「あ……!? 」
きりえが逡巡している内に、先行したレイカと相手の二人が激突した。
「はははっ! おいおい緑のボンクラが置いてきぼりだぞ? おめえ一人であたしら二人とやり合えんのかあ?」
芽衣の巨大なリングと杏子の穂先が付いた多節棍の乱舞を、だがレイカはラケット型バトンで次々と打ち捌いてゆく。
「半人前がお二人で丁度よろしいのではなくて?」
ぎゃらぎゃらとチェーンを引きずって襲いかかる幾重もの多節棍を優雅な宙返りでかわし、芽衣のリングの殴打もラケットで打ち返し、レイカは一歩も退くことがない。
「あなた、足し算はできるかしら」
「てめえっ!? 」
杏子が激高した隙を突いてレイカが振り下ろしたラケットのネットからオレンジの魔法球が飛び出した。
それはごりりと固い音を立てて槍の中程を噛み砕き、ぎりぎりで身を捩った杏子の脇腹と後ろ髪を丸く抉り取った。
「ッ!? 」
「あら。よくかわしましたわね」
脇腹から血がしぶき途中を抉られた赤毛が舞い散る頃にはレイカの鋭い後ろ蹴りが芽衣の腹に突き込まれていた。
小さな体躯ではウエイト差に抗しきれず大きく吹き飛ばされてゆく。
「チッ!? 」
慌てて後退した杏子はバラバラになった長槍の成れの果てを放り捨て、長さがちぐはぐになった後ろ髪に手を突っ込むと髪の中から新たな長槍を引きずり出してきた。
基本的に魔法少女の固有の手持ち武器はいくらでも生成が可能だ。ただし魔力は消耗するし、武器の機能によっても消費量が異なる。
多くの意味を付与された杏子の長槍は、数多くを運用するより一本を活用してこそ杏子の強みを引き出せる。
はずだった。
「舐めんじゃねえええええ!」
頭上で振り回した長槍からチェーンで分割された多節棍が飛び出し、レイカめがけて殺到した。
同時に杏子本人も穂先を突き出して一直線に突撃する。
「っらああああああ!」
稲妻のごとく無軌道に襲いかかる多節棍の乱打をレイカは舞うようにかわし、突き出された槍の穂先に対してラケットのネットを合わせてきた。
「バカか!? そんなお嬢様のオモチャで防げるワケが」
嘲笑の途中で杏子が見たものは、振り下ろされたラケットのネットに喰いちぎられるようにして消し飛んだ、先端を失った槍の先だった。
「……あ……?」
がり、ごりとレイカがラケットを振るう度に杏子の槍──今となってはただの棒が先端から消し飛ばされ長さを縮めてゆく。
触れたものを抉るのは、あの時打ち出された魔法球だけではなく、このラケットのネットを構成する光線も同様だということだ。
「……ッ!? 」
あわや自身の手首までもがれそうになった瞬間にようやく杏子は武器から手を離して跳び退いた。
「……てっ、てめえ!? 」
目の前を薙いだラケットに戦慄しながら杏子が吼えた。
「惜しかったですわね」
冷徹に細められたレイカの眼光は杏子に勝るとも劣らぬ殺す気満々の殺気を放っていた。
「……っくっ!? 」
再び杏子が背後に回した手から新たな武器を引っ張り出したところで、唐突に二人のいる場所が僅かな光源を失ってより暗くなった。
杏子とレイカが同時に、何が街灯の明かりを遮ったのかと素早く周囲を見回した途端、やはり二人同時に己の頭上にとんでもないものが出現しているのに気付き愕然とした。
レイカと杏子の真上に巨大なリング──芽衣の武器が拡大されたものだ──が滞空しており、夜空とは異なる黒に塗り潰されたその円の中から、大型ダンプトラックが今まさに下向きで落ちてこようとしていたのだ。
「「ッッ!? 」」
それも、ただの大型ダンプトラックではない。これは、そこらの公道を走っているものとは比べ物にならないほど巨大な代物で、本来は鉱山で使用される、タイヤだけで直径が4メートルもあり、全長15メートル・全幅10メートル・全高7メートルもあるちょっとしたビル程の大きさの超巨大ダンプトラックだった。
「……な……あ……」
魔女ほど「明らかに不気味でかけ離れているもの」ならば充分見慣れていた。いかなる異形と対峙しようとも魔法少女にとって今さら恐れることなどない。
だが人は「理解の範疇に片足を入れた異常」に対しては、反射的にそれがなんなのかを把握しようとして混乱する。
今のレイカと杏子がまさにその状態だった。
見覚えのある形が有り得ない大きさの圧倒的な質量となって、重力に従い最初はゆったりと、やがて迅速に二人を圧し潰さんと迫ってきた。
「とりあえず、あんたら厄介だからさ」
レイカに蹴り飛ばされた離れた場所で、芽衣が暗い瞳で無感情に素っ気なく告げた。
「二人とも死んじゃいなよ。ぺしゃんこになってさあ」
「……て、めえ……」
杏子が、かすれた声で呻いた。
夜の工場区画の真ん中で、巨大構造物が地面に激突する轟音が響いた。
『……! ……ぉみ! ……おみ!』
「ん……」
みおみは、ふと意識を覚醒させた。
『みおみ! ……ああ。やっと起きた』
「……キュゥべえさん?」
肌寒さのおかげで一気に目が覚めた。
どこかの軒先の植え込みらしき草の上で上体を起こしたみおみは、まったく見覚えのない景色を見回して、最後の記憶の検索と同時にとりあえず現在地をどうやって知ろうかと思案に暮れた。
『相変わらず冷静だねみおみは。こういう時の常套句は、「ここはどこ?」って言うんだよ?』
「キュゥべえさんは、ここがどこだか知っているんですか?」
『もちろんさ!』
隣で座るキュゥべえは、跳ねるようにうなずいて請け負った。
『ここはね、経度ひゃくさんじゅ』
「座標値じゃなくて、住所で言ってもらえますか?」
『人間が作った領域の名前なんてよくわからないよ』
しれっとキュゥべえは説明を放棄してきた。
それはともかく、ご近所の人に現在地を聞こうと周囲を見回したみおみは、さすがに途方に暮れてしまった。
どうもここは工場が集まる区域らしい。
全ての建物の灯りが落ちており、光源と言えば等間隔に並ぶ街灯しかない。つまり、訊ねられる人がこの辺にはいない。
しかもグレーの建屋の並びに、ビル程もあろうかという超巨大ダンプトラックが脈絡なく逆立ちしているのである。あんな鉱山でしか見かけないはずの代物が置いてある場所なんて近所にあっただろうかと、みおみは真剣に首を傾げた。
『そんなことより大変なんだよみおみ』
「わたしも大変なんです」
『生きて帰れないかもしれないことのほうが大変なはずだろう? お願いだから、ボクの話を聞いてくれ』
「……あ……あ……」
尻餅をついた杏子は、目の前に突き立った巨大な鉄塊を見上げて口をぱくぱくさせていた。
間一髪、みっともない体勢ではあるが跳び退くのが間に合ったのだ。
「……ふん。運のいいヤツ」
圧倒的な殺意を行使したにも関わらず、これほどの異常を為した当の芽衣は実につまらなそうに吐き捨てた。
杏子だけではない。
芽衣がちらりと瞳を傾けた先には、遠く離れた所に青い顔のきりえに腕を抱えられて立ち尽くすレイカの姿があった。
きりえが手元のボタンとレイカの位置を入れ替えて瞬時に救出したのだ。
「……あ、ありがとう、きりえさん」
「……!? 」
突然の異常と惨劇の予兆にきりえはとっさに空間転移の魔法を行使するのが精一杯で、がたがたと震えている今は口を開くこともできないようだった。
そんな魔法少女たちに構わず、芽衣は片手をかざすと上空に滞空していたリングを操作した。
ゆっくりと下げる手に合わせて巨大なリングが降下するにつれ、リングを境に通過するはずの鉱山用超巨大ダンプトラックが姿を消してゆく。
やがてダンプトラックを全て飲み込み地上に降りたリングは、十メートル以上もの直径を迅速に一メートルほどまでに縮めながら地面に付いた芽衣の手に収まった。
「綾名 きりえと、その隣のあんた。 今の状況が分かってんの?」
立ち上がった芽衣が、片手でリングをくるくると回しながら足を投げ出すようなぞんざいな歩き方で迫ってきた。
「アタシはここで守りに徹しているだけでいいんだよ? 翻ってあんたらは、急ぐ用事があるんじゃない?」
「……ふん。上等ですわ」
呆然としていたレイカの顔に、再び生気が戻り苛烈な怒気が溢れ出す。
「ではおっしゃる通り、急ぎの用事がありますので、早々に失礼させて頂きますわ!」
「レイカさん!? 」
きりえの制止を無視してレイカが駆け出していった。
芽衣も、手元のリングを両手で握り、左右に引っ張ると分裂するようにして二つに増えた武器をかざして走り出す。
「……」
その途上で、芽衣が扇ぐように一振りしたリングの中の暗闇から、突如何かが飛び出してきた。
どうやら芽衣の持つリングはその円を境に亜空間にでも繋がっているらしい。先ほどの超巨大ダンプトラックも、恐らくそうして持ち運んでいるものだろう。
そして今、レイカめがけて投げ放たれたものは。
辺りにばら撒かれたものは、何かが詰まった上着やズボン、ひとの手首、それと、知らない顔。
「ひっ!? 」
ひきつった悲鳴をあげたのはきりえだった。
革靴とスラックスには中身があり、ひざの辺りでわずかに曲がった形で凍り付いている。
そのベルトから先にあるはずの上半身が離れた場所に転がった。
運良くきりえの位置からはその断面は見えなかったが、レイカにめがけて放られたその人間の下半身の向こうに垂れ下がる土気色のチューブみたいなものが何なのかに気付いてしまい、きりえはこみ上げるものを感じて口元を押さえうずくまった。
「ーーーーッ!? 」
くぐもった音を立ててその場で嘔吐する。
「今さらそんなものでこのわたくしを阻止できると思って!? 」
だがレイカは一瞬の躊躇もなくラケットを振りかぶった。
レイカのラケットのネットは、構造上枠に入る大きさの物しか掘削できない。が、レイカは瞬時に三度ラケットを振るって邪魔な半分の死体を掘削して消滅させた。
「ふうん。今のを見てもなんとも思わないなんてあんた、死体なんて見慣れてるってこと?」
その隙に回り込んだ芽衣が暗い声で迫るが、レイカが向き直るほうがなお速かった。
「ご想像にお任せしますわ!」
「っ!? 」
横薙ぎのラケットの殴打をリングで受け止めた芽衣は、今度はウエイト差に逆らわず、衝撃を利用して後退した。
「ところで覚えていらっしゃるかしら。わたくしが先ほどボールをひとつ打ち込みましたこと。」
「!? 」
その台詞で芽衣はようやく気が付いた。自分がレイカに誘導されていたことに。
だがもう遅い。
遠くを周回してきたオレンジ色の光球が、背後から芽衣の左上腕を削り飛ばして通過した。
「……ッ!?」
愕然とした芽衣の顔の前で、切り離された左腕が回転して宙を舞った。
(ちっ!? 冗談じゃねえよ!? )
御崎 芽衣とテニス女の交錯を睨み付けながら、杏子は思考をフル回転させて打算を検討していた。
脇腹に当てた手には自己治癒の魔法陣が重なり、抉られた箇所を治している。
(妙な魔法を使う奴が三人!? ひとりはボンクラだけど、こりゃ分が悪過ぎる!? )
杏子の魔法は中・近距離の直接攻撃に特化している。有り体に言えば一番性に合っている「ケンカ殺法」を魔法に反映させているのだ。
それ故たしかに絡め手を持つ相手は苦手だが、だからと言ってこの場にいる魔法少女の誰かとでも一対一でさえ戦えば絶対に勝てるつもりだ。どんなに奇妙奇天烈な魔法だろうと、杏子の魔法でも付け入る隙は必ずある。そういうものだ。実際、杏子はそうして魔女を狩り、他の魔法少女を出し抜いて今まで生き残ってきた。
負ける戦いは絶対にしない。まずは逃げてでも生き延び、勝てる算段を立ててから挑めば済む話なのだ。
(こりゃ割に合わねえや。やめよう。)
戦況を分析し瞬時に撤退を決めたあとの杏子の行動は素早かった。
御崎 芽衣が片腕を吹き飛ばされた瞬間を機に長槍を鞭状にしならせて工場の屋上に突き立て、それを利用して大きく跳躍しその向こう側へ着地すると、そのまま戦場から離れる方向へと駆け出していった。
「!? 」
杏子の撤退を訝しんだレイカが一瞬注意をそちらに向けた。絶対に戦いに割り込んでくると踏んでいた相手の予想外の行動に気を取られたのだ。
その隙を目敏く捉えた芽衣が、目前を舞う己の左腕を掴むと、それをレイカめがけて投げつけた。
「っ!? 」
切り離された腕が血を撒き散らしながら回転して迫る。
だがレイカも完全に目を離していたわけではない。既に体勢は攻撃の動作に移っている。
己の元に戻ってきた魔法球を、レイカはほんのわずかにグリップの角度を変えて打ち返した。
魔法球は回転を加えられ、軌道を予定より歪めると、こちらに迫っていた左腕を削り飛ばして消滅させると狙い通り芽衣の胸の真ん中を背中まで丸く掘削して通過していった。
「ッ…………!? 」
苦悶と喫驚を混在させた顔の芽衣が、心臓を貫かれたバレリーナの矮躯が、穿たれた穴から大量の血液を噴射して膝を落とし、仰向けに倒れ込んで動かなくなった。
「……ふん。お粗末なものですわね。口ほどにもない」
今度は近距離を巡ってすぐに戻ってきた魔法球をネットで受け止めて消し、レイカは傲然と言い放った。
「さ。行きますわよきりえさん」
言い放ち、工場入り口へと歩き出したレイカは、返事がないことを訝しんで立ち止まり、振り返った。
きりえは先ほどの位置で屈んだまま、自分の吐瀉物の前で未だ口を押さえて嗚咽混じりに嘔吐いていた。
「……、……」
その腑甲斐無さを叱責しようと息を吸ったレイカは、だが肺に触れた夜の冷気に熱くなっていた頭を冷まされて我に返った。
先ほどの戦闘を思い返し、辺りに散らばった人体の部品──恐らく御崎 芽衣が「調達」してきたバラバラの死体を見回すと、ひとつずつラケットのネットを押し当てて全て消滅させていった。
「……」
無為の犠牲者をきちんと弔ってあげたいが、いかに志摩 レイカといえども人としての生活に影響を及ぼさぬよう謎の死体を処理することは難しい。
せめてわずかに黙祷したレイカはうずくまるきりえに歩み寄っていった。
「……きりえさん。あなたはここで休んでいなさい。 「魔女の口づけ」を受けた皆さんは、わたくしが救出してきますから」
「…………!? 」
口を押さえたままきりえが苦悶に歪む顔を上げるが、レイカは手のひらを突き出して遮った。
「無理しないで。……ああいう、悪辣な魔法少女も残念ながら存在しますの。 今回は、それが分かったことを経験値にしたことで良しとしましょう?」
「…………」
悔しさと、おぞましさの衝撃で未だ困惑が抜けないきりえは、それでもどうにかレイカの言葉にすがり、必死に吐き気に抗った。
「……!? 」
下がる目線の中で、きりえはそれに気が付いた。
「危ない!? 」
きりえの前にいたレイカの姿が小さなポリバケツに変わった瞬間、今までレイカの頭があった場所を見覚えのあるリングが貫き、同時に横に跳び退いたきりえの跡にバイクやら冷蔵庫やらの大量のスクラップを撒き散らして飛び去っていった。
ポリバケツと配置を入れ替えさせられたレイカの姿は、そこの工場の壁際にあった。
一瞬でも遅れていたら、二人ともあの大量のスクラップに押し潰されて死んでいただろう。
周囲を旋回してゆくリングを目で追いながら、きりえはその有り得ない事象に混乱していた。
「……な、んで……」
それに気付いたレイカも同様だった。
ぱし、と戻ってきたリングを手で受け止めた、起き上がった御崎 芽衣の姿を目にして。
胸の中央を貫かれたのだ。心臓からの大量出血、気管を失っては呼吸ができない、脊椎を断たれては体機能が停止して、いずれにせよ死ぬしかない。
よしんば意識が完全に途絶えるまで時間があったとしても、胸を貫かれた文字通り死ぬ程の激痛の中で魔法を行使できるとは思えない。仮にできたとして、自己治癒の魔法でも組織が復元されるまで魔法に集中する思考が保つわけがない。
有り得ない。有り得ないのだ。
「……そ……な、ぜ……」
「ほんっと、運がいいよね。 ムカつくわ」
呆然と呟くレイカに、きりえに、芽衣は忌々しげに吐き捨てた。
そうだ。運が良かった。
きりえは、先ほど自分が目撃した異常を思い返した。
「無理しないで。……ああいう、悪辣な魔法少女も残念ながら存在しますの。 今回は、それが分かったことを経験値にしたことで良しとしましょう?」
「…………」
悔しさと、おぞましさの衝撃で未だ困惑が抜けないきりえは、それでもどうにかレイカの言葉にすがり、必死に吐き気に抗った。
「……!? 」
下がる目線の中で、きりえはそれに気が付いた。
遠くで仰向けに倒れる御崎 芽衣の身体が一瞬の閃光に包まれて、トレーナーにデニムパンツの元の姿に戻ったのだ。
魔法少女の力を失ったらそうなるのだろうときりえは思ったのだが、あろうことかその芽衣の死体が再び閃光を放って水色のバレリーナに変身すると、跳ね起きて武器を放ってきたのだ。
──胸の穴も、左腕も、完全無欠の元通りになった御崎 芽衣が。
「危ない!? 」
そして……
「は。せっかくだから教えてあげるよ。 魔法少女はね、魂を抜き取った抜け殻の肉体を改造して造られた、改造人間なんだよ。なんだったらゾンビって言ってもいい」
「……………………え?」
きりえが、レイカがそれぞれ怪訝に聞き返した。
芽衣はつまらなそうに自身の右耳のピアスに提げられた水色の涙滴型の宝玉を指先で弾いた。
「キュゥべえと契約した時、キュゥべえは何をした?ソウルジェムはどこから出てきた?」
儀式のように集中したのち、頭頂の三角形の耳から垂れ下がる部位を伸ばして、こちらの胸板を透過させた。そしてやがてそれが抜き取られたあとから、自身の胸の内からあの卵形の宝玉が現れたのだ。
『さあ。受け取るといい。それがキミの運命だ』
そんなキュゥべえの宣告と共に。
「ソウルジェムはね。人間の魂を物質化させたものなんだよ。どんだけ身体をぶっ壊されても、魂だけ別にしとけば死ぬこともない。危険な魔女とガチで殴り合っても大丈夫なようにね」
「……そ、それは、魔法だから」
「あんた今さあ、なにを見てたのかなあ?」
きりえの言葉を、芽衣が呆れたように遮った。
「魔女をやっつけんのに、伊達や酔狂でこんな格好してると本気で思ってんの?」
自身の水色の衣装の端を引っ張って言う。
「アタシらは、なんでいちいち変身してんの?あんたら、考えたことないワケ? は。ないよね。そこに気付いてたら黙ってそんな顔してらんないもんね!」
「……どういう、こと……!? 」
レイカが、震えを押し殺しながら問いを絞り出した。
「……わたくしたちは……この身体は、いったい……」
「だから。アタシたちは魔女を退治する為に変身するたびに、日常生活用のフツーの身体から、戦闘用の強い身体に根こそぎ変換してるんだよ。変身の魔法は、魔法少女の身体をその都度再構成してるんだ。強靱な皮膚と筋肉と骨格を持った身体にね」
再構成。
その単語に、きりえはさっき見た光景を思い出した。
欠損した芽衣の身体が、変身解除と共に完全無欠の状態に戻っていた。
「でもさすがにアタマをブチ抜かれたら、死にはしないけどどうにもなんなくなるだろうね。 は。なんでかって?」
こめかみに人差し指を突きつけた芽衣が、勝手にこちらの疑問を継いで続けた。
「壊れたアタマを直そうって「考えられなくなる」からさ。当たり前でしょ?思考する脳を失ってんだもん。 神経伝達も命令も失って、身体は動かなくなる。やがて血の巡りも止まって身体は朽ちる。 でも安心しなよ!魔法少女は死なない!ソウルジェムが無事な限りは。 肉体が潰れたって無くなったって、魂が無事だからそれでいいでしょ?ってのがキュゥべえの言い種なんだよ。 そうでしょ!」
「「!? 」」
芽衣が叫んだ方向に、気付いたきりえとレイカがそちらを振り向いた。
そこには、こちらを見て呆然と佇むみおみと、横に並ぶキュゥべえがいた。
「……ほんとうなの、キュゥべえ……?」
わなわなと震える唇で、レイカが詰問した。
レイカは、芽衣が身体を再構成する瞬間を見ていない。だがきりえの反応が芽衣の言葉を裏付けており、何より実際に欠損した部位を短時間で復元させた芽衣がそこにいる。自己治癒の魔法ではこうはいかない。
もし御崎 芽衣の言うことが本当ならば、これは、こんなものは、レイカが望んだ「力」ではない。
人間ですら、ない。
「ああ。本当だよ?」
ところが、キュゥべえはさも当たり前のように首肯した。
「それがどうかしたかい?」
しかも赤いビー玉のような瞳をくりくりさせて、逆に朗らかに問い返してきた。
「あはははっ! 「祈りと引き替えの契約」の末が、これが魔法少女の正体だよ! それで?あんたの正義がなんだって?あははっ!」
「…………!? 」
レイカの内に、これまで感じたことのないほどの激しい怒りがこみ上げてきた。
「キュゥべえ、あなたは……!? 」
何を言おうと思ったわけではない。荒れ狂う破壊衝動に突き動かされてレイカはキュゥべえに向かって足を踏み出した。
ところが、堅い感触のはずのアスファルトに踏み込んだ力をわずかに吸収されて喫驚したレイカは足下を見下ろした。
いつの間にか、黒いアスファルトだった地面は、安っぽいプラスチックでできたような板になっていた。
「!? 」
「これは!? 」
見回すと、工場の壁も、街灯もすべてプラスチック製に塗り変わっていた。まるで一分の一のチープな玩具の町だ。
これは、魔女、あるいは使い魔の結界。
工場に巣くっていた魔女か使い魔が、その力を解放したということは。
「レイカさん!? 中の人が!? 」
「……くっ!? 」
「まあ、こんくらいにしといてあげるよ」
慌てふためくきりえとレイカとは逆に、芽衣は素早く後方に跳躍していった。
「獲物を取られた腹いせにはちょうど良かったよあんたら。 それから」
飛びすさりながら芽衣は、みおみに向かって満面の笑みを浮かべた。
とびきり残忍で冷酷な嘲笑を。
「みおみお姉さま♪ 今度遊びに行くから。楽しみに待っててね♪」
やがて芽衣の姿が見えなくなった。結界から離脱したのだろう。
「……!? 」
レイカは再びキュゥべえを睨みつけるが、その横にいるみおみの姿を見直し、工場を振り返った。
「……行きますわよ、きりえさん」
「……はい」
覇気に欠ける声音ではあったが、例え聞いた真実が衝撃的でも魔女は放っておけない。
考えることを無理矢理後回しにした二人は、今やプラスチック製となった世界の工場の中に駆け込んでいった。
それを見送って、みおみは思わしげに、微かに眉をしかめていた。
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「わたし、芽衣ちゃんとお話ししたくて」
第6話 少し遊んでこうよ
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