血界戦線 −THE LAST HOPE−   作:春風駘蕩

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4.壊れた価値観

 バルゼルエヴォスディアⅦ・デストロイアカスタム改

砲撃開始(フォイア)

 

 地鳴りのような轟音を上げ、キャタピラが回る。その上に備えられた土管のような巨大さの砲門が動き、小さな魔女に照準を絞る。

 そして次の瞬間、辺りが真っ白に染まる程の閃光が迸り、隕石と見間違わんばかりの砲弾が撃ち放たれた。

 

 ドッ!と音を置き去りにする勢いで迫る、鋼鉄の塊。

 しかし魔女は表情一つ変えないまま、素早く右手の中指にはめた指輪を、出現させたベルトの中心にかざした。

 

〈デェフェンド・プリーズ〉

 

 途端に、石積みの地面がモコッと盛り上がり、魔女と隣に座る青年達、そして移動販売の店主を守る盾となる。

 が、直撃した砲弾の威力は凄まじく、壁は一瞬で破壊され、衝撃によりエヴァンジェリンは軽々と吹っ飛ばされてしまう。無論、レオナルドとツェッド、店主もまとめて一緒にだ。

 

「ぎゃああああ⁉︎」

「ちっ…派手にやりおって」

「いや〜ん! あたしのお店〜!」

 

 空中を瓦礫と一緒に舞う四人。その横をボコボコにされたキッチンカーが通り過ぎ、彼らから少し離れた場所に落下し、ボンッと爆発四散する。

 

 背中から倒れ込み、見るも無残な姿に変わったキッチンカーを前に泣き叫ぶ店主。同じくレオナルドは地面に落下し転がっていき、受け身を取ったツェッドがそれを押しとどめる。

 そのすぐ横に華麗に着地したエヴァンジェリンは、響き渡る悲鳴に顔をしかめ、砲弾が飛んできた方を見やってチッと舌打ちした。

 

「見つけたぞぉ……クソチビババア!」

 

 キュラキュラキュラ…とキャタピラの音が鳴り響き、同時に無数の足音が近づいてくる。

 その最前面にいた一人の男、マシンガンやバズーカ、さらには無数の手榴弾などで武装した強面の男が、頭上に向けて一発の弾丸を撃ち、腹の底から怒号を轟かせていた。

 

 彼に同意するように、ぞろぞろと同じく武装した男達が近づいてくる。

 人類(ヒューマー)から異界人まで、多種多様な見た目の男達が全く同じ憎悪の炎を目に宿し、魔女ただ一人に狙いを定めていた。

 

「俺達が被った被害総額14億4000万! てめぇの命で払いやがれやぁ‼︎」

「ぶっ放せぇぇぇ‼︎」

 

 激昂のまま、男達は獣気を構え、一切の躊躇いなく引き金を引く。近くに一般人がいようがお構いなしに、もてる怒りの全てを叩き込もうとするかのごとく、銃弾の嵐を浴びせかける。

 

 エヴァンジェリンは咄嗟に、転がっていたテーブルを蹴り上げ、即席の盾として銃弾を防ぐ。

 危うく蜂の巣になりかけたレオナルドだったが、間一髪ツェッドが襟首を掴んで引き寄せ、燃えるキッチンカーの影に匿ってくれたことで事なきを得た。が、すぐ目の前を銃弾が飛んでいく様は、恐怖の光景以外の何でもなかった。

 

「ぎゃああああ‼︎」

「あ…あれは…⁉︎」

「思ったより簡単に釣れんしたな……はした金でいちいち目くじらを立ておって。まぁ、この程度のエサで釣れるようでは、狙いの獲物まではそう辿りつけんか」

 

 ヤクザだろうがマフィアだろうが、歴戦の度胸の持ち主でも流石に怯むほどの殺気をぶつけてくる男達に、エヴァンジェリンは心底鬱陶しそうに目を細め、ため息をつく。

 

 不意にドゴン!とすぐ近くで爆発が起き、起こった爆風でエヴァンジェリンの長い髪が嬲られ吹き荒らされる。

 レオナルドの小柄な体も危うく吹き飛ばされかけ、ツェッドも至近距離から襲い掛かる轟音に耳をふさいで苦悶をあらわにしていた。

 

「ぎゃあああああ‼︎」

「騒ぐな騒ぐな。ここでは少々狭い、離れんと………すでに色々手遅れだが」

「死ねぇええ! クソガキぃ!」

「ぶっ殺せぇぇ!」

 

 悲鳴をあげる少年に横目を向け、やれやれと肩を竦めるエヴァンジェリン。

 全くと言っていいほど相手にされていないとも知らず、男達はひたすらに魔女の首を取ろうと銃弾を放ちまくる。

 

 その時、不意に彼らの周囲を大きな影が覆い始めた。

 何事か、と銃を撃つ手を止めて顔を上げた彼らは―――大量の瓦礫を山にして担ぐ、憤怒に震える店主の鬼の行を目の当たりにした。

 

「……え」

「あたしのお店に…」

 

 ギラン!と店主の目が輝き、ぐああっと掲げられた大量の瓦礫の山が動く。

 見上げる程の質量が向かってくるその光景に、男達は一時、自分の怒りも忘れて呆然となってしまった。

 

「なんて事してくれるのよぉ〜‼︎」

 強制退店の一撃

 

 滝のように涙を流した店主が、自分の城であり足であり夢であるキッチンカーを破壊された悲しみと怒りを込め、瓦礫の山を叩き落とす。

 目を見開いたまま、あっという間に瓦礫の津波の中に飲み込まれていく彼らに、レオナルドとツェッドは言葉にしがたい驚愕で固まり、店主と瓦礫の山を交互に見やって絶句する。

 

 フー、フー、と荒い猛牛のような息をつく店主に、エヴァンジェリンが少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

「すまんの店主。弁償云々は後回しにさせてくりゃれ」

「もう! さっさと片付けてちゃんと戻って来てよね!」

 

 あまり本気で謝って見えないエヴァンジェリンの態度に、しかし店主はさして気にした様子も見せず、ぷりぷりと声を荒げて魔女を睨む。

 

 エヴァンジェリンは軽く頭を下げると、盾にしていたテーブルから離れて歩き出す。

 右手に新たな指輪をはめながら魔女は、表情を引き攣らせ固まったままの青年達に横目をくれ、口を開いた。

 

「行くでありんすえ、小僧共」

〈コネクト・プリーズ!〉

「おわっ!」

「ちょ…ちょっと⁉ 置いていかないでください!」

 

 光があふれ、魔女の目の前に赤い陣が出現し、中から一台の銀色のバイクが飛び出す。

 ひとりでに走り出すそのバイクのハンドルを握り、飛び乗るエヴァンジェリン。襟首を掴まれたレオナルドは荷台部分に無理矢理乗せられ、あっという間に加速し速度に振り回される。

 その後を慌ててボードに乗ったツェッドが追いかけ、三人は高速でその場からの離脱を開始した。

 

「あ…あの人大丈夫なんスか⁉︎」

「…普通の人じゃないのはわかりましたけど」

「まぁ、あの程度のマフィア相手に遅れは取りんせん。それよりさっさと移動しんす」

 

 爆音を上げ、道路を疾走する銀色のバイクとボードに乗った半魚人。

 ヘッドライト部分に備わった深紅の宝石を輝かせ、エヴァンジェリンは途中に置かれた障害物の数々を華麗に躱す。

 

 彼らが通り過ぎた後で、突如轟音が鳴り響く。

 レオナルドが振り向けば、先ほど砲弾をぶち込んできた巨大な戦車が砲門を向け、カッと光を放つところであった。

 

「追ってきましたよ!」

「慌てるな」

 

 半ば悲鳴に近い声を上げるレオナルドに、エヴァンジェリンは冷静に返す。

 魔女はぐりんと勢いよくハンドルを回し、車体を回転させる。少年の「おわぁああ」という声を無視しながら180度方向を変え、戦車に向く。

 

 すると何時の間に呼び出したのか、魔女の手にはいつぞやに見た銀色の剣が握られていた。

 それは魔女の手でグリップが曲げられ、刃が折り畳まれると一丁の銃へと変わり、銃口に赤い光が灯りだす。

 

 ソーマ流血晶魔導第2章16節

研がれた紅牙(デンス・アキュータス・ルブラム)

 

 ドドドドドッ!と、銃口から連続で銃弾が放たれ、歪な軌跡を描きながら戦車と戦車が放った砲弾に向かっていく。

 一発の銃弾は砲弾の頂点に、他の数発は戦車の砲門やキャタピラに次々に炸裂し、中で連鎖的な爆発を起こす。そして戦車の中にまでその爆発は及び、鋼鉄に覆われた怪物は途端に大爆発し、破片を辺りに撒き散らした。

 

「うわあぁああぁ⁉」

「……!」

 

 ばらばらと飛んでくる金属片や、人の慣れの果てらしき部品の数々。

 それらが降り注いでくる光景に恐怖の声を上げるレオナルドと、ドン引きした様子でエヴァンジェリンを凝視するツェッド。

 エヴァンジェリンは全く気にした様子も見せず、反転させていた車体をもとの方向に戻し、フンと詰まらなそうに鼻を鳴らした。

 

「ふむん…得物はいいものを使っていんすな。まぁ、魔法使いを相手にするには役不足でありんすが」

「何ですかあれ…⁉︎ 何ですかあいつら⁉︎ あなたは何をやったんですか⁉︎」

「言ったでありんしょう……釣りでありんす」

 

 魔女の身体にしがみつき、黒煙を上げる背後の惨状を凝視するレオナルドの叫ぶような勢いの問いに、エヴァンジェリンは面倒くさそうに答える。

 

「狙いの獲物に関連のありそうな輩に、片っ端から適当にちょっかいをかけてみたはいいものの……思った以上に雑魚ばかりが釣れんしたな。つまらぬ」

「アレが雑魚⁉ アレが雑魚っすか⁉」

「狙いの獲物に関わるもの以外は全部雑魚でありんす」

 

 魔女はくるくるとまわして弄んでいた銃を魔法陣の中に直し、バイクの運転に戻りながら、やれやれと落胆した様子でため息をつく。

 はぁ、と物憂げな声が響くと、燃え盛っていた戦車がさらに大きな爆発を起こす。積み込んでいた爆薬に引火でもしたのだろうか、それによって生じた衝撃周囲のガラス割れ、さらなる被害が広がっていく光景に、ツェッドは開いた口が塞がらなかった。

 

「くっ…! 周りへの被害というものは度外視なんですか⁉︎」

「知ったことではありんせん」

 

 冷たく、全く興味の無さそうな態度でそう告げるエヴァンジェリンに、ツェッドは嘘だろこの人とでも言いたげに絶句する。

 

 そんな彼の脳裏に、人間的に全く尊敬できない兄弟子の顔が浮かぶ。各方面、あらゆる人間から多大な怨み・怒りを買い、以前には女性関係のトラブルで一国の軍隊のような規模で攻め込まれたこともある屑中の屑だ。

 この状況を釣りと称する姿を見てしまった以上、この小さな魔女の思考の危険さはそれを上回っている気さえしていた。

 

「うちの兄弟子と思考回路がほぼ変わらない気がしますが⁉︎」

「あれと一緒にしないでくりゃれ。ああも女にだらしなく、恨みしか買わぬろくでなしではありんせん」

 

 ―――絶対ウソだ‼

 

 本気で悪気のない態度を見せる魔女に、レオナルドとツェッドの脳内のツッコミが奇跡的に重なる。

 こうも街中に甚大な被害をもたらしながら、罪悪感の欠片も抱いていないこの姿。清々しいにもほどがあり過ぎた。

 

 ふと、運転に集中していたエヴァンジェリンが、っぴくりと背後に反応を示した。

 

「? なんじゃ?」

 

 妙な気配、というか音を感じ取った魔女は、胡乱気な表情で振り向き、黒煙の向こう側で動いた何かの影に注目する。

 

 もくもくと立ち上る黒煙の中から突き出してきたのは、また別の砲身だった。それも、先ほどの戦車のものより数倍は大きい、化け物のような大きさのもの。

 そしてきこえてきたのは、今度はキャタピラの音ではない。ズシン、ズシンとアスファルトの地面を踏み鳴らし、炎上する戦車を踏み越えて、それは姿を現す。

 

 カブトムシのようなシルエットの、四足歩行の足を持った、怪獣と見間違わんばかりの巨体を誇る化け物兵器だった。

 

 ディアボロッセ社製多脚重戦車〝タラント・ヴォイパー〟36F式

進撃開始

 

 化け物兵器は巨体に似合わぬ俊敏さで動き出し、レオナルド達を追いかけ始める。ドスドスドスドス!と一歩一歩が数十メートルにもなる歩幅で、あっという間にバイクとスケボーの速さに追いついてくる。

 その間も砲台は動き、何時如何なる時も木端微塵にできるよう、魔女とその連れ達に照準が合わせられていた。

 

「ぎゃあああ砲身がこっちにぃぃぃ!」

「……うるさい小僧め。ほれ、死にたくなければぬしも何かやってみなんし」

 

 じろり、とさっきから喧しく騒ぐばかりの少年に、いい加減鬱陶しくなってきたエヴァンジェリンから鋭い視線が向けられる。

 厳しい言葉を向けられたレオナルドは、ついちらりとツェッドの方を向き、彼も今や逃げる事しかできずにいることに気付き、がしがしと頭を掻きむしって悩む。

 

「…! ああもう!」

 

 意を決し、レオナルドは両目を全開にして振り向く。

 そしてその目に秘された真価、自分以外の全ての視界を支配し制御下における義眼の能力を、最大出力で開放した。

 

 視野混交

 

 途端に、化け物兵器の動きがぎこちなくなり、挙句大きくバランスを崩したかと思うと、勢い良く地面に倒れ込んでしまった。

 兵器内部に搭乗していた操縦者の視界、あるいは近くにいた別の者の目、人以外の生物の視界、あらゆる存在の視界をシャッフルし、操縦者を混乱させてみせたのだ。

 

 ズズン…と轟く地響き。

 その結果出来上がった、非力な少年がやってのけた見事な撃退劇に、エヴァンジェリンも思わずひゅぅと口笛を吹き、感嘆をあらわにした。

 

「やればできるではありんせんか」

「嬉しくないんスよ!」

 

 そんなレオナルドの悲鳴を残し、魔女たちは颯爽と惨状を後にする。

 しかししばらくすると、動きを止めていた兵器が再び起動し、ズシンと怒りに満ちた一歩を、踏み出し始めた。

 

 

 

「あーあー……何だあれ、えらいことになってんな」

 

 ある高層ビルの屋上に腰かけた、ファーのついたジャケットを身に纏った少女が、視界の端に上がった黒煙に目を細める。

 ぶりゅぶりゅと持っていたホットドッグに大量のマヨネーズをぶっかけ、ほとんど真っ白になったそれにさも美味そうにかぶりつき、ゴクンと呑み込んでから深いため息をつく。

 

「ったく…相っ変わらずなんだよなぁ、あのババアは。周りの事なんざな~んも考えちゃいねぇ」

 

 聞こえてくるのは破壊音だけではない、数多の人々の悲鳴も聞こえてくる。

 そこかしこから聞こえてくる甲高い声だが、きっと彼女は全く気にしていないのだろうと、その少女は困った様子でがしがしと頭を掻く。

 

「しょうがねぇ、助けてやっか」

 

 そう呟き、少女は腰を上げる。

 そして何のためらいもなく、ビルの屋上から高々と跳躍し、飛び降りてみせる。

 

 その直後、甲高い鳥の鳴き声と共に、金色の影が天空に舞い上がった。

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