あのあと、鬼寮長(もちろん千冬姉だ)の一喝で即座に朝食を取ることを強いられた1年生各位は授業時間にだいぶ余裕を持って教室に集まることになった。
その間に俺は復習と、モンエナチャージ。寝不足すぎてこれがないとすぐにでも死にそうだ。
山田先生の子守唄……ではなく、授業をなんとか気力で持たせると千冬姉、じゃなくて織斑先生が寄ってきた。
「寝不足か。慣れない環境だとは思うが早く慣れろ。身が持たないぞ」
「言ってることが矛盾してるぞ、千冬姉。マジで辛い……」
無意識に千冬姉と呼んでしまったが、特に注意されることも無く、頭を雑に撫でられてそのまま出ていってしまった。
次は普通に一般科目。IS学園では初めてだが、一般科目に関して言えば高校1年の範囲はあらかた予習済み。剣道クラブで進学塾の講師をしていた人に、少しずつ教えてもらっていたのが功を奏した。
だからと言って手は抜かない。もしもカリキュラムが違ったら困るのは俺だ。まぁ、そんなことはなかったけれど。
「眠い、辛い、疲れた……」
放課後、自室のベッドでうわ言のようにそんな言葉を繰り返しているとノックもなしに扉が開かれた。
誰だよ、と体を起こすとボストンバッグと楽器のケースを持った千冬姉だった。
「追加の荷物だ。これ以上は自分で取りに帰れ。外出届は私のところに取りに来い」
「ありがと、千冬姉」
「本当に参ってるみたいだな」
「毎日視線に射殺されればね。それに…… いや、なんでもない」
ついボロりと碌でもない事を口走りそうになるのを阻止すると、唐突に肩を掴まれた。
ゴキぃ、と人間が立てるべきでない音がしたのは千冬姉が馬鹿力だからではない。
「うおっ」
「これは、酷いな。うつ伏せになれ」
黙ってベッドにうつ伏せになれば千冬姉の親指が背中に突き刺さる。バキバキと音を立てて歪みが矯正されていく感覚。痛いとか苦しいとかよりも、なんとなく立ち直されるような。
「一夏、居るんだろ…… 千冬さ、織斑先生」
「もう放課後だ。千冬さんでいい」
「凄い音、そんなになるまで何をしてたんだ」
「無理もない。ずっと机と向き合ってたんだろう。箒、済まないな、一夏と同じ部屋にしてしまって」
その間にも俺の体はバキバキと音を立て、ときには俺の悲鳴も混じり、気がつけば千冬姉は居らず、備え付けの机で箒が本を読んでいた。
寝落ちしていたらしい。
「起きたか。今は9時前だが、なにか食べるか」
「いや、いいよ。ありがと」
「千冬さんから聞いたぞ。苦労、してきたんだな」
「まぁ、な。こうなったんだ、少なくとも千冬姉の弟なのに、って言われることは避けなきゃいけない」
そんな気がして。
「お茶を淹れるが、飲むか」
「頼む」
不器用だったり優しかったり、なんなんだよ。箒。
なれた手付きでケトルから急須にお湯を移して少し待ち、自分の湯呑と俺のマグカップにお茶を入れて持ってきた。
久しぶりに飲むちゃんとした(というかは疑問だけど)緑茶。ペットボトルとはものが違う。
「旨い。あたたまる」
「良かった。なぁ、一夏。私は不安だったのだ」
「なんだよ、急に」
「久しぶりに会って、覚えてなかったら、なにを話せばいいのか、そもそも恨んでいたりしないか」
「なんで、忘れるわけも無いし、恨む理由もないだろ。まぁ、話すネタは頑張ろうな」
「むぅ…… けど、良かった。一夏はなにも変わってない。昔からずっと――」
「いや、変わったぞ」
俺だって無能じゃないし、成長するんだよ。
少なくとも、箒が居なくなってからが一番伸びたんだ。
「箒、単刀直入に聞く。お前、俺のことをどう思ってる」
「な、ななっ! なにを言い出すんだ!」
「俺の勘違いじゃなければ、箒は俺のことを想ってくれてたんだろ。ずっと前から。なのに俺はそれに気づかず――」
「違う、違うんだ! いや、違くない!」
どっちだ。
「けど、悪いな。俺はその気持ちに応えられない。今はまだ」
「どうして、分かっててなぜだ!」
「見てみぬふりをして傷つけた
「一夏、お前と言う男は……! いまさらそんなの、ないじゃないか……」
学園生活2日目。早くも女の子を泣かせた。
次の日、箒は不機嫌とかそういうのではなく、どこかこう、空っぽだった。
オルコットさんがクラスみんなの前できっちり頭を下げても、俺に専用機が与えられるなんて話でクラスが盛り上がっても、なんだか寂しい入れ物になっていた。
「箒」
「なんだ」
「剣道場、行かないか」
「そんな気分じゃないんだ」
「部活があるだろ」
「今日は休む」
「ズル休みなんて、一番嫌ってただろうに」
「体調不良だ」
「ほら、行くぞ」
無理矢理引きずっても箒は抵抗しなかった。
女子がキャーキャー言うのも気にせず、頭の中の地図と、箒があっちこっち言うのを頼りに剣道場へたどり着くと、箒は剣道部の先輩に任せ、自分は一緒に持ってきた自前の道着に着替えた。
無理矢理着せられたフル装備の箒と、道着は着てても防具のない俺。いかにも不釣り合いだが箒は腑抜けている。
「おい、腑抜け。いつもの威勢はどうした」
「誰のせいだと思ってる」
「俺のせいだとでも言うのか? なら聞くが、お前は俺に何をした? 何もしてないだろ」
そう、箒は俺になんのアプローチも仕掛けてない。まぁ、小学生に告れというのも無茶な話だが、それでもクラスでは誰それくんと誰それちゃんが付き合ってただのちゅーしてただのなんて話もなくはなかった。
そんでもって昨日一昨日を見ていて何があった。もうお互い15だ。今年16だろ。告白の1回や2回、されたことがないわけでもなかろうに。箒は何もしてこない。ただ、一人で勝手にヒートアップしていただけだ。
「俺はお前のなんでもない。ただの幼馴染、友達だ。お前も俺のなんでもない。幼馴染で友達なはずだろ」
「そんなわけ、ないだろう!」
唐突に放たれる刺突。おいおい、高校で解禁つってもいきなりやる奴がいるか。
勢いに任せただけの突きを避けるのは容易かったが、そのまま回転に移って横薙にくる胴はヒヤリとした。スピードも、気迫もつい先日まで中学生だった女の子のソレではないと思った。
「一夏に! 救われた! あの日からずっと! お前の事を想っていたのに!」
ブンブンと振るわれる竹刀。当たったとしても一本には決してなり得ないが、技術に裏打ちされた技が幼い頃から鍛錬を積んできた身体から放たれるのだ。当たったら痛いでは済まないな。
「それだけだろ、箒。中学で俺に告白してくれた女の子より、言葉にできなかったお前は弱いんだ!」
「そんなわけ、ないだろう! ずっと、ずっと、姉さんが
ヤベぇ死ぬ! 今まで見てきた中で一番速い面が俺を襲う。反射的に竹刀を頭上に掲げて防ぐと、甲高い音と、鈍い打撃音が俺の頭上から聞こえた。
箒渾身の、重すぎる愛のこもった一撃はどうにか威力を抑えたものの頭に命中。万が一の事を考えて、練習用の鉄芯入りを持ってきたが大正解。
鉄芯が見事に曲がり、竹は折れてしまっている。
箒が打ち込んだ竹刀は真っ二つだ。
「箒、気持ちは痛いほど伝わった。けど、ごめんなさい」
「あぁ、わかった。私は、勇気が無かったんだ。振り払う暴力はあってもな」
いつの間にか集まっていたギャラリーも静寂を守っている。まぁ、あんな熱い告白してるのを見ちゃったら、黙るしかないよね。
「一夏、私は諦めない。お前が泣かせたもう一人を出し抜いて、絶対に振り向かせてやる」
「おう、楽しみにしてる」
「久しぶりに泣いたら気が晴れた。一夏、もう一合わせ、願おうか」
「えっ、それは……」
さっきの一撃を耐えた両腕がビリビリするんですが!
痺れる腕で歪なオブジェと化した竹刀を拾うと、箒に見せつけるようにしてから自分の荷物の脇に置くと、防具をきっちりと付け、鉄芯の入っていない竹刀を持った。
「合図は要らない、好きに打ち込んで来い」
「その余裕がいつまで持つか、なっ!」
いつの間にか竹刀を持ち替えていた箒に挑発されると、俺も闘争心に火がつく。
最初から全力で小さめの胴を狙いに行く。しかし、箒も早い対応で最小限の動作で払うと直ぐに打ち込みに来る。竹刀で受けられないなら、身体を捻って避けるしかない。実際、そうしても箒が怒らないのはスポーツではなく、仕合であることの現れだろうか。
そのまま時間も忘れてお互いに一撃も決まらないまま駆け引きを続けていると、ふと、今までと違う視線を感じた。
わざと大きく振り上げて箒に空振りさせると視線の主を探す。
いた! 水色の髪の女の子がこっちを見ている。それも、目があったのに気づいてウィンクまでして。横から迫る横薙を弾き上げて空いた銅を狙うも1歩下がられる。
「よそ見をしている場合か!」
「よそ見しても防げるっつーの!」
時折こういった口撃も交えつつ、その後も有効打のないまま時間が過ぎ、剣道部の部長さんが剣道場閉めたいんだけど、と声をかけてくるまで続いた。
次は17日