燃え盛る炎に囲まれた石畳敷きの広場で、近寄ってひざをついたみおみが倒れ伏す芽衣の上体を抱き上げて膝枕した。
「……て、め……い、ったい、なに……を……」
震える唇で絶えだえに芽衣が怨嗟を吐く。体中に力が入らず、睨め上げる視線も震えて定まらない芽衣の顔を覗き込んでみおみは穏やかな顔で応えた。
「だって。芽衣ちゃん、すぐ乱暴なことするんですもの」
動けない芽衣の額を撫でて乱れた前髪をどかし、おっとりと微笑を浮かべる。
「お話がしたかったので、邪魔な魔力は最低限まで遮断させてもらいました」
「…………は?」
転倒した時に落とした水色のソウルジェムを、みおみが拾い上げて芽衣の胸元にそっと置いた。
芽衣には、みおみの言っていることが理解できなかった。
今だって、芽衣を始末しようと思えば、ソウルジェムを砕けば呆気なくカタが付いたはずだ。なぜそれをしないのか。
その時、周囲を取り囲む気配が変わったことに芽衣とみおみは気が付いた。
結界内の線路をざくざく歩く「大衆」の使い魔も、外灯の足下で時計の針のようにかちかち回る影の「規律」の使い魔も、己の使命に没頭しているようで態勢に変化はないが、上空に浮かぶ巨大な額縁に納められた「正義」の魔女がようやく結界内の異物に気付いたのか、みおみと芽衣の方を向いたのだ。
枠内の奇妙な絵画が不気味に蠢いている。
絵画の背景に描かれていた細長い線が蠢くと、表面からいくつも浮き出るようにして実体化し、鋭い槍となってみおみと芽衣めがけて降り注いできた。
「……!? 」
「みおみっ!? 」
動けぬ芽衣が恐怖に息を飲み、後方の防護柵の中からきりえの絶叫が飛んだ。
だが、みおみは上空の魔女を見上げて再びその手のコンパクトを開いただけだった。
それだけなのに、鋭く殺到してきた無数の槍が次々とみおみの手前で音もなく霧散して消えてしまった。
「!? 」
「……あれ、レイカさんなんですよね……」
思わず目を閉じた芽衣の耳に、もの悲しげに呟くみおみの声が聞こえた。
みおみは、先の動作からずっと上空の魔女を見つめていた。
「ソウルジェムは、穢れに染まるとグリーフシードになって、魔法少女は魔女になってしまうんですね……」
「…………!? 」
みおみの考察に、きりえは はっとした顔でみおみの背を見返した。
「そんな!? 」
「……そう、だよ」
みおみの膝の上で、芽衣が忌々しげに呻いた。
「芽衣ちゃん。元に戻す方法を知ってますか?」
「……だから、なにをさっきから慣れなれしく……」
歪んだ顔でそこまで呻いた芽衣が、ふと口の端を釣り上げた。
「……アタシの魔力を元に戻してくれたら、アタシに、イイ手があるよ」
「知らないんですね」
「!? 」
返す刀でずばりと嘘を看破され、芽衣が目を見開いた。
「……てめえ……ふざけんなよ、アタシを元にもどせ」
再びそこに絵画の槍が雨霰と降り注ぎ、みおみに当たる手前で全て消えてしまった。
「っ!? 」
「……では、仕方ありませんね……」
喫驚して芽衣が目を瞑った瞬間も変わらぬ態度で魔女を見上げていたみおみは、再びコンパクトを取り出すと、それを開いて上空の魔女にぴたりと鏡を向けた。
その途端、周囲の光景が歪み、波打ち、一方へと引き延ばされた。
景色そのものが、まるで布に描かれた絵のように引っ張られ、しわを寄せられてどこかへと手繰られてゆくのだ。
その消失点は、みおみの手の鏡の中。
まるでそこが排水口であるかのように、結界の景色が吸い込まれてゆくのだ。
『ーーーーーッ!? 』
そしてそれは、「正義」の魔女もその使い魔も例外ではない。
突然の圧力に身じろぎするも、上空に浮かぶ巨大な絵画が周囲と同じ勢いでみおみの手元に引き寄せられてゆく。
それらは景色ごと圧縮され、渦を描くと次々と黒い飛沫を散らしながらみおみのコンパクトに吸い込まれて消えていった。
一瞬の出来事だった。
「……!? 」
「…………!? 」
瓦礫と炎に囲まれた現実世界の志摩家の敷地の中庭で、唖然とするきりえと芽衣に構わず、芽衣に膝枕したままみおみはコンパクトをぱたんと閉じた。何事もなかったかのように。
ただ、頬に一筋の涙を流して。
それと同時に白いヴェールの防護柵が消え、きりえは改めて魔女や使い魔がいなくなった周囲を見渡すと、慌ててみおみの元へと駆け寄った。
「……みおみ、今のは……」
問いかけるも、さめざめと泣き暮れるみおみの姿に思わず言葉を詰まらせた。
やがて、両手に握られていたコンパクトを、みおみはくるりと裏返した。
コンパクトの底面には、魔法陣めいた装飾が描かれている。
その中心から何か、尖ったものが透けるようにして生え、やがて丸い胴体を引きずって全体を現しコンパクトの上に浮かび上がった。
それは、グリーフシードの形をしていた。
だが、中央の球体が、純白だった。
「……うそ……?」
「残念です」
沈鬱に呟き、みおみがそっとそれを握り込んだ。
「……おい……なんだ、今の魔法は? そんなの、アタシ知らないぞ……?」
一連の流れを呆然と見ていた芽衣が、膝の上から驚愕の眼差しで戦慄いていた。
「なんだ、それは……!? あんた、なにをした!? 」
体中から力を奪われているにも関わらず、それは叫ぶ心地で。
「どんな願いをすりゃ、そんな魔法になるんだよ!? ぐ、グリーフシードが、白に? 」
「元々は、きりえちゃんが魔法少女だったんです」
みおみの応えに、芽衣の首が僅かに震えた。驚愕に身を捩ろうとしたのだろう。
芽衣の、きりえに対する執着の感情は、質はどうあれ本物のようだ。
「それを、わたしの願いで元に戻してもらいました。 それによって生まれたわたしの魔法は、「中和」です」
「……な……!? 」
がたがたと震える芽衣は、視界に映る範囲のみおみの純白の花嫁衣装をじろじろと凝視した。
「……あ、有り得ないだろ!? なんで……なんでソウルジェムが濁らねえんだ!? こんだけのことをしたら、かなり消耗するだろ!? 」
芽衣の目線は、みおみの胸の中央に衣装の装飾の一部のようにして張り付いた楕円形のソウルジェムを凝視していた。
それを追って見つけたきりえも驚きに目を見張った。
「ちょっと、みおみ!? どうして!? 」
「さあ? 少しは消耗していますよ? ただ、芽衣ちゃんやレイカさんの場合は、魔力なら相手さんがいっぱい持ってますから、それをちょっと利用させてもらってるだけで」
完全中和魔法。加えて固有の武器であるコンパクトミラーが魔力を反射し、まるで合気道のように相手の力を受け流して利用し自らの力に転化する。
「……で、でも、さっきのロードローラーは? あれ、ただの機械だよね?」
「魔力に限らず、エネルギーならなんでも中和できますよ? 位置エネルギーも、運動エネルギーも、重力も」
それがみおみの魔法。きりえとの落下速度を調整し、質量攻撃を受け止め、芽衣の魔力を遮断した。
魔法少女としての言わば本体であるソウルジェムからの、身体を動かす魔力を抑えられた為に芽衣はこうして倒れ、指一本動かすことすらできなくなっているのだ。
「……ば、ばかな……!? そんな、むちゃくちゃな魔法……!? 」
つまりそれは、いかなる魔法を以てしても、みおみの前では全てが無力であるということ。
対抗できる魔女も、魔法少女も存在しないだろう。
「さあ。芽衣ちゃん。教えてくれませんか? 芽衣ちゃんが魔法少女になった訳を。 それと、レイカさんと何があったのか」
「あ!」
そこでいきなりきりえが声をあげた。
「あんた、みおみ、さっき……」
言ってきりえの震える指先が指したのは、みおみの手に握られた、純白のグリーフシード。
「あんた、レイカさんのこと……」
「もしあれが、本当にレイカさんだとしたら」
みおみが、ゆっくりときりえを見上げた。
静謐な、真摯な眼差しで。
「レイカさんも言ってましたよね? 契約してしまった者の責任だと」
その眼差しに、きりえは縛られたかのように動けない。
「ずっと正義を謳ってきたレイカさんが、魔女に変質してしまったとしても、害を為すのは本意ではないでしょう。なにより、きりえさんを守りたいと言っていました。 すぐに元に戻せない以上、きりえさんの生命を守る為には、レイカさんの矜持を守る為には早急に倒させてもらうしかありませんでした」
「……ふん」
膝枕の上で鼻で笑った芽衣を、ふたりが見下ろした。
「……なんなんだよこの女。だからって躊躇なさ過ぎだろ。なんでこんな……」
目を閉じて芽衣は嘲りの混じった溜め息を吐いた。
「いいよ。教えてあげるよ。アタシが魔法少女になったワケ」
アタシの両親はアタシが小学生の時に離婚した。
久那織市を離れたのは、親権を得た母親の実家に共に引っ越す為だった。
それから数年経ったある時、母さんは再婚して、アタシはまた別の町に引っ越した。 その「新しい父親」の家に。
アタシが中学校に上がった頃だった。
新しい父親は優しかった。母さんの連れ子であるアタシを実の娘のように可愛がってくれた。
いや。「実の娘のように」だなんてワケがない。
普通の「父親」は、娘に乱暴したりはしないだろう?
新しい父親は、最初からアタシが目当てで母さんに近付いたんだ。
再婚してからも母さんは離婚してから始めた仕事を続けていた。
同様に職に就いている新しい父親とは生活時間も休日もズレているから、母さんの目を盗む隙はいくらでもある。
「お母さんにバラしてみな。お前の手足へし折って、山奥に捨ててやるから。 芽衣ちゃんだって、生活する場所は惜しいだろう?」
アタシは竦み上がった。同じ理由で学校が終わった後も寄り道して帰りを引き延ばすこともできなかった。
アタシは新しい父親の暴力に苛まれ続けた。
それはだんだんとエスカレートしていった。
母さんのいない時間を見計らって、そいつは知らない男どもを連れてきた。
そいつの知り合いらしき男たちは、要はそいつと「同好の士」らしく、アタシを弄ぶケダモノは三匹に増えた。
母さんに相談しようとしても、できなかった。暴力への恐怖は確実にアタシの心を縛り付けていたから。
それからしばらくして母さんは帰りが遅くなりがちになり、やがて帰ってこなくなった。
「え?お母さん? は、もうここには戻ってこないよ」
そいつは嫌らしい笑みで告げた。
「お前のお母さんはな、生活費欲しさにお前を俺に売ったんだ」
愕然とした。信じられなかった。
それからは家を出ることを禁じられ、奥の鍵付きの別室に閉じこめられた。
電話線も断たれ、男がいなくとも逃げることも助けを呼ぶこともできなくなった。
だがいずれ、学校や周囲が不振に思うはずだ。誰かが助けに来てくれるはず。
そんな微かな希望にすがりながらアタシは毎晩暴力に耐えていた。
でも、そんな甘い希望はいつまで経っても来やしなかった。
それどころか、ある時から体調がおかしくなった。
男どもは、アタシが苦しんでも、挙げ句吐いても構いやしなかった。
その症状がいったいなんなのかを理解したのは、下腹部の隆起が無視できないくらい異常に大きくなった頃だ。
妊婦の姿は見たことがあった。
だからアタシは「赤ちゃんが出来たのだ」と直感した。
そしたら全身を寒気が走った。体内に抜けようのない楔を打ち込まれた気がして。体内に異物を埋め込まれたようで。
それでも男たちは一顧だにしなかった。アタシの腹が膨れても一向に暴虐を止めなかった。
もうやめてといくら懇願しても聞き入れられなかった。
アタシはだんだん積み重なる恐怖で自棄になっていった。
いずれ内側からこのよく分からないモノに喰い破られてアタシは死ぬんだ。呆然と天井を見上げて寝転んでいた。
その時だ。キュゥべえが現れたのは。
『やあ。ボクはキュゥべえ! ボクは君にお願いがあって来たんだ!』
正直、そんなマンガのマスコットみたいなものに用はなかった。夢物語の存在が今さら動いて目の前に現れたところで、アタシの不幸が変わる訳じゃない。そう思った。
『ボクは君のお願いを、なんでもひとつ、叶えてあげる。 その代わり、君には魔法少女になって、魔女と戦って欲しいんだ』
「……なに言ってんのあんた」
それならなにも、こんな所で死にかけている自分になど頼まなくてもいいじゃないか。
『君には素質がある。ボクだって見境なしにお願いしているワケじゃない』
「……じゃあ、これ、堕ろしてよ」
寝転がったまま腹をなで、逆さまに見えるキュゥべえに捨て鉢に叫んだ。
「アタシの身体から、あの汚い男どもに付けられた傷跡を、なにもかも消して見せてよ! できるもんなら!」
『……君の祈りは、エントロピーを凌駕した』
できるわけがないと高を括っていたアタシは驚いた。
若干の苦しみの後に胸から出てきたソウルジェムを受け取った時には、全身を苛むあらゆる不快感が消滅していて、お腹の膨らみも、最初からなかったみたいにきれいに消えてなくなっていた。
「……あ……」
身体が、完全に暴行を受ける前の状態に戻っていたのだ。
そして、アタシはこの「魔法」とやらの可能性を直感した。
それからの行動は迅速だった。
足と壁を繋ぐ鎖を断ち切り、濁った薄笑いを浮かべて家に入ってきた男どもを「素手」で殴り殺し、最後に驚いた顔で部屋に入ってきた継父を足から丹念にちぎってやった。狂乱するそいつから母さんの居場所を聞き出し、最後には真っ二つにしてやった。
男どもの死体を残らずリングの亜空間に放り込んだアタシは、次は母さんの所に行った。
住処である小さなアパートに戻ってきた母さんは、窓から入り込んでいたアタシを見つけて驚いた顔をしていた。
その顔のまま袈裟掛けに輪切りにされて動かなくなった。
正直、身体が元に戻っても、もう何もかもがどうでも良くなっていた。
ただ人体を切断する感触と、物を壊すのが楽しくて、そのついでに魔女退治をやっていた。
他のバカな魔法少女どもも同様だ。
細かいことは、もう忘れた。
こんなことを繰り返していれば、そのうち殺そうとした相手に殺されて、なんとなく終わるだろう、そんなふうに考えていた。
そんな時、ふときりえお姉さまのことを思い出した。
「そうだ。教えてあげなくちゃ。世界はこんなに汚くて、醜くて、あんなにけらけら笑うほど楽しいもんじゃないって。教えてあげなくちゃ」
昔の、久那織小学校に通っていた頃の思い出の、なんと白々しいことか。
アタシは実父の元へ行き、再会を喜ぶ素振りを見せるそいつの前に、母さんの半分を放り出して見せて、脅して命令した。
「いいから、アタシが久那織中学校に入れるように手配しなよ」
そして、アタシは久しぶりにお姉さまの前にやって来た。
「分かったかよこのボンクラども! 分かったらさっさと離」
捨て鉢に罵声を上げた芽衣の頬に、ぽつりと涙が落ちた。
芽衣を見下ろして、さめざめと泣き暮れているみおみの涙が。
横に立つきりえも、口元を押さえて泣きじゃくっていた。
「……おい。舐めんなよ。哀れまれるとな、なおさらムカつくんだよ!」
「だって!? お友達がそんなに辛い目に遭っているのに!? 悲しくないわけないじゃないですか!? 」
みおみに絶叫されて、芽衣は怪訝な顔になった。
「……だから、なんであんたがトモダチ面するワケ!? 意味わかんないんだけど」
「ウチの母さんが死んじゃったの、知ってる?」
「!? 」
きりえの言葉に、芽衣は跳ねるようにその泣き顔を見上げた。
「……うそ……おばちゃんが!? 」
「私もね、それで人生と自分の家が嫌になっちゃって。家事とか押しつけられてさ。それで、キュゥべえにお願いして、みおみと人生を入れ替えてたの。 そっちも嫌になっちゃって、元に戻してもらっちゃったけど」
「ですから、わたしも悲しいんです。 だって、昔、くなしき公園で最後にみんなと遊んだことだって楽しい思い出として残ってるのに」
どこか自嘲ぎみに語るきりえと、みおみの顔を芽衣は変わるがわる見上げた。
「でも、芽衣ちゃんのに比べたら、私の問題なんてほんと、ぬるいよね。 人のこと、言えないね」
きりえが、涙を拭ってうつむいた。
「ねえみおみ。ずっと守ってもらってて、レイカさんにも悪いんだけど、私、キュゥべえにお願いして、芽衣ちゃんの辛い記憶を、なかったことにしてもらおうと思うの。……ダメかな」
「それが、きりえちゃんの願いなら。わたしが口を挟めることじゃありません」
「……おい!? 」
きりえとみおみの会話に、芽衣が血相を変えて叫んだ。
「さっきからナニ言ってやがる!? アタシはナニもかもぶっ壊すつもりで帰ってきたんだ!今さらトモダチなんか欲しくねえよ!? 」
「みおみに教わったの」
怒鳴る芽衣を、きりえが透き通るような笑顔で見返した。
「友達の為に、できることは、してあげたいなって」
「いらねえよ! なんでそんな」
「みおみ。私ん時みたいに、邪魔されるとなんだし、そうやって押さえておいて」
「はい」
「おい!? 」
「キュゥべえ!」
慌てる芽衣を無視して、きりえは辺りに呼びかけた。
確証はないが、キュゥべえは神出鬼没だ。なんとなく呼べば出てくるような気がしていた。
『なんだい?』
テレパシーで脳裏に響く声は、耳に届く音と違って発振源の特定が難しいが、同時に一瞬だけ届いてきたキュゥべえの視点の光景のイメージからその方向を振り向いた。
夜空よりどす黒い煙を噴き上げる志摩家本邸だった瓦礫の一部、未だ建物の原形を留めている角の部分の屋根の上に、ふっくらした尻尾を右に、左にと振るキュゥべえの姿があった。
「……なんでそんな遠くにいんのよ……」
『話は通じるから、いいじゃないか。 それで、ボクに用かい?』
「うん」
きりえは、若干怪訝に思いながらもうなずいた。
まあ確かにキュゥべえには心象よからぬ所が多過ぎて、近くにいたら思わず蹴ってしまうかもしれない。
「私、魔法少女になる! 私のお願い、聞いてくれる?」
ところが、キュゥべえは首を横に振った。
『悪いけど、今は忙しくて聞けないな』
「は? なんでよ!? なにが忙しいってのよ!? 」
みおみからは既に聞いていた。キュゥべえにとって人間に魔法少女になってもらうことは、魔女退治以外にも何らかの利益があること。
それに寄れば、キュゥべえが自主的な契約を断るというのは考えにくいことだった。少なくともきりえには全く想定外のことだった。
「ちょっと! みおみのお願いは聞けて、私のお願いは聞けないっての!? 」
『別に個々人を差別する理由はないよ。今は忙しいって言っただろう?』
キュゥべえは悪びれもせずに同じ言葉を繰り返した。
『ねえ、芽衣。頼まれてたものが届いたよ』
「え?」
「?」
三人が同時に怪訝な声を上げた。
みおみときりえが、芽衣を見下ろした。
「ちょっ、キュゥべえ、それって……」
芽衣が、キュゥべえを見上げて唇を震わせている。
『ょいっしょ』
言って跳ねたキュゥべえの、背中の赤い円形の紋様から小さなリングが飛び出すと、それは急速に拡大しながら志摩家の上空に滞空した。
それは、芽衣の魔法少女としての武器と同じもの。
だが芽衣は力を奪われてみおみの膝で寝ており、武器を生成するなどできるはずがない。
『さて。じゃあ開くよ』
言ってキュゥべえが色とりどりのソウルジェムを二、三個、尻尾の上で転がして言った。
「ま、待ってキュゥべえ!? 」
芽衣が力を奪われていながらも絶叫した。
「け、計画は、中止! 中止だからっ! それは、返してきて!」
「へ?」
芽衣の慌てぶりに、きりえが怪訝顔になった。
「ちょっと、芽衣ちゃん、どうしたの?」
「おい!? あんた! アタシを離せ! ヤバい事になる!」
「ほえ?」
言われ、みおみはあっさりと芽衣の魔力中和を解いた。
ソウルジェムからの魔力供給が回復するや否や、跳び起きた芽衣は瞬時に魔法少女に変身して駆け出した。
キュゥべえの元に。
『そうは言われても、もう芽衣の魔力領域に入っちゃってるよ? すぐに出さないと、いくら芽衣の魔法でも長くは保たないよ』
「うるさいっ!」
走りながらリングを取り出した芽衣は、それをキュゥべえめがけて投げ放とうと振りかぶった。
『すぐにって、言ったじゃないか』
屋根の上で、微動だにせず呟いたキュゥべえの前で、芽衣の右耳に提げられた水色の涙滴型のソウルジェムが有り得ない速度で真っ黒に染まりきり表面にひびを入れた。
「っ!? 」
芽衣はたちまちもんどり打って地面に倒れ込んだ。駆けてきた勢いのまま地上を転がる。
「芽衣ちゃん!? 」
「芽衣ちゃんっ!」
みおみときりえの叫びが重なる。
「っああっ!? ああああああああああ!」
頭を、耳のソウルジェムを押さえ、石畳の上で身悶えする芽衣が悲鳴を上げ、とうとう微細に砕け散る音と共に芽衣のソウルジェムが粉々になった。
『あーあ。すぐにって言ったのに』
芽衣のソウルジェムだったものから吹き上がる黒の霞を見上げてキュゥべえはげんなりと溜め息を吐いた。
石畳に転がる芽衣の身体は私服姿に戻っており、完全に脱力して倒れている。
「……ちょっと、キュゥべえ……なにしたの……?」
呆然と、きりえが問うた。
「なんで、いきなり芽衣ちゃんのソウルジェムが壊れんのよ!? 」
『芽衣に頼まれたんだよ』
しれっといった調子でキュゥべえは応えてきた。
『この街を壊すから、一番強い魔女を持ってきてくれ、って』
「「……え?」」
みおみと、きりえの、呆然とした声が重なった。
「……で? そいつはどこにいんのさ」
無人の団地の一室で。
芽衣は壁に背中を預け両足を投げ出した体勢であごをしゃくった。
『経度およそ26.79、緯度およそ52.12の地点さ』
「……殺すよ?」
『芽衣には無理だよ』
殺気を放つ芽衣に、向かいに行儀良く座るキュゥべえはしれっと応えた。
『いずれにせよ、芽衣が徒歩で簡単にたどり着ける場所じゃないからね。 芽衣の魔法を貸してよ。ボクが芽衣の亜空間を借りて、その魔女を閉じこめてこよう』
「は?」
芽衣は怪訝に首を傾げた。
「なに?魔法を貸すって。 それに、要はムチャクチャ遠くにいんでしょそいつ? どうやってあんたが捕まえに行けんのさ」
『願いを叶えるのと要領は同じさ。幸い、芽衣の魔法は、芽衣の手から離しても効果を発揮する。発現しさえすれば、ボクでも操作くらいはできるんだ』
ひょこり、と白い尻尾が揺れた。
『それと、多数のボクの個体がこの星の各所で同時に活動しているって話はしたよね。 ボク同士は、内部では高次元を経由してひとつに繋がっているんだ。 ここのボクが借り受けて取り込んだ芽衣の魔法を、その魔女の近くにいるボクが取り出して使用しその魔女を捕まえる。そしてまたここのボクがそれを取り出すのさ。容易いことだよ』
「……ふーん」
芽衣は半分も理解していない顔だったが。
『それで芽衣の魔法の一部を借りて、代替エネルギーとしてのソウルジェムも預かったってのに。 こっちのソウルジェムを使って開封してやれば、芽衣自身の魔力を消耗させることはなかったんだ。 それを芽衣が止めようとするから……』
キュゥべえが頭を振る。
『あんな巨大な魔女を、いくら芽衣の広大な亜空間だって、いつまでも留めておける訳がないのに。亜空間に物を収納しているのは、芽衣の魔力なんだから』
「……なに? なにを言ってるの?」
きりえが、聞こえてきた単語の不気味さに、恐怖に震えていた。
『いるんだよきりえ。強大過ぎて結界に閉じ篭もる必要がない、やること為すことが全て自然災害と謳われ、世界各地を放浪してはあちこちに伝説を残してきた、世界最大級の魔女が』
どこか覗き込むかのような圧迫感を以てキュゥべえが、だが朗らかな調子で告げた。
『そいつには、唯一名前がついている。世界各地で畏れ慄かれる名が。 この国の言葉では、それを』
キュゥべえの上空に滞空している、巨大リングを縁とした漆黒の円盤に、びしりとひびが入った。
『「ワルプルギスの夜」と言うね』
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「私も魔法少女になるから、一緒に戦おう!? それしかない!」
第13話 お手伝い、してくれますか?
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