ホームルームが終わり、互いに自己紹介をする間もなく教室を飛び出す。それも、ドアではなく窓から。
それを見た織斑先生はため息を吐き、山田先生は慌てふためいていたが、当の俺自身、それを知るのはだいぶあとの事だ。
窓から飛び出しても、ここは仮にも地面から数メートル、10数メートルは流石にないかな。落ちたら痛いじゃ済まないが、真下の
「毎日こんなアクロバティックなことしてるの?」
「いや、めったにないぞ。今日はお客さんも多いしな」
話をしながらもランニングのペースは落とさない。そしてアリーナの更衣室に滑り込むと時計を確認。うむ、まだ余裕がある。
適当なロッカーに荷物を放り込んでからジャケットを脱ぎ、シャツも一気に脱ぎ捨てると、後ろから声が聞こえた。あのー、デュノアさん、どうして目を覆っていらっしゃいます? まるで男に免疫ない女の子みたいな反応ですよ?
「どうした? 下にISスーツ着てるし、恥ずかしい事ないだろ」
「う、ううん、そうだね」
動揺しすぎでは? ここは一つ、カマかけてみますかね。
「でもやっぱ、ISスーツって着づらいよな」
「そうだね。自分用になってるとはいっても」
「アレ引っかかるしな。パンツ履くみたいにサラッといけないもんかね」
「アレ? ……ッ!」
顔赤いよ? やっぱりコイツ、女じゃね? まぁ、まだ時間はあるし、どうせ同室になるんだ。時間をかけてじっくり証拠集めといこうか。
男のフリして俺に近づくんだから、ハニートラップ、暗殺、なんにでも気をつけないといけない。
脱いだ制服は畳んで鍵のかかるポーチに入れると、ロッカーの扉とワイヤーロックで結びつけておく。
「んじゃ、先行ってるからな。遅れるなよ」
「う、うん!」
さて。ワイヤーロックの錠前に仕込んだ隠しカメラは何を捉えてくれるかね。あとでじっくり見させていただこう。
その後の授業は悲惨なもので、まず最初に俺がセシリアの首に雪片を振り下ろす(それも零落白夜込み)というデモンストレーションから始まり(もちろんセシリアは無傷だったが、苦しそうな声を上げていた)、お返しと言わんばかりにセシリアから頭を撃ち抜かれ(脳震盪起こすかと思ったが、ISがさせてくれない)、その後のグループに分かれての実動作。まぁ、一部のグループを除いて滞りなく進んだから良かったかな?
午前中を実技で潰せば午後は整備。専用機持ちは日頃から日常点検的な事はこなせるように訓練を受けていて、かく言う俺も白式を渡された翌週に開発元に行って講習を受けている。それをまたやれと言うことだ。
挙動不審なデュノアを置いて着替え、教室に戻ることなく屋上へ。
なんと、箒始め、3人が弁当を作ってくれると言うのだからご相伴に預からないわけには行かない。
「一番乗りか。しっかし暑いな」
アリーナからの帰りに買っておいたスポーツドリンクがうまい。それから、スマホでゲームをして時間を潰すと、3人と思わぬ客人がやってきた。
「おまたせ、一夏。噂の転入生も連れてきたけど、良かった?」
「ああ、もちろんだ。まだまともに自己紹介もしてなかったしな」
「私たちも道すがら済ませたところだ。みんなで食事をつまみながらワイワイやるのも良いだろう」
それからテーブルを囲うと3人が弁当を広げた。
箒は予想通り、ザ·弁当。唐揚げ、レタス、卵焼き、その他煮物にお漬物。どれもうまそうだ。
鈴は日本にいたときは中華料理店の看板娘。実際、鈴の酢豚はうまい。だが、今日はそれにチャーハンセットだ。箒の弁当のように品目はないが、男の子的にはボリューム感が嬉しい。
そして、セシリア。バスケットを開けるとサンドイッチがずらり。タマゴにハムレタス、これは…… 独特の臭いを放つ黒いペースト。噂に聞くマーマイトってやつか?
「僕まで入れてもらってよかったのかな?」
「いいのいいの、お近づきの印に、ってことで」
「そうですわ。交友が広がる事が悪いわけありませんもの」
その間に箒が箸と紙皿をみんなに配り、お手拭きまで用意しているとは…… 女子力ってか、母力だよな。そういうこと言うと怒られそうだから口には出さないが。
「時間は有限だ、早速頂こう」
「そうね、いただきます!」
言うが早いか、まずはセシリアのサンドイッチに手を伸ばす鈴。セシリアのあらあらまあまあ、と言う言葉は貴婦人のそれだが、手元の皿には酢豚チャーハンセットとガッツリだ。箒はここでもふふっと笑ってサンドイッチに手を伸ばし、俺とデュノアは箒の唐揚げを頬張った。
「んっ!?」
「…………」
「どうしたんだ? 骨でも刺さったか」
サンドイッチに骨の要素はないが。
涙目の箒に食べかけのサンドイッチを口に突っ込まれた瞬間にその謎が解けた。
クソ不味い。本当にまずい。信じがたいほどまずい。
慌ててスポーツドリンクで胃に流し込んでもなお、腹の底で暴れまわっている。
「セシリア、味見はしたか?」
「いえ、しておりませんが……」
「アンタこれ食べなさい」
「そんな、鈴さんの食べか、ふぐっ!」
そして
セシリアが持ち込んだサンドイッチの中で唯一食べられたのは(それでもまずかったが)、バターとマーマイトを塗ったものだけという有様。
それに、このまずさはマーマイトが俺の口に合わないと言うだけで、バイオテロ物質を口に入れたからではない。
「ほ、箒さん、鈴さん。お料理を教えてください。お願いしますわ」
「もちろんだ。流石にこれは…… なぁ?」
「なんでこっち見んのよ、正直食えたもんじゃないけど」
「お、おいしいよ……」
「デュノア、涙目で言っても説得力ゼロだ。下手な励ましはやめとけ」
その優しさは美点だが、時には牙を剥くのさ。今みたいな場面では。
セシリアが肩を落としたところで楽しい(?)ランチタイムは終了。ちなみに、デュノアはマーマイトがイケる口らしく、本当においしいと食べていた。
午後のIS整備実習も終わって、ホームルームで山田先生のありがたーいお話を聞くといよいよ俺とデュノアが呼び出された。
「2人とも、予想はついてたと思いますが、同室です。織斑君は一人暮らし脱却ですね」
「ハハッ、そうですね。やっぱ、慣れてても寂しいもんは寂しかったんで、ルームメイトができて良かったですよ」
「僕も、知らない土地で一人暮らしにならなくてよかったよ。よろしくね、一夏」
デュノアにキーを渡し、「失くしたらダメですよ!」と念押しする山田先生に癒やされてから我が居城に戻るとしよう。
廊下で女子ズの待ち伏せが予想されるので、策略を立ててから教室から脱出せねばならない。
「デュノア上等兵、状況は」
「廊下に複数。扉の外に固まっています」
「なるほど、窓の外は」
「通行する生徒は確認できますが、待ち伏せはない模様」
「よし、窓から脱出する。ルート
「Roger」
教科書を詰めた鞄を背負うと窓を開け、わざと大声で「あばよとっつぁ~ん!」と叫んでからダイブ。俺は5点接地で一回転してからダッシュ。デュノアは一度庇に足を付き、それからパイプをつたって降りてきた。
教室の窓から追えだの待てぃ、ルパ~ンなど、叫び声が聞こえるが足は緩めずに1年寮裏へ。正面から入れば待ち伏せに捕まること不可避。なので食堂のおばちゃんに話を通して裏口から入る。挨拶はわすれない。
「い、一夏? ここ通っていいの?」
「ああ、食堂のマダムには話をつけてある。このまま走れ。エレベーターに乗れば勝ちだ」
案の定、玄関ホールに固まっていた女子ズを横目にエレベーターに滑り込むとドアを閉めた。ここまでくればあとは部屋まで余裕のよっちゃん。
「なんだか映画みたいで楽しいね」
「毎日やってたら疲れるだけだがな」
なんだかんだノリノリだったデュノアも満足いただけたようで、エレベーターを降り、無人の廊下を悠々歩いて部屋に帰って来られた。
「ここが1025室、我らの居城よ」
「ホテルみたいだね。一夏は、窓際か。僕が手前のベッドを使えばいいんだね」
「ああ、悪いな。代わるか?」
「いや、いいよ。こだわりは無いしね」
それから、デュノアの荷解きを手伝い、簡単にルール決めをして、放課後の練習に付き合ってもらう約束を取り付けると夕食を取って寝ることにした。
まぁ、俺は夜中に部屋を抜け出す訳ですが。
「千冬姉、起きてるだろ」
「やっと来たか。入れ」
また片付けの必要性を感じる部屋に入ると、前回よりは広く感じるラグに座れた。
酒臭いのは気の所為ではなさそう。
「で、デュノアの事で話があるんだろ」
「なぁ、アイツ女だろ?」
「ああ。それがどうした?」
「あっさり認めんだな。また禁欲生活か……」
もっとはぐらかすかと思えば一発で女認定。わかってて入れてるってことは大人の事情がありそうだが……
「大丈夫なのか? 風呂入るたびに髪の毛一本残さず掃除するのだって大変なんだぜ?」
「しばらく堪えてくれ。こればかりは学園だけでどうしようも無かったんだ。そのまま警戒して、揺さぶりをかけ続けてほしい」
「初日から尻尾出しまくってるけどな。また精神すり減らす生活だよ。ご褒美くらいあったっていいんじゃね?」
「隣にとびきりのフランス人形が寝てるだろう」
「酔ってる?」
それから昼間に隠し撮った映像を確認すると、まぁ、制服の下にISスーツを着てたからあっという間に脱いで終わり。収穫ゼロ。逆に俺の脱衣を見てげんなりしちまった。
デュノアの事、どうするかなぁ。
後戻りできないとこまで追い詰めて、ご退場願おう。ついでに美味しい思いができればラッキーだ。