血界戦線 −THE LAST HOPE−   作:春風駘蕩

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4.永遠の時を歩む者(ザ・イモータル)

 再び現れた陣を通り、魔女は現実世界へと帰還する。

 靴音を鳴らし、悠然と歩み出るその姿はまるで貴族のようで、真正面から見てしまったレオナルドは、思わず息を呑んでいた。

 

(あれが……スティーブンさんの言ってた例の相手…?)

 

 無言のまま、レオナルド達の方へ近づいてくるエヴァンジェリン。誰もが声をだすことを憚られ、しんと重い沈黙が降りる。

 伏せられていた視線が上げられた直後、彼女の両目がギラッ!と光ったように見えた。

 

「クラウス~~~~♡♡♡」

「ごぶへぁぁっ⁉︎」

 

 気付いた時には、小さな魔女は電光石火の勢いで地を蹴り、途中でザップを無慈悲に蹴り飛ばし跳び上がっていた。

 くるんっ、と空中で華麗な前転を見せたかと思うと、エヴァンジェリンは構えていたクラウスの腕の中にすぽっと収まる。わずか2秒の出来事であった。

 

「お久しぶりです、エヴァンジェリン殿。お変わりないようで安心しました」

「んもぅ、わっちのことはエヴァと呼んでくりゃれと以前から言っておるじゃろう? 相変わらずかたいのぅ……まぁそのストイックな部分がよいのでありんすが」

 

 頬をバラ色に染め、潤んだ瞳で見上げる小さな魔女を前に、クラウスはいつも通りの紳士的な対応を行う。

 エヴァンジェリンはそれに不服そうに唇を尖らせるも、それはそれとして自身を包む逞しい腕の感触を心ゆくまで堪能し、彼の硬い岩のような胸板を愛おしそうに撫でていた。

 

「そして相変わらず逞しゅうてよい体をしておるのぅ……ぐへへへへへ」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 にちゃあ…と淑女が絶対にしてはいけないような下卑た笑みまで浮かべ、挙句の果てに涎まで垂らしているが、クラウスがそれに引いた様子はない。

 周りが唖然とした様子で凝視してくる中、全く気にした様子もなく、瓦礫の中に頭から突っ込んでいるザップに目をやった。

 

「ところで、なぜザップはあのような有様に?」

「ああ…あやつめ、まぁ〜た性懲りも無く女と揉め事を起こしおって……しかもわっちの知り合いじゃ。今度という今度はギリギリ死ねる地獄に叩き込んでくれようと思っての」

「……できれば、寛大な処分を」

「ぬし様がいうなら仕方がないのう♡」

 

 ペッ、と本気で唾を吐き捨てるような形相で青年を睨みつけていたエヴァンジェリンだったが、クラウスの鶴の一声でころっと態度を変える。

 そんな様を、レオやツェッドは言葉も出ないくらいに凝視する。今日が始まってからずっと、自分達が置き去りにされているような気分である。

 

「……なんスかあの危ない幼女は」

「エヴァンジェリン・(ソーマ)・ソレイユ……我らがライブラの最年長のメンバーだ」

「へー最年長……」

 

 イチャつく、と言うか一方的にしな垂れかかる魔女に呆れた視線を向けるスティーブンの説明に、レオナルドは半ば放心したままため息をこぼす。

 そして数秒時間を要してから、ツェッドと一緒にバッと上司に振り向く。さらっととんでもなく聞き捨てならない一言を聞いた気がしたからだ。

 

「最年長⁉︎」

 

 バッ、バッ!と何度も何度も、レオナルドとツェッドはエヴァンジェリンとレオナルドを交互に見る。

 そして最後に、クラウスとスティーブンの乗る車を運転してきた老執事・ギルベルトの方を長いこと凝視し、ぱくぱくと口を開閉しながら再度スティーブンの方に振り向いた。

 

「…………⁉︎」

「無論、ギルベルトさんを含めてだ」

「……ぐ、具体的なお歳は」

「聞く気になれなかった……質問しようとした瞬間、消し炭にされかけたからな」

 

 ぶるっ、と肩を震わせ、血の気の引いた顔で虚空を見やるスティーブン。

 冷静沈着・敏腕な彼がこうなる程の何が起こったのか、何をされたのか非常に気になるが、聞いた瞬間後悔しそうだと少年と半魚人の本能が半鐘を鳴らしていた。

 

「……ん? なんじゃ、ぬしは?」

 

 そんな中、思う存分クラウスに甘え満足したのか、訝しげな表情でエヴァンジェリンが横目を向けてくる。

 名残惜しそうにクラウスの腕の中から降りた彼女は、やや険しい表情を見せたままレオナルド達の方へと歩み寄り、無遠慮に彼らの顔を覗き込んだ。

 

「以前話した、新たな仲間ですよ。レオナルド・ウォッチとツェッド・オブライエンです」

「おぉ、そういえば聞いたのぅ! …にしては小僧、ぬしは随分と貧相な体をしていんすな。ついていけているのかぇ?」

「オ、オッス! お世話になってます!」

 

 スティーブンの説明に、思い出したとばかりに手を鳴らしたエヴァンジェリンは、すぐにまたじろじろと、訝しむような目をレオナルドに向ける。

 まるで、マフィアのボスに面接を受けるような凄まじい威圧感を真正面から受け止めさせられ、レオナルドとツェッドは思わずピンと背筋を張る。

 しばらくの間、じっと無言で彼らを見つめていた小さな魔女は、やがてため息とともに視線を逸らした。

 

「まぁよい。ライブラに危害を及ぼさんなら口は出さん……歓迎しよう、小僧共」

 

 圧が消えたことで、レオナルドもツェッドもついホッと安堵の息が漏れてしまう。スティーブンも同じく胸を撫で下ろし、乾いた笑みをこぼす。

 それに気づかずか、それとも知らない振りをしてか、エヴァンジェリンはきょろきょろと辺りを見渡し、誰かを探す様子を見せた。

 

「チェインやK・Kは? 久々に皆で集まって女子トークでもしたいと思いんしたのに」

「別件で出向いているので留守ですね」

「むぅ…なら仕方がありんせん」

 

 後ろから話しかけたクラウスの返答に、エヴァンジェリンは肩を竦めながら目を伏せる。

 見た目は幼いというのに、見せる仕草の一つ一つが妖艶な熟女のような印象を見る者に与え、激しすぎるギャップに戸惑いばかりが生まれる。

 物憂げな表情で腰に手を当てる小さな魔女を見やりながら、ザップがボソッと口を滑らせた。

 

「……女子って歳じゃねーだろ」

「なんぞ言いんしたかザップ…?」

「ぎゃあああああああ‼︎」

 

 瓦礫の中に突っ込んだままだったザップの頭が、次の瞬間少女の細腕で掴まれ、万力のような力で締め上げられる。その速さたるや、そして移動の静かさたるや、気を抜いていたとはいえレオナルドが気付かなかったほど。

 異常すぎる身体能力に戦慄する少年をよそに、エヴァンジェリンはギロリとザップを睨みつけ、引きずり倒して彼の目線を自分の背丈に無理矢理合わせていた。

 

「そもそもぬし、わっちの顔を見るなり叫び出すとは何事じゃ。うら若き乙女の心を傷付ける輩は万死に値しんすえ?」

「るせぇ‼︎ てめぇをみるとなんか反応するようになっちまってんだよちくしょうが!」

 

 メキメキミシミシと、そのうち割れてザクロみたいになるのではないかというくらいの強さになっていく、小さな魔女のアイアンクロ―。

 反論すればするほど、威力を増していくその技に絶叫が迸り、周りから怯えた視線が集まる。

 

「…ハァ、仕方がないのぉ」

 

 大きなため息をこぼしたエヴァンジェリンは、面倒くさそうにザップをポイッと放り捨て、クラウスの方へ戻る。

 また瓦礫の中に突き刺さる青年を睨みながら、小さな魔女は気だるげな調子で告げた。

 

「仕事も終わった。戻り次第今一度、そのスカスカの脳に躾を叩き込んでくれる」

 

Partis Temporus

 

「……俺ってあの人になんかやっちゃってましたかね」

 

 騒動のあった場所から大きく離れた公道を、クラシックカーとスクーター、そしてスケートボードが一列になって走る。

 座席の後ろに無理矢理腰掛ける男に若干の邪魔くささを感じながら、レオナルドがぼそりと呟くと、後ろにいた青年は訝し気に眉間にしわを寄せた。

 

「あ? いきなり何いってやがんだてめーは」

「いやだって、めっちゃ壁感じる物言いでよろしくとか言われちゃってんスよ。嫌われることやっちゃったのかな、って」

「バーカ。ありゃいつものことだ。ババアは初対面のやつにはいつもああだ。……俺が最初に会ったときもそうだったんだからな」

 

 いつかの記憶、自分で口にした昔の事を思い出しているのか、遠い目になったザップがそう返し、レオナルドはふぅんと声を漏らす。

 イマイチ、あの小さな魔女の人物像を掴みきれずにいる後輩のために、ザップは珍しく、本当に稀なことに意欲的に親切心から教授してやることにした。

 

「ババアにとっちゃ、この世の存在は二つに分類される。一つは身内、二つ目は敵とそれ以外だ」

「なんスかそのカテゴライズ………極端すぎるでしょ」

「知るかよ。俺が最初に会ったときだってそんな感じだったんだからよぉ」

 

 思わず顔をしかめ、冷や汗を垂らすレオナルドにザップが不本意と言った様子で返す。

 運転中故に振り向くことはできないが、おそらくひどく渋い表情を浮かべているのだろう。トラブルメイカーな彼が、彼女を言相手に何も事を起こさなかったはずがない、とレオナルドは妙な確信をしていた。

 

「唯一、旦那だけだ。あのババアを御し切れるのは……下手したら仲間だろうと平気でぶっ殺しかねねぇから今度なんかあったら助けてくださいレオナルド・ウォッチ様」

「あんたあの人に昔何やっちゃったの⁉︎ いやですよ俺まで敵認定されるの‼」

 

 先ほどまでの厚顔不遜な態度はどこへやら、小柄な少年の肩にしがみつきガチトーンの声で懇願するザップに戦慄するレオナルド。何が起こるか分からずとも、この男に巻き込まれて死ぬのだけはごめんだった。

 そんな二人を、スケートボードを操るツェッドは何とも言えない表情で見つめ、レオナルドと同じく冷や汗を垂らすのだった。

 

 そしてそんな彼らの様子を、エヴァンジェリンはクラシックカーの後部座席に座り、興味深そうに眺めていた。

 ギャーギャーわーわーと、縋りつかれて怒鳴る少年と是が非でも離すかと絡む青年、そしてそれを諫めようとする半魚人という、おかしな風景が出来上がっているのを。

 

「…まさか、あのロクデナシに友ができるとは」

「本人はきっと、否定するでしょうね」

「眼に浮かぶようでありんす」

 

 スティーブンの苦笑交じりの一言に、エヴァンジェリンも鼻を鳴らし、小さく頷く。

 後方の少年達から目を逸らし、座席に座り直した小さな魔女は、頬杖をつきながら窓の外の街並みを―――かつてとはがらりと変わってしまった景色を眺め、目を細める。

 闊歩する人間以外の種族、それを当たり前と認識している人々。それに伴い変化する人の悪意と狂気の形。

 全てが可笑しく、そして可笑しくなくなってしまった世界。

 

「たった2年…されど2年。変わったように見えて、その実はあらゆるものが見えるようになってきただけ……こちらを覗いていた者が姿を見せただけのこととは、おかしな話でありんすな」

 

〝誰かが深淵を覗こうとする時、深遠もまたその者を覗いている。〟

 そんなことを云っていたのは誰であったか。

 深淵の奥に潜んでいた者が、あるとき不意に焦れたようにその姿を現し、瞬く間に世界に向かって広がっていこうとした。今の状況は、そういうことなのだ。

 

「しかし人は、見えるものをこそ信ずるもの。見えぬ存ぜぬものを前にした時―――人の世は、あまりに脆い」

 

 そう呟くエヴァンジェリンに、クラウスもスティーブンも振り向かず口も開かないまま、心の中で肯定を返していた。

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