魔法少女みおみ☆マギカ 平穏の魔法   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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最終話 ずっと一緒なんですから

 きりえが深呼吸をして、それを告げる。

「キュゥべえ! 私、魔法少女になる! 私の願いを叶えて!」

『いいよ』

 足元に座るキュゥべえは、朗らかに首肯した。

『さあ。その魂を代価に、きりえはどんな願いを叶えたいんだい?』

「私は……」

 そこできりえはみおみの背を振り返り、きりえの確認の意図を察したみおみが前を向いたままうなずいたのを見て再びキュゥべえに向き直った。

「……私の願いは! 私の願いは、みおみの願いが叶うこと! みおみの願いを、叶えて!」

『へえ?』

 キュゥべえが、小首を傾げた。

『変な願い事だね。そんなの初めて聞いたよ』

「さあ、どうなの?できるの?」

『もちろん』

 眉を釣り上げてどこか怒ったように睨み付けているきりえの前で、キュゥべえは当然の様子で軽く請け負うと、ふいっとみおみの背を振り向いた。

『じゃあみおみ。きりえがこう言ってるんだけど、君の願いを聞かせてよ』

「はい」

 正面を向いてコンパクトをかざしたまま、みおみが応えた。

「わたしのお願いは!」

 上空の魔女を見上げながら、みおみが決然と叫んだ。

 

「きりえちゃんの代わりにわたしが魔法少女になることです!」

 

『…………え?』

 キュゥべえの、珍しい怪訝な呻きが聴こえた。

 

 

 きりえとみおみの唱えた願いは、常識的には破綻にまみれた言葉遊び以下の、何にもならない矛盾でしかない。

 きりえの願いは、みおみが願いを叶えること。

 そのみおみの願いは、自分が魔法少女になること。

 契約者はきりえであり、願いが叶えられた暁に魂を引き抜かれるのはきりえであるはず。

 だが願いの内容は「きりえの代わりにみおみが魔法少女になること」であり、きりえから魂を引き抜く訳にはいかない。

 ところが、みおみから魂を引き抜こうにも、みおみは既に魔法少女だ。引き抜くべき魂はすでに物質化してソウルジェムになっている。

 それどころか、みおみはもう魔法少女なのだから、その願いは既に叶っていることになる。

 しかし今契約でのきりえの願いは「みおみの願いが叶うこと」であり、みおみの願いは「きりえの代わりに魔法少女になる」ことであり、だがみおみは既に魔法少女で代価を持たず、契約を履行できない。

 従って、この契約条件は無効である。

 

 ……理論的には。

 

 ところが、ここにはその矛盾した契約を成立させる不条理を条理に変えてしまう条件があった。

 

 

『んむ!? 』

 キュゥべえの顔が、身体が、突然腐泥か鍋の中身のように泡立ち全身のあちこちが丸く膨れ上がった。

『んgyぉdcbvがfxrmっ!? 』

 そして粉々に弾け飛んだ。

 

 

 この矛盾を解決させる為に必要なものは、ソウルジェム──キュゥべえが得るべきエネルギーの礎となるモノである。

 ところが、その基となるべきみおみの魂は既にソウルジェムとなっている。ここにはもう、ない。

 ならば仮に、その「エネルギーの礎となるモノ」を別にどこからかこの場に調達してやれば、この契約は成立する。

 ここでは「みおみが魔法少女であること」は問題ではない。キュゥべえが必要としているのはあくまでも「エネルギー源」であって、「人間が変身すること」ではない。

 だから、その「エネルギー源」さえそろえば話は成立するのだ。

 その「調達できるエネルギー源」はここにあった。

 キュゥべえの中に。

 

 

「……やっぱり。思った通りですね」

 弾け飛んだキュゥべえの体内から出てきた白色のグリーフシード──ただし、球体の部分が人の頭ほどに巨大な──をコンパクトを持たない方の掌の上に浮かべながら、みおみは呟いた。

 きりえは呆然とそれを見つめていた。

「……ほんとに……みおみの言う通りだった……」

 

 

 みおみの推測。キュゥべえはなぜ少女たちを魔法少女にしたがるのか。

 難しい理論や仕組みのことはみおみには良く分からないが、この世界の誰もに益となるモノと言えば、「エネルギー」ではないだろうかとみおみは考えた。

 魔法少女が行使する「魔力」はその最たるものだろう。

 原始生物の生命活動から、文明の社会活動に至るまで、すべてを動かすものは「食糧」や「金銭」やなんらかの対価である「エネルギー」だ。

 キュゥべえはこの「魔法」に関わるテクノロジーでそのキュゥべえにとっての「エネルギー」を求めているのではないかとみおみは推測した。

 そしてそれは当たりだった。

 巨大な白色のグリーフシード。

 それは、このキュゥべえの個体がこれまで回収してきたエネルギーの結晶だった。

 

 

「では、これで!」

 みおみは魔女と拮抗しているコンパクトを放り上げて宙で静止させると、空いた手に魔女化したレイカから得た白色のグリーフシードを取り出し、両手のそれをひとまとめにして上にかざした。

「これだけのエネルギーがあれば、あの魔女にも対抗できます!」

 ひとつに融合した白色の巨大グリーフシードが、爆発的な閃光を放った。

「レイカさん!一緒に戦ってください!」

『ーーーーーーーーッ!? 』

 何もかもが白くなるほどの光量の中で、狂ったような嬌声を上げる魔女の声にくぐもった音が混ざった。

 煌々と照らす白の光の中で、宙に浮かぶコンパクトが迅速に拡張し、巨大化してゆく。

「えいっ!」

 みおみは巨大グリーフシードを宙の巨大コンパクトの蓋めがけて投げ放った。

 それはコンパクトの天板の紋様に触れると、まるで透過するかのように沈み込んで消えていった。

 一度収まった閃光の嵐が、今度はコンパクトの巨大な鏡から噴き出した。

『ーーーーーーー!? 』

 膨大な輝きの濁流が魔女を巻き込み、響き渡る狂ったような嬌声が不規則に音程を上下させた。

「…………!」

 みおみは片手を宙にかざしてその魔女の様子を見つめていた。

 みおみときりえの周囲を、無数の白色の奔流が帯のようにのたうちながら走り回る。

 二者の間の魔力の拮抗が傾きつつあった。みおみ側に。

 

 ぱきん。

 

「みおみっ!? 」

 みおみの胸の上のソウルジェムが、澄んだ音を立てて微細に砕け散った。

 志摩家の広大な敷地を、爆発的な白の閃光が瞬く間に埋め尽くした。

 

 

『彼女たちを裏切ったのは、ボクたちではなく、むしろ自分自身の祈りだよ。 どんな希望も、それが条理にそぐわないものである限り、必ず何らかの歪みを生み出すことになる。やがてそこから最悪が生じるのは当然の摂理だ。 そんな当たり前の結末を「裏切り」だと言うのなら、そもそも願い事なんてすること自体が間違いなのさ。 でも、愚かとは言わないよ。一部の魔法少女たちの犠牲によってヒトの歴史が紡がれてきたのもまた事実だし』

 だとしても、その人が下した判断を貶める事を言うのは、わたしが許しません。

 最悪が生じたとしても、わたしは前に進むことを絶対に諦めたりはしません!

 

 

「へへへっ。おいおいゾクゾクするじゃねえか。なんだこのバカデカい魔女の気配はよ?」

 佐倉 杏子が街を埋め尽くす暴風雨に逆らいながらずぶ濡れで駆けていた。

「それも、ひとつやふたつじゃねえ。こりゃ仕留めりゃグリーフシードも一個や二個じゃ済まねえぞ!? 大儲けできそうじゃねえかよ!」

 掌のソウルジェムの異常な反応を見下ろして杏子は獰猛な笑みを浮かべた。

 これほどの強大な魔女の気配だ。恐らく久那織市と近辺の魔法少女が大勢集まってくるだろう。

 魔女を倒す為の手勢は、多ければ多いほど良い。

「だけどよ、グリーフシードは全部あたしが頂くかんな!」

 棒付きキャンディーを噛み砕いて棒を吐き捨て、杏子は走りながら魔法少女に変身した。

 そこに、県道の交差点に飛び込んできた一陣の白い風が杏子めがけて飛びかかってきた。

「っ!? 」

 ソウルジェムの反応がなかったせいで杏子は完全に不意を突かれた。

 長槍を取り出すが間に合わなかった。

 白い暴風の体当たりをまともに喰らい、吹き抜けられた杏子は目を閉じ顔を覆ってやり過ごすのがせいぜいだった。

「なんだ今のは!? 」

 白い暴風と見えたものは、まるで子供がシーツを被ってお化けの真似をする姿に酷似していた。

 だが、その先端に人の、少女の顔が浮かび上がっていたような気がしたと思った時には、長槍は微細に砕け散り、魔法少女の衣装も消え失せて普段着に戻り、ソウルジェムからの魔力供給も途絶えて佐倉 杏子の身体はまるで死体のように崩折れて倒れ伏した。

 

 これなるは「思い出」の魔女。その性質は「悔恨」。

 手足の代わりに藁束を生やした巨大な少女の服が振り下ろしてきた腕を、二人の魔法少女はそれぞれ反対方向に横っ飛びに跳び退いて躱した。

「あのおっきな反応に魔女が呼び寄せられてるっての!? 」

「……でも、それはいっぱいグリーフシードが取れるっていうこと」

 魔女の周囲を駆け回りながら叫ぶ魔法少女に、相棒が不敵に呟いた。

「上等じゃん! みんな刈り取ってやろうよ!」

「……いいよ」

 笑い合ってうなずくと、魔女を挟み込むようにふたりは駆け出した。

 突如結界の天井が砕け散り、そこから白い突風が飛び込んできたのを見て、二人は急停止した。

「なにあれ!? 」

 飛び込んできたものも、魔女のようだった。

 子供が白い布をすっぽり被ってやるお化けの真似のような姿のそいつには、先端に人間の顔らしき凹凸が浮かび上がっていた。

 だが、妙だ。そいつには魔女の気配を感じない。

 白いそいつは飛び込んできた勢いのまま「思い出」の魔女に飛びつくと、しがみついて頭を仰け反らせ、まるで頭突きをするかのように先端をぶつけた。

 すると、「思い出」の魔女の上半分を、白いそいつが丸飲みにしてしまった。

 口を開いた様子がない。白い身体が透過したかのように二体の魔女が重なっている。

 組み合った姿勢で固まっていた二体の魔女だったが、やがて白いそいつが「思い出」の魔女を飲み込み続け、「思い出」の魔女は白い身体に沈み完全に消えてしまった。

 どう考えても「思い出」の魔女の方が大きく白いそいつの体内には収まりそうにないのに、白い身体を透過した魔女は影も形もなくなってしまったのだ。

「……な、なによ、あれ……」

「……!? 」

 戦慄する二人の魔法少女の前で、結界の地上に舞い降りた白いそいつは浮遊したまま旋回すると、二人の魔法少女めがけて殺到してきた。

「ッひッッ!? 」

 その先端に、おっとりとした穏やかな表情を浮かべる同じくらいの年頃の少女の顔が浮き出ていたのに気付いて悲鳴を上げた。

 あまりの不気味さと異常事態に混乱しているうちに、白いそいつは二人の魔法少女をすり抜けるとそのままどこかへと飛び去っていった。

「……なに……あれ……」

 力ない呟きと共に結界は白くかすれて消え、二人の魔法少女も己の意図に寄らず変身を強制解除され、身体を動かす力の一切を失って死体のように倒れてしまった。

 

 白い突風は久那織市内を飛び回った。嵐をも意に介さず飛翔し、市内に蠢く魔女を、突然の異常事態に飛び出した魔法少女たちをくまなくすり抜けては魔女を消滅させ、魔法少女たちを昏倒させていった。

 市内を周回した白いそいつは、やがてひとまわりして志摩家の敷地へと舞い戻ってきた。

 この間、数分も経ってはいない。

 それなのに白いそいつは数倍にも大きくなっていた。

 未だ志摩家敷地の上空に佇んでいた「舞台装置」の魔女へ、白いそいつは疾風の勢いで激突した。

『ーーーーーーッ!? 』

 音もなく激突した異形が魔女を数十メートル押し流した。

 出鱈目に撒き散らされる嬌声が振幅を揺らし、歯車を寄せ集めた巨体が傾いた。

 魔女に飛びついた白いそいつは、まるで爬虫類のような先端が鋭く各部が節くれ立った形状の白い腕脚を延ばして歯車の身体にしがみ付くと、みおみの顔面を浮かび上がらせた先端を大きく仰け反らせ、頭突きの要領で突き込んだ。

『ーーーーーーッ!? 』

 魔女の中には苦悶や焦りなどを覚えそれを表現できる個体も数多くいたが、事この「舞台装置」の魔女に限っては、そんな反応は遠い。

 狂った舞台に立つプリマには、己の舞台で起こる何もかもが主演の為の演出であり、喜び。

 それが当然であるかのごとく自然現象のように無機質に嬌声をばら撒き続けている。

 やがて魔女の周囲を浮遊する瓦礫や篝火が白いそいつに襲いかかるが、瓦礫も虹色の光弾も、白い身体をすり抜け、あるいは飲み込まれて消されるばかり。引きはがそうにもあらゆる抵抗が無効だった。

 白いそいつも魔女の反応を意に介さずすり抜ける頭突きを何度も何度も繰り返した。

 だが互いに傷ひとつ付かず、体勢になんら変化は見られない。

 ところが、白いそいつの体躯がいつの間にか「舞台装置」の魔女を超えるほど巨大化していた。

 白いそいつは頭突きをやめ、伸びた腕脚で歯車の身体を抱え直すと、抱きしめるように身体を押しつけ、魔女を引き込み始めた。

『ーーーーーーッ!? ーーーーーッ!? 』

 魔女の嬌声に、絹を引き裂くような断末魔が混ざり始めた。

 ここにそれを知る者はいないが、それは「舞台装置」の魔女が初めて上げた「喜び」以外の反応の叫びだった。

 白い手足に抱き込まれた歯車の身体が、白いそいつに沈み込み始めたのだ。

 舞台で起こる何もかもが演出の喜びだとしても、その舞台を消されることは「舞台装置」の魔女の望むところではない。

 消される恐怖に魔女は嬌声を悲鳴に変えて絶叫し続けた。

 振り払おうにも、あらゆる抵抗が無意味。そうこうしている内に、歯車の身体が半分以上白いそいつの中に消えてしまっている。

『ーーーーーーッ!? ーーーーーッ!? 』

 歯車が、奈落が出鱈目に動き回り、必死に脱出を試みるがびくともしない。

 それどころか、白いそいつは歯車の身体の半分を飲み込んだ辺りからまるで沈没する船を飲み込む海のように浸食速度を跳ね上げ、「舞台装置」の魔女は呆気なく白の中に消えてなくなってしまった。

「……………………」

 史上最大の魔女を飲み込んだ白いそいつは、みおみの顔を振り仰いで手足を縮め、宙につままれた白い布のようにしばし虚空に佇んだ。

 空は、いつの間にか暗雲が取り払われ、地平まで続く綺麗な星々の瞬きを晒していた。

 風も穏やかで、先ほどまでの嵐が嘘のようだった。

「……………………」

 やがて白いそいつは糸を切られた白布のように裾から広がって舞い落ち、地上に触れる前に音もなく色を薄れさせ、消えてしまった。

 

 

 翌朝のテレビのワイドショーは、全て久那織市の志摩家の敷地で起きた謎の大災害についての報道で埋め尽くされていた。

 突然のダウンバーストによって志摩家の敷地は全てを薙ぎ払われ跡形も無くなったとワイドショーは報じていた。

 異常気象現象について専門家が何事か口走っていたが、どれもこれも要領を得ない解説だった。

 ただ、政財界に大きな影響力を持つ志摩家の消滅によって、今後業界は大きなパワーバランスの変動の渦に巻き込まれるだろうとワイドショーの内容はスキャンダラスな方面へと移っていった。

 

 由貴家のキッチンに、兄が頭を掻きながら入ってきた。

「おう。おはよ」

 調理場とテーブルをくるくると行き来して朝食の支度をしている妹の挨拶にいつも通り応え、兄は自分の椅子に座った。

「なんかゆうべは雨とか凄かったな」

 与太話をしながらやがて支度の様子を見て兄は立ち上がり、皿に並べられたおにぎりをラップで包み、カップにコーヒーを注いで自分の席に運んでから、また棚に戻って人数分の弁当箱を取り出してテーブルに並べた。

「おう」

 妹の弾んだ調子の礼の言葉にぶっきらぼうに返して兄は自分の椅子に腰掛けた。

 

 久那織中学校の朝の通学路は、少々浮つきつつもいつもと変わらぬ光景であった。

 ただし、毎朝練習するテニス部員でごった返しているはずの構内のテニスコートは閑散としており、登校してきたテニス部部員たちは次々と傍らの部室棟のテニス部部室に殺到していった。

 その中の、ひとりやふたりがいないことについて気に留める者は皆無であった。

 

 教室では、担任教師から昨夜の志摩家の大惨事と三年生の志摩 レイカの行方不明・生死不明の報、それと、なぜか志摩家の敷地で遺体で発見された転校生の御崎 芽衣のことが告げられた。

 教室中がざわめいた。

 志摩 レイカは校内では有名人であり、御崎芽衣も転校初日の一日だけだが、言葉を交わしたことのある者はそれなりにショックを受け、そこかしこで涙する者もいた。

 クラスメイトの間では、綾名 みおみと言えば志摩 レイカのテニスでのライバルとしてお馴染みで、由貴 きりえは転校生の御崎 芽衣と幼馴染みにして「お姉さま」であることは周知の事実だ。

 ところが、これほどの大事件が立て続けに起こりながら肝心の綾名 みおみに、由貴 きりえに気を配るものは誰一人としていなかった。

 

 まるで綾名 みおみも、由貴 きりえもそこにいないかのように。

 

 志摩家消滅の大事件があった当日は、急遽全校集会が行われたのみで、突如休校が決まり全ての生徒が午前中で帰された。

 志摩家は全てが消滅してしまった為、志摩 レイカの行方を求める措置が取られておらず、彼女を慕う者たちは感情の区切りを付けることすらできない日々を強いられることになった。

 御崎 芽衣については、数日後に芽衣の実父が喪主として葬儀がしめやかに執り行われた。

 芽衣の家庭にどんな問題があったのかは分からない。しかも一日しか顔を合わせていないにも関わらず、クラスの多くの者が弔問に訪れた。

 そうして久那織中学校の制服姿が代わるがわる受け付けで記帳してゆく中、受け付けのテントの脇で弔問客を出迎えていた芽衣の実父は、その少女を見て驚きに目を見張った。

 かつて小学校の頃、芽衣と仲良くしてくれた子だったからだ。

 記帳されたそれを見てようやく名前を思い出す。そうだ。由貴 きりえちゃんと言った。

「……来てくれてありがとう。 久しぶりなのに、こんなことになって、ごめんね」

 実父は憔悴した顔ながら、そう伝えて謝ることがせいぜいだった。

 そしてその後に誰かが記帳した。

 こちらは見覚えのない名前だったが、クラスメイトのひとりなのだろう。

 実父は、誰にも言えない問題を抱えた芽衣にこれほどの人々が集まってくれたことに、涙ながらに感謝していた。

 実の母を謎の方法で惨殺してしまった実の娘に、助けてやれなかった後悔を抱えながらも、これだけの人が来てくれた意味を思い、亡き娘に胸中で「良かったね」と告げた。

 

 受付に立つ人間も、芽衣の実父も弔問客も、誰一人気付かなかった。

 とある人物が、ひとりで二人分の記帳をしたことを。

 

 

 それでも生き残った者たちの世界は動いてゆく。

 社会も学校も、失われた穴を有形・無形のもので埋めながら日常の流れを押し進めてゆく。

 授業も平常に再開された。

「……さて、ここのこれ、由貴、答えてみろ」

 数学の教師に指名された由貴 きりえは、誤魔化し笑いで頭を掻きながら結局正しく答えることができなかった。

 

 この間、クラスにいるはずの「何者か」がいないことに誰も気付いていなかった。

 

「それじゃあ、次、ええと……綾名、答えてみろ」

 続いて指名された、その隣の綾名 みおみが代わって立ち上がり、おっとりとしたしゃべり方ながらも淀み無く正答を導き出してみせた。

「よおし、そうだ。 ここの式は……」

 教師はみおみの答えに満足して黒板を振り返り解説を始めた。

 きりえの不勉強を注意することは、意識から消えてしまったかのようだ。

 その間も、クラスの中の生徒たちは時折、クラスの誰かがいたり、いなかったりしているような錯覚を感じながらも、その原因が思い当たらずに首を傾げながらもその異常を日常に埋没させていった。

 

 

 

 みおみが考案した矛盾に満ちた願いでキュゥべえを陥れる策は、キュゥべえを騙すことはできても、結局キュゥべえの持つテクノロジーが生み出した「システム」を欺くには至らなかった。

 キュゥべえを矛盾に巻き込みエネルギーをかすめ取ることには成功したが、その後、矛盾を孕んだ契約内容を是正すべく働きかけた「システム」がみおみときりえの運命に作用し、願いの文面を成立に近付ける為に現実に干渉したのだ。

 「二つの願い」に対して二人の魔法少女になるべき人物はひとり。

 契約ゆえにきりえは絶対に魔法少女にはならないが、みおみの持つ魂はひとつだけ。それも、既にソウルジェムとなってしまっている。

 だがその矛盾を解決させる不条理を条理に変えてしまうのが、キュゥべえらのテクノロジーが生み出した「システム」だ。

 「システム」はみおみの望み通り、みおみをきりえの代わりに「魔法少女」とした。

 それはすなわち「既に魔法少女である存在を魔法少女にする」ということ。

 「システム」は、ソウルジェムと化したみおみの魂をさらに「ソウルジェム化」させたのだ。

 それはどういうことか。

 みおみの第一の願いは「きりえの契約を元に戻すこと」であり、その願いによって発現した魔法は「中和」。

 第二の願いは「きりえの代わりに魔法少女になること」であり、それに基づいて発現される魔力の方向性は、きりえの願いによる。

 そしてきりえの願いは「みおみの願いが叶うこと」。

 みおみは「自らの願いを叶えること」と願ったも同然であり、それによって現れた魔法は「疑似万能」とも言えるものだった。

 ところが、ふたつの「魔法少女化」を受け容れるには、みおみと言えどただの人間ひとりには荷が重過ぎた。

 結果みおみと言う存在は、人間を越える魔法少女をも越え、そして魔女とは対極の存在へと変質してしまった。

 実はこれはシステムエラーによってもたらされた偶発的な現象だった。

 それが、真白き謎の異形。みおみは、魔法少女でも魔女でもないモノになってしまったのだ。

 きりえも無事と言うわけにはいかなかった。

 契約の文面からすれば、きりえは何一つ背負うことがないはずだが、「きりえが契約者である」という事実を「システム」は看過しなかった。

 だが魂を変質されるべきはみおみであり、きりえの魂に触れることは「システム」を以てしてもできないこと。

 その代わりに、異なるフェイズへと生まれ変わったみおみを現世に繋ぎ止める為の言わば「舫い杭」として指定され、みおみときりえは存在をひとつに融合されてしまった。

 三次元では「ふたりの人物」として見える二人だが、より高次元にあっては「ふたつの人格を持つひとつの存在」となってしまったのだ。

 それ故、街を歩いていても、教室にいても、「ただの人間」には一度にどちらか一方しか認識することができず、また、その異常を「異常なことだ」とも認識できない為、不思議に思うことすらない。

 「ワルプルギスの夜」に対抗する力を得た結果、みおみときりえは、世界から「半分」忘れられる存在となってしまったのだった。

『……まあ、あんなハリウッド級の魔女を相手にして勝ち残って、挙げ句これで済んでいるのが僥倖かもしんないね』

『ごめんなさいきりえちゃん。きりえちゃんを魔法少女にしないで、かつわたしもきりえちゃんもそれぞれ何も無くさないようにするには、これしか方法がなくて』

 学校からの帰り道を歩きながら、ふたりは言葉を交わしていた。

 等間隔に並ぶ電柱と電線が、ゆっくりとふたりの脇を、上を流れてゆく。

『いいよ。こっちこそみおみにばっか背負わしてごめん。 私が、何か戦う為に魔法少女になったって、遠くないうちに自分がイヤになっちゃうのは分かってたし』

 かつてみおみに泣きついた時のことを思い出して、きりえはばつの悪い顔を上に向けた。

『それに、今のこの状態ってそんなに悪く思わないんだ。 だって、私もみおみの存在を助けてあげられてるし……』

 顔を赤くしてうつむいたきりえがごにょごにょと呟いた。

『ありがとうございます。きりえちゃん』

 その様子に、みおみはにっこりと微笑んだ。

『おかげで、わたしもわたしの大事な生活をなくさないで済みました』

『……うん。 私も』

 赤くなった顔のまま、きりえが照れ臭そうにみおみを見上げた。

『それじゃあ、きりえちゃん。また明日』

 分かれ道で、みおみはきりえに向き直って胸元でひらひらと手を振った。

『うん。明日』

 きりえも応え、それぞれの帰途へと振り向いた。

 数歩歩いたところで立ち止まり、きりえが振り返って叫んだ。

『ねえ! みおみ!』

『はい?』

 呼ばれ、みおみはゆっくりと振り向いた。

『……その、みおみの事、大事な親友だから!……なんて、言ったら、だめ……かな……?』

 声を張り上げておきながら、みるみる顔を赤くして尻すぼみになってゆくきりえをきょとんと見返していたみおみは、やがてにっこりと微笑んだ。

『はい。きりえちゃんは、わたしの大事な親友ですよ? なにしろ、これからもずっと一緒なんですから』

 

 

 

 みおみは上機嫌に帰途を歩いていた。

 あれほどの大事件に遭遇しながらも、どうにか自らの人生は無くさずに済んだ。

 きりえも守りきることができたのは、本当に良かった。

 レイカと芽衣のことは、返すがえすも残念なことだった。レイカとも、芽衣とも、もっと早く、もっと良く話し合えていたら、また違った結果が得られたかもしれない。

 だが、後悔に囚われて生きることはみおみにとっては「生きていない」も同然のことである。

 悲しみや辛い事に負けてやる訳にはいかない。

 前に進み続けなくてはいけないのだから。

 レイカも芽衣も、それぞれの人生でそれぞれの判断を下して生きたのだ。それを貶めることは、何者にも許されることではない。みおみはそう考える。

 だからみおみは、自分の人生を、自分の大事なものを大事にして生きるのだ。

 その為ならば一生懸命にもなるし、できる範囲で誰か助けてあげられるなら、助けてあげたい。

 それがみおみの祈り。

 キュゥべえの契約やテクノロジーがあろうが無かろうが変わることのない、みおみが為すべき、みおみ自身の魔法なのだ。

 

 

 

 

...fin...

 

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