血界戦線 −THE LAST HOPE−   作:春風駘蕩

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2.王の凱旋

 大きく天井が開かれた、円形の部屋。

 神に祈る為の聖堂のように見えるその場所に、無数の人影があった。

 

 円形に並べられた椅子に腰かける、ヘルサレムズ・ロットに住まう上流階級の異人達。そして彼らの同行を取材するためにやって来た記者達。

 彼らが見やる方にも、まるで彼らを遮る壁となるように、幾人もの屈強な黒服の男達が立ち並んでいた。

 

「マヤ大王の凱旋である、首を垂れよ」

 

 立ち並ぶ男達の一人、黒都銀に彩られた豪華な衣装に身を包んだ男が、尊大な態度と口調で告げる。

 即座に切者達がカメラやマイクを構え、室内に居合わせた者達全員が、一斉に一箇所に視線を集める。

 

 ざわざわと騒がしくなり出したその時。

 偉人と記者達が待ち構えるその部屋に、一人の青年が姿を現した。

 

 白と金に彩られた煌びやかな衣装を纏った、年若くも気品に溢れた雰囲気の青年だ。

 自身よりも遥かに大柄な異人達や記者達、自身を守護する黒服達に見られながらも一切臆することなく、平然と目の前に置かれた玉座に腰かけた。

 

「お初にお目にかかる。僕が今代のエメラルド國大王、マヤだ……此度は急な訪問を受け入れていただき、感謝する」

「もったいなきお言葉にございます」

 

 小さく、華奢な外見の青年に、顔中から蛸足を髭の様に生やした異人が応える。

 

 恐ろしい外見の、それも見た目以上に凄まじい力を持つ異人が、人間主の見た目をした青年に深々と首を垂れる。

 その光景に、カメラを構える記者達が微かにどよめきをこぼしていた。

 

「大王様のご配慮により、我らはこうしていつも首の皮が繋がっていることを安堵する日々にございます。願わくば、今後とも末長いお付き合いを望みたく……」

「よい、堅苦しい礼は不要だ。利益とは相手が居てこそ成り立つものだろう?」

「多大なお気遣い、感謝の使用もございません」

 

 丁寧に、謙虚に挨拶を口にする異形の男に、青年―――マヤは尊大な態度のまま手を振り、笑みを浮かべる。

 

 室内は、完全にマヤを頂点とした序列が出来上がっていた。

 本人が如何に堅苦しさを嫌がろうとも、迂闊な態度をとれば己の首が飛びかねないという強迫観念があり、それに全員が支配されている。

 青年はそれに気づきながら、やや呆れた様子で苦笑をこぼしてみせる。

 

「この歓迎に応えるために、僕の方でちょっとした催しを考えているんだ。よければ、多くの人に奮って参加してもらいたいと思っている……詳しい話はまた後日になるが、楽しみにしていてくれ」

「それはそれは……」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、目を細めるマヤに異形の男達はそれぞれで声を上げて笑う。傍目から見ればそれは余りに白々しく、空気が徐々に重く沈んでいく。

 

 のしかかる重圧に、記者達の何人かが気分を悪くしたように血の気を引かせ、頬をヒクヒクと痙攣させ始めた時。

 それまで黙っていた黒衣の男―――オーマが、咳払いとともに口を開いた。

 

「―――ではこれより、今年度の魔法石流通についての会議を始めさせていただく。異論はないな」

 

 オーマの偉ぶった声に、異人達は誰も異を唱えず、しかし表情の端に僅かに苛立った様子を見せ、小さく頷く。

 恐ろしく重い空気の中、異界と混じった街の中心にて、重大な会議が繰り広げられる事となった。

 

Partis Temporus

 

「…はぁ、つかれた」

 

 誰もいなくなった室内で、マヤは玉座の上で頬杖をつく。

 傍らに立ったオーマがそれを労わり、給仕に運ばせたグラスに入った飲み物を手渡す。

 

 マヤはグラスを傾け、中身を一気に飲み干すと、ふぅと大きなため息をつく。

 

「父上の訃報からまだ1年……この大役の重さにはやっぱり慣れないな」

「ご冗談を。実に堂に入ったお話ぶりでございましたぞ」

「そうかな? だとしたら嬉しいよ」

 

 恭しく首を垂れ、持ち上げる言葉を吐くオーマに、マヤはフッと安堵の笑みを浮かべる。

 多大なる信頼を置き、執着といってもいいほどに常に傍にいさせている男の言葉は、彼にとっては他の何よりも価値があった。

 

「……ねぇ、オーマ。本当にこれでいいんだよね」

 

 不意に、マヤは不安気な表情で俯き出す。不安はより一層強く大きく表れ、虚空を見つめる眼差しは細く鋭くなる。

 オーマは何も言わず、主君が何に対して怯えているのかを聞き出そうと、無言で彼のすぐ横に佇んでいた。

 

「本当にこれで…彼の方は救われるんだよね」

「……ええ、かの方の術に間違いはございません。大王陛下のお力添えにより、かの方の悲願はきっと叶えられましょう」

「そうか…うん、そうか!」

 

 オーマが宥め、気持ちを奮わせるような言葉を与えると、マヤは途端に破顔し、強張っていた表情を緩ませる。

 無理に大人ぶろうとしていた雰囲気が、ぱっと見た目よりもずっと子供らしい態度に変わる。

 

 やがてすぐに我に返り、ぐっと表情を引き締めて姿勢を正した。しかし玉座から垂れた足はパタパタと揺れ、嬉しさを全く隠しきれていない。

 

「楽しみだなぁ……これで、人類の夢が一つ叶うんだ。誰もが不可能だと諦めてきた夢が現実になる瞬間に、僕らは立ち会えるんだね」

「…ええ、その通りです」

「あの方が成功したら、次は僕にもやらせてもらえるかな? そうしたら……僕は」

 

 待ちきれない、と祭を翌日に控えた童のようなキラキラとした顔で、オーマの方に振り向くマヤ大王。

 そんな彼を、オーマは穏やかな笑みを浮かべながら肩を押し、玉座に戻らせる。臣下というよりも、執事のような甲斐甲斐しい態度である。

 

「陛下、はやるお気持ちはわかりますが、どうぞお気をつけて。まだ成功するかどうかもわからぬ大事、焦りは災いを呼び寄せますぞ」

「…っ。うん、そうだね。ごめん、少し頭を冷やすよ」

 

 マヤは事の重大さを思い出し、ばつが悪そうに目を逸らす。

 成功の是非も不明で、人に知られてはならない大きな計画だというのに、王である己がはしゃいでいては、全てが台なしになる可能性だってあるのだ。

 

 そう自身に言い聞かせながらも、マヤは逸り高鳴る自分の胸の鼓動を押さえる事ができずにいた。

 

「でもさ、オーマ。本当に楽しみだよね―――死んだ人が蘇るなんて」

 

 マヤの呟きに、オーマは黙ったまま深く頷く。好々爺の笑顔を称え、ワクワクと落ち着かない様子を見せる主の傍から離れない。

 

 しばらくしてマヤは立ち上がり、出入り口の扉に向かって歩き出す。

 いつまでも寛いでいる暇はない。王としての仕事、計画に関わる役割、若き体に課せられた多くの使命を果たすために、甘えるわけにはいかないのだ。

 

「実験の日が楽しみだ……時間なんてもっと早く流れればいいのに。まだるっこしいなぁ」

「ははは…陛下、それではまるで子供のようですぞ」

 

 軽い足取りで、次の仕事へと向かう若き王の背中を、オーマはじっと見送り続ける。

 その表情が次第に―――悍ましい蛇のような、鰐のような、獰猛で凶悪な怪物の表情に変わっていったことに、主は全く気付いていなかった。

 

「そう……何も知らぬ愚かなガキのよう」

 

 主には決して届く事のない、忠臣であるはずのオーマのその声には、悪意に満ちた嘲りがありありと表れていた。

 

Tarantallegra

 

 カツ、カツ、カツと。

 ランタンを手にしたオーマが、暗い地下の通路を歩く。

 

 下水の迷路を抜け、壁に開けられた穴を潜り、地上の誰も知らないような秘密の通路を、慣れた足取りでただ黙々と歩く。

 無言のまま、不気味な微笑を浮かべたまま、地獄にでも通じていそうな闇の世界へと向かっていく。

 

「……オーマでございます」

『―――入りなさい』

 

 やがてオーマは、さび付いた巨大な扉の前に辿り着く。

 気味の悪い悪魔や伝説の魔獣、怪物の像が刻まれたその扉が、中から声が返ってくると同時にゆっくりと開く。

 

 扉を潜ったオーマを迎えたのは、外とは打って変わって正常な空気が漂う、薄明るい空間であった。

 白い布で天井や岩壁が覆われ、空間を流れる風でゆらゆらと揺れるその最奥。祭壇の上で横たわるその者―――ワイズマンに向けて、オーマは跪き、深々と首を垂れた。

 

「お加減はいかがでしょうか……もう随分魔法石を生み出し、疲弊している様に見えますが」

『なに……大したことではない。この程度の疲れで根をあげていては、我が悲願、叶うはずもないでしょうに…』

「…左様でございますか」

 

 横になったまま動かないワイズマン、オーマにとっての真の主の身体を労わるが、ワイズマンは首を横に振り労いを拒否する。

 

 慇懃に言葉を交わし合う主と臣下。

 そこに、屯していた三つの人影が気だるげな様子で進み出て、待ちくたびれたような声を上げる。

 

「なぁ大臣様よぉ、俺達ゃいつんなったら暴れていいんだ? 待ちくたびれて仕方ねぇんだけどよ」

「この人、大王様が到着してからずっとこんな感じなんだよ? まるで子供だよね」

「本当に……みっともないったらありゃしないわ。飼い犬でももう少しまともな待てができるでしょうに…ほんと、小さい男」

「なんだとてめぇら…!」

 

 退屈が嫌で嫌で仕方がないという風にぼやく赤い服の男に、むらさきの衣服を纏う少女が呆れたように、帽子を被った青年が可笑しそうにこぼす。

 赤い男は苛立った様子で声を荒げ、周囲に深紅の炎を漏らす。危うく周囲に燃え広がりそうになるも、肝心の二人には全く届いていなかった。

 

 荒ぶる赤い男に、オーマが大きなため息とともに振り向き、じろりと損そこ呆れた視線を送る。

 

「フェニックス……君はもう少し我らが主人の気持ちを察することを覚えたまえ。かの日を待ち侘びているのは、他ならぬあの方なのだから…」

「へっ…言われた分は働くっての。そういうそっちはどうなんだよ、オーマ」

 

 小言や説教は聞き飽きた、と赤い男は聞く耳も持たず、鬱陶しそうに顔を歪めてオーマを睨みつける。

 

 手綱を操りそこなえば今ここで暴れかねない、人の姿を偽った火の異形の男。

 彼に向けて、オーマはにやりと不気味に大きく笑みを浮かべ、愉しげに肩を揺らしてみせる。

 

「準備はすでに万端に……あとは魔女を罠にかけるのみ」

 

 そう告げられた途端、三人の様子が一変する。

 鬱々と我慢を強いられ苛立っていた彼らが、目前に餌を垂らされた獣のように、ぶわっと殺気を大きく膨らませる。

 

「はっ…そうかそうか。もう出来てたのかよ」

「楽しみだねぇ…! これで心配事は全部まるっと解決しちゃうわけでしょ? 改めてすごいものを作ったよね…!」

 

 三人の胸中に燃えるのは、たった一人の女に対する憎悪の念。

 数百年に渡って同族を葬ってきた不倶戴天の敵であり、その強さ故にただの一度も傷をつける事が叶わなかった最凶最悪の存在。

 

 これまで何度も隙を伺い、その旅に悟られ迎え撃たれ、錨に苛まれるばかりであった怪物を討てる好機を得た。

 そんな吉報に、喜ばない者がいるはずがなかった。

 

「大したものではない……すでに存在する術の効果を倍加し、持続を永久化させただけのこと。そこから先はひたすら私の集中がものをいう領域だ」

 

 謙遜の言葉を吐くオーマだが、彼の表情にもかなりの歓喜が混じって見える。

 彼にとっても、魔女は取り払っておきたい目の上のたん瘤。それを自身の策で排除できるのであれば、こんなに喜ばしい事はないのだ。

 

『……期待していますよ、オーマ。我が悲願の実現、楽しみにしています』

「仰せのままに…」

 

 臣下の策を信じ、期待を寄せる主君にまた深々と首を垂れるオーマ。

 

 そんな彼に、三人の異形達からも祝福の笑い声がかけられ。

 さらに、彼らを取り囲む無数の怪物達からも、彼らを称える凄まじい雄叫びが上がる。

 

 あっという間に、そこは地獄のような悍ましい音に支配されていった。

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