〜? ライブラなんかにいるのに〜?」

 

 唐突に、ピタリと悶え苦しむのをやめ、アリギュラの方に視線を移すフェムトの反応に、アリギュラは訝しげに首を傾げる。

 

 お前は一体何を言っているのだ?とでも言いたげな彼女の眼差しに、フェムトはむくりと起き上がると、にんまりと気味の悪い笑みを浮かべ、大仰な手振りで語り出した。

 

「彼女もまた狂人だよ。あそこにいるのは単なる気まぐれに過ぎないさ……彼女の中にあるのはいつだって、世界を壊す憎悪の炎さ。燃え広がる燃料がないだけのね」

「ふ〜ん」

「まぁもっとも……」

 

 ちらり、とフェムトはアリギュラから視線を外し、振り向く。

 その先にあるのは一面に広がる巨大な窓で、ヘルサレムズ・ロット全体を見渡せる広大さである。フェムトは窓に近づき、歪な異形の街を見下ろしくつくつと愉し気な声を漏らす。

 

「いずれ激しく燃え上がるだろうがね。何者の制止の声も届かなくなるほどに……数百年にわたって募り募った怒りの炎が、ボンッ!と爆発するのさ」

 

 街のどこに目をやったとしても、見つけられるであろう騒動の種。小さくても人が死に、大きければ世界を左右するような事件の種が、そこかしこに転がっている街に向けて、フェムトは待ち遠しそうに嗤う。

 

 彼は何よりも誰よりも、そうなる事を望んでいる。

 自分の退屈を吹き飛ばしてくれるような何かが起こってくれるのを、治部煮外の誰かが起こしてくれることを待っているのだ。

 そしてそれはそう遠くない未来なのだと、彼は確信していた。

 

「踊ってくれるといいがねぇ……とても楽しく」

 

 彼は、踊る。たった一人で踊り続ける。

 仮面で隠されてなおわかる、見た物の背筋を震わせる醜悪な笑みを顔に張り付け、大きく手を広げて回り続ける。

 

 きっと人は、彼が顔を隠していることを感謝するだろう。

 もしそれを見てしまったのなら、その者は―――間違いなく、心も体も魂もただでは済まないだろうから。

 

Alohomora

 

『■月■日より訪問しているエメラルド國マヤ大王が、先ほど交渉のために議会入りしました。周囲は厳戒態勢に入り、寄生虫一匹入ることのできない状況になっております―――』

 

 ラジオから流れるアナウンサーの声で、レオナルドははたと手を止める。

 作業室での雑用を頼まれ、ボルトやナットなどの詰まった箱を運んでいた彼は、聞こえてくるないように首を傾げた。

 

「マヤ大王……って、どっかで聞きましたね。なんかどっかの国の偉い人ってイメージしかないっスけど」

「バカだなぁ、もじゃ太くんは。そんなことも知らないのかい?」

 

 レオナルドの呟きに、同じく作業を手伝っていたザップが振り向き、馬鹿にした声と顔で語りかけてくる。にやぁと三日月のように唇を曲げ、わざとらしい鼻につく喋り方をしてくる。

 

 日本で有名なアニメのキャラクターを真似しながら、心底腹が立つ目で見つめてくる兄貴分に、レオナルドは然して気にした様子もなく振り向いた。

 

「なんか知ってんなら教えてよ、ザプえもん」

「とってもお金持ちで、酒も女もよりどりみどりな勝ち組ってことだよ」

「聞いた俺がバカでしたわ」

 

 ノリに付き合い、同じアニメの別のキャラクターに扮して反応を返すレオナルド。

 だが嘲笑ってきたわりには、全く真面目に答えるつもりがないザップに、レオナルドは呆れたため息をつく。

 

 下らない、気の抜けるやり取りを見せる二人の男達。

 それに、椅子に座って作業を行っていた一人の女性、ニーカ・コヴァレンコが呆れた視線を向けて口を開いた。

 

「…魔術装置の触媒、魔宝石の産出国として大きな発言力を持ってる国。他の国ではそうでもないけど、ヘルサレムズ・ロットにおいては多大な需要があるところよ」

「これとかな」

「あー、はいはい。言われなくてもわかってますよ姐さん」

 

 淡々とした説明と、作業室の奥から上がる男の声に、ザップは端をほじりながら面倒臭そうに返す。

 癪に障る反応に、ニーカの手に握られたスタンガンがバチバチと火花を散らす。最大電力で、容赦なくザップの意識を刈り取る気だ。

 さすがのザップも、失言だったとすぐさま顔を真っ青に染めている。

 

 苛立つメカニックの女性に冷や汗を流すレオナルドは、慌てて彼女の怒りを逸らそうと思考を巡らせる。そして、自分がこの場で最初に抱いた疑問をもう一度引っ張り出した。

 

「…ってか最近まで俺、その国のこと全然知りませんでしたわ」

「そりゃそうだよ。知名度が上がったのは、ここ数年でのことだし」

「え、なんでなんですか?」

 

 レオナルドの策は何とか成功し、やる気が削がれたニーカがポイッと凶器を手放す。

 だが、ほっと安堵したのもつかの間。ニーカから返ってきた答えにさらなる疑問を抱き、訝しげに首を傾げる。

 

 意外な事に、レオナルドの質問に答えたのは、荷物をゴトンと床にどけたザップだった。

 

「……ヘルサレムズ・ロットが出来たからだろ」

「そういうこった」

 

 ザップの呟きに、ニーカが無表情で頷き、奥にいたもじゃもじゃ頭の大男、ライブラにて武器調達人を務めるパトリック・スミスが肯定する。

 パトリックは奥でガチャガチャゴリゴリと音を立てながら、訝しげな視線を向けるレオナルド達に説明を続けた。

 

「魔術が表立って使われることがなかった〝大崩壊〟以前では存在しなかった、魔宝石という産出品を使った貿易……それによって、無名だった小さな国は一気に急成長を遂げたわけだ」

「…宝を持ち腐れさせてたわけですか」

「そういうこと」

 

 はー、と感心した声を上げるレオナルドに、パトリックがビシッと親指を立てて頷く。納得したようで、うんうんと何度も頷く少年に目をやると、優秀な整備士は自分の作業に戻る。

 

 そんなパトリックの元に、レオナルドは不思議そうに近づき彼の手元を覗き込む。

 先ほどからずっと、椅子に腰かけたまま全く動かず、手と口だけを動かし続ける様に、一体何をしているのかと疑問を抱いたのだ。

 

「……っていうかパトリックさん、さっきから何作ってんスか」

「これよ」

 

 気になったレオナルドが思わず尋ねると、パトリックはまた作業の手を止めて、片手で支えていたあるものを持ち上げ、少年に見えやすいようにする。

 

 キラキラと光を反射する、細かく削られた宝石。光沢のある銀色の金属で作られた、流麗な装飾の刻み込まれた台座と輪。

 パトリックの指につままれたそれは、レオナルドが最近出会った魔女が身につけていたものと、ほとんど同じ物に間違いなかった。

 

「あの指輪…あんたが作ってたんですか⁉︎」

「まぁな。まーでも、ぶっちゃけやってんのは加工だけで、あの婆さんにかかれば原石のままでもイケるけどな」

 

 驚愕で声を上げるレオナルドに、パトリックはやや不満げに返し、フンと鼻を鳴らす。そして、眉間にしわを寄せた顔のまま、作業を再開させていく。

 

 円形の台座に合うよう、少し粗の残る表面を削り落とす。時折光に翳して様子を見て、少しずつ削る箇所を変えていく。

 油の浸み込んだ武骨な手だが、宝石を整える手つきは繊細そのもので、いつの間にか手を止めたニーカが、その様をじっと見つめていた。

 

「罅割れとか歪みとか、そういうのでも多少なりとも効果の大きさに上下が出るらしくてな……婆さんがどっかから持ってくる魔法石を、こうして削って形を整えて、純度を高めてんのよ」

「へー……」

 

 魔女の使う道具が、如何にして形作られていくのかと興味を抱き、作業を凝視するレオナルド。

 だが彼の前で、パトリックはやや不満げに顔をしかめたままだ。

 

 ライブラで幾度も使用される重火器や、大規模な作戦の要となる道具の整備まで、最低限の護衛の道具から人界を保つのに必要不可欠な兵器まで幅広く扱う彼だ。

 自分が手掛ける物が、ただ形を整えるだけというのがあまり気に入らないらしい。

 

「なんか、パトリックさんがそういう加工やってんの見ると印象変わりますね」

「ぶっちゃけそういう方面のモノ仕上げる人間には見えんわな」

「似合わねぇってか、この野郎共」

 

 いつもの硝煙臭い作業を続ける姿に慣れたレオナルドとザップが、趣向の異なる代物を扱うパトリックの姿に思わず呟くと、整備士がぎろりと睨みつけてくる。

 パトリックは先程よりも強く鼻を鳴らすと、手を一切止めないままぼやき出した。

 

「俺だってどっちかって言えば、婆さんの使ってる武器の方弄りてぇよ。でも絶対触らせてくれねぇんだよなァ…」

「いいじゃない。…そういう作業も嫌いじゃないでしょ」

「まーそうだけどよ、ハマると結構面白ぇし…」

 

 不貞腐れた子供のような態度を見せるパトリックだが、加工の様を見つめてくるニーカにいわれると、満更でもなさそうに眉間のしわを一つ消す。

 いつも扱う得物と似た物の方が興味があるが、そう他にできる者のいない作業というのも、嫌いではないようだ。

 

 徐々に形が整い、輝きが増し始める宝石を見下ろしていたレオナルドは、パトリックの手元に残っているほかの宝石に気付き、また別の疑問を口にする。

 

「それもあの……エメラルド國?から買ってんスかね」

「さぁな。俺はちょっと暇だったからやってみて、婆さんに渡してみたら思いの外気に入られて、そんで返ってくる度にちょくちょく渡してるってだけの話だ」

「…え? 頼まれたからやってるんじゃないんですか?」

「婆さんはなー……うちの連中にも誰にも頼ろうとしねぇからなー。これも俺が好きで渡してるだけだしよ」

 

 肩を落としてそう語るパトリックに、レオナルドはますます困惑のため息をつく。

 

 ライブラ最高齢の魔女、数百年も前から生き続けている、類稀な生を送る多くを全く語らない謎の多い人。

 彼女の設けている他者との距離の広さ、周りに対して備えている棘の鋭さ、自分以外の全てを拒絶し続ける在り方に、生意気にも憐れみを抱いてしまっていた。

 

「……ほれ、できた」

 

 渋い表情で立ち尽くすレオナルドを放置し、パトリックが作業を終えて、完成した指輪を三人に見せる。

 

 オレンジ色の宝石が丸く削られ、台座の中に収められ、可愛らしい花の模様が浮かび上がる。

 エヴァンジェリンがどこからともなく取り出し、戦闘中に華麗に用いていたものと相違ない代物が、パトリックの手の中で輝いていた。

 

「花ァ?」

「何か思ってたより結構シャレたデザインっスね」

「…いや、勘違いすんなよ。魔法石を効率的に使えるように削ると、大抵こういう模様が現れるようになってるだけだ」

 

 なんとも言えない微妙な視線を向けてくるレオナルドとザップに、パトリックはすぐさま言い訳じみた反応を返す。

 しかし、大柄でもじゃもじゃなむさ苦しい男が作った物の割には、少女らしいファンシーな外観の装飾品であり、似合わないという感想がどうしても出てきてしまう。

 

 本人もわかっているようだが、作業工程を最初から最後まで見続けたレオナルド達は、どうしても笑いを止められなくなった。

 

「つーか、あんたがこんな小洒落た指輪をちっこい女に渡してる光景思い浮かべるだけで、結構笑えてくるんだけど」

「たしかに」

 

 さらには、それを齢十ほどの幼い外見の異性に渡すのだから、可笑しさはより一層強くなる。

 知らない者が見れば、怪しい男が幼子を物で釣ろうとしているような、とんでもなく危ない光景に見える事だろう。想像するだけで、レオナルドとザップは笑いが止まらなくなり、ゲラゲラと腹を抱えて肩を揺らしまくってしまう。

 

 そんな二人の背後に、ゆらりと人影が立つ。

 直後、恐ろしい輝きを放つ両目で二人を睨みつけた彼女、怒りをあらわにしたニーカが、バチバチと電力を最大にしたスタンガンを持って、二人に襲い掛かった。

 

「ちょっ、おまっ! アッ―――‼︎」

 

 そうして、ライブラの作業室から、男二人の汚い悲鳴が盛大に上がる羽目となったのだった。

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