研究の手伝いを始めて10日がたった。能力の使用には当然ある程度の集中力がいるので、疲労が無かったとはいえないが、定期的に休憩を取らせてくれたので余り気にならなかった。こちらから事前に言っておけば休みもとれた。これなら春休みが終わった後でも続けられそうだ。
友達がやってるバイトと比べてたらかなりの高収入なので、休暇が終わったら友達に少し自慢出来そうだと内心ほくそ笑んだ。
私が能力を使用して人格を観る際、能力者とそうでない者の違いはおおよそはっきりしている。それは色があるかないか、この一点に尽きる。レベルが高くなりパーソナルリアリティが堅牢なものほど、色彩が鮮やかになるのだ。全てがそうだとは言わないが、おおむねこの傾向に一致する。
子供達のものは非合法の実験にさらされたせいなのかもしれないが、非常に不安定なものが多かった。かなり感情のゆらぎが激しく、自分も感化されそうなパーソナルリアリティを持つ子もいた。昏睡状態で普通ここまで不安定になるものだろうか・・・そうした疑念が頭をよぎったが、そのときは特に気にならなかった。
さらに一週間すぎた日の夕方、観察も終わって家に帰ろうとしたところ、警備員と思われる男性に声を掛けられた。
「いきなり悪いんだけど、ちょっと来てくれる?」
透野俊介より年は一回り上ぐらいだろうか。50代半ばぐらいの男だった。
えらくぶっきらぼうな感じで有無を言わさないような雰囲気があった。その男に対して不審感を抱きながらも、一応話だけでも聞こうと思って、しぶしぶついて行った。
「いきなりなんですか?出来れば早く帰りたいんですけど」
「どうせ帰っても用事なんかないだろ。じゃなきゃ女子高生がこんな時間帯に実験協力のアルバイトなんてしないしな」
いきなり無遠慮な発言飛ばしてきて私はイラッと来た。図星だったのが余計に腹が立つ。
「いいから本題に入ってくださいよ。それともこれって援交かなんかですか?」
私の嫌味を全く気にすることなく、話を切り出した。
「君はこの実験の内容をどう聞いてる?」
「不合法な実験にさらされた子供達の治療の一環って・・・それが何か?」
「全く、連中は白々しいというか・・・君も何も知らないんだな」
ずいぶんとトゲのある言い方だった。さっきから何が言いたいんだこのオッサンは。
「だから・・・いったい何なんですか?」
「この子たちを寝たきりにさせたのは今君と一緒に実験をしている研究者どもだ。ま、半分は本当の話だから説得力はそれなりにあったんだろうがな」
あまりにも突然すぎて頭がついていかない。
「そんなこと言われたって・・・何の証拠もなしに信じるとでも?」
「本当は思いあたる節はあるんじゃないか?仮にも精神感応の端くれだろう」
そう言われて頭の隅に引っかかっていた疑念が浮かぶ。治療というが子供達の様子が一向に改善の兆しが見えず、むしろ日に日に不安定になっている傾向が見られる。でもだからって・・・
「そういうあなたはいったい誰なんですか?ちゃんと説明してくれないことには・・・」
私がそういうと、彼は手帳を開いて私の顔の前に差し出した。警備局・外事課とあった。
「これって警察手帳・・・」
ようやく私は事の重大さを認識し始めた。でもなんで日本の警察が学園都市にいるんだろう?
「ここは厚労省との癒着の疑いがあるんでな。その調査に来たんだ。協力を頼みたい」
「そんなこと・・・私には関係ないじゃないですか・・・失礼します」
そう言って踵を返す私にその男は追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「子どもたちに罪悪感はないのか?金をもらって犯罪に加担してるんだぞ」
そう言われて足が止まる。ほんの一時の沈黙が流れた後、私の前に名刺のようなものが渡された。
「私の連絡先だ。協力する気になったら連絡しろ。自分が今何をやってるのかちゃんと自覚するんだな」
終始人にものを頼む態度とは思えない振る舞いだったその男はその場から去って言った。正直これ以上関わりたくはなかったので連絡先の書いたカードを破りすてようともしたが、思い留まって静かにバックの中に入れた。
次の日、どうしても昨日のことが引っ掛かり、実験への強力が終わった直後子供たちのうちの1人をこっそりと『観た』。そりゃ確かにこの子たちのパーソナルリアリティは不安定だけどそれであの男の話を裏付けるには余りにも乏しい。どうせいつも通りだろう。さっさと済ませて・・・
(あれ?これは人格なんじゃない・・・記憶?)
能力を行使し続けたことでいつのまにかレベルが上がったのだろうか?そんな思考を塗りつぶすかのように映像が流れていく。貧しかった家族、父親は酒を飲み母に暴力を振るう。その母のはけ口が自分に向かう。映像が切り替わる。どこかの施設だろうか?たくさんの子どもたち。楽しそうな表情。医者か何かか?白衣を着た男性が自分の手を引っ張る。機械に拘束された身体。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!全身に凄まじい痛みが襲う。そして薄れる視界に1人の男の顔が映り込んだ。
「ちょっと君大丈夫?顔色悪いけど・・・」
その声の主と記憶の男の顔が重なる。
「あ、ああ・・・」
驚愕と恐怖で思わず声が漏れてしまう。そんな私に気を遣ってか、あるいは訝しんだのか私の顔を覗き込んだ。
「具合悪そうだから早く帰った方がいいよ。なんなら明日は休んでも構わないけど・・・」
「・・・いえ、大丈夫です。今日のところはこれで失礼します」
私は施設からすぐにでようと早足で移動した。みんなが私を見てる。そんな気がして動悸が止まらない。とにかくここから離れなきゃ、そのことで頭がいっぱいだった。今ここで確信した、あの刑事が言っていたことが本当だったということに。記憶を覗いて観た男はまさに、透野俊介その人だったからだ。
次の日、体調不良という体で実験を休んだ。自分がとんでもないものに関わってしまっているということに初めて肌で感じる。相談するにしても誰がいいんだろう。友達はほとんど帰省しちゃってるし先生にしてもどこにいるのかもわからない。一体誰に言えばいい?誰に・・・
バックからひとつのカードのようなものが零れ落ちた。そうあの刑事にもらった連絡先だ。そこには見たことのないドメイン名のメールアドレスが記されていた。
「決心は着いたみたいだな」
連絡を取り合って再びその刑事と話をした。警察が動くには決定的な物証がないと動けない。そこで実験協力という体でかなり深いところまで潜入できる私の役目は、その物証の奪取だ。
「透野俊介は必ず第三木曜日に厚労省へ出張に行く。そのとき奴が持参しているPCには物証として十分な情報が詰まっている。このUSBで情報を抜き取ってきてほしい。PCの電源が入った状態で10秒間差し込むだけでいい。当然その際のサポートは出来るだけする」
結果だけここで言っておこう。データの奪取には成功した。相当の労力と神経を使ってのことだ。だがそんなことは何の意味のないことに私は後で気づく。
(何でこんな場所指定したのよ?不良がやたらウロウロしてるし、途中で襲われたらどうすんのよ!)
こんな界隈に女子高生が歩いていたら嫌でも目に付く。実際今周りの不良達に奇異な目線を常に向けられている。
施設内の工作の後処理のおかげで、刑事は施設をすぐには抜けられない。待ち合わせ場所に着いたものの、あの男の姿はない。その代わりにいかにもチンピラといった風貌の、自分と同じぐらいの年の少年が立っているだけだ。
「すいません、あのここで刑事さんと待ち合わせしているのですが・・・」
私が話掛けると、びくついたように肩を震わせ、途切れ途切れに返事をした。
「ああ、あいつのことか。俺は何も聞いてないけど・・・どういう関係なんだ?」
なんだかチンピラの割には覇気がないというかなんというか・・・
「別に関係っていうか・・・とにかく渡すものがあるんです。どこにいるかわからないんですか?」
「わからねえよ、用が済んだんならさっさと帰れ」
私とは意地でも関わり合いたくはないらしい。これもあの刑事に自分が関わっているからなのだろうか。まあ、チンピラと仲の良い刑事というのも不自然だが・・・
一瞥して取り合えず離れることにした。こんな危険な場所にいても仕方ない、だけどあの刑事はいったいどこにいるのだろう?ひょっとしてばれたんだろうか?
メールを何度も送るも返事が一向に来る気配がない。私は急にその場から離れて走り出した。とにかく家に帰りたい。きっと私だってただじゃ済まない。
だが、もうその時には遅かった。
家に帰ってすぐに玄関の鍵をしめた後、体が自然とうずくまりしばらく動けなかった。知らない内にとんでもないところまで来てしまったと改めて思う。この学園都市で日常茶飯事に起きている人体実験、研究者たちはいつものルーティンワークをさも当然のことのようにこなしていた。もし捕まったら私はあの子達と同様にモルモットにされるのだろうか・・・
ポケットの中の携帯が振動している。どうやら誰かからの着信らしい。画面を見るとなんと高校からだった。
「往見さん?今すぐこっちに来れる?あなたがアルバイトしている研究施設のことなんだけど・・・」
ひょっとして先生もあの研究施設が怪しいと思ったんだろうか?良かった!取り合えず話せる大人の人がいてかなりほっとした。
「先生!そのことなんですけど実は」
「事情は大体わかってる、往見さんがこっちに来るのもいいんだけど・・・やっぱり念のためアンチスキルの人達に迎えにきてもらうわ、そっちの方が安心でしょ?」
「ありがとうございます!もう私どうなるかと思って・・・」
「早く気付けてよかったわ、本当にね。じゃあまたね」
通話を切ると急に脱力感が私を襲った。もう大丈夫だ、これできっと・・・
アンチスキルが私のアパートの前に到着した。服装から見て間違いなさそうだ。
「あ、往見さんこっちです」
私は彼らに連れられてアンチスキルの車両に乗った。なぜか車には前方の方にもスモークガラスが施してあった。
「いやあ良かったよ、気付くのが遅かったら取り返しのつかないことになってたからね、僕らにとっても」
「ええ、本当にありがとうございました。でも『僕らにとっても』というのは・・・」
「ああ、何すぐにわかるよ」
ふと車の窓に目を向けると私の高校が横を通り過ぎるところだった。私は慌てて運転手に声を掛ける。
「あの、高校はここです、ここで止めてください!」
「いや、ここで止まる必要はないよ」
そう言って車はどんどん私の高校から遠ざかっていった。そして向かった先は・・・
「おかえり、思ったより体調が良さそうで良かったよ」
私を待っていたのはその男、透野俊介であった。いつもと変わらない笑顔を浮かべて私にそう声をかけた。
「これからもよろしく頼むよ、往見さん」
急に恐ろしくなって逃げ出そうとするも、私を連れてきたアンチスキルに取り押さえられ口も塞がれてしまう。必死にもがいている私に透野俊介は淡々と私に告げた。
「協力してもらえないと君のためにもならないし、あの子たちへの苦痛がより増すだけだ。ああ、あと君をたぶらかそうとしたおじさんはもう来ないよ。運悪く交通事故に巻き込まれてね」
「ありました、USBです」
証拠として持ってきていた物までとうとう回収される。これでもう今までの日常に帰ることができないと実感してしまった。いったい誰のせいだろう、そもそもこんなアルバイトをしてなければ・・・いや、このまま目をつぶっていた方が良かったのだろうか・・・結局捕まってしまえば全て失ってしまう、現にこの有様だ。
「いやあ良かったよ、でも君も運がないね。今まで通り私たちに協力してくれていたらこんなことにはならなかったのに」