「あら、覚えててくれたの?」
助手席からこちらを見て妖艶に笑う彼女。IS学園の生徒会長サマな訳だが、俺が彼女と話すのは初めてではない。
彼女とのファーストコンタクトは1ヶ月ほど前、タッグマッチトーナメントが終わった頃だ。有り体に言えば、彼女もまた俺を監視する一人であり、また、知らないところでサポートをしてくれていた一人でもあった。
だが、この女の性格が俺には合わない。いつでも飄々として、言ってしまえば『食えないやつ』だ。
「生徒会長さんがなんのようです? さっきまでの話もあなたの耳には入るでしょうに」
「釣れないわねぇ。何か用がなきゃ会いにきちゃいけないの?」
「テンプレ台詞をどうも。妹さんの事でしたら、前から言ってる通り、難しいですよ。俺にもそんな余裕ありませんし」
彼女が俺に求める事は、倉持技研の解体によって放り出された彼女の妹(4組の更識簪さんだ)と協力してその子の機体を完成に導くこと。
もちろん、更識さん…… 妹の簪さんとは面識があるし、倉持から放り出された者同士、後始末に東奔西走するなかで一緒に動くこともあった。
そのなかで、彼女が大変なのは国内唯一と言っていいIS産業の担い手たる倉持の解体によって、専用機開発がストップしてしまったことだ。
ただでさえ、俺の白式の開発によってペースが落ちていた(実質止まっていたらしい)ところにこの事態。国の援助も、ただでさえ、武器を輸入しているのに、国家戦力の要であるIS開発を他国に丸投げするのか、と国会が大騒ぎになっているから、ただでさて止まっているものが後ろに下がり始めるのも時間の問題だ。
と、心配になった更識生徒会長。そこでないなら作っちまえば、と言う考えが浮かぶのはわかるが、彼女は日本人でありながら、ロシアの国家代表(候補ではなく、代表だ)を務める人物。おいそれと他国の情勢に口を出すわけにも行かず、回り回って俺のところまで話が降りてきたわけだ。
もちろん、俺だって何も考えてないわけではなく、倉持にいた技術者達とコンタクトを取り、なんとか策はないかと話をしてはいるが、所詮高校生。あくまで司会進行程度の仕事しかない。
「織斑くんが倉持の技術者を集めているのも知っているし、彼らが会社立ち上げという考えに至るのもわかる。そして、ネックになっていることも」
もちろん、技術者達と話す中で、新会社立ち上げという話になるのは当然の成り行き。さっきまで飯を食っていた防衛省の役人さんはもちろん、国会で騒ぎ立てる議員にもその話は伝わっているだろう。
それができないのは単純な話、金と、法と、利権の問題だ。
倉持は解散したからそもそも金が無い。
そして、ISを作るとは言っても、実弾兵器を作るには法律に定められた認可を得ねばならず、それも簡単に取れるものではない。
最後の利権の問題というのは、「旧倉持なんて信用ならん! 監査役としてこの人物を!」と言うドロドロとした政治の話だ。この辺は話を聞いても難しくて理解できないが、なんとなくISビジネスに首を突っ込んで甘い汁を吸いたい人間が群がっているのはわかる。
なんなら俺にまで接待しようと持ちかけてくるし。
「実際、俺は自分のために大人たちを焚き付けてるだけですがね。それ以上はできませんし」
「けど、その大人たちは進み始めた。それは君がきっかけであることに変わりはないわ。一枚噛ませて、って言ってるんじゃないの。ただ、同じように簪ちゃんを――」
「それはもちろんです。俺も簪さんも、倉持から放り出されたのは同じですから。ただ、俺と違って制約が多いので、どうなるか。一応、国分さん(さっきまで一緒にいた防衛省の人だ)には話をしてはいますけど」
俺と違って、簪さんは日本国の代表候補だ。俺とは違う意味で制約は多い。彼女の機体も白式と同じく防衛装備庁で開発を行うことにはなっているが、正直彼らの仕事は個人兵器や航空機などの技術開発で、ISは倉持に任せきりだった面もあるから、あまり期待はしていないのが実情だ。
「今まで実績のないところにいきなり放り出されるのも怖いと思うの。それは向こうも同じこと。ほとんど扱ってこなかったISを突然扱うことになる。今後の政府の動き次第ではあるけれど、すぐに環境を整えることは難しいわ」
「でしょうね。その話も大人たちとしてますけど、やっぱり……」
「まだ、彼らも自重しているのよ。その気なれば織斑くんを表立って担いでいくらでも稼ぎ出せるはず。それをしていないのはまだ大人としてクリーンで居たいからだと思うわ。そんな素敵な人たちだもの、きっとできるわ」
学園へと続くモノレールの駅前でタクシーを降りると、夏の夜の蒸した風が頬を凪いだ。
うへぇ、これから忙しくなるなぁ……
幕間のおはなし
とても短い