Fato/Vento di fronte   作:弥宵

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虚数少女

運が良かったわね(・・・・・・・・)

 

「……………?」

 

 頭上から掛けられた言葉に少女は首を傾げる。意味を掴みかねているのか、無表情な顔に微かな疑問を浮かべている。

 

「心がもう少しまともに生きていたなら、アンタはここで死んでいた」

 

 悪感情を向けられなければ『天罰術式』は発動しない。感情が死んでいる人間は叛意など抱かない。度重なる凌辱により摩耗しきった精神が、皮肉にも少女の命を救っていた。

 

「お、のれ、オノレェェ……!」

 

「あーもううっさい」

 

「ギッ……」

 

 足元で喚く蟲を、ヴェントは一瞥すらせずに踏み潰す。

 

「なーんか術式の効きが悪いわね。身体ごと意識を分割してるからか、それとも人を外れてるからかしら?」

 

 かつて間桐臓硯と呼ばれたモノの成れの果て。五百年を生きた怪物は、『天罰術式』を受けてなお辛うじて意識を保っていた。

 

「まあすぐに落ちる(・・・)でしょうけど。後は特に敵もいないし、必要な資料(もの)適当に見繕って帰るのが一番ってコトね」

 

 ここに至りようやく悟る。これはそもそも出会ってはならない類の怪物だ。参戦の情報を掴んだあの瞬間に、脇目も振らず逃げておくべきだったのだと。

 その思考を最期に、端末たる全ての蟲の活動が停止した。

 

「やっと落ちたか。普通なら仮死状態になるだけだけど、そこまで魂が摩耗してちゃそのまま死ぬかもね」

 

 妄執に堕ちた怪物の末路。五百年に及んだ間桐の業、それ以前より続くゾォルケンの歴史の終幕を宣告し、ヴェントはふと少女を見遣る。

 

「ま、わざわざ殺す意味もないし。せいぜい好きに生きるコトね」

 

 そう言い放ち蟲蔵を去るヴェントを、少女はやはり不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

「それで?どうしたのその娘」

 

「……どうも何も、勝手にひっついてきたのよ」

 

 無表情で、しかし僅かばかりの感情を携えてヴェントの袖を掴む少女―――間桐桜。キャスターは興味と疑問の入り交じった視線を二人に向け、ヴェントはあからさまに気怠そうな表情で額を揉んでいる。

 

「……ああ、そういうこと」

 

 二人の様子からある程度事情を察し、キャスターの声音が揶揄うようなものに変わる。

 

「好意を向けられるのには慣れていないのかしら?ふふ、案外可愛らしいのね」

 

「うっさい、アンタは親戚のおばちゃんか何かか」

 

 微笑ましいものを見るような視線に、煩わしげに返すヴェント。

 

「ったく、アンタも物好きね」

 

「……ヴェントさんが好きにしろって言ったから」

 

「それで私を選ぶ辺りが物好きだってのよ」

 

 はぁ、と一つ溜息を零し、桜を摘み上げベッドの上に放る。

 

「わっ」

 

「とりあえず寝なさい。これからも生きる気があるんならね」

 

 諦めたように掛けられる言葉に、桜は素直に従った。

 

 

 

 

 

 事の発端は、キャスターの召喚時にまで遡る。

 

「コルキスの王女メディア。アンタ、聖杯の浄化ってできる?」

 

「……浄化ですって?聖杯が汚染されているとでもいうの?」

 

「そういうコト。話が早くていいわ」

 

 聖杯を蝕む異常について一通りの説明を受けると、キャスターは微笑を浮かべ頷いた。

 

「問題ないわ。私ならその呪いに対処できる」

 

「そ。なら早速―――と行きたいところだけど、中身が貯まらないことには浄化のしようがないわね。肝心の大聖杯の場所もわからないし」

 

「監督役の教会が管理している訳ではないの?」

 

「だったらとっくに権力で奪ってるわ」

 

『神の右席』の教会内での発言力は絶大であり、地方都市の一神父を押さえつけることなど造作もない。ヴェントがそれをしないのは、単にそうする意味がないからだ。

 

「小聖杯はアインツベルンが用意するし、大聖杯はこの冬木の霊地のどこかにある。最有力は柳洞寺がある円蔵山ね」

 

 冬木随一の霊地である柳洞寺は、後継者育成に支障が出るとして遠坂家が拠点を置くのを諦めたという逸話が残るほどに大源(マナ)が濃い。大聖杯の設置場所としてこれ以上に適した地はないだろう。

 

「とはいえ確定って訳じゃないし、虱潰しは面倒だし効率も悪いから却下」

 

「ならどうするというの?」

 

「聖杯戦争の情報は御三家とやらが握ってる。そこから仕入れてくるのが一番手っ取り早いってコトね」

 

 その言葉とともに浮かべられた獰猛な笑みに、キャスターは大凡を察した。

 

「適当にどっか強襲して資料奪えばいいでしょ」

 

 

 

 その後、ヴェントとキャスターは最低限の知識の擦り合わせを行ったのち、強襲計画を煮詰めていった。と言っても詳しい段取りを決めるようなものではなく、どの家にいつ仕掛けるかという程度の実に大雑把なものだ。

 慎重かつ綿密な計画を好むキャスターとしては物申したいところではあったが、実際にそれを成功させてしまえるヴェントの実力を認め了承した。

 

「それで、御三家のそれぞれを狙うメリットだけど」

 

 聖杯戦争における御三家。すなわち遠坂、間桐、アインツベルンの三家であるが、各家にはそれぞれ役割が分担されている。

 遠坂は冬木市という土地を。間桐はサーヴァントを制御する令呪というシステムを。アインツベルンは大聖杯の基盤と小聖杯の器を提供しているのだ。

 

 故に遠坂は土地勘と影響力で勝り、間桐は召喚システムの制御に秀で、アインツベルンは初めから聖杯の器を確保できる優位を持つ。またこの三家には必ず令呪が分配されるため、棄権しない限り確実にマスターを擁立することができる。

 となれば必然、有するノウハウは外来の魔術師に比べ遥かに多い。では、三家のうち目的に最も合致するのはどこか。

 

「まずアインツベルンは本拠がドイツだから除外。こっちの拠点に全ての資料を持ち込んでるとは思えない」

 

「まあそうね。冬木が本拠の二家から選ぶのが無難でしょう」

 

「遠坂を狙うメリットは、地理に詳しいから大聖杯の位置を探りやすそうってコト。間桐のメリットは代替わりしてないから失伝が少ないってコトね」

 

 目当ての情報に近そうなのは遠坂、単純な量では間桐。どちらを優先すべきか僅かに逡巡し―――結果、ヴェントは後者を選んだ。

 

「ま、仮にも聖職者としては死徒擬きを放っとく訳にもいかないし。ついでに化け物退治でもしてくるわ」

 

「私も同行した方がいいかしら?」

 

「不安なら使い魔でもつけておけば?」

 

 確実にサーヴァントを保有している魔術師の拠点に向かうにも関わらず、ヴェントは余裕の表情で切って捨てた。

 キャスターとしても、実のところほとんど心配はない。間桐の零落ぶりはヴェントから聞いているし、よしんば強力なサーヴァントを引き当てていてもマスターの方が保つまい。魔術師(キャスター)のクラスに己が据えられている以上、初見でマスターまで庇えるほどの使い手が敵方にいる可能性は低いと見ていいだろう。

 

「というか、そもそもサーヴァントの召喚は済んでいるのかしら。まだだとしたら、最悪誰とも知れない外来の魔術師に令呪が移ってしまうのではなくて?」

 

「あー、それは面倒ね。なら襲撃はサーヴァントを確認してからか」

 

 御三家は令呪が優先的に配布されるが、一族が根絶やしにされればその限りではない。わざわざ既に判明しているマスターを潰して未知のマスターを探し出すのは億劫だった。

 サーヴァントの召喚さえ済んでいればそいつかそのマスターを倒すだけで済むので、そちらの方が楽だろうという結論に至る。

 

「とりあえず、今は監視網を拡げる方に注力しておくわ。深山町と新都は大体済んだから、後は郊外の方ね」

 

 この時点で召喚から三時間弱。魔術師の英霊の名に恥じぬ圧倒的な手際の良さだった。

 

「工房の設置もさっさと済ませてしまいましょう。全面的に私の方式でいいのね?」

 

「それでいいわ。どのみち私に普通の魔術は使えないし」

 

「サーヴァントと渡り合えるほどの実力があるのに、結界の一つも張れないというのも面白い話よね」

 

『神の右席』の魔術師はその身に宿る原罪を薄めた影響により、原則として通常の魔術を扱うことができない。もっとも抜け道は存在し、限定的ながら他の魔術の行使を可能とする者も少なくないが。

 

「まあ、そういうことなら任せてちょうだい。二日もあれば難攻不落の要塞に仕立て上げてみせましょう」

 

 こうして大凡の方針が決定し、キャスターは工房の設置と監視網の拡大、間桐家の監視の強化に取り組んだ。その間ヴェントは術式の調整をしていたくらいのものだったが。

 

 

 それより六日後。キャスターの使い魔がマスター・間桐雁夜の手に宿る令呪を確認したため間桐邸への襲撃が敢行され、そして冒頭へと至る。

 もっともヴェントが間桐邸に到着した時には雁夜は既に外出しており、サーヴァントの姿もなかったのだが。

 

 

 

 

 

「それで、桜、だったかしら。その娘はこれからどうするつもり?」

 

 時は戻り、双子館。

 既にベッドで眠りについている桜を見遣りながら、キャスターが問う。

 

 桜はキャスターから見ても非凡な資質を有しているが、少なくともこの聖杯戦争においては戦力とはなり得ない。ヴェントが真っ当な魔術師であれば養子や弟子として迎えることも考えられたが、彼女は聖堂教会の人間である。それも『神の右席』という最暗部の。

 故に、桜を引き取ることのメリットは皆無と言っていい。そもそも可能であるのかすら定かではなかった。

 

 無論、それはヴェントも承知している。しかし流れでとはいえ引き取ってきてしまった手前、そのまま放り出すのは流石に気が咎めた。

 

「同僚に一人、とんでもないお節介焼きがいてね。そいつの伝手で適当なところに預けるつもりよ」

 

神の力(ガブリエル)』の化身であり、後方、青、水を司る同僚をヴェントは思い浮かべる。傭兵崩れのごろつきを自称するあの騎士擬きならば、イギリスを中心として世界各地に少なからずパイプがある。

 

「この聖杯戦争の間は?」

 

「この程度のハンデで、この私が敗けると思う?」

 

 益はないが苦でもない。幼子一人背負った程度で、『神の右席』を落とせはしないのだと。

 その言葉が決して強がりではないと理解できたが故に、キャスターも舌鋒を収めることにした。

 

「……はあ、そうね。私としても、こんな逸材をみすみす放り出すなんて真似したくはありませんし。何よりこんなに可愛らしい娘ですもの、その判断に否やはありません」

 

「……むしろアンタの方が乗り気じゃない?」

 

 第四次聖杯戦争におけるキャスター陣営。

 新たに間桐桜という一人の少女を迎えつつも、彼女達は着々と戦支度を進めている。




他の魔術の行使を可能とする者も少なくない(3/4)


……………(黙祷
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