早朝、風紀委員でありケイの協力者でもある羽原は、今非常に気分が悪かった。ケイが羽原のアパートで休息を取ると言い出したのだ。ただでさえ、たいして仲が良い訳でもない異性を部屋に入れることに抵抗があるのに、なぜ下水管の中で汚れた男を自分のアパートに入れなければならないのか。昨日の夕方、ケイから電話があったとき思わず「ふざけんじゃないわよ!!」と公衆の面前で叫んでしまったものだ。今は部屋を掃除していないのだ。更に汚されてはたまったもんじゃない。まあもっとも、羽原はそうそうケイの要求を無碍に出来ないのだが。
「そんな顔するなって。その分の金はちゃんと出すから。それに休むって言ったって俺がいるのは朝から夕方にかけてだけだ。別に一緒の部屋で寝る訳じゃないんだし」
「そもそも何でケイの服や下着も私が買わなきゃいけない訳?ホント信じられない」
「ほらほらそんなこと言ってる時間あるか?学校遅刻しちゃうよ」
「うっさい!!」
勢いよくドアを閉めて、羽原は出て行った。ケイの方は「ああ、久々にゆっくりできる~」ともはや我が家にいる気分でいる。
(まずはシャワー浴びるか。風呂場使うなとは言われてないしな。言われてても使うけど)
シャワーを浴びて羽原が買ってきた新しい服に着替えると、ケイは冷蔵庫の中をあさり、清涼飲料水を取り出した。ケイはそれを勢いよく飲んだ後、リモコンを探し出してテレビをつける。何かニュースで変わったことがないかチェックするためだ。
(特に何もないみたいだな・・・)
ニュースをチェックし終えた後、今度は冷凍庫をあさり、冷凍食品を解凍して食べ始めた。
(さすがに怒られるかな・・・)
何を今更ととられるようなことを思いながらも、ケイは何の躊躇もなく行動に移していく。そしてとうとう最後には羽原、家主のベットに横になって深い眠りについた。
時は少し前まで遡る。
白神とケイが出会ったのは、白神がまだ学園都市の潜入捜査員であったころであった。
学園都市へ潜入し、協力者とのパイプをより広げることが目的であった。
ある日、たまたま捜査対象であった施設が機能停止となり、急いで駆け付けたところ、中にいる人間はほぼ息絶えていた。その中のわずかな生存者の1人、それがのちにケイと呼ばれる少年となる。
「白神、情が移ったのか?いきなりこの子どもを引き取りたいと言ってくるとは」
「この少年はあの施設の生き残りのうちの1人です。少なくとも生存本能という点では才能はあるかと・・・」
「そんな苦しい言い訳でごまかそうとするな。よりにもよってお前がそんな青臭い申し出をするとはな。俺達は慈善団体じゃないんだぞ。そんなに言うんなら全てお前の責任でやれ。私は関知しない」
「ありがとうございます」
自分でもわからなかった。同じような悲惨な光景を目のあたりにしたのは1回や2回じゃない。だがなぜかこの少年をそのままにしておくことは出来なかった。
「だいぶ体調は回復したみたいだな」
病院の一室でその少年は食事を取っていた。まるで腹の空かした動物が獲物に食らいつくかのように、ただ無性に口を動かしていた。
「そんなにうまいとは思わないけどな。ここの病院食は」
「誰だよ・・・」
少年は白神を睨みつけて言った。
「せっかく助けてやったのにその態度はないんじゃないのか。まあみんなからは白神って呼ばれてる。刑事だ。そういや坊やの名前聞いてなかったな」
「平崎圭太」
ぶっきらぼうに答えるだけで、白神の方を全く見ようともしない。白神もそれ以上話すこともなく、ただイスに座っているだけだった。
「他の人はどうなったの?」
しばらくたった後、圭太は白神にそう尋ねた。
「さあな、死んだんじゃないのか?」
まるで全く関心がないかのような態度に、圭太は怒りを露わにして、白神につっかかっていった。
「俺達を助けにきたんじゃないのかよ!!刑事のくせに見殺しにしたってのか!?」
「助けに?そんなわけないだろ。ここは『学園都市』だ。そもそも管轄外だしな」
圭太の言葉を白神は一笑する。とうとう堪えきれなくなって白神に殴りかかった。
「ガキの腕力でどうかなると思うか?」
白神は軽く圭太の拳を受け止め、ベットに組み伏せる。圭太が大人しくなったところで、白神は圭太を放した。
「あいつら絶対に許せない・・・」
圭太はうつむいて呟いた。
「どいつもこいつもバカにしやがって!!母さんも、施設の奴らも、まるでゴミみたいに俺を扱いやがって!!あいつら全員殺してやる!!」
「で、お前に何が出来る?」
激昂して叫ぶ圭太に対して、白神はひどく冷え切った声を浴びせた。
「たいした身体的な能力もない。能力もなければ頭もない。そんなお前にいったい何が出来るっていうんだ?通り魔みたいに人を刺すのか?せいぜいすぐに捕まるか返り討ちにあって殺されるのがオチだ。お前が死んだところで誰も気にもしない」
白神の容赦のない言葉に圭太はうろたえてしまう。さっきとは打って変わってひどく狼狽していた。
「俺がお前を助けてやったのは利用価値があると思ったからだ。もしお前が望むのなら俺がお前に生き方を叩きこむ。まあ、少しはマシになれることは保証してやる。で、どうするんだ?」
しばらく俯いて、圭太は「やる」と小さな声で答えた。
「わかった。お前は戸籍上は死んだことになっている。平崎圭太の名前はもう名乗れないぞ。自分が名乗りたい名前はあるか?」
「ケイ、俺はケイでいい」
「じゃあケイ、これからは長い付き合いになる。退院したらまた迎えに行く」
そういって白神は病室を出て行った。
「いたのか、唐崎」
病室の前で白神の同僚の唐崎が立っていた。唐崎は最も白神と仕事をしてきた仲だ。
「どう考えてもお前が私情を挟んでいるようにしか見えないんだが」
「どう受け取っても構わんよ。当然助けた分の成果は出してもらうさ」
白神が去っていくのを横目に、唐崎は深くため息をついた。