クラス代表決めの一騒動も落ち着きを見せ、学園内の目も俺の胃に優しくなってきた(俺の胃が鋼になったのかも…… それはないか)ころ、1年生は朝から浮ついた空気に包まれていた。
いろんな噂を合わせるにこの時期に転校生が来るらしい。中国から。
こんな時期にこの学園に入り込めるのは代表か候補生と相場が決まってるし、調べてみれば中国の候補生の中で年が近くて優秀な人物と言うと、1人しか当てはまらない。
「マジか……」
そして、その名前には見覚えがあり、顔写真を見て確信に変わった。
中国からの転校生、そして代表候補生とは――
「待たせたわね! 中華人民共和国 代表候補生主席、凰 鈴音、只今参上! 会いたかったわ、一夏!」
このツインテールのちんちくりん。俺が箒とセシリアを振った理由の女の子なのだから。
「り、鈴、久しぶりだな。代表候補生になってるなんて驚いたぞ」
「ニュース見たら一夏の顔がデカデカと映ってるのよ、アタシだって驚かなかったわけないじゃない」
背中に突き刺さる視線。なんというか、首筋に日本刀、後頭部に銃口を当てられたような……
ゾクリと震え上がりつつ、目の前の旧友、と言うには別れから時間の経ってない鈴を見下ろす。相変わらずちっこい背丈と、成長の見えない胸部装甲。うん、だがこのお手頃感と言うか、こうして撫で回したときの嫌がりつつ満更でもない猫っぽい感じが――( ゚д゚)ハッ!
「織斑、再会が嬉しいのはわかるが授業の時間だ。凰、教室に戻れ」
「千冬さ……痛っ!?」
「ここでは織斑先生だ」
「ひ、ひぃっ、はいっ!」
脱兎の如く逃げ出す…… いや、数メートル進んで教室に飛び込んだから2組らしいな。
俺もおとなしく席に戻ろうと振り返え、る…… ほ、箒、お前はどうしてそう般若のお面みたいな顔をしていらっしゃるので? セシリアさん、背後に黒スーツのヒットマンが見えますよー? こ、これはいかん。即座に席について教科書を開いた。
休み時間の度に繰り返された尋問タイムをなんとか乗り切って食堂へ逃げ込むと、そこにはなぜか両手を腰に当ててドヤ顔の鈴。手にはラーメンとラーメン+半チャーの食券。
「待ってたわ、一緒にご飯食べましょ」
「お、おう」
背後に視線を感じつつ、鈴と料理を受け取ればテーブルに着く。正直半チャンラーメンはキツいが、出されたものは黙って胃に入れる。お残しはいけません。
「んんッ、お隣よろしくて?」
「ああ、いい、ぞ……」
反射的に答えたが、お嬢様口調で話す知り合いは一人しかいない。
「セシリア、それに箒も……」
「私達が居てなにか問題でもあるのか?」
「それに、転校生ともご挨拶をしておきたいですし」
目が笑ってませんぜ、セシリアお嬢様。隣の鈴も引き攣り笑いだし。
この場を乗り切るべく、正直に鈴がその泣かせた女の子だと説明したら、それはそれで困ったことになりそうだが、今度は鈴をごまかす理由が弱くなる。
どうする、どうするよ俺!(このネタ通じんのか?)
「あ、ああ、そうだな。コイツは凰鈴音。中国の代表候補生で、俺が泣かせた女の子だ」
「泣かせたって…… まぁ、間違っちゃないけど。凰鈴音よ、よろしく! そっちの金髪がセシリアオルコットで、そっちのサムライは…… どちらさん?」
「金髪ッ」
「サム……ライ?」
まぁ、間違っちゃいないが。そうして変に喧嘩売らないでくれよ。おとなしくラーメンずるずる。
ガールズでまぁなんとかかんとか親睦を深めて頂いたところで自然と流れていた話題を掘り返したのは箒さん。
「そうだ一夏。凰さんがその、お前が責任を果たすべき相手なのだろう。どうするのだ」
「んな、結論を急ぐなよ」
「どういう事よ、一夏」
「ええと、これには日本海溝より深い理由がございましてですね」
中途半端な深さの言い訳をするべきか悩んでいたところで最後のチャーハンをかき込み、トレーを手に立ち上がる。回れ右して返却口へ!
「逃げた!」
「待ちなさいよ!」
あばよとっつぁ~ん! とばかりにダッシュ。女子の壁を掻い潜ることにも慣れ、パルクールもどきの立体機動(と言うか近道)も覚えてきた。この学校、窓枠が丈夫だから掴んだり足場にしても曲がらないから良い。
どうにか授業開始ギリギリまで時間を潰して教室に戻ると、箒とセシリアは居らず、数十秒遅れたがために織斑先生から出席簿を食らっていた。
その放課後。最近の日課となりつつあるISの練習メニュー(千冬姉直伝の訓練メニューだ)をこなすとロッカールームに戻る。今日はセシリアとは一緒じゃなかったから一人だ。セシリアもセシリアで忙しいようで、悔しさを滲ませつつ今日の練習には付き合えない、と言っていた。
確かに、箒からリードを奪う唯一のチャンスだもんな。
タオルで体を拭けば若干汗臭いISスーツを脱ぎ捨てジャージに着替える。以前、シャワーを浴びている間にタオルが消えると言う事件があってからシャワーは自室まで我慢することにした。箒にも相談済みで、鉢合わせることもない事を申し添えておこう。
流石にDNAを盗まれたかも、なんてのは洒落じゃ済まないしな。
「いっちかぁ!」
「!?」
テュイン! と某ステルスアクションゲーのSEが聞こえた気がしたが、目の前を柔らかい感触で包まれたかと思うと、反射的に後ろから感じる気配を投げ飛ばした。
もちろん、ロッカーに当たって大きな音を立てるがその間にISを展開し、即時撤退だ。
聞き覚えのある声で名前を呼ばれた気がしたが、万が一って事もある。用心に越したことはないだろう。
「織斑! 指定場所以外での展開は禁止だ!」
「身の危険を感じたんだって! 目をなにかで塞がれてさ!」
物音を聞きつけたのか、偶然だったのか、見回りをしていた千冬姉に会えたのはラッキーだった。
慌てて事情を説明すると、答え合わせの時間だ。
「さっき凰を見かけたが、タオルと飲み物を持ってたからな、それじゃ――」
「いぃちぃかぁ……!!!」
「――ないのか?」
正解のようですよお姉様。
正直なところ、あんなことがあってからどうしても目の前を塞がれる事に過剰に反応気味になっている気がする。「だーれだっ」ってアレも生理的に無理、ってレベルで拒否したい。怖いってより、いろいろとぶり返す。
「り、鈴。どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたも、いきなり背負投げするやつがある!? めっちゃ痛かったんだから!」
「いきなり目の前塞ぐお前が悪いだろ……」
「はぁ? アタシは親切で練習終わりに来てあげたってのに……!」
「そのへんにしておけ、凰。お前も知らないわけじゃないだろう」
千冬姉の助け舟にピクリと反応する鈴。鈴はじめ、仲良かった連中にはちゃんと説明してあったしな。それを思い出してくれたようだ。
「ごめん、一夏。アタシ、ついテンション上がってて、その」
「俺も悪かった、思わず手が出ちまった。怪我してないか?」
「うん、大丈夫」
「んんッ! 再会が嬉しいのはわかるが、程々にな。くれぐれも騒ぎを起こすなよ。――ライバルは強いぞ、さっさとケリを付けるんだな、鈴」
わざとらしい咳払いをした千冬姉は、鈴になにか耳打ちしてから背中を叩いて(めっちゃ痛そうだった)いった。鈴の顔が妙に赤いが、千冬姉に何を言われたんだ? 襲っちまえとかでは無いと思うが。
「ね、一夏。このあと暇でしょ? お菓子買って行きましょ」
「ああ、良いけど、先に部屋戻らせてくれよ。シャワー浴びてないんだ」
「えぇ…… 男子たるもの、いつも清潔にしてなさいよ」
「下手に荷物から離れるとな……」
「あっ……」
リアルに『あっ…(察し)』って反応を見られるとは思わなかったが、鈴の言うことも尤も。時々面倒だからペーパーで済ませてたりしたが、ちゃんとシャワー浴びとくか。洗濯物増えて大変なんだよなぁ。
鈴が購買に行ってる間にシャワーを済ませ、お茶を用意して待ってるとノックが聞こえてからすぐさまドアが開いた。遠慮なさすぎだろ。
「おい、なんだよその荷物」
「ついでにお泊りしてこうかと思って。昼に逃げられたこと、聞きたいしね」
お菓子とボストンバッグを持った鈴は、何時になく真剣な顔をしていた。