「……そんなに気になるの?」
「それはそうですよ。あんな大きなサイズの個体見たことないですし」
「……そうだけど。他より大きいだけでしょ?」
「だけって、十分な違いじゃないですか。他の個体と食べてるものが違うのか、はたまた生活環境が違うのか。すごく興味が湧いてきますね」
「……ただの大きいだけのイノシシに?」
「大きいだけのイノシシに、です」
「そう……。わかった。昨日は私の釣りに付き合ってもらったから、今日は9Sに付き合う」
「本当ですか!? 嬉しいなぁ。普段は一人ですから、こうやって誰かと時間を共有するのってすごく楽しいです。ありがとうございます。2B」
そう言われたのはこれで18回目だよ9S。
君は知らないだろうけどさ。
いえーい。みんなーみってるー?
今回の任務は楽しい楽しい現地調査だぜー。S型との合同任務だぜー。羨ましいだろー?
気持ち悪い。吐き気がする。
9Sと一緒にいると楽しいと、そして嬉しいと思ってる自分がいるのを自覚する。あれだけ殺してるのに白々しく笑える俺がいて、本当に自分のことが嫌いになる。
今回は、9Sがヨルハという存在自体に興味を持ち始めたという疑惑がある。って段階での合同任務だ。まだ機密に触れた形跡はないので疑いだけだ。なんとかこの任務中に他のことに意識を持っていくことができれば、もっと時間を稼げるはずだ。
今回のインターバルはいつもと比べたら長かったし、もう少し延ばせるようになんとか頑張ろうと思う。
原作改変じゃないかって? 逸らしても結局は調べちゃうだろうし、ただの時間稼ぎにしかならないのは今までの経験上わかってるから、改変とまではいかないはずだから大丈夫だと思う。
9S専門家の俺を信じろ。
……うん。自分で言ってて殴りたくなってくるな。
「―――ちょっ、まっ」
「……ん?」
焦った声が聞こえて、9Sの方に意識を戻したら9Sが空を飛んでた。
あいつ飛行ユニット無しで飛べたのか。さすがだな。
――――じゃなくて、なんでそうなった!?
「9S!?」
とにかく受け止めないと。俺とかと違って戦闘を主目的とした設計をされてるわけじゃないんだから、耐久性能もそこまで高くないし。
「2B、前!!」
なんだ? って、ちょっ、おまっ―――
「イノシシ!?」
突っ込んできたから上に跳んで回避してかーらーの、9Sをキャッチ。
咄嗟だったけど、できてよかった。地味にギリギリだったな。
「ごめん。ありがとう。2B」
「礼はいらない。それよりあれは……」
「……いや、その、気になったから近くで他の個体の画像データと比較してみたり、直接触って確かめてみたら気に障ったみたいで、まさか原生生物に空へ吹っ飛ばされることになるとは思わなかったよ……」
本当だよ。まさかそんなことになるとは思わなかったわ。
好奇心旺盛なのは重々承知していたけど、なにやってんだよ。もう。
ところでさっきからずっとイノシシがこっちを睨んだままなんだけど。
「……9S」
「あー、えっと」
「……お先に」
「えっ! ちょっ、2B!? 置いてかないでよ!」
このあと滅茶苦茶追い回された。
なんで、どうして、まだ、だって、
「―――どうして、なんでなの9S」
「……どう、してもなにも、これが君の任務……だろう?」
「だって! 君はまだ情報侵犯はしてないはずだっ! そんな連絡は届いてない!」
「……そうだね。まだハッキングはしてなかったよ」
「なんで自殺なんか!」
そうだ。なんで自殺なんか選んだんだ。まだなにもしていないなら死ぬ理由だってないはずなのに。なんで、自分から死ぬようなことを。
「ポッド! ナインズを治してっ!」
「ヨルハ機体2Eに課せられた任務は、ヨルハ機体9Sの情」
「まだナインズはなにもしてない! 処分する必要はないはず。いいからさっさとやれ!」
「ヨルハ機体9Sに投与された物理ウィルスは即効性が高く、現段階でウィルスの」
「いいからなんとかして! これは命令だっ!」
「2B……」
「大丈夫。ナインズ今治すから。もう少しだけ待って、お願い」
そうだ。大丈夫だから、なにも問題なんてないんだから、頼むから。
まだかよポッド。はやくしろよ。なにやってんだよ。急がないとナインズが。
「―――……やっと、ナインズって呼んでくれたね」
「今はそんなこと言ってる場合じゃない!」
目の前で、ナインズの体が腐り落ちていく。髪の毛が、指先が、足がどんどんと崩れてく。
止まらない。間に合わない。死んでしまう。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。
こんな。
こんな。
「……こんな死に方じゃ、ダメなんだ」
そうだダメだ。このままナインズが死んだらそれはただの自殺になってしまう。
俺が殺さないといけない。そうじゃないとナインズは――――
「……今までのは全部嘘。この任務は君を殺すためだけのものだった。君と話した雑談も、くだらないじゃれ合いも全部油断させるため。6日前から今に至るまでの時間は、すべて君を殺すための」
「2B」
「っだ、だから君が自殺したたのは私にとって誤算だった。本当ならこれから君を絶望させるための罠がたくさんあって」
「2B」
「あしっ、あし、たは楽しい日になるはずだったのに、おかげで全部台無しに」
「……涙」
「えっ……」
「泣いてるよ。2B」
なんで、違う。これはそうじゃなくて――――
「これは、違くて、これはえっと、そう。悔しくて君の絶望する表情を見ることができなくて、悔し、くて」
「……2B。君は本当に、やさしい人なんだね」
「違う!そんなことはないっ!私はやさしくなんてないっ」
違う。違う。ちがう。俺はそんなやつじゃなくて、自分のことしか考えてない身勝手なやつで――――
「僕は君がどんなに悪い人だってアピールされても、君を嫌ったり憎んだりはしないよ」
「なんでっ、どうして!? そんなのはおかしい! 私が悪いんだ。止められたはずなんだ。防げたはずなんだ。私がちゃんとしてたらきみを、まもれたはずなんだ。だから」
「……君が悪いんだとしても、僕の答えは変わらないよ」
君は恨むべきだ。憎むべきだ。呪うべきだ。全部俺のせいだと言うべきなんだ。
自分の死の原因を押し付けるべきだ。知ろうとしただけで殺されるなんて理不尽許せるはずがない。そうじゃないといけないんだ。なのに――――
声を発する振動で、体が崩れていく。ただそれだけのことで壊れていく。
なんでだ。どうしてだ。なんでそんな顔でこっちを見るんだ。
「……だってね。僕は君が、2Bのことが」
痛いはずだ。苦しいはずだ。辛いはずだ。もっと生きたいはずだ。
なんでだよナインズ。なんできみは、きみたちは最期にそんな風に――――
「大好きだからね」
わらっていられるんだよ。
「アハ、ハハ、ハハハハハハハ」
遠くから、嗤い声が聞こえる。
近くから、嗤い声が聞こえる。
「ハハハハッハハハハハハハハ」
この世の全てを嗤っている。醜い醜いと、全てを見下している。
耳を塞いでいるはずなのに、ずっと聞こえてくる。
耳障りだ。聞いてるだけで吐き気がする。
「ハハハハハハハッハハハハッ」
この世のどんなに醜いものを集めても、この声には敵わないだろうと確信できる。ここまでひどいと逆にどんなやつの声なのか気になってきた。きっと、この嗤い声と同じようなひどい姿なんだろう。
あたりを歩いて探し回るが、見つからない。声との距離は近づきもせず。遠ざかりもしない。
ふと、足元に真っ赤な水溜まりを見つけた。覗いてみると中には、なにもかもを恨めしそうに見ている。醜いバケモノがいた。
「報告:ヨルハ機体9Sの義体機能の停止。任務工程に従い、9Sの現状自我データの破棄と指定自我データのインストール」
「………」
「推奨:9Sの現状自我データの破棄と、指定自我データのインストール」
「………ポッド」
「推奨:9Sの現状自我データの破棄と、指定自我デー」
「―――……ポッド…………お願い」
「……ポッド042より2E。任務の」
「少しでいいの……」
「………」
「……ありがとう」
終わりまで、あと2年――――
9Sが優秀過ぎたので、修正しました。