元・遠月学園番外席次は料理を作らない=最悪の料理人= 作:九十九夜
《悲劇乗り越え、最年少料理人秋の選抜決勝へ!!》
見出しに書かれたタイトルを見たくなくて、顔を背けた。
『出流さんっ。お話よろしいですか?東雲さんの件は本当に残念でした。もし彼がいたらどんな言葉を送ってくれたと思いますか?』
『一人きりで高等部の方々に挑む今の心境を・・・。』
『選抜終了後はどのような活動を・・・。』
うるさい。
『素晴らしい!!君!何故こんなところで燻ぶっているんだい?私の店に来ないか?』
『何言ってるの!彼女は私のお抱えになるのよ!!』
止めて。
『頼む!いくらでも払う!なんでもやる!!だから私のために料理を!!』
『頼む!お願いだ!!頼むからあああぁぁぁぁぁぁ』
『私に』『俺だけに』『私のために』
こないで。
消えて。
消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて消えて
―――消えろ。
「・・・悪夢だ。」
既にもう朧げになった夢の内容はあまり気持ちのいいものではなかった気がする。
たぶん、随分前の記憶。その追憶。
「・・・あんなの見たからか?」
粗削りながらも確かな何かを秘めたペア。
少女の見せた才覚の一片と、少年の少女にとっての精神的支柱としての役割。
何処までも似ている。似ているだけの全く違うはずの二人組。
あの二人の眼には今、どんな世界が映っているのだろうか。
「・・・きっと、明るいんだろうな。」
無責任で月並みな一言がポロリと零れ落ちた。
夢に満ち溢れた、かけがえのない一瞬。
そんな時間を生きる少年少女。夢は見ておけるうちに見ておくものである。
・・・もっとも、夢とはいつかは必ず覚めるからこその夢なのだが。
果たして、その果てにいるのはかの流浪の料理人だろうか?それとも・・・
―――出来ることなら其の役は私が担ってみたい。
どうせ終わりが来るのならあの二人にこそ倒されたいと、そう思うのだ。
ケースの中の一本の包丁を見遣り、上着を手に取った。
□ ■ □
今日担当する実習室に行くと既に担当講師・・・四宮が食材の確認をしていた。
「おはようございます。お待たせしました。」
「ああ、おはよう。まだ一時間以上あるぞ。」
四宮の声に出流はちらりと時計を見る。・・・確かに、時計の針は8時半を差していた。
いささか早く着き過ぎてしまったようだがまあいいかと思い直した出流は四宮に指示を仰ぐ。
「・・・粗方終わってるみたいですが、私は何を手伝えば・・・。」
「野菜は全部確認しちまったし、そうだな・・・なら、備品の確認しといてくれ。コレ、リストな。」
「はい。」
言って、受け取ったリストには既に確認済みらしきチェックマークが入れられている。
ダブルチェックというやつだ。
言われたとおりにその記入の脇にさらに確認済みのマークをつけていく。
各種カップ、鍋、バット・・・。
と、それらの確認作業が半ば終わりかけになってから出流の中で違和感が疑問へと変わった。
―――何故野菜のダブルチェックは頼まれなかったんだ?
野菜は肉や魚よりは劣化しにくいイメージを持たれやすいが同じ生鮮食品のため、ホウレン草などの葉物をはじめとして傷みやすいものが多い。
予備の都合もある。早急にダブルチェック後に手配し直す必要も無きにしも非ずだ。
「四宮さん。野菜の「それと、今回の課題はこのルセットでいく。一応聞いておくが・・・お前が手を加えるとしたら・・・いや、誰かしらが手を加えたいと思う様なところはあるか?」
「は?手を加える?」
「そうだ。」と返ってくるとともにピリピリとした空気が四宮から発せられる。
そのままルセットに目を通している出流は気付くことは無かったが、その質問をした時からまるで睨むかのように四宮は出流の様子を伺っていた。
「・・・安直かもしれませんが、何も異常がなければソースでしょうか。下手にテリーヌ本体に手を加えてしまうとゼラチンの凝固に誤差が生じるかもしれません。弄ろうと思えば弄れるでしょうけれど制限時間を考えると・・・生徒たちにはあまりお勧めできませんね。もっとも、ゼラチンをヌガーや寒天に変えてしまえば或いは・・・。」
いや、ゼラチンをヌガーはともかく寒天に変えてしまったら食感もだが、その時点でテリーヌではなくなってしまう気がする。それに見た目のことを考えるとヌガーとゼラチンでは透明度が違うため少々見た目も変わってしまう事だろう。やはりオリジナルに添わせるのが最適だ。初見の料理となれば尚更。
「・・・いえ、無いですね。自分で言っておきながらこれは無しです。」
首を振ってルセットを返すと四宮が何処か安堵するかのような表情で出流を見ていた。
出流はそんな四宮の様子を見て、さっきまでの空気といい話題を変えて話しかけてきたことといい、なにかあるのではないのだろうかと疑問を疑念に変化させる。
「そうか、ならこれを各調理台に二枚ずつ配ってくれ。」
「はい。・・・四宮さん。」
「?なんだ」
「・・・いえ、やっぱり「失礼します。」
ぞろぞろと学生たちが実習室に入ってくる。
そのまま四宮は奥の椅子の方に行ってしまったため、出流も疑念をそのままにルセットを配っていった。
「おはよう。79期卒業生の四宮だ。この課題では、俺の指定する料理を作ってもらう。ルセットは行き渡ったな?」
途端に学生たちの間から不安の声が漏れだす。
「俺のルセットのうち割と簡単な料理をチョイスした。もっと難しい品の方が良かったか?」
『クッソ。マジ殴りてえ』
この実習室にいるほとんどの学生の心の声が一つになった瞬間である。
部外者の様な立ち位置の出流は端でその様子を見守っているのみだが、すごい煽り方するなと感心していた。
それからちらりと視線を注目しているペア・・・幸平・田所ペアに向ける。
「ルセット?」
「レシピのことだよ。」
会話に出流は思わず転びそうになる。まずそこからなのか。
あの人と似ていると思ったのだが間違いだったのだろうか。
というか、奴はフランス料理の講義はいったいどうやって切り抜けていたのだろう。
ルセットが分からないとなると他の用語もわからないのではなかろうか。
―――自分の事でもないのに不安になってきた。
「それと、この課題ではチームは組まない。一人で一品仕上げてもらう。調理中の情報交換や助言は禁止だ。」
その言葉に顔を歪ませる田所を見て、出流は表情を硬くする。
―――やっぱりな。
別な意味で不安が的中してしまった。
一日目の様子から二人の関係性は大体把握したが、やはりというか田所恵は幸平創真と一緒にいるからこその自分という、過去の経験からの思い込みによって行動している節がある。
要は言い方は悪いが幸平創真に依存している。
そして、無意識に庇護対象とでも認識しているのか幸平創真はそれがどんなに残酷なことか気付かず放置している。
「それから、一つアドバイスを送ろう。周りの奴ら全員、敵だと思って取り組んだ方がいいぜ。」
―――だからこそ。
―――だからこそきっと、この課題で彼女は変わる。変わらざるを得なくなる。
「制限時間は3時間。それでは・・・始めろ。」
競争が、始まった。
飛び交う罵詈雑言。我先にと押しのけあう学生たち。
・・・こういう光景を見ているとエリートだろうが学生だろうが所詮は人間なんだよなと改めて確認させられているかのようだとぼんやりと出流は思った。
そこからはじき出される彼女に、やはり既視感。
―――頑張りなよ。田所恵。
「出流。ルセットとこっちの冊子。それとこの報告書。堂島さんの所にもっていってくれ。」
「分かりました。」
「それと、こっちは俺一人でもやっていける。おそらくあの人のことだ、俺の課題にケチつけてくるだろうからついでに対応しといてくれ。」
「は、はあ。わかり・・・ました。」
詰まる所邪魔だから出て行けとでもいう事だろうか。
そんなことに頭を悩ませつつ、堂島にもってきていた書類を渡す。
「態々すまないな。終わってからでも良かったんだぞ?」
「え?」
終わってからでよかったとはどういう事だろうか。
やはり出流にいられては不味いことが向こうで行われているのであろうか。
・・・そうしてその後、出流は田所恵と幸平創真。両名の退学を賭けて四宮に食戟を申し込んだことを知らされることとなる。