「また仕事?もう勘弁してよ」
ケイから連絡をうけた羽原はうんざりした様子でそう答えた。
「今回ばかりは代わりがいないんだよ。それに成功させる可能性は1パーセントでも増やしておきたいし・・・」
さらに言葉を続けようとしたケイを羽原が遮った。
「いい加減にして!!犯罪の片棒を担ぐなんて出来る訳ないじゃん!!」
「おいおい、今までだって似たようなことやってきた癖に今更何なの?」
蔑みを含んだ声でケイは言い放った。
「そっちだっていい思いしてきただろ?別に今関係を切ってもいいけど困るのはそっちだし」
「いったい何を・・・」
「お前のお母さん退院してからまだ仕事見つかってないんだろ?これから厳しいんじゃないのか?女手ひとつで育ててくれたお母さんへ恩返ししようとは思わないのか?」
この男のやり方はいつもそうだ・・・いつの間にか自分の取り巻く環境を調べ上げ、価値観を掌握し、最も効果的な方法で揺さぶりをかける。
「ホントあんたって最低・・・」
「承諾ありがとう。じゃあよろしく」
そう言ってケイは電話を切った。こんなことするなんて今まで思ってもみなかった・・・ジャッジメントになったのは本当にただ人の役に立ちたかっただけで、自分の利益のためなどでは全くなかった。だけどもうあの男との関係は絶対に切れない。それは今の生活が壊れてしまうことを意味するから・・・
「私も人のこと言えないかな・・・」
羽原の呟いた言葉は誰ひとり聞かれることなく、夜の空に消えていった。
今日は最悪だ・・・中間テストは失敗するわ部活の先輩からは怒られるわ・・・
透野真理は憂鬱な心境のまま自宅のアパートへ帰るところだった。元々は親からの勧めで学園都市に来た。能力者への憧れもあって喜んだものだ。とは言ってもここに来たのは小学生の頃なので実質自分に選択権があるわけではなかったのだが。能力はまだ開花しておらず正真正銘の無能力者。正直言って友達も多い方ではない。もっと刺激的で外の学校生活よりも楽しいところだと思っていたのにこれじゃあ普通の女子高生と変わらない。そんな平凡でありふれた悩みを抱え歩いていた真理の背後に、人影が迫っていた。
(誰だろう・・・ひょっとして後ろからつけられてる?)
そう感じた真理は急に早足で歩きだした。出来るだけ多くの角を曲がって相手の視界から外れようとする。自分の勘違いなのかもしれないが、ここ最近ナーバスな心理状態だったためかなり敏感になっている。すると突然すれ違いさまに声を掛けられた。
「どうかしたんですか?」
振り向くと茶髪を肩ぐらいまで伸ばした自分と同じぐらいの女子高生だった。ジャッジメントの腕章を付けていたので、思わず胸を撫で下ろした。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと様子がおかしかったから何かあったのかなって思っちゃって」
「いえ、たぶん気のせいだと思うんだけど誰かにつけられてるような気がして」
「あ、じゃあ私もついていく?一応ジャッジメントだし居ないよりはいいでしょ」
「でもいいんですか?そんなことまで・・・」
「あ、ひょっとして頼りないって思ってる?大丈夫だってー!こう見えても結構修羅場くぐってるから」
「じゃあお願いしようかな?ほんとありがとう」
それからたわいない話をしながら2人で歩いていた。友達が多くない真理にとってはこうやって新しい話相手が出来て本当にうれしかった。
(けっこう気さくな感じでいい子だな・・・)
さっきまでの警戒心は既に忘れており、ジャッジメントの少女との会話に夢中になっている。
「あ、そうだ。どうせなら少し休憩していかない?けっこう手軽な値段でケーキ食べれるところ最近オープンしたんだって」
「ホント?じゃあ少し食べてこっかなー」
そういって2人は道を外れて、路地裏の方へむかった。「こっからだとかなり近道になるんだよねー」とジャッジメントの少女にそう言われたのだ。少し不安になったがジャッジメントのこの子がそう言うんだし大丈夫だろう。そうして路地裏に入って少し歩いたところで突然意識がプッツリと切れた。
「はい、ごくろうさん」
そう言われて羽原はケイからマネーカードを受け取った。透野真理の後ろから隙をつき、麻酔を打ち込んだのだ。麻酔といっても一見百均で売っているような玩具にしか見えないボタン式のものだ。
「話術は中々のもんだったんじゃない?」
「ケイ盗み聞きしてたの?ほんと気持ち悪い。ていうかもう行っていいよね?」
「はいはい、お疲れ様」
羽原はすぐにケイたちのところから去っていった。透野真理を車に乗せ、浜面の率いるスキルアウトのアジトまで向かう。そこではすでに往見陵が待機していた。
「準備できたか?」
「ああ、全く問題ないよケイ。今からでもいいくらいだ」
「慌てんなよ。この子の麻酔が切れてからだ」
2人のやりとりを浜面は怪訝そうな顔で見ていた。全く関係のない1人の少女を誘拐しているのにも関わらず、全然気にも留めない様子でいる。最初から気は進まなかったが、今更自分がどうこう言える立場ではない。そのことは重々わかってはいるが・・・
「よし、起きたな」
透野真理は椅子で両手両足を縛られ、目隠しをされている状態であった。真理は起きた途端、自分がどういう状況にいるかわからなかったので、パニックに陥った。 手足の自由が効かず、目の前も真っ暗だ。しばらくすると男の声が聞こえてきた。
「家に帰りたければ俺の声に従え。まずは携帯の暗証番号を教えろ」
どうしてこんなことになったかは全く理解できなかったが、大人しく番号を伝えた。
「これが父親の番号か、テレビ電話でいくぞ」
透野真理の姿が映るようカメラを設置する。そして往見陵は父親、透野俊介の番号に電話を掛けた。