見渡す限りの平原に放り出された一人の女性。
歳の頃は十代後半か二〇歳ほど。
背中に掛かるほどの艶やかな黒髪を一つに束ね、瞳は漆黒。容貌は白磁のごとき白さ。全身からはオリエンタルな雰囲気を匂わせる。しかし、武装しているので身体がどの程度整っているのかはうかがい知れない。足元も僅かしか見えない有様だ。
スカート部分が膨らんだ奇妙な武装を身にまとうのは『ナーベラル・ガンマ』という。
『戦闘メイド』である彼女は建物や生物の気配のする場所を求めて歩き出す。
自分はどうしてここに居るのか分からなかったが目的は――どうしてか――覚えている。
この地にて一人で活動する
(……いくつか記憶を抹消されている……? これは由々しき問題だわ)
当てもない旅が始まろうとしている。それは何となく理解した。
――これから自分は何処へ行き、そして、最終的には――目的地を決めなければならない。
帰還すべき地の記憶は無い。ならば前に進むしかない。
(必要な能力の記憶はあるようね。それと必要なアイテム……。自分より強い者が現れた場合はどうすればいいのかしら)
己のステータスは把握できている。自分以上に強いモンスターなどが現れたらどう対処すべきなのか。
その辺りの技術は残念ながら記憶に無い。
無いので自分で見つけるしかない。
(手近な集落を見つけるところから始めましょう)
自分は戦闘メイド『
●
まず集落と言ってもそれらしい場所は見当たらない。
ならばとナーベラルは『
一定時間宙に浮き、ある程度進む事が出来る魔法だ。
手順を踏んだ後で効果が発揮した。それが確認出来ただけでまずは一安心だ。
(……第一段階はクリア。……次は……)
より遠くを見渡して辺りを把握していく。すると遠くに集落らしき囲いが見えた。
粗末な作りで近代的とは言えない。けれども今は無いよりマシだ。
魔法の効果時間いっぱいまで使い、現場に向かう。
(あら煙?)
目的地からはいくつか黒い煙が発生していた。
何かの燻製でも作っているのか。
それと賑やかな音が聞こえる。音というか生物の声だ。
地面に着地した後、集落に入ると多くの下等生物たちが走り回っていた。――実に不快な光景だ。そして、とても耳障りの悪い騒音を撒き散らしていた。
彼らの悲鳴ならば問題は無いのだが――数が多いとやはり煩わしく感じる。
「一人残らず殺せ!」
自分の耳でも相手の声が理解出来た。つまりそれなりの知性を持つモンスターという認識をナーベラルは持った。
叫び声と命令するだけなので特に興味を抱かせる単語は無い。ならば聞くだけ不快だ。
喧騒の中を全く気にせず進むナーベラル。
周りで何が起きているのか理解出来ていない、というよりは理解する価値が無いとでもいった様子だ。
下等生物同士で争っている程度の認識しか持っていないが、実にうるさい。
「た、助けて……」
「触るな
救いの声はナーベラルには届かない。
何処の世界に下等生物を助ける理由があるというのだ。
あわれ、小さな女の子を抱えた短く切りそろえられた金髪の少女は軽くいなされ、地面に転がされる。
相手に触れられた事に苛立つナーベラルは短剣をどこからともなく取り出し、それを無造作に少女達に向けて投げつける。
「ぎゃっ!」
「うぐっ」
勢いが強かったのか、抱きかかえた女の子ごと短剣は貫通し、あえなく絶命する少女たち。
使った短剣はいつの間にか消えていた。
●
軽く埃を払うような仕草で何ごとも無かったかのように振舞うナーベラルは現場を後にした。
その後、
金属製の武具を装備しているせいでダメージが倍化され、中身は簡単に黒焦げになる。よって動かなくなったものは絶命していると思われる。というか確認したいとは思わなかった。
「……次から次へと
ここは何なのか、と
助けを求める者と襲い掛かってくる者達を撃退していると開けた場所にたどり着く。
この集落の住民と思われる者達が一箇所に集められ、武装した――人間のような――生き物達に監視されていたようだ。
「……人間という下等生物にソックリね、そういえば。という事は……」
下等生物が住まう世界ということか、とナーベラルは気づく。
自分が何の為にこの地に居るのか、それはまだ分からないが、薄汚い下等生物はただただ邪魔だ。
それ故にナーベラルはさっさと結論を導き出す。
「〈
直径五〇センチメートルほどの大きな火の玉を作り出し、それを無造作に下等生物の居る場所に投げつける。
「うわ~!」
「魔法!?」
蜘蛛の子を散らすように武装した者達は逃げ惑う。しかし、一箇所に集められた者達は咄嗟には行動できなかった。
●
投げられた火の球は途中で地面に落ちて転がりつつ人々のところに向かっていった。
この魔法は一度設定すると規定時間が来るまで爆発しない性質がある。そして、それを知らない者は不発だと侮る。もちろん、対火装備の手袋か何かで持ち上げて投げ返すことは出来る。
大きな火の玉を投げ返せるのは魔法に熟知している者くらいだ。それと、勇気ある者。
「あら、随分と散ってしまったわね。まあいいわ」
ナーベラルは魔法のことなどもう忘れたかのように別方向に歩き出す。
そして、この地域について聞き出さなければならない事に気付いた時は手遅れとなった。
振り向いた瞬間に先ほどの魔法が大爆発を起こし、集められた下等生物の大半が吹き飛んでしまった。
威力が高かったせいか、殆ど火達磨と化して口が聞けそうな生き物の姿は無い。口を聞きたいとも思わないが背に腹は代えられない。
別の下等生物を捕まえるしかない。
●
その後、しばらく歩いてみたものの先ほどの魔法が影響したのか、下等生物が見当たらなくなった。
居ないならそれはそれで構わない。
時間的制約があるわけではない。
ただ、ずっとこのままというわけにもいかないのは何となく理解している。
自分は何の為にここに居るのか。
それが分からないと何だか不安だ。
何らかの命令を受けていた筈だし、この力は勝手に備わったわけではない。
戦闘メイドとしての目的を見つけなければ自分という存在意義が危ぶまれる。
●
物思いに耽っていると数頭の馬を引き連れた下等生物の新手が現れた。
だから、ナーベラルはつい条件反射的に魔法を準備した。
「〈
ナーベラルの両手から白い稲光状の電撃があたかも魔法名にある通り、
二匹の白き
「ぐあぁ!」
「退避っ!」
「さ、下がれ~!」
使った本人は軽く額に手をあて、己の失態を嘆く。
本来ならば言葉を交わす価値など無いに等しい下等生物から色々と情報を得なければならない。それを自ら放棄する事は更なる手間隙がかかる。
「ついうっかり……。これでは自分で解明するしかなくなるじゃない」
自分は探索系がとても苦手だ。それと情報収集も。
戦闘は得意だが、それ以外は苦手なものが多い。
●
生き残りが剣を携えてナーベラルの近くまで殺到する。
警戒されたことに対し、当たり前だと自覚しているナーベラルは気を取り直す事にした。今更やってしまった事は覆せない。
「……初めまして」
金属製のスカートをつまむ仕草をする。しかし、残念ながら布製ではないので仕草だけしかできない。
丁寧にお辞儀しつつ礼儀作法に則った挨拶を――下等生物に対してとはいえ――交わす。
「こ、この村を襲ったのはお前かっ!」
「さて、何のことでしょうか。私が来た時には
嘘は言っていない。
人間という下等生物しか居らず、村という枠組みかもしれないがそれがどうなろうとナーベラルには興味が無い。
そもそも無価値の存在に何かしらの目的を持って襲う行為になる筈がない。
道端に居る虫を踏み潰すのに理由が要るのか。
「我々はリ・エスティーゼ王国より参った戦士団だ。治安維持の為に各農村を回っていたのだが、どうして我々を襲った?」
「……迫り来る
細かな虫一匹一匹の姿、様子、名前など覚えているわけがない。――漠然とした種類程度は分かる。
等しく下等な存在に対し、事細かな配慮をしなければならないと思うと実に不快である。そうナーベラルは思っている。
●
馬上から責め立ててくる下等生物との対話もそろそろ
いい加減にこちらからも質問を出さなければ蹴散らす準備がある。
「それよりもこちらからの質問に答えていただきたい」
質問したい気持ちがあるのは事実だが、まず何を聞けばいいのか準備してこなかった事を思い出し、軽く舌打ちする。
「ここは……どこですか? 誰か答えられる者は居りますでしょうか?」
相手方がリ・エスティーゼ王国と言った事は覚えている。けれども、ここがその王国とやらである確証は無い。
仮に合っていたとしても王国の何処かまで分かったわけではない。物凄く辺鄙な場所であるとも言えるし、他の国に
出来れば分かり易い地図が欲しいところだ。
「隊長っ! 村人が……、虐殺されています!」
「なんと!」
質問を無視されたナーベラルはまたも舌打ちする。
自分はそれ程短気ではないと思うのだが相手が下等生物だと思うと怒りが湧きやすいらしい。
「急ぎの用件ゆえ手短に……。ここはリ・エスティーゼ王国領だ。では、失礼する」
隊長と思われるものが立ち去り、一部の団員がナーベラルを警戒する。
目を離すとまた魔法を放つかもしれないので。
戦士の自分達が魔法を扱う者をどうにかできるとは思えない。先ほどの強烈な魔法で仲間が一気に五人近くも殺された。
本来ならばすぐに捕縛すべきなのだが、それが出来る実力者が残念ながら居ない。
●
馬で取り囲んだところでナーベラルには一切通用しない。けれども事態などを把握する上でしばらく様子見に専念する事にした。
彼らが何者なのか知る必要がある。
先ほどの武装した者達と武具の様子が違っていたので。だが、それも数分までの事だ。
事態を把握すれば周りの下等生物共に付き合う必要は無くなる。
「……ん」
ただ、魔法ばかり使うのは癪で、
「〈
周りに居た人間達の動きが止まる。しかし、馬には通用しなかった。
行動不能に陥った人間を振り落とす事になった。馬にしてみれば主人が急に動作を止めるとは思わなかったようでその場をウロウロし始める。
この魔法の欠点は相手と会話が出来なくなる。
口を聞きたいとは思わないので装備品の中を探ってみる。正直、相手に触りたいわけではなく、必要な事だから諦めている。
●
結局のところ拘束した者達は目ぼしいものを持っていなかった。
地図でもあれば、と期待したのだがMPの無駄遣いで終わって本当に苛々する。
相手をするのも面倒になったので立ち去る事にした。
もはや現場に有益な情報は無いとみて間違いない。
去り際に『
雷属性を備えた霧が辺りに立ち込める。これで死体の確認に手間取り時間稼ぎが出来る。その間に近くにある森へ向かう。
いちいち下等生物の相手は精神的に疲れを覚えるので。
●
歩きつつもナーベラルは次の策を講じなければならない事に苦慮していた。
この地域のことや自分がこれからどこへ向かい、何をすべきなのか。
漠然とした命令を遵守するのは不安で仕方がない。もう少し明確な情報が欲しい。
「……次から次へと難題が振ってくること……」
明確な目的が無い旅というのはとても煩わしい。けれども自分には解決すべき解答を見つける能力があるとは思えない。
果てに何も無かった場合はどうするのか。それもまた考えなければならない。
「そこのお方」
ふいに声をかけられた。突発的に手を相手に向けたが魔法はなんとか押し留めた。
またうっかり失態を犯すわけには行かない。自分の無能さをひけらかすようなものだと思ったので。
一つため息をついて手を下げるナーベラル。
「ありがとうございます」
ナーベラルの行動に感心したのか、それとも何をするか理解した上での発言か。
どちらにしても相手は先ほどの下等生物と一緒だ。また言葉を交わさなければならないと思うと――下品な表現ではあるが――反吐が出る。
「何用ですか? 私は今、とても機嫌が悪いのですが……」
「お手間は取らせません」
そこでナーベラルはようやくにして相手に顔を向ける。
地に膝を付く姿勢で数人が控えていた。
自らが下等な存在であると主張しているように。
だが、そうであっても彼らに対して何ら特別な気持ちは湧かない。それどころか視界に入れることすら煩わしい。
●
先頭に居る
その先頭に居る者が代表者のようだ。
自ら率先して跪く相手だ。それなりの情報と引き換えにするのであれば会話くらいは安いもの。
「その魔法の御技を是非とも我が『スレイン法国』の為にご教授願えませんでしょうか」
「……すれいん……。とんと知らない名前ですね。……その国が私を必要とするのですか?」
「我が国は信仰系を中心とする国家でありますれば……。高位の位階魔法であれば実のところ系統は問いません」
位階魔法と言ったか、この下等生物。
自分が使う魔法のある程度の情報を持っているとみて間違いない。
正直に言えば位階魔法であることすらおぼろげなもので、何故自分はこの能力を使えるのか分からない。
それらも含めて彼らに色々と教えてもらうことも有意義ではないか。それが下等生物であっても。
恥は
必要な情報の為ならば多少の些事は耐え忍ぶ。
●
信仰系の魔法を扱う国。
自分は系統で言えば魔力系を得意としている、事になっている。けれども実のところ全ての系統を扱える。
それはナーベラル・ガンマの
その
もちろん術者レベルに依存するので高位の位階魔法を扱うのが極端に難しくなる。それどころか究極の魔法と呼ばれる『超位魔法』を使う権利を自分は有していない。それは感覚的に理解している。
おそらくどう足掻いても使用する事は出来ない。
そんな自分を欲する彼らの目的を調べる事は益になるのか。ならなければ駆逐するだけだ。だがしかし、物事の流れに乗ることも悪くないかもしれない。
ナーベラルが了承の意を見せると彼らはとても喜んだ。けれども利用する気でいるはずなので自分の
「……人を食らう化け物でなければ何の問題もございません」
それはつまり彼らの敵は人を食らう化け物一択か。
飲食不要のアイテムは持っている。持っていなくても
それでもナーベラルにとっては些事に変わりがない。
●
彼らの招きに応じる事にしたナーベラル。
とにもかくにも必要なのは情報だ。それさえ手に入れば下等生物の手などいつでも払いのけられる。
そう思ったのも束の間、ある疑問が生じた。
自分の生き方はそもそも
今のままでいい筈がない。いずれは敵に囲まれてしまう。誰かの庇護下に入るべきだ。
それに相応しい組織など存在するのか。
そもそも自分は
戦闘メイドという役割を誰に頂いたものなのかも知らなければならない。
長い旅になりそうだ。そうナーベラルは感じた。
いや、それこそが