織斑一夏[感性 A+]   作:卯月ゆう

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その2

「……くん? 織斑くん?」

「あっ、えっと、はい!」

「ごめんね、驚かせちゃったかな?」

 

 高校1年の春、俺は男女比1:300の学校にいた。

 弾や数馬が聞いたら血涙流しそうなものだけど、そんなに優しいもんじゃない。視界の中に男はいないし、下手に口を開けば何を噂されるかわかったもんじゃない。

 入学式で壇上に立つ偉い人以上に注目されて過ごしたら、今度は教室で視線に串刺しにされている。

 

 

「いえ、大丈夫です。緊張しちゃってて」

「それも仕方ありませんよね。自己紹介、できますか?」

「はい。えーっと、織斑一夏です。趣味は――」

 

 趣味は楽器と料理、特技はマジック。中学では吹奏楽やってました。そんな当たり障りないことをつらつらと述べるだけで女の子から拍手喝采。恐ろしいな。

 周りの子の名前も覚えてから最後の人まで行ったのを確認した先生が、改めて教壇に立つと、改めて自己紹介を始めた。

 

 

「すっかり忘れてたね、ごめんね。私は1組副担任の山田真耶です。これから1年間、ISの座学と実技を担当します。よろしくね」

 

 全体的にサイズがあってない山田先生。メガネはなんだかずり落ちてるし、ダボッとしたシルエットの服は低い背とアンバランスな母性の象徴(おっ○い!)をごまかすためだろうか?

 ううむ、いかんいかん、男はコソッと見てるつもりでも女の人は気づいてるって言うしな。そっと視線を少し上げて首元を見れば話す人も聞く人も見てるし見られてる感が出る。うん、煩悩退散煩悩退散!

 

 

「おや、もう自己紹介は終わったみたいだな」

「あっ、織斑先生。スムーズに進みましたよ」

 

 どことなく褒めて褒めて! と言っているようにも見える山田先生。癒やしかな?

 入ってきたスーツ姿の先生は織斑先生、と呼ばれていたからもう察しが付くだろう。

 世界最強の姉ちゃん。織斑千冬だ。

 直後、俺の第六感が緊急警報を発した。反射的に耳を塞ぐと音響弾が炸裂。黄色い悲鳴が教室を揺らす。

 やれ千冬様だ、やれ千冬お姉様だの、ありとあらゆる呼称で千冬姉を呼ぶのはいいが、実際に「姉ちゃん」と呼べるのは俺だけだっつーの。フフン。

 

 

「なにをニヤついてる、馬鹿者」

「あでっ」

 

 学校で会って初っ端が出席簿で叩きますかお姉様? まぁ、軽くポン、くらいだから痛かないけどさ。

 教壇に立つ姿は妙に様になっていて、言っちゃ悪いが脳筋の千冬姉とは思えなかった。先日出しておいた春夏物のスーツもきっちり着こなしてるし、それに心なしか背が高い。

 ウチの姉はいつの間に成長したのだろうか、と思っていると静かにしろ、と言う千冬お姉様のありがたいお言葉が出たので黙ろう。

 

 

「諸君、私が織斑千冬だ。1年間、ISの基礎をみっちり叩き込んでやる。それ以外でも学生生活でなにかあれば遠慮なく言ってくれ。もちろん、山田先生にもな」

 

 よろしく、とそれだけの短い挨拶。だが俺はまたしても脳内警報により挨拶の後半を聞くことなく耳を塞いだ。 隣の席の子も俺が耳を塞いだのを見て同じようにして頭を下げた。

 さて、その後の話をしようか。悲鳴どころか奇声が飛び交った1組はブリュンヒルデの手によって制圧。クラスの過半数が沈黙したところでSHRの終わりを宣言し、そのまま次の授業の支度を初めていた。

 そう、入学式の日だと言うのにいきなり授業なのだ。

 ここて改めて俺の立場を説明させてもらおう。

 

 そもそも、ISと言うものは女性にしか扱えない、と言うのが一般常識だ。なぜなのかはともかく、470弱あるISはすべて女性が扱っていた。

 いた、というのもそこに現れたイレギュラーが俺だから。受験会場でISを触って、起動までさせてしまった俺はあれよあれよと世界で唯一の、男性としてIS操縦者や技術者を育成する機関であるIS学園への入学を決められてしまったのだ。

 俺には人並みのISに関する知識しかなかったが為に、電話帳か辞典ではないかというほどの分厚い参考書を1ヶ月で丸暗記して今日に至っている。

 もちろん、周りはIS操縦者か技術者の卵というわけで、予備知識がまるで違う。そんな中でいきなり授業を始められては休み時間にダウンするのも仕方ないだろう。

 

 

「うー……」

「少し良いか」

 

 教室の内外から降り注ぐ視線に晒されて身も心もボロボロになっていたところ、女子たちの牽制に競り勝った勇気ある若者が声をかけてきた。

 見上げればポニーテール。そして組まれた腕。顔立ちも、うーん、美人だ。

 

 

「……ん? なぁ、箒か?」

「っ……!」

 

 この反応はビンゴらしい。小4で引っ越してしまった幼馴染であり、剣のライバル。篠ノ之箒がそこにいた。

 お互いに6年も会わなければ成長はするか。もともと長身だった箒は今でもスラリと伸びた背筋も合わせてそう見える。

 小4のときにはそんなに差がなかったが、抜かれてなくて良かった、と少しばかり思ってしまった。そんな考えが読まれたか、廊下へ出ろ、とまるでカツアゲか〆る前のチンピラみたいに態度で示すと俺も諦めて付いて行った。

 

 

「何だ、その、久しぶりだな」

「ああ、そうたな」

 

 ………沈黙。

 ねぇ、箒さん。なにか用があって呼び出したんではなくて? 自分から呼び出しておいてだんまりはあんまりだよ。我ながらナイスセンス。

 仕方ないから脳内メモリーの過去ログを漁って話のネタを探す。1件ヒットしました。

 

 

「そうだ、まだ剣道やってるんだろ。去年、全国で優勝したんだし」

「な、なぜ知っている!」

「いや、新聞で見たし、ホームページにも乗ってたぞ」

「なぜそんなものを見ているんだ!」

 

 なぁ、いちいち叫ぶなって。声でけえよ。俺だって新聞は読むし、全剣連のホームページも見るさ。

 しかし、この箒、さっきから妙に落ち着きが無く、俺のことをチラチラと見ている。顔を向けないなら向けないで違和感ないとこ見ろよな?

 まるで俺に好意があるみたいだろうが。

 

 

「ああ、そうだ」

「何だっ!」

「えっ、」

「あっ、いや……」

 

 食い気味な返事、間違いない。箒は俺のこと、好きだったんだろうな。ずっと前、それこそ一緒に剣道やってた頃から。

 これはマズいぞ。鈴には別れ際に「私の味噌汁」的なこと言われるし、絶賛2人の女子、それも両方幼馴染に好き好きオーラ向けられてる状態な訳だ。

 ――やべぇっす。

 これからの苦労を思って心の中で大きなため息を吐いたところでチャイムがなった。聞き慣れたキーンコーンカーンコーン、で安心したぜ?

 

 

「やべっ、戻るぞ、箒」

「お、応っ!」

 

 同じように散っていった他クラスの女子たちと同じく、教室に滑り込んで自分の席に着くと山田先生が入ってきた。織斑先生は後ろで見てる。おお、怖い怖い。

 

 

「ここまででわからない点はありますか?」

 

 1限目に引き続き、ISの座学。まずはISを取り巻くルールの話だったが、今のところは問題ない。

 分厚い参考書と、立派な教科書を見比べながら全速力でノートにまとめる事で乗り切っている。

 

 

「織斑くん、大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか。わからなければ質問します」

「はい! いつでも聞いてくださいね」

 

 私は先生ですから、ふんす、と胸を張る山田先生。眼福なり。

 しかし、実際のところは付いていくので精一杯。隙あらば教科書にマーカー、参考書の付箋を掴んでページを開いてノートを取って。死ぬほど忙しい。

 だから、また休み時間にくたばってても怒らないでください。金髪縦ロールさん。

 

 

「はい?」

 

 唐突に声かけられればそんなすっとぼけた返事にもなりますよ。それで『聞いてるのか、なんだその呆けた返事は』と怒られましても。

 

 

「これは失礼を、慣れない環境で疲れてしまって」

「あら、ちゃんとした言葉も話せるのではないですか」

「いえいえ、これでも頑張ってなんとか、ですよ。オルコットさんみたいな立場の方と話す機会はそうそうありませんから」

 

 この金髪縦ロール、セシリアオルコットと言うが、イギリスの国家代表候補生と言う肩書を持っている。

 その名の通り、国を代表してISを扱う人間の一人である。大抵の場合、代表の下に数人の代表候補生を置き、トップクラスの成績を出すとこうしてIS学園への留学や、専用機を与えられてさらに実力を伸ばすことになる。

 まぁ、その手合にありがちなのが、こんな感じの明らかに「男なんて汚らしい」的な思想の持ち主というわけ。

 

 

「それで、オルコットさんが俺みたいな奴にどんな用件で?」

「唯一の男性操縦者ですし、一度ご挨拶をと思いまして。予想よりずっと紳士的な方で安心しましたわ。授業などでお困りでしたらお声をかけてくださいまし」

「それは助かります。見ての通り、もう崖っぷちですから」

 

 付箋がびっしり貼られた参考書を見たオルコットさんが一瞬、オイまじかよみたいな顔をしてから視線を戻して苦笑いしてから席に戻っていった。

 表面上は友好的だが、態度の端々に嫌な感情が漏れてるから、おそらくお国に俺と近づけみたいな事言われたんだろうな。彼女みたいな立場は大変だ。

 ねぇ、まさかと思うけど寝込み襲われたりするやつ?

 

 

「よし、全員いるな。授業の前に再来週行われるクラス対抗戦への代表者を決めるぞ。自薦他薦は問わん、だれかやるか」

 

 さて、言葉の足らない姉ちゃんに聞けば、クラス対抗戦の代表とはすなわち、クラス委員長的なものらしい。

 委員会や会議への出席なんかも仕事の内だとか。まぁ、そんなに頻繁にあるわけでもなく、去年は顔合わせの1回だけだったとか。

 しかし、対抗戦の代表は話が別だ。クラスの実力指標となる立場、つまるとこ代表が下手ならそのクラス総じて下手なんだろ、と思われてしまいかねない。

 これは大問題だが、ウチのクラスには代表候補生のオルコットさんも居るし、問題ないだr――「織斑くんを推薦しまーす!」誰だテメェ!

 

 

「はぁ!? そんなもん常識的に考えりゃ無理だろ!」

 

 思わず声に出た。

 そんな叫びを聞いてか聞かずか、やれ私もそう思うだとか、織斑くん頑張れやら、好き勝手言い始める女子たち。

 不満オーラを出していたらお姉様から「自薦他薦は問わんといったはずだ」とありがたいお言葉を頂戴したので本来なるべき人を推そうではないか!

 

 

「なら、オルc――「ありえませんわ!」

 

 被せるなや縦ロール。いまお前を推してやろうと思ってたのに!

 

 

「こんな選出納得できかねます! 男であるだけでクラス代表になるなんて、わたくしに1年間屈辱を味わえとおっしゃるのですか!」

「まぁ待てオルコット。織斑、誰を推薦するつもりだ」

「オルコットさんを」

 

 当然ですわね、と言わんばかりの縦ロールはさておき、きっちりと反論の材料を揃えて行こう。

 

 

「第一に、オルコットさんはこの中でトップの実力を持っていて、俺はまちがいなくビリだ。ISなんて試験の10分しか乗ったことがない。第二に、そんなことしてる余裕は俺にない。なんならクラス全員を俺が推薦してやってもいい。第三に――」

「そのへんにしておけ。そんなことわかりきっていてなお、お前を推す理由があるんだろう、なぁ?」

 

 哀れにも織斑先生に目をつけられたのは、真っ先に俺を売りやがった(あえてこう言わせてもらう)女の子。

 静寂が包む教室で、織斑先生に迫られた女の子がか細い声で呟いた。

 

 

「お、織斑くんならブランド力というか、うまいことアピールにもなるし……」

 

 そんな声を聞き逃さず噛み付いていくのはもちろん縦ロール。

 ああ、もう勘弁してくれ。




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