とある能力の代償   作:きんぴら大根

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1話 きっかけ

今ちょうど夏休みを迎えたころだろうか・・・

陽射しに陽気さが失われてからだいぶたつ。ここはマンションの一室。セミの叫び声マンションの壁全体に反響しており、芭蕉の俳句で詠われるような情緒は一切無かった。

 

(対セミ用の防音壁なんてものは学園都市にあるのだろうか・・・)

 

そんな考えがふと頭によぎり、陵は苦笑した。

こんな有様だというのによくもまあ下らない考えがうかぶものだと。

 

今マンションに住んでいるのは自分ひとりだけだ。もうここ2ヶ月も掃除しておらず、空気も入れ換えていないので部屋にはむっとするような臭いが立ち込めていた。衣服や書類が散乱しており、妻や娘がいたらすぐに片づけるよう口うるさくいわれただろう。今やここに咎める者はもう居ないが。

 

 

買ったときには妻と娘がいた。そのときは大金持ちとまでいかないが家族を養うのには十分な収入があり、ローンの返済の心配もなく順風満帆だった。金銭面だけではない。精神的にも充実しており、生まれて間もない娘の育児も最初は本当に苦労したが、夫婦互いにうまく時間を使って余裕のない時期を乗り越えることができた。

 

娘の霧香は学業が決していい方ではなかった。だが父親の少年時代と違い非常に社交的で明るい性格だった。友達も多くいて小中学生時代では学校行事に積極的に参加していた。担任の先生からそのことで褒められたことを妻から聞くこともある。子供時代抑圧された家庭で育ってきた陵にとってこれほどうれしいことはなかった。もっとも教育方針では妻の葉月とぶつかることは多々あったが。

 

そんな中一家に転機が訪れたのは、娘が受験を控えた中学3年生のときのメンタルケアの検査のときだった。厚生省がここ数年前から導入し、学園都市の研究機関と提携して行っているものだ。ストレスケアだけでなく本人の適性にあったサポートプログラムを組み実施することで、思考力の向上等の効果があるとされている。霧香の学校では進路の最終決定の判断材料としても扱われていた。

 

検査終了の翌日、学校から電話があり、両親ともに呼び出された。

面談を組んでいた日程を急遽前倒して来てほしいとのことであった。何か娘に問題があったのだろうかと不安で胸がいっぱいだった。

面談の部屋には担任の姿が見えず、かわりに白衣を着た若い男が座って待っていた。

 

「すいません。学園都市の者です。娘さんのことで少しお話がしたいのですが・・・あ、どうぞお掛けになってください」

 

なぜ学園都市の人間がこんな唐突に面談にくるのだろうかと訝しんだ。

学園都市の研究者で30代ぐらいの若い男だった。どうやら能力者のパーソナルリアリティ、というものを専門にしており、研究のために生徒の検査結果のデータを分析しているらしい。

 

「娘さんのデータが本当に興味深くもう一度検査させてもらいたいと思いまして・・・いやいきなりぶしつけなことを言ってすいません。こんなこと言っても驚きますよね、申し訳ない」

 

「あの、検査というのは何か娘に問題があるかもしれないということでしょうか?」

 

「いやいや、違いますよ。まあいきなり言ってもわからないでしょうから少しだけ説明させてください」

男は自分の研究について説明しはじめた。彼は能力者の人格と、その能力の発現の土台となる自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の関係性について研究しており、より特殊な人格の持ち主ほど研究対象として価値のある能力が発現する、というものであった。

 

「娘さんの検査結果を見て、実にユニークな人格をもっていると感じました。もっとも完全に私の主観によるものなので再検査してみないとなんともいえないのですが・・・」

 

「別に娘は普通の子ですが・・・学校でも問題なく過ごしていますし・・・」

 

「ああ、お気を悪くされたのであればすいません。正確にいえば娘さんの発想力や創造性に能力者としての可能性がある、ということなんです。世間では能力者は人格に多くの問題を抱えている、といった根拠もない噂が流れていますがそんなことはありません。なんの問題もなく健全に過ごしている者が大半です。検査の結果しだいでは学園都市の高校への入学の手続きが可能になります。とにかく能力測定の検査だけでもさせてもらえればと思いまして」

 

「そんな急に言われましても・・・」

 

「まあ検査だけならいいんじゃないか。娘の進路についてはそれからでも遅くないさ。これから夏休みだし全く余裕がないわけじゃないだろ」

 

「わかったわ。でもちゃんとあの子に説明してからよ」

 

それから男は自分が紹介した高校の概要や教育カリキュラム、学園都市全体のレクチャーをした。検査は学園都市で行うため、そこへの入場許可の手続きの説明をして面談はお開きとなった。

霧香はすぐに研究者の男の申し出を受け入れた。自分も能力者になれるかもしれないとずいぶんはしゃいでいて、受験勉強をしなくていいという期待も少なからずあったかもしれない。

 

「言っておくがまだ決まったわけじゃないからな。勉強しなくていいと喜ぶのはまだ早いぞ」

 

「そんなことわかってるって」

 

「あなたも茶化さないの。でも正直不安だわ。あまり治安も良くないみたいだし向こうの高校の勉強にちゃんとついていけるのかどうか...学園都市って中学のときからかなり進んだところをやっているみたいだし」

 

「だからまだ行くと決まったわけじゃないだろ。それに教育カリキュラムも個別に組んでくれるって言ってたじゃないか」

 

「お母さんって本当に心配症なんだから。とにかく検査だけでも受けようよ、予定なら全然空いてるよ」

 

そうして妻の葉月もしぶしぶ承諾するかたちで、往見一家は学園都市へと赴いた。霧香は丸3日に及ぶ能力測定検査を受け、事実上学園都市への切符を手に入れることになる。それがこれから起こる全ての元凶とは知らずに・・・

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