さて、先日のシャルロット女バレから早1週間。修羅場もどん底は過ぎ去り、いまは底くらいだ。
ラウラ以外の4人の間で正妻戦争が勃発し、何かとアタック合戦が激しさを増している。名前呼びもその一環で、シャルロットがにっこりと目元以外に笑みを浮かべてお願いしてきたのでこうなった。
だが、それでも協定がただ一つある。
それは、『織斑一夏とセックスしないこと』それだけだ。どうやら、抜け駆けのラインはそこに設定されたらしく、2人きりで出かけようがキスしようが、それは彼女たち的にはセーフなラインらしい。
だが、俺的にはどうだろう? 仮にも性欲を持て余す思春期男子。朝起きれば箒とランニング、部屋に戻るとシャルロットが朝食を作っており、昼休みにはセシリアがすり寄ってくる。放課後はラウラが母親というよりは家庭教師のように隣で勉強を教えてくれて、夕飯は鈴が腕を振るう。精神が落ち着くのはラウラとの勉強タイムくらいだ。
「今日はこの辺にしておこう。ほら、ご褒美だ」
ラウラは放課後の勉強が終わると、ご褒美と言ってブドウ糖の飴玉をくれる。それがまた効く感じがするのだ。
彼女の指導はシンプルで、学園で使っている教科書を彼女の知識で上乗せした分をインプットするだけ。基本は教科書だから理解不能なわけではないし、ラウラも軍の教本をもとに補足していると言ってたから基礎はかなり分厚く固めれるだろう。
「そろそろ1週間だが、今学期の分はだいぶ進んだな。早ければ今月中に1学期で学ぶ範囲は終わるだろうな」
「めっちゃペース早いからついていくので必死なんだぞ。もっと落としてくれてもいいくらいだ」
「甘えるな。軍では学園で3年かけることを1年で終わらせるのだ。このくらいのペースが普通だ」
少佐殿の言うことは絶対。Jawohl Frau.
だが、内容はとてつもなく濃いはずなのについていけているのも事実。ギリギリではあるが、理解の範囲内で物が進み、その理解の範囲を広げていく感覚だ。
いつの間にか部屋に常備されるようになったパックの牛乳をラウラが吸っていると、鈴がそろそろ来る時間だ。
「いっちかー! 来たわよ!」
「おう、待ってたぜ」
そしてラウラを含め3人で夕食。最初は鈴もピリピリとしていたが、気がつけばラウラを膝に乗せて撫でているからわからない。
「今日はこの前聞いたシュニッツェルってのを作ってみたんだけど、これであってる?」
「そうそう、これだ」
こんなふうにラウラのリクエストを聞くくらいには仲がいいらしい。
と言うわけで今日はラウラのお気に入り、シュニッツェル。どうやら牛肉のカツレツ的なものだが、揚げ焼き程度の油の量だな。衣も薄くて思ったより軽い料理だ。肉もミートハンマーで薄く叩いてあるから、なおさら軽い口当たりなんだろう。
「美味いな。揚げ物かと思ったけど、そこまで重くないし」
「下味の付け方が見事だ。本当に初めて作ったのか?」
「ドイツ料理なんて初めてに決まってるじゃない。でも美味しかったなら良かったわ」
米が欲しいところだが、付け合せはふかしたじゃがいも。確かに、本場はこうなのかもしれないが、ここは日本。それに、俺は食べ盛りだぞ? まぁ、夜だから食べすぎても良くないが。
「じゃ、お風呂借りてくわよ。ほら、ラウラ、ちゃんとして」
「うーむ、眠い……」
夕食を食べ終えてしばらくテレビを見ながらゴロゴロすると、ラウラが眠そうにする。そのタイミングで鈴がラウラを連れて風呂に入るのがいつものパターンと化してきた。これじゃどっちが母親だかわからないが、あくまでラウラは俺の母親ポジションでいたいらしい。
千冬姉はどうなんだ、と聞いたら「気づかなかった!」と言う顔をして、千冬姉の元にすっ飛んでいった。浮かない顔をして戻ってきたから、振られたらしいが。
「それじゃ、また明日ね。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そしてラウラを鈴が連れ帰り一日が終わる。
なんだろう、気分的にはもはや父親なんだが。
翌朝、いつもどおりに早起きすると箒とランニング。そして軽く竹刀で打ち合い、部屋に戻るとシャワーを浴びて、シャルロットが来るのを待つ。
コンコンコン、と控えめなノックでドアを開ければバスケットを持ったシャルロットが箒と一緒にやってきた。
「箒、最近機嫌がいいな」
「シャルロットの作る朝食は美味いからな。楽しみなのだ」
「ふふっ、嬉しいな。今日はご飯だから、焼き鮭にオクラの胡麻和えと、玉子焼き。それからお味噌汁」
「ザ・焼き鮭定食だな」
「シンプルだが、それだけに実力が試されるな」
「なに料理番組みたいなこと言ってんだよ」
このシャルロット、家庭科スキルは天元突破でカンストしているらしく、料理に裁縫、掃除洗濯なんでもござれなのだ。メイドさんにほしい。
日本食もレシピを読んだだけと言っていたが、しっかり出汁の効いた玉子焼きはそう簡単には作れないし、ごまの風味がふんわりと香る和え物も絶妙だ。
「大根の味噌汁か。しっかり食べた感じがいいな」
「おかずがすこし寂しいから、お味噌汁の具も食べごたえ重視にしてみたんだ」
「最高だ。一夏ではなく、私に嫁に来い」
「それは無理かなぁ」
箒は最近、シャルロットを口説くようになった。まぁ、2人とも冗談だろうが。
腹ペコ属性が追加された箒には、シャルロットの手料理は星5つのアイテム。そりゃシャルロットが欲しくなるわなぁ。
楽しい朝食を終え、午前の授業もこなせば昼休み。セシリアの手番だ。
「おまたせいたしました。今日はうまく行ったと思うのですが……」
「見た目は、普通だ」
「特に変な匂いもないぞ」
屋上のテーブルを6人で囲み、各々の手にはサンドウィッチ。今日はスパムとレタスのサンドウィッチ。それだけだ。
「た、食べるぞ」
まずは俺から。
一口。表面をトーストしてあるパンはサクリといい食感。そしてスパム。これも焼き加減は良さそうだ。下顎がレタスを食い破るが、水気がよく切られてパンがベチョベチョしていない。
それらを咀嚼したところで俺の頬が引きつる。
「いかがでしょう?」
不安そうなセシリアの顔。
それは他の4人も同じく。
今の俺の口の中では半端ない塩気が暴れまわっているところだ。それを堪えてしっかり噛むとお茶で一気に流し込む。
「セシリア」
「はい……」
「塩、振りすぎたな。スパムはもともとかなりしょっぱいから、普通の肉の感覚で塩コショウすると味が濃くなりすぎるんだ」
「そうですか…… まだまだ勉強がたりませんわ」
昼休みはセシリアの作った昼食をみんなで毒味する時間だ。春先のパイオテロ物質からは遥かな進歩を遂げ、先日は第1段階のハムサンド(ハムにマヨネーズをかけ、レタスと一緒にパンで挟むだけ)をクリアし、今は第2段階、焼く工程が入るスパムサンドに挑戦している。
「いただきます……!」
俺が所感を述べたところで他の4人が覚悟を決めて凄くしょっぱいスパムサンドに齧りついた。