魔法少女みおみ☆マギカ 平穏の魔法   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第4話 くだらない

『やあ、みおみ。 ボクと契約して、魔法少女になってよ!』

 

「ごきげんよう、みおみさん。 わたくしと一緒にテニスをやってみませんこと? ちなみにこれが入部届けですわ!」

 

「ごめんなさい。わたし、家で家事のことやらなくちゃいけないので、失礼しますね」

 

『やあ、みおみ。 ボクと契約して、魔法少女になってよ!』

 

「ごきげんよう、みおみさん。 わたくしと一緒にテニスをやってみませんこと? ちなみにこれが入部届けですわ!」

 

「ごめんなさい。わたし、家で家事のことやらなくちゃいけないので、失礼しますね」

 

『やあ、みおみ。 ボクと契約して、魔法少女になってよ!』

 

「ごきげんよう、みおみさん。 わたくしと一緒にテニスをやってみませんこと? ちなみにこれが入部届けですわ!」

 

「ごめんなさい。わたし、家で家事のことやらなくちゃいけないので、失礼しますね」

 

 

 ここ連日続けざまに返り討ちにされたレイカが入部届けを握りしめて崩折れている横で、キュゥべえがひょこひょことしっぽを振っていた。

『みおみは、なかなか手強いね』

「うふふ……わたくしは、諦めませんわよ……?」

 仄暗いオーラを漂わせるレイカを、物陰からきりえが悲しそうな瞳で見つめていた。

「レイカさん……!? 」

 

 

「人間誰しも、それぞれの都合を持っていますわ」

「はあ」

 テニス部の部室で、自身のラケットにグリップテープを巻き付けながらレイカが呟いた。

「だったら、どうしてレイカさんは、そんなに由貴さんを誘うんですか?」

 今この部室にはきりえとレイカの二人しかいない。

 だからきりえは対外的に部活の後輩を装う「志摩先輩」ではなく、名で呼びかけている。

「あの娘が言った通りのことよ。 誰しも自分のことで頑張らなくてはならない。 だからわたくしも、わたくしの都合でみおみさんを誘うことにしたの。 みおみさんも、お家のことで大変でしょうけれど、それでもなんとかしてテニスの楽しさと素晴らしさを、是非とも体感していただきたいの。……お家のお仕事を圧迫させてしまうかもしれない、わたくしのエゴですけれど」

「……魔法少女のことも、ですか?」

 レイカの、テープを巻く手が止まった。

「……それもあの娘が言う通り。確かに強制なんて、できませんわね」

 再びグリップテープを巻き付け始める。

「事は命懸けですし。 だからわたくしは、わたくしの正義を貫くのみですわ。 これまでと同様に」

「……」

 きりえは、それきり沈鬱にうつむき黙り込んでしまった。

 

 

 ある日のこと。

「御崎 芽衣(みさき・めい)ですっ!」

 朝の教室の教壇の横で、小さい女の子がにこにこ顔で底抜けに明るく自己紹介をした。

「よろしくおねがいしますっ!」

 大きな声で言って、ひょこんっと上体を折り曲げお辞儀した。

 それにつれ、頭の左右に括った小さなおさげが子犬のしっぽのように揺れる。

 その小さな体躯は同じ中学校の制服を纏っていても、とても中学生には見えない。

 いったいどこの小学生が紛れ込んできたのかと教室の中は男女問わず賑やかになった。

「はいはい静かに。 御崎さんは、お家の都合で何年か遠くで暮らしていたのだけれど、昔は久那織市に住んでいたことがあるそうですよ? ですから」

「あーーーー!」

 担任教師の説明を遮って突如、御崎 芽衣が喜色に溢れた素っ頓狂な大声を上げた。

 嬉しそうな顔の御崎 芽衣が指さす先では、みおみが笑顔で小さく手を振っていた。

「……由貴、知り合いか?」

「はい」

 教師の問いにみおみが応えたところで、一切を無視して御崎 芽衣が駆け出した。みおみに向かって。

「みおみお姉さまっ!」

 そしてそのままみおみに抱きついたのだった。

 教室中が怪訝な空気に包まれた。

 

「小学校の頃、今よりももっとちっちゃくて、みんなから遅れがちだったアタシを、みおみお姉さまが色々と面倒見てくれたんですっ!」

「だからって、同い年なのに「お姉さま」呼ばわりはどうなのかな」

「由貴さん実はどっかでダブってんのかと思ったよ」

 転校生・御崎 芽衣の周りに群がるクラスメートが口々に言い笑いが巻き起こる。

「ええ~? だって、入学式から一緒だったじゃないですかあ」

「だ・か・ら、不思議だなあって」

 みおみの反論にクラスメートの一人が応え、また仮借ない笑いが巻き起こる。

「……まあ、三月の早生まれとかじゃ、人によっては一年も違うし、特に成長差が顕著だった小学生の時期だと相手によっちゃ同い年でも「お姉さん」くらい違うかもね」

 きりえの話にああ~、と一同が納得する。

「そっか。それで「お姉さま」か」

「んーでも、中学生になったんだし、もう「お姉さま」なんて付けなくてもいいんじゃないの?」

「んんー?」

 クラスメートが訊ねるも、御崎 芽衣はたいして悩まずに朗らかに応えた。

「でも、お姉さまはお姉さまですからっ!」

「あー。こりゃまたこのクラスに違う色の風が吹き荒れそうだわ」

 禁断の百合の園の展開の予兆に、群がったクラスメートが男女問わずに大騒ぎになった。

 

 

 傾いた日差しの色に染められた放課後の廊下を、大量のプリントの束を抱えたきりえが歩いていた。

 委員会の仕事である為、部活には遅れて入る旨を他の部員には伝えてある。

 降って涌いた仕事に辟易しながら人気の少なくなった廊下をすたすたと歩いてゆく。

「ねえ」

「?」

 ふと、横合いから声をかけられてきりえは立ち止まった。

 廊下の途中にある階段の踊り場からきりえを見下ろしていたのは、転校生・御崎 芽衣であった。

「あのさあ。 ちょっと聞きたいことがあんだけどさ」

「……!? 」

 だが、良く見知った顔のはずの御崎 芽衣に著しい違和感を感じてきりえは背筋を這い上がる不快な冷たさに身震いした。

 その違和感の元はすぐに分かった。

 小さく可憐で天真爛漫な見かけに違わずみんなの妹分的な明るい振る舞いをしていたはずの御崎 芽衣が、

 

 なんということだろう

 

 御崎 芽衣が、どろりと濁った目つきで威嚇的に首を傾けながら、剣呑な気配を発散しつつきりえを見下して階段を下りてきたのだ。

一段ずつ、足を投げ出すような気怠い歩き方で。

「…………え?」

 きりえには意味が分からなかった。

 一瞬、別人かと思うほど御崎 芽衣はその態度を激変させていたのだ。

 その御崎 芽衣が、きりえの数歩手前で立ち止まり、眇に睨め上げてきた。

「あんた。名前なんつったっけ?」

「……ゅあ、綾名、きりえ……」

「あーあーそうそう。 悪いね。あんなにいるから、すぐになんか覚えらんなくてさあ」

 両手を広げて肩をすくめる仕草をするが、御崎 芽衣の嘲る気配は依然きりえを縛り付けている。

「そんで、きりえさんさあ。 アタシってば是っ非っとっも、聞きたいことがあるんだあ」

「……な、 なに……?」

 相変わらず剣呑な調子で語る御崎 芽衣に、きりえは震える口でどうにか応えた。

「あんたさあ。なんでアタシが三月の早生まれだって知ってるワケ?」

「……!? 」

「アタシさあ。あの時まだ誕生日の話なんかしてなかったと思うんだあ。アタシの勘違いかなあ?」

 小さい少女にあるまじき凶悪に濁った三白眼が斜めに傾いて真下からきりえを睨め上げる。

 その凄まじいまでのギャップが醸し出す恐怖にきりえは完全に竦んでいた。

「……あ……芽衣ちゃ、ん……どうし、て……?」

「なんでアタシの誕生日を知ってんのか?って訊いてんだけどさあ?」

 より怒気を膨らませた御崎 芽衣にきりえは息を飲み、どうにか言葉を絞り出した。

「……べ、つに、小さい頃、困るほど遅れてたっていうのは、つ、つまり、そういうことだろうって、……勝手に推理しただけだけど……」

「……ふん」

 それを聞いて、御崎 芽衣はようやく気配を収めて鼻を鳴らし、後退して距離を開けた。

「まあそういうことにしといてあげるよ」

 言って、振り向き立ち去ってゆく。

「でもさ、見透かされんのは嫌いなんだ。アタシ」

 ぎろり、と肩越しに再び睨み付けてきた。

「もう余計なこと言うなよ」

 そしてそれっきり振り返ることなく元来た階段を下りていった。

 きりえは、御崎 芽衣の姿が見えなくなっても、足音が聞こえなくなっても立ち竦んでいた。

「……芽衣ちゃん……どうして……?」

 

 

 夜の街の雑踏の中を、目立ちにくい暗色系の服装できりえは歩いていた。

 左手にソウルジェムを握り込んで、時折指の隙間からソウルジェムの輝きを伺う。

 魔法少女が標準的に備えている魔法のひとつ、魔女の気配の探知に集中しているのである。それと察知すれば、ソウルジェムは特定パターンの明滅で知らせてくれる。

「…………。」

 ところが、そうして魔女探しに歩き回りながらもきりえは気もそぞろであった。

(……芽衣ちゃん……どうして……)

 夕方の、御崎 芽衣との邂逅を思い出していたのだ。

 突如豹変した彼女の余りの変わりぶりに、きりえは衝撃を受けていた。

 ふと、目の端に光が瞬くのを感じてきりえは意識を戻した。

 慌てて手元を見てみると、ソウルジェムがほんのわずかに光量を変化させていたのだ。

(……近い……!? それとも……)

 いくつかの可能性を思い浮かべながらきりえは辺りを見回した。

 周囲を、会社帰りの大人が行き交っている。

 その向こうに、きりえは見たくもないものを目撃して顔をしかめた。

「……で、なんであいつがあんな所をふらふらしてんのよ!? 」

 路地の隙間から、ビルひとつ向こうの大通りをのたのたした歩き方で通過してゆくみおみの姿を発見したのだ。

 いくらなんでも無視できず、きりえはそちらに駆け寄った。

 たいした距離ではない。すぐに追いついて回り込む。

「ちょっとあんた!? こんな時間に、こんなとこでなにしてんの!? 」

 言えた義理ではないが、自分は魔法少女。日常でも非日常でも夜の街に用がないはずのみおみとは違う。

 ところが、みおみは目の前のきりえなどいないかのように無反応で前進を続ける。

「って、ちょっと!? 」

 身体ごと押し退けられるという、みおみらしからぬ行動に泡を食うが、きりえはすぐに気を取り直して再びみおみの真正面に回り込んだ。

 肩を掴んで無理矢理激しく揺する。

「ねえ!? あんたってば! ちょっと!」

「……ほえ?」

 まるできりえが壁かなにかみたいに押し止められたその場で足をずりずり動かしていたみおみが、ようやく反応を示した。

「……きりえちゃん……」

 きりえの顔を認め、ほにゃりと破顔するみおみに、きりえは言いしれない不安を感じた。

「ちょ、っと……あんた……?」

 見れば、あろうことか、みおみは靴を履いていなかった。

「うふふふ。 いっしょに、いこうよお」

 みおみは、きりえの手首を掴んでそのまま歩き出そうとする。

「え? や、ちょっ……」

 思いがけない腕力に驚いているうちに体勢を崩して引っ張られてしまう。

 だが既にきりえにはこの怪現象の心当たりがついていた。

 きりえは手を引かれるまま歩きながら、物も言わずに空いた手でみおみの後ろ髪を掻き上げた。みおみは反応しない。

「……「魔女の口づけ」……!? 」

 露わになったみおみの首筋に浮かぶ、不気味な小さい紋様。

 魔女や使い魔が結界内から魔力干渉し、人間を無差別に催眠誘導する魔法のマーキングである。

「なんてこと……!? 」

 例え嫌っていたとしても、近しい人間が被害を受けたことに衝撃を受けつつ、きりえは片手で携帯電話を取り出して操作した。

 やがて連絡を受けたレイカが後方から追いついてきた。

「きりえさん!」

「レイカさん!? 」

 横に並んだレイカに、再び掻き上げたみおみの髪の下、首筋に浮かぶマークを見せる。

「……そういうこと」

 辺りは人気が薄くなっており、何人かの通行人が同じ方向へ歩いているのみ。

 否。

 その人影は皆、どこかおぼつかない足取りで歩んでいた。

 この辺は中小の企業ビルや工場が集まる区画で、この時間帯は灯りが少ない。

 奇妙な人々の流れは、その暗い方へ、暗い方へと向かっていた。

「……間違いないわね。皆さん、魔女に導かれている。近い」

「どうしましょうレイカさん? このままじゃあ由貴さんも……」

「このままお邪魔しましょう?」

 間髪入れずに応えたレイカの顔を、きりえは仰天して振り返った。

「でも、それじゃあ!? 」

「みおみさん一人を安全圏に退避させてる間にもこの行列の行方を見失ってしまいます。 ならばいっそ、共に出向いて皆さんを纏めて守った方が被害を抑えられますわ」

 真面目な顔のレイカがきりえを見つめて応えた。

「その時は、あなたがディフェンスで、わたくしがオフェンスよ。 いいこと? あなたが守るのよ?」

「……!? 」

 レイカに言われ、きりえは身が引き締まる思いがした。

 確かに能力的にもきりえの魔法は守りながら戦うことに向いている。

 翻ってレイカの魔法は攻撃に特化している。

「……分かりました!」

「よろしい。 さあ。わたくしたちのペアの力を思い知らせてやりましょう!」

 

 

 彼女はその光景を見下ろしていた。

 灯りの落ちた暗闇の工場に、糸に吊られたようにもたもたと歩く人々がぞろぞろと入ってゆく光景を。

 それを見下ろす暗く、濁った瞳にはなんの感慨も浮かんではいない。

 屋上のへりに腰掛けて、投げ出した脚をぷらぷらと揺らしていた。

「よう」

 そこに、何者かが少女の声で舞い降りてきた。

「ウマそうなの持ってんじゃん。あたしにも喰わせろよ」

 底抜けに朗らかな調子で恫喝してきたその少女を、彼女は首を傾けて見返した。

 その姿を見るまでもなく、彼女には相手が何者か分かっていた。

 この一帯で最も高い場所であるここに「舞い降りて」これる者など他にはいないし、その声には聞き覚えがあった。

 付近の街灯を照り返す光加減によっては真っ赤にも見える赤毛を後頭部で高く結い上げ、貴族のドレスと武闘士衣装を掛け合わせたような深紅の長衣を纏ったその魔法少女を睨め上げる。

「消えなよ、佐倉 杏子(さくら・きょうこ)。 殺されたいの?」

「釣れないコト言うなよ御崎 芽衣。同じ魔法少女じゃんか」

 巨大な二等辺三角形の穂先を付けた長槍を肩に担ぎ、少女にあるまじき獰猛な笑みを浮かべる佐倉 杏子を濁った目で見返し、彼女──御崎 芽衣は黙って魔法少女に変身した。

 微動だにせずその身をクラシックバレエような形状の水色の衣装を纏った姿に変える。

 右耳のピアスから提げられた、涙滴型のアクアブルーの宝玉がきらりと閃いた。

 小さな体躯に可憐な衣装を纏っているというのに、その闇よりもなお暗い瞳が異様なまでにミスマッチであった。

 後ろ手に付いていた両手には巨大な水色のリングが握られており、いつの間にか片足にも同じリングを引っかけてくるくると回していた。

 それは既に御崎 芽衣の臨戦態勢。

「まあ待ちなよ。 アレ見てみ」

 同様に戦闘態勢だった佐倉 杏子が芽衣の様子にも頓着せずにあごをしゃくって地上を示した。

 芽衣も気にせずそちらを見遣った。

 すると、「魔女の口づけ」を受けて集まる人の群の中に、芽衣の見知った姿が三人ほどあった。

 うち二人は、手元に見覚えのある輝きを携えている。

「アレがこの街の魔法少女だろ。しかも二人だ。 真ん中に挟んでんのはダチだろアレ」

「……」

 饒舌にしゃべる佐倉 杏子とは対照的に芽衣は無表情でそれを見下ろしていた。

「後生大事に庇っちゃってまあ。 ヤツらはアレだね。「セイギノミカタ」気取りだろ。 こン中の使い魔、潰す気だぜ?」

 槍の石突きで屋上の床をこつこつと叩いて示す。

 この工場の中に巣くっているものが「魔女」ではなく成長途中の「使い魔」であることを看破した佐倉 杏子を、芽衣は殺気の籠もった三白眼で睨み上げた。

「……ヤだなあ。 アタシ、見透かされんのって大ッ嫌いなんだけどなあ?」

「は。文句があんなら聞いてやんよ」

 佐倉 杏子も獰猛な笑みに怒気を混ぜて芽衣を見返した。

「ただし。アイツらをぶっ潰してからにしようじゃねえか。 お誂え向きに「二対二」だしよ」

「…………」

「ひとりでも余裕だってんなら、あたしがアイツら全部潰して、中の使い魔も喰っちまうぞ」

 佐倉 杏子にそれが不可能だということは分かっていた。 だが芽衣にも単独で二人の魔法少女を退けることはできないだろう。

「……他の人間に手ぇ出して遊ぶようなことしたら、背中から斬るかんね」

「そんなもったいない真似すっかよ!」

 使い魔の餌は、多ければ多いほうがいい。

 言うなり佐倉 杏子は飛び降りていった。

 芽衣も立ち上がる。

 ちなみに今の芽衣の発言は、犠牲者に混じるみおみに万が一にも手を出させない為の牽制だった。

 なぜなら。

(みおみお姉さまは、アタシが遊ぶんだから……!)

 にぃ、と狂喜の笑みを口の端に浮かべ、芽衣も飛び降りていった。

 

 

 ここが目的地のようだった。

 モノトーンの四角い影が立ち並ぶ工場区画。

 シャッターを全開にされた暗闇の中へと、操られた人々がそのままの歩調で入ってゆく。

「レイカさん!? このままじゃあ!? 」

「……場所は、あそこの中に間違いないようですわね……!? 」

 自身のソウルジェムの、「魔女確定」の輝きを見てレイカは決断した。

 指先に摘み上げたソウルジェムを振りかざし、その場で優雅に身を翻したレイカは輝きに包まれてオレンジ色を基調としたテニスウェア姿の魔法少女へと変身した。

「みおみさん。ごめんなさいね」

 言って、レイカは指先をみおみの首筋にあてがった。

 レイカの指の下、みおみの首筋から閃光が迸り、「魔女の口づけ」の刻印が黒の霞となって消滅する。

「……あ……」

 呻いて崩折れたみおみの身体を、レイカがそっと支え、抱き上げた。近くの植え込みの陰に横たえる。

 かけられた魔法の強制解除には、強い衝撃が伴う。みおみはそれで気を失ったのだ。こればかりはどうしようもない。

「さて。行きますわよ」

「はい!」

 同様に輝きの中から魔法少女の姿で現れたきりえがうなずいた。

 そして工場入り口へ駆け出したその時、上から何者かが飛び降りてきた。

「!? 」

「え!? 」

 工場入り口で立ちはだかったのは、人間。

 魔女でも使い魔でもなく。

 二人の魔法少女だった。

 

「……芽衣ちゃん!? どうして!? 」

 そこに現れたうちの一人が、バレリーナめいた形状の水色の衣装を纏った魔法少女が御崎 芽衣であることに気付いたきりえが驚愕に叫んだ。

 呼ばれても、芽衣は無反応だった。

「きりえさん、お知り合い?」

「おい。アレお前のダチか?」

 レイカが、杏子がそれぞれ横に訊ねる。

「クラスメートなんです! 芽衣ちゃん!? 芽衣ちゃんも魔法少女だったの!? 」

「は。おいおい実は「三対一」だったのかよ……!? ハメやがったのか!? 」

 きりえの絶叫にも杏子の疑惑の声にも、芽衣はあくまでも無言だった。

 そんな中、芽衣はやおら眉をしかめてがしがしと頭を掻いた。さも面倒臭そうに。

「……うるさいなあ」

 胸の淀みを吐き出すかのように、ぼやく。

「……ここに何があんのか、知ってんでしょ?」

 芽衣が、ひょいと背後を指さした。

「もちろんですわ」

 きりえは、自身の前に制するように突き出されたネットのない琥珀のラケットに身動きを止め、前に進み出たレイカを呆然と見上げた。

「人々に仇為す魔女か、それとも使い魔かしら。 それらに誑かされた人々を黙って見送ったあなた方は、何者かしら?」

 レイカの詰問を聞いた途端、杏子が目を剥いて爆笑しだした。

「っはっはっはっは! おめえそれマジで言ってんの!? ぎゃっはははは」

 赤毛を振り乱し腹を抱えて笑う。

「はっはははは! えーマジ「正義の味方」? そういうのが許されるのって小学生までだよねーキモーイ♪ ぎゃははははは」

 途中で何かの真似までして笑い転げている杏子を無視し、レイカはきりえに語りかけた。

「きりえさん。覚えておきなさい。 巴 マミに何を教わってきたのかは知りませんけれど、魔法少女の中には、ああいう下劣で、愚昧で、どうしようもない輩が結構な数いますの」

 それを聞いた途端、杏子の哄笑がぴたりと止まった。

「……てめえ。今なんつった?」

「今のわたくしの発言が理解できないだなんて、会話以前の問題ですわね」

「……!? 」

 白眼比率を急上昇させた杏子が無言で槍の柄尻をチェーンで繋がれたいくつもの多節棍に分割して展開させた。

「おおかた、手っ取り早くグリーフシードを得んが為、人々を犠牲にして使い魔の成長を促進してからそれを刈り取るおつもりなのでしょう?」

「え?」

 きりえは、レイカの発言に喫驚した。それは発想だにしない話だった。

「確かに魔法少女存続にとっては効率的なことですわ。 ですが、それは魔女となんら変わることのない下劣な所業。許されるものではありません。わたくしの正義において、処断致しますわ!」

 レイカのラケットの円環に、鋭い音を立ててオレンジの光条が縦横に走りネットを形成した。

「は。てめえ、マジで言ってんのか……?」

「れ、レイカさん、……相手は、同じ魔法少女ですよ?魔女じゃないんですよ? それなのに戦うんですか?」

「きりえさん。今の話、あなたにも理解できるはずよ?」

 動揺するきりえに、レイカが押し殺した声音で告げた。

「魔法少女の仕組みを考えれば、そういうふうに考える者が出てくる可能性は充分にありますわ。事実、目の前のあの者たちは、なぜこちらに身構えているの?」

「……あ……でも……」

「わたくしは!」

 レイカが突然声を張り上げた。

「わたくしの正義において、邪悪なるものと、それに与する全てのものを有象無象の区別なく一切合切をこの手で断罪致します!それがわたくしの祈り!」

「……あのさあ」

 決然と宣告したレイカを前に、芽衣がやおら口を開いた。

「あんた、バカじゃないの? 生存を正悪で括らないでくれる? くだらない」

 気怠げに、溜め息すら混じるほどに暗い声音で吐き捨てた。

 それに対しても、レイカは微塵も揺らがない。

「結構。矜持を失くしたとなれば、ますます生かしてはおけませんわね。……参りますわ」

「あ……!? 」

 未だ逡巡するきりえを置いて、レイカが、芽衣が、杏子が同時に動き出した。

 

 




◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 

「あんたら、考えたことないワケ? は。ないよね。そこに気付いてたら黙ってそんな顔してらんないもんね!」

第5話 なにを見てたのかな?

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆ 
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