Fato/Vento di fronte   作:弥宵

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天罰術式

 言峰教会。聖杯戦争の開催地である冬木市に建つその教会は、聖杯戦争における中立域であるとともに監督役を務める言峰璃正の住居でもある。

 現在、そこでは三人の男が顔を突き合わせていた。一人は教会の主たる言峰璃正、一人はその息子の言峰綺礼、そして最後の一人は御三家と呼ばれる聖杯戦争の主催者の一角、遠坂家の当主たる遠坂時臣。三者は時臣の聖杯獲得のため、秘密裏に協力体制を築いていた。

 

「それで、璃正神父。本日はどのようなご用件で?」

 

 場が整ったところで、時臣が話を切り出す。

 今回の集会は璃正の招集によるものだ。それも可能な限り早くという条件までつけて。よほど重要な話なのだろうと時臣が考えるのも自然なことだった。

 

「外来のマスターが新たに判明したのだが、それが些か厄介な人物だったのでね。早急に情報を共有しておく必要があると判断した」

 

「それほどに実力のある魔術師なのですか?」

 

「それもある」

 

 時臣の問いに部分的な肯定が返される。

 逆に言えば、厄介なのは実力だけではないということ。目線で続きを促すと、璃正は一つ頷き説明を始めた。

 

「所属は聖堂教会。それも、普段はまず外に出てこないような裏側の人間だ」

 

「教会、ですか」

 

「うむ。とはいえ、我々との協力は望めないと思っておくべきだろう。何せ教会内部においてさえ異端と言っていい相手だ」

 

 監督役である璃正、ひいては聖堂教会が時臣に協力するのは、外来の魔術師がどのような願いを叶えるか未知数であるためだ。場合によっては世界を滅ぼしかねない願いを抱く人物が聖杯を獲る可能性もあり、その点時臣の『根源へ至る』という願いは比較的無害なのだ。

 その考えからすれば、相手が聖堂教会の手の者ならば協力することが可能とも思える。しかしこの人物に関しては目的が掴めないため、引き入れるのは難しいと言わざるを得ない。

 

 そもそも聖堂教会は、これまで監督役こそ置けど基本的に傍観に徹してきた。それは今回も同様であり、綺礼という例外を除けば教会の人間がマスターとなることはないはずだった。その意向を完全に無視してまで参戦してきたこの人物が何を狙っているのか、教会上層部ですら正確に把握してはいないのだ。

 

 

 状況を概ね理解した時臣が小さく唸る。

 

「確かに厄介だ。我々の協力関係も悟られてはまずいのでしょうね」

 

「そうですな。あまり積極的な支援はできなくなると思っていただいた方がいい」

 

 上の意向を無視して動いているということは、教会を離反したかさらに上(・・・・)かの二択。この場合は後者だ。

 それほどの強権を持つ相手にこの協力関係が知られれば何らかの圧力を加えられる可能性があるため、大掛かりな援助は控えざるを得ない。

 

「致し方ありません。戦うしかないならばそうするまでのこと。璃正神父、そのマスターの情報は?」

 

「詳細を語る前に、まずはこの写真を見ていただきたい」

 

 そう言って懐から一枚の紙を取り出す璃正。しかし璃正はその紙をすぐに見せようとはせず、真剣な表情で二人に向き直る。

 

「時臣君、綺礼。予め忠告しておくが、決して(・・・)敵意を(・・・)抱いては(・・・・)ならんぞ(・・・・)

 

「?……わかりました」

 

 璃正の真意を測りかねた二人だったが、わざわざ忠告するからには相応の理由があるのだろうと納得し心の準備を整える。

 

「念のため、魔術でも精神保護をしておいた方がいいでしょう」

 

 さらに念押しする璃正。そこまで念入りに準備が必要なのかと驚きつつも、時臣は精神保護の術式を自身を含めた三人に付与していく。

 

「準備はよろしいか?では」

 

 改めて確認を取り、二人が頷くのを認めてから璃正は写真を開帳した。

 その写真には一人の女が写っていた。全身が黄色に包まれ、舌にはピアス、そこから伸びる鎖と先端の十字架。遠坂家の家訓である優雅とは程遠いその姿に、時臣は僅かに眉を顰め―――

 

「―――ぐっ⁉︎」

 

 直後、殴りつけるような衝撃が時臣の頭を襲った。一瞬意識が飛びかけたが、事前準備が功を奏したのか辛うじて踏み止まる。

 

「言っただろう。敵意を抱いてはならんと」

 

「こ、れは……」

 

「『天罰術式』と呼ばれておる。この女―――前方のヴェントのみが扱える、天使の領域に踏み込んだ魔術だそうだ」

 

「天使、だと……?」

 

 その異常性を、時臣と綺礼は正しく認識した。

 人間と天使では、文字通り次元が違う。天使の術式を人が扱うことは叶わず、その逆も基本的にない。神の血を引いてでもいない限り、その壁を越えることは不可能に等しいと言える。

 その常識を嘲笑うかのように、ヴェントは天使の術式を行使するという。それも天使として最高位の一角である『神の火(ウリエル)』の術式を。

 

「それこそが此奴の―――否、此奴らの特異性。私も聞き齧った程度だが、それだけでも明らかに埒外だと理解できる」

 

 聖堂教会の最奥、その一端を璃正は語る。

 洗礼詠唱を除く一切の奇蹟の習得を認めていない聖堂教会において、魔術師を名乗ることを許された者達。異端と囁かれる埋葬機関ともまた異なる、聖堂教会の最暗部の一角。

 その名を『神の右席』。元々は教皇の相談役として据えられるも時代を経て変質し、遂には自身が神と同等の座へと至ることを目指すようになった組織である。

 構成員は僅か四人。それぞれが四大天使のいずれかに対応し、自身が宿す原罪を可能な限り薄めることでその力を振るうことが許された魔術師。その肉体は、もはや人よりも天使に近いとされている。

 

 その超越者達の中に在って、前方、黄、風といった『神の火(ウリエル)』に対応する属性を司るのがヴェントだった。

 

「この女に対して僅かにでも敵意や悪意を向ければ、距離や場所を一切問わずこの術式の餌食となる。予め対策しておかねば、この女が姿を現しただけで全員が戦闘不能などという事態に陥りかねん」

 

 何人たりとも(・・・・・・)神に唾吐く行為を(・・・・・・・・)許さない(・・・・)。それが『天罰術式』の原理である。

 これは究極の初見殺しであると同時に、乱戦混戦の場において無類の強さを発揮する術式だ。

 

 基本的に聖杯戦争はサーヴァント同士の戦いが主軸となるが、その戦場は使い魔などを介しほぼ全てのマスターが観ている。そこにヴェントが映り込み、僅かにでも悪感情を抱いただけで発動条件は満たされる。

 加えて天使という上位存在の性質を持つためサーヴァントにすら通用する虞があり、対魔力スキルもどこまで通じるかわからない。完全に無効化できるのは神性を有するサーヴァントか、一切の敵意を抱かずに矛を向けられる精神的超越者くらいのものだろう。

 

「……成程、厄介極まりない」

 

 時臣は一瞬瞑目し、考えを切り替える。

 

「ですが私が召喚を狙うかの英雄ならば、その『天罰術式』にも対抗できるでしょう。私自身の防備さえ固めておけば勝機は十分にある」

 

「ふむ……綺礼、お前はどう見る?」

 

 璃正は時臣の意見に一理あると黙考したのち、ここまで沈黙を保っていた綺礼に水を向ける。

 

「あくまで術者本人を対象とする術式ならば、サーヴァントのみを狙う分には影響を受けないのではないでしょうか」

 

「成程……その場合はサーヴァントの実力と、ヤツがサーヴァントの戦闘に乱入してこないかが懸念材料だが」

 

「サーヴァント同士の戦闘でこちらが遅れを取ることはないでしょう。ヴェントについてはアサシンに動向を見張らせればいいかと」

 

「アサシンが『天罰術式』を受ける可能性は?」

 

 璃正のその問いを受け、綺礼の側に人影が現れる。

 それこそはアサシンのサーヴァント。暗殺者の語源たる山の翁が十九代目、『百貌』のハサン・サッバーハである。

 

「ご安心召されよ。山の翁たる我らは暗殺を生業とする者なれば、敵意なく殺意のみで殺すなど造作もなきこと。況んや、監視如きどうして為損じることがありましょう」

 

「そうか……それは重畳。ならば直接アサシンを差し向けるのも一つの手か」

 

 アサシンが予想以上の有用性を示したことで時臣に余裕が戻る。後はマスター側さえ対策を施しておけば、サーヴァント戦では決して劣らないという確信があった。

 

「感謝します、璃正神父。前情報なしにぶつかっていれば、おそらく私は負けていた」

 

 一つ溜息をつき、時臣は璃正に礼を述べる。

 

『天罰術式』の突破口はいくつか見えた。

 この初見殺しに対策が取れたのは非常に大きい。璃正の情報がなければ、最初の一手でなす術なくリタイアする羽目になっていただろう。その事態を回避できただけでもこの上ない収穫と言える。

 だが相手は聖堂教会の最暗部、おそらくロード・エルメロイ以上の難敵だ。手札がこれだけとも思えない。召喚するサーヴァントの情報も調べなければならないし、当然他のマスターに対しても油断は許されない。

 

「では、私はこれで。綺礼、アサシンから情報が上がったら報告してくれ」

 

「承りました、師よ」

 

 残り時間でやるべきことは無数に存在する。一つの議題が片付いたならば、早急に次に手をつけなければならない。

 

 

 

 

 

 だから誰も、本人さえも気づくことはなかった。

 時臣でさえ入念な準備を重ねてなお昏倒しかけたにも関わらず、綺礼は(・・・)天罰術式(・・・・)の影響を(・・・・)全く(・・)受けなかった(・・・・・・)という事実、それが表す意味に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エーデルフェルトの双子館。遠坂邸からそう遠くない山中に立地するその館は本来魔術協会の所有物であるが、ヴェントにとってそんな事実はどうでもいい。後に誰かが困るとしても、それは自分ではないのだから。

 

「サーヴァント・キャスター。召喚に応じ参上しました」

 

 そんなヴェントは、まさしく今サーヴァントの召喚を終えたところだった。

 ローブを纏い、フードで顔を覆った女。「魔女といえばこういうもの」というイメージそのものの姿に、狙い通りの英霊を引き当てたと確信したヴェントの口元が歪んだ。

 

 対するキャスターは自身の召喚者(マスター)を見遣り、その異様な風体に小さく眉を顰める。

 ―――直後、バチッッ‼︎ という異音が館内に響き渡った。

 

「……随分とご挨拶ね。これ、天使の術式?こんな魔術を使える人間が現代に残っているなんてね」

 

『天罰術式』を反射的に抵抗(レジスト)したキャスターは、感心と不快感が入り交じった視線を己がマスターへ向ける。

 

「良い悪意」

 

 その様子に気を悪くするでもなく、むしろそれでいいとヴェントは笑う。

 

「そして腕も良い。ま、このくらい防いでくれなきゃ話にならないけど」

 

「あら。この私を試したというわけ?」

 

 キャスターが酷薄な笑みを浮かべ、周囲に魔力の奔流が吹き荒れる。無論その程度で取り乱すヴェントではなく、同じく笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「そういうコト。アンタを召喚()んだのは仕事があるからだもの。圧迫面接ってヤツよ」

 

「仕事?聖杯戦争以外で、ということかしら」

 

 生じた疑問にキャスターは魔力を収め、怪訝そうな表情をフードの下から覗かせる。

 

 正直なところ、キャスターはかなり驚いていたのだ。半神であるクー・フーリン等の英雄やヴァルキリー、神から直接教えを受けた自分ならばいざ知らず、ただの人間が自身の存在を昇華させて天使の位階に至る事例など神代にもそう見られるものではなかった。

 歪みこそあれ、実力において彼女に並び立つ魔術師などそうはいない。サーヴァントの相手すらある程度はこなしてみせるだろう彼女に、戦闘面での助力が必要とはあまり思えない。そもそもそういう荒事は三騎士の仕事だ。

 

 では一体、神代においても最高峰の魔術師である彼女を必要とするほどの『仕事』とは何なのか。

 

「聖杯戦争と関係がない訳じゃないわ。むしろ根幹に関わってくる案件と言っていい」

 

「……ますますわからないわね。要するに、私に何を求めているのかしら?」

 

 聖杯戦争の根幹に関わる案件など間違いなく重大な話であるはずだが、それを語る調子はあくまで軽い。このマスターは聖杯をそれほど欲していないのだろうか。

 要件が見えずやや焦れてきたキャスターが発した問いに、やはり軽い調子でヴェントは返す。

 

 

「コルキスの王女メディア。アンタ、聖杯の浄化ってできる?」

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