織斑一夏[感性 A+]   作:卯月ゆう

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その6

 土曜の夜、人気のない第3アリーナで、フラフラの体と頭を引きずりながら、グリーンのラファールをなんとか歩かせる。

 

「思考が乱れてるぞ。疲れてるならもう切り上げるか」

「まだだ、行ける。歩いて走るだけじゃ、勝負にならない」

 

 なにか言いたげな千冬姉だったが、一瞬だけ口を開いてから、つぐみ、翔べ、とだけ言った。

 ふわりと浮き上がる機体。重力から切り離され、物理法則ともおさらば。

 PICとはすなわち運動の法則から切り離される魔法だ。慣性がなければ作用反作用の法則も成り立たなくなる。そこに慣性がなくなるのだから。

 千冬姉曰く、そこら辺の奴らより筋はいいらしいが、それでも飛んで歩くだけなら来週から始まる実習をやれば2週間でできるようになるとも言っていた。

 アリーナの外周に沿って円を描くように飛ぶ。あくまでイメージだ。しっかりと、飛びたい場所にレールを引くように。

 

 

「そこから思う通りに動いてみろ。そうだな、撃たれたときの回避機動のつもりだ」

 

 サイドスラスターを吹いて一人分横にずれる。それを繰り返せばジグザグに飛べるが、身体もミシミシ言い始める。

 戻ってこい、という千冬姉の声で再び地に足を付けると、時間もないから最後に取っておきを教えてやる、と言われた。

 

 

「私が現役時代に一番得意だった事だ。瞬時加速。エネルギーをブースターに再度取り込んで点火するんだ。爆発的な加速が得られる代わりに、真っ直ぐしか飛べない」

「曲げたらどうなるんだ?」

「内臓が一回転だな」

 

 というのは流石に冗談だったが、身体に戦闘機なんて目じゃないほどの負荷がかかるらしい。下手すれば骨が折れるとも。

 オルコットさんに一太刀くらいなら浴びせられるだろう、と言う千冬姉の教えに従って、何回か飛び上がっては再取り込みと放出のイメージを繰り返す。

 

 

「まぁ、一発でできるとは思ってなかったさ。そうだな、戦闘機のアフターバーナーはわかるか?」

「????」

「はぁ、一番わかり易いたとえだったんだがな。仕方ない。今日は時間だ、片付けるぞ」

 

 専用のカートにラファールをしゃがませると、飛び降りる。このカートなかなか重いんだよなぁ。格納庫まで飛ばせてくれりゃ楽なのに。

 心の中でボヤキながらもカートを押すと、隣に千冬姉が来た。

 

 

「この前な、箒とオルコットが来たんだ」

「ん?」

「最近、お前が疲れてるのは周りのバカどもが騒ぎ立てるせいなんじゃないか、とな」

 

 どうやら箒とオルコットさんはここ数日の俺を心配してくれていたらしい。確かに、行く先々で視線に突き刺され、誰かと喋れば噂されるのは疲れるし、そろそろ苛立ちも限界ではある。

 かと言ってできることはなにもない。人の口に戸は立てられないし、ここで騒ぎを立てても今後が生きづらくなるだけだ。

 千冬姉も同じような心配をして、何もできない事を悔やんでいたんだろう。

 

 

「そうだな。周りの女子にはムカつくし、イライラもしてる。けど、こうなったんだから我慢するしかないよ」

「っ……!」

「箒がたまに愚痴聞いてくれるようになったのはそういう理由だったんだな。最近、千冬姉も妙に優しいし――痛い痛い! お姉様はいつでも優しいですっ!」

 

 頭を掴むな!

 けど、そうやって気にかけてくれるだけで幾分楽になってるのもまた事実。まだ時間は掛かりそうだけど、暫くすればみんな慣れて静かになるだろ。

 それまで、時折箒に愚痴ったり、こうやって千冬姉とじゃれたりして過ごせばなんとかなる気がしてる。のほほんさん――この前そう呼べとやんわり強制された。も癒やしだし、敵も多いが味方は一騎当千だ。我軍、今は堪える時なり。

 

 

「鍵は閉めた、シールドも問題ない。よし、帰るか」

「そうだ、千冬姉、外出届をもらいたいんだけど」

「なにか取りに行くのか」

「まぁ、それもあるけど、弾にも会いたいし。IS学園の現実を教えてやる……」

「そうか。後で渡すから、明日の朝に事務室に出してくれればいい」

 

 久しぶりに姉弟で過ごす時間。小さい頃から思ってたが、やっぱり千冬姉は偉大だ。ブリュンヒルデだとかそんなの抜きにしても。唯一人の、世界一の姉ちゃんに変わりはないのだから。

 と、いい話で終わらせたいところだが月曜の放課後。この前の練習と同じ第3アリーナのピットで、俺と織斑先生は専用機の到着を今か今かと待ちわびていた。

 

 

「遅い!」

 

 先に切れたのは織斑先生。まぁ、オルコットさんもそろそろキリンになってもおかしくはないし、待たせるのは人としてのルール違反だ。

 千冬姉は俺の淹れたコーヒーを一気に飲み干すと、紙コップを握りつぶした。おっかねえおっかねえ。

 

 

「すみません! おまたせしました、倉持技研ですっ!」

「「遅い!!」」

 

 世界最強と、世界唯一(自分で言うのもこそばゆいが)に同時に怒鳴られたスーツの女性はビクリと震えながらすみませぇん! と鳴き声を上げた。

 ゴウンゴウンと音を立てて搬入口が開くと、

 

 

「カッケェ……」

 

『白』がいた。

 正しくは白くない。研磨してないアルミ、とでも言おうか、むき出しの金属。雑な輝きは蛍光灯のせいだろうか。太陽の光ならもう少しギラギラしてそうだ。

 

 

「よし、オルコットも待たせている。ぶっつけ本番、調整も現場でやれ」

「おう!」

 

 そのまま名前も知らない我が愛機に飛び乗ると、いつの間にか観客がいっぱいのアリーナに飛び出した。

 突き刺さる視線。待ちぼうけの姫は、呆れた、と言わんばかりの視線を俺に向けてくる。

 

 

「日本人は時間に厳しいと聞いていましたが、ルーズな方もいらっしゃるんですのね」

「ああ、おかげで織斑先生がブチ切れ寸前だったよ」

「あら、それは怖い。織斑さん、レディを待たせたのです。ちゃんと埋め合わせをしてくたさいませ」

「自信はないが、できる限り尽くさせてもらおう」

 

 合図もなしにいきなり鳴り響く警報。ロックオンアラート? そんなもん知らん。俺の第六感がとにかく避けろと叫んだ。

 身体を捻って半身反らせば、さっきまで頭のあった場所をレーザービームが通り抜ける。空気って焦げた匂いがするんだな。なんて驚いている暇もなく、続いて第2射、3射と襲いかかる。

 

 

「あらあら、一撃で決めるつもりでしたのに」

「まぐれだよ、死ぬかと思ったぜ」

「いい目ですわ。精々、わたくしを楽しませてくださいまし!」

 

 降り注ぐレーザービームの雨。さっきより増えてねぇか? 太さもまばら、そして方向も。見事に俺の死角からぶっ放してきやがる。

 ひとまず今は避けられているが、これ以上増えたらまずいぞ。原因を絶たないと。

 周囲を見渡すと、青い四角錐のようなものが俺の周囲を飛び回ってはレーザーを放ってくる。こいつがブルーティアーズねぇ……

 

 

「武器、武器……!!」

「いつまで逃げ続けるつもりですの? このままではノーポイントですわよ」

「武器…… あった! 出てこい!」

 

 初心者は武器の名前を呼んだり、なにか言葉をキーにして呼び出すと楽だと教科書に書いてあった。なのでそのとおりに叫べば装備リストにある唯一の装備、近接ブレードが手の中に収まる。

 

 

「そんなブレードでわたくしに勝負をかけるおつもりですの? とんだお笑い種ですわ!」

「いや、俺もかなりマズいとは思ってるけど、これしか無くてね」

 

 一瞬、レーザーの雨が止む。

 謎の沈黙。

 

 

「本当ですの?」

「ああ。飛び道具があるなら適当にばら撒くなりしてるさ」

「「…………」」

 

 気まずい沈黙を破ったのはオルコットさんのレーザー。俺の足元に一発叩き込まれると、それを合図と言わんばかりにレーザーの雨が雨量を増して襲いかかる。

 一昨日の練習を思い出し、ジグザグに距離を詰めようとはしているものの、レーザーが鬱陶しいし、ある程度詰まったと思うとオルコットさんのライフルが牙を剥く。

 勝負は一向に決まらないまま時間だけが過ぎ、視界の片隅に映るタイマーが20分を数えた頃、謎の光が俺の身を包んだ。

 

 

「んなっ!? こんな兵器聞いてないぞ!」

「これは! 織斑さん、ファーストシフトですわ! 今まで初期設定の機体で戦っていたということですの……!」

 

 ファーストシフト、漢字で書けば一次移行。工場から出たISが操縦者の物になった瞬間だ。今まで鈍い金属の輝きを放っていた機体は今度こそ純白に。大きな翼状のスラスターは今まで以上のパワーを感じさせ、手に持つブレードも、雪片弐型(ゆきひらにがた)なんていう厨二ズム漂う名前の刀に姿を変えていた。

 

「雪片……」

 

 その名前は、かつて千冬姉が現役時代に振るっていた刀と同じだったのだ。




次は21日
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