血界戦線 −THE LAST HOPE−   作:春風駘蕩

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1.魔女の帰還

 ―――ハロー、ミシェーラ!

    兄ちゃんは今日も一応無事です。

    こないだバイトの途中でいきなり拉致られたかと思えば、細菌兵器ばらまこうとしていたテロ組織とどんぱちやらかすことになったときは流石に死ぬかと思いました。

    でもこのあいだの邪神召喚未遂事件よりはマシだったので、とりあえず怪我もなく元気にやってます。病院で二十針縫うことにはなりましたが、比較的平和です。

    ただし、こんなことを手紙に書くと百パー心配されるので、この手紙は出さないことにします。

    え? じゃあなんのために書いてるんだって?

    決まってるだろう? 遺書の代わりだよ。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああ‼︎」

 

 路地裏を全力疾走しながら、糸目に天然パーマの少年レオナルド・ウォッチは、絶叫を上げていた。

 背後から迫る者達から必死に逃れようと両腕と両足をこれでもかと振り回し、ただ前へ行こうと力の限り走り続ける。

 全ては、背後から戦車のような勢いで迫ってくる強面の巨漢達から一刻も早く逃れるためだ。

 

 ―――いきなりでごめん、ミシェーラ。

    一応無事だとは言ったけどそれはあくまで現在であって。

    今、兄ちゃん大ピンチです。

 

「待てやこのクソガキャァァァァ‼︎」

「財布と臓器置いてけやァァ‼︎」

「いやにきまってんだろぉがぁぁぁぁ⁉︎」

 

 目の前を通り過ぎただけでカツアゲのターゲット認定、あまりにも理不尽に聞こえるが、あくまでこの程度は日常茶飯事。

〝お前の物は俺の物、俺の物は俺の物、他人の物も俺の物〟を座右の銘としているチンピラはそこらに大勢いるし、夏場の蚊感覚で大量虐殺を行う奴だっている。

 

「やってられっかくそったれぇぇぇ‼︎」

 

 少し気を抜くだけですぐに地獄を見る羽目になる。死にたくなければ死ぬほど臆病になれ、もしくはそんなもんだと諦めろ。

 この街に住む連中は皆、来た当日にそれを理解する。……命があればだが。

 

「止まれってんだよクソチビ人間(ヒューマー)がぁ‼︎」

「あああああああああああ‼︎」

 

 さて、このレオナルドという少年。実はちょっと秘密がある。

 それは凄まじい動体視力だったり、高位の幻術を見破って見せたり、他者の視界をシャッフルして見せたりとある分野でチートな能力を発揮するのだが、彼には独自のポリシーがあるために使おうとはしないのだ。

 そのため、自分の武器を使わないという縛りを行なっていた彼は気づかなかった。

 路地の終わりを歩いている、人影があったことに。

 

「⁉︎ ヤベェちょっとどいてェェェェェェェ‼︎」

 

 レオが叫ぶも、気づくのが遅かったのかその距離はもう目前にまでなっている。なんとか避けようと健闘するも、勢いづいた体は思うようには止まってくれなかった。

 心の中で必死に謝りながら、レオが目の前の人影に激突しそうになった瞬間。

 レオの体が、ふわっと浮いた。

 

 ―――⁉︎

 

 突然のことに、レオは走る体勢のまま固まり、ぐるりと一回転する視界に呆然となる。ふと、視界の端に入った人影から白い手が伸びているのを見て、ああ投げられたんだなということだけをうっすら理解していた。

 

「ごへぁっ‼︎」

 

 放り出されたレオは受け身もまともに取れず、潰れたカエルのような声をあげて頭から地面に突っ込んだ。相手になんの反応もされず、ヒュルリと冷たい風が吹いたことが、なんとなく悲しかった。

 だがそうこうしているうちに、レオを追っていたチンピラたちがドカドカと路地から顔を出してくる。その途中、レオを投げ飛ばした人物に気付きぎょろりと濁った目を向けた。

 

「おお⁉︎ なんじゃおのれは⁉︎」

「邪魔するんかおお⁉︎」

 

 いつの間にかターゲットが変わっていた。口汚く罵り、偶然にもレオナルドの前に立ちはだかるようになっている人物―――背丈やシルエットからして少女を見下ろし、ゴキゴキと拳を鳴らすチンピラ。

 

「……それは、わっちのことでありんすかぇ?」

 

 対して少女は、微塵も臆した様子を見せずにフードの下から瞳をのぞかせた。

 

「年端もいかぬおのこを追い回し、……醜いのう」

 

 チンピラたちに真っ向から喧嘩を売り、少女が自分からフードを外して、ようやくその容貌が明らかとなった。

 晒されたのは、絹糸と見紛うばかりの光沢のある白い髪。セミロングのその髪がさらりと風になびき、陽光に照らされてキラキラとした輝きを放つ。もみあげの部分だけを異様に長く伸ばした特徴的な髪型が、波打つように揺れ動いた。

 

「吐き気がするのぉ、ぬしらが吐く息だけでわっちの肺が穢されしゃんす。この落とし前どうつけてくれるつもりでありんすか?」

 

 そんな毒を吐くのは、サクランボのように艶やかな唇。一緒に備わっているのはつるんとした卵形の顔、真珠のように綺麗な肌、眠たげに細められた目を縁取る髪と同じく純白のまつげ。

 そして、全てを見透かすように透き通った、白い瞳だった。

 その瞳が、不躾に見下ろしてくるチンピラ達を鋭く見据え、一瞬だけその表情が怒りの形相に変わった。

 

「去ね、チンピラが」

 

 そこからのことは、レオはあまり覚えていない。というか、まともに認識すらできていなかった。

 

「ぎゃびっ⁉︎」

「ぐげぁがっ‼︎」

 

 どごんどごーんと、象か恐竜のごとき巨体のチンピラたちが紙くずのようにポンポンと宙に飛び、重機並みの重さで地面に深々と突き刺さり、丸太どころか鉄筋のような腕がポキポキとへし折られていく。悲鳴と破壊音、ついでに肉が裂けて骨が砕けて血が噴出する音が辺りに響き、数秒で地獄のような有様になっていく。

 

「……⁉︎」

「ふぃ〜」

 

 この街にきて随分経つが、ここまでの光景は経験がない。しかも、それを遣ってのけているのがおそらくは自分よりも小さな女の子であるというものだ。間違いなく、誰もが正気を疑う。

 積み上げたチンピラの山の上で、少女はパンパンと手のひらの埃を払い、手の甲で頬を伝う汗を拭う。その際、両手の中指にはめられた大きな指輪がキラリと輝いた。

 

「ど、どうも。ありがとうございました」

「あい。おさらばえ」

 

 ぺこりと頭を下げて去っていく少女の背中を、レオは呆然としながら見送る。

 その時、彼は不躾にも〝見〟てしまった。

 

「…すげ」

 

 レオナルドの持つ能力、それは『神々の義眼』と呼ばれる物。

 その力は凄まじく、神速の生物すら視認できる動体視力を有し、因果律をも捻じ曲げた隠蔽まで見抜き、他者の視覚を共有し、高性能センサーすら無効化する脅威の存在すら視認し、その真名をも読み取る。つまりは、〝見る〟行為であればなんでも可能としてしまうのだ。

 それゆえに、レオナルドの眼にははっきりと見えていた。

 去っていく少女に取り憑くようにして、彼女の内に宿っている巨大な(ドラゴン)の姿が。

 

Alohomora

 

 ヘルサレムズ・ロットの均衡を守る秘密組織『ライブラ』。

 とある目的と縁があったレオナルドは、紆余曲折がありながらそこに所属することとなった。

 この日も仕事のため、秘密のルートを通って定時通りに向かう。

 

「おはようございま―……おぉ⁉」

 

 いつもよりやや興奮気味に、そしてちょっと上機嫌に「出勤」したレオナルドの目に飛び込んできたのは、ガックリとソファでうなだれている銀髪ガングロの男。

 名をザップ・レンフロ。

 一応、認めたくはないが先輩にあたるこの男が、こういう状態にあることは多々あったが、いきなりだと流石にびっくりさせられた。

 

「……何してんすか、あんた」

「……話しかけるんじゃねぇ。俺は今、重大な問題に直面してんだ。あっち行ってろ」

 

 机に両肘をつき、口元で指を組み合わせるなんか見たことのあるポーズを横目に、レオナルドは事情を知っているであろう一人の美丈夫に話しかけた。

 

「なんすか? なんでこの人こんなビビってるんすか?」

「……ああ、ある人がこっちに戻ってくるという連絡を受けてな。ザップにとっては、天敵のような存在でね」

「今更っスけどあの人敵多すぎません?」

「普通の相手ならほっとくんだが……俺たちとしても無視できない相手だからな」

 

 常に冷静であり、ライブラの頭脳とも言えるスティーブン・A・スターフェイズも、その表情に引きつりを見せている。

 一方で奥のデスクにいる赤髪の大男、ライブラのリーダーであるクラウス・V・ラインヘルツは上機嫌でパソコンをいじっている。また何かイベントでも企画しているのだろうか。

 

『―――けてニュースをお伝えいたします。先週月曜より、ヘルサレムズ・ロットを訪問しているエメラルド國マヤ大王が、各国首脳との衛星会談に出席されました。これにより、ヘルサレムズ・ロットを起点とした大規模な変動に対する対抗策を講じていくこととなり、各国はさらなる警戒態勢を強いられることとなり―――』

 

 対照的な二人の態度に不穏なものを覚えながら、ラジオから聞こえてくる小難しい政治の話を聞き流しつつ、レオナルドはさっき見たものを一応報告しておこうと考えた。

 

「あ、そういえばさっきすごいもの見ました」

「ん?」

「来る……あいつが来る……あのババアが来る……終わりだ……もうおしまいだ……逃げよう……早く逃げなきゃ……」

 

 見えるのが自分一人であるために、当初はザップなどにばかにされたものだが、不可視の異形を発見したこともあるためにバカにはできない。

 小さな声でブツブツとつぶやいているザップを放置しながら、レオナルドは口を開いた。

 

「ドラゴンみたいなオーラを纏った女の子がいたんすけど、ああいうのもいるんスね」

 

 

 その瞬間、ライブラの空気が凍りついた。

 

 

 ガタッと笑みを浮かべながら立ち上がったクラウスを除き、ザップとスティーブンは見たこともないくらいに目を見開いて硬直していた。

 まるで、決して逃げられぬ死よりも恐ろしい絶望か何かに直面したかのように。

 

「うおおおおおおおおお‼」

「ザップさぁぁぁぁん⁉」

 

 そのうち何をトチ狂ったのか、ザップが奇声をあげながらガラス窓を突き破り、ビルの外へと飛び出した。

 数十階分はある、ライブラのビルの最上階からだ。

 

「ちょっ……何やってんすかあの人ぉぉぉ‼ ここビルの屋上で……ってあんたも⁉」

 

 ザップの奇行に驚愕するレオナルドだが、振り返った先で見たガタガタと震えているスティーブンにも絶句する。今日一日で二人の珍しい表情が見られたが、全く得した気にならなかった。

 

「へ、へぇ~…ど、ドラゴンか、珍しいな。と、ところでその女性、変わった指輪を付けていなかったかい……?」

「あー、付けてましたね。でっかい宝石が付いたきれーなやつでした」

「そ、そっか……そうですか」

 

 ぼたぼたと脂汗を流すスティーブンは、何度か深呼吸を繰り返しながら己を落ち着かせ、困惑したまま立ち尽くしているレオナルドに向き直った。

 

「そ、その人はな、癖が強いというか濃いというか……とにかくちょっと普通とは違う人で……その、付き合い方は気を付けないというか……震えるなこの足ぃぃぃ‼」

「見たことねーぐらい怯えてんだけど⁉」

 

 いうことを聞かない自分の足を殴りつけ、必死に平静を取り戻そうとするスティーブン。

 なんかもう、恐ろしいことが起こることが目に見えていて、レオナルドは今後が不安で不安で仕方がなかった。

 

「レオナルド……‼ 最初に言っておく、あの人には絶対に粗相のないようにな‼ もし機嫌を損ねるようなことがあれば、俺は容赦なくお前を生贄にして逃げるからな‼」

「なにが来るの⁉ いったいここに何が来るの⁉」

 

 がっしりとレオナルドの両肩を掴み、目を合わせて矯正する上司にはもはや恐怖しか感じられなかった。

 と、その時だった。

 

 ―――ぎゃあああああ……

 

 聞き覚えのある断末魔が、ライブラの真下から聞こえた気がした。

 悲痛ささえ感じられるその悲鳴を耳にしたその衝撃は、彼の性格と所業をよく知るレオナルドもスティーブンも、互いに凝視しあったままその場で硬直するほどであった。

 

「あれ、ザップさんですよね⁉ あの声絶対ザップさんですよね⁉ 怖ぇよなにが起こんだよここで‼」

 

 その時、ガタンと鈍い音がして建物がわずかに振動する。ライブラの本拠地に至るためのエレベーターに何者かが乗り込み、上がってきているのだ。

 その通り道を知っているのはライブラのメンバーのみ、上がってくるのは味方のはずだが、その場にいる誰もが敵の襲撃を待ち受けているかのように沈黙していた。

 

「……!」

 

 誰かがつばを飲み込む音が聞こえた直後、レオナルド達がいる階にエレベーターが到着する。扉が開き、コツコツと廊下から靴音が聞こえ、緊張感が高まっていく。

 そしてついに、訪問者がその姿をあらわにした。

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