少年は甘やかされたい 作:クヤ
元気だったかい?
ほのぼのを期待している人には悪いけど、今回はそこまでほのぼのしてないよ。
レクサスがフェイトそんに引き取られる過程を描いてみたんだ。
ほのぼのは明日ね。ヴィータちゃんで書いてみたよ。
ある日、執務官補佐となったティアナが、フェイトに誘われて家で食事をしていた時こんな話題が上がった。
なお、なのはは出張で、ヴィヴィオはすでに夢のなか。
「んあ?己だけフェイトに引き取られた理由?」
「そうそう、エリオもキャロも一緒に暮らしていたわけじゃなかったんでしょう?」
「うむ」
「二人の話は聞いたけどあんただけ知らないのよね」
「己が暮らすようになった理由か……」
バカな研究者にあっという間に愛想が尽きて、研究所内をこそこそ、ごそごそして過ごす日々にも飽きていた。
さる筋からの情報によると、近々管理局からがさ入れがあるという。
逃げ出す準備はすでに整っていたりするが、脱出に伴うデメリットを現状が上回らない、非人道的な研究とはいっても、人造魔導士についての研究だ。
薬でボロボロにして、すぐに死んでしまえば費用対効果に見合わない。
そんな丁重に扱わなければならないガキに何ができるという話で、精々、薬の所為で感情的になりやすかったり、逆に制限されてたり、慢性的な体調不良と精神が弱い奴なら閉所恐怖症になる程度の研究だ。あとは絶望している少年とかがちょっとうっとうしいぐらいなもの。
そんな生活でも倫理観はきちんと吹っ飛んでいたが。
生まれも育ちも違法研究所なら当たり前と言えば当たり前な話。
わざわざ逃げ出した後に生活基盤を構築するのは、運要素が絡むので、このままがさ入れを待ち、そのまま保護された方が面倒が少ないだろうとそう判断した。
軽く調べたところによると、管理局もピンキリのようだったが、少なくとも今回派遣されてくる執務官は善人に分類される実績を上げている。
いままで、実力なんて発揮してこなかったから並の人造魔導士に興味を持つ悪党もいないだろう。
つまり、自動的に違法研究所で生まれたクローン体に人権が付与される。
おいしい状況というわけだった。
今一番の敵は退屈だろうか。
同じ研究所に出戻りがいるが、嫌なことでもあったのかふさぎ込んでいて、没交渉。なんにでも噛みつく狂犬かという。
厳密には出戻りではないのだが、よその研究所で誕生した人間を、なんやかんや後ろ暗い経緯を経て研究所送りにしているのだから出戻りでもいいだろう。
この研究所生まれの普通の実験体は、平常時では意識が希薄で自己主張が薄い傾向が強い。
部屋に監禁されてぼーっと時を過ごすだけである。
保護された施設にフェイト・T・ハラオウンという執務官が会いに来た。
保護したのもこの人だったので、あまり不思議ではなかった。
「調子はどうかな」
「すこぶる最悪だ」
この時の己は、研究所を脱走していなかったことをすこぶる後悔していた。
誰も彼もが腫物でも扱うようで、うっとうしい。
そもそも、他人が近くに長時間いることが耐えがたかった。
吐き気を覚えてすらいた。
自分以外の人間はゴミレベルの認識であった。
ゴミがうっとうしい、ゴミがうっとうしい。
そんなことばかり考えていたような気がする。
さらに言えば今更脱走しても、追手がかかるだけで利点が一切ないあたり判断できてしまっていたのが不幸だったのだろう。
喚き散らすこともなく、ひたすらに不満をため込んでいたのだから。
「俺にふれるな」
「はあ?あんたがフェイトさんに?」
「うむ」
「あのころのレクサスはもう、ちょっと目が怖かったよね……今はこんなにかわいいけど」
言いながらレクサスの頭を抱え込むフェイト。
「もっとやれ」
「ぶれないわね……」
ティアナが驚くのも無理はなかった。
この接触過多なお子様が、かつてはそんな、俺にふれるなと言わんばかりなつっぱったお子様であったとは。
しかし、そんな状況でも目立ちすぎていなかった辺り、本当に実力隠しは本能的な話だったのかもしれない。
などと衝撃のあまり、なぜそこをという所が妙に気になった。
話を戻して、
「どうして?」
「虫唾が走る」
フェイトが問えば、端的に返した。しかしそれだけでは、何も理解することができないのは当然だろう。
感情から来た説明できないものの可能性もあった。
しかし、瞳に宿った知性は安易にその結論を導き出させるには、少々理性的に過ぎた。
「?」
「ふう、私が自己を確立するのに不特定多数が近くにいる現状は最悪に近い。他者を感じれば感じるほどに、己の境界がぶれる。吐き気がする。死にたくなる」
「死ぬなんて軽々しく言っちゃだめだよ……」
「僕は理性的だ。分かっている。だから死んでいない。死は逃げと同じだ。自分に価値を見出していなくとも、他者に価値を感じられずとも」
当時は言ってしまえば、金魚鉢で育てられた魚が、いきなり多種のいる水槽に投げいられたようなものだった。
生まれた時から基本的に一人で過ごし、何か無茶な誕生の所為で頭には数十人分の人生が詰め込まれ、言ってみれば多重人格で、それすら未熟、精神の統合が終わっていなかったのだ。
研究所のように他者とのつながりが希薄で、常に頭にもやがかかっている状況では、決して表に出ることがなかった問題だ。
感情抑制用の薬剤が、調べて知った作用以上に己の能力を制限していたことに気が付くも後の祭り、これならば、一人で山奥にでもこもって自我と力の制御を確立させるべきだったと強く思ったものだ。
それでも、力をひけらかさずに済んでいたのだから、本能というのは強かった。
この時、すでに面倒くさがりの片鱗は見えていたのだ。
もっともこのころは色々と限界も差し迫っていたのだが。
暴言は吐くものの、決して暴れず、しかし目が死んでいて、基本的に脱力している状態で「失せろ」とぬかす幼児、施設の連中はただのわがまま扱いしていたが、あと少しいろいろ遅れていたら、施設が吹き飛んでいたかもしれぬ。
「そんなに眉をしかめていると、大きくなった時に眉間にしわが残っちゃうよ?」
「知るか」
「もう、そんなこと言わないの」
「ふれるなと言っただろう」
「じゃあ触らないから、少し話をしようか」
「早くひとりになれるなら付き合おうじゃないか」
「君はレクサス」
「正確にはプロジェクトF実験素体、開発コード、Legend・Experience・Xeno・Ultimate・Self通称LEXUS。唯一現在でも生き残っているが故に単体呼称としてレクサス。実験自体は費用対効果に見合わなかったことから凍結された」
伝説の遺伝子に経験を持つ未知なる究極の自己。
御大層な名称はついているが、伝説の遺伝子を切り貼りして作った素体に、その時研究所にあったすべてのデータで詰め込めるだけ詰め込んだ実験とすら呼べない工程の結果生まれたものだ。
名前にカオスが入っていないことが一番納得がいかない。
むしろ開発コード自体がカオスでいいだろうと思うそんな代物。
「レクサスが名前だと嫌なのかな?」
「別段呼ばれることもなかった名に思い入れも何もない。私だとわかるならそれでいいのです」
「そっか。それで、他の子に比べて自意識が発達しているし、暴れるようなこともないと。ただ、言葉が統一されていなくて、心を開く気配は絶無と」
「何の確認だ。俺はただ無駄なことをしていないだけだ。おとなしく従っていれば検査なんてものはすぐに終わる。言葉にできることはすでに別の人間に話してある。資料を読んでここに来たのだ。知っているだろう」
「そうだね。実験の結果、多種多様な人格データが同居しているせいでぶれる。心を開かないのは他人に興味が持てないから。確認したかっただけだよ」
「ならば話は終わりか。早くひとりにしてくれ」
「ううん。ここからが本題」
「なんでしょう?」
「一緒に暮らさない?」
「話は聞いていましたか?他人と接したくないと言ってるのです」
「聞いてたよ。だから家族になろう。家族は他人じゃないよね。それに君は感知範囲が広くて、知覚範囲内に人が大勢いる施設では気が休まらないんだよね。だから最近は寝不足でストレスが溜まって、保護以前より言葉のブレが激しくなっている」
「そもそも、執務官。お前は暇ではないだろう。俺のような特殊なガキを引き取ることが可能なのか」
「それを言われると痛いな。でもここに居てもいつか爆発するだけでしょう?特殊だからこそ特例が適応されるんだよ。私はいつも一緒にいられるわけじゃないけど、使い魔もいるし引き取ること自体には障害が少ないよ」
「なぜそこまでする?」
「私がしたいから。その目が気になったから」
「理由になっていない」
「それでどうかな?」
その時見た瞳が妙に綺麗で。
その目に惹かれるかのように、差し出された手を取った時初めて温かいと思ったのかもしれない。
それからまあ、いろいろと心を砕いてもらって。
割と雑に扱ってもくじけずにスキンシップをはかってきて。
ああ、この人はなんかいいなと思うに至ったのである。
「うっ、あんたら揃いも揃ってどういう環境……」
「泣いたか」
「泣いてないわよ」
「うんうん。泣いてない泣いてない」
「それでどうしてこんな甘えたに育ったのよ。劇的すぎるでしょう」
「己が自分にも他人にも価値を感じないと言ったのは覚えている?」
「言ってたわね」
「己が世界で最初に価値を見出したのがフェイトである」
「まあ、納得できなくはないわね」
「そしてそんなフェイトに世話をされている、大事にされている自分に価値があると、逆説的に思うようになり。ふれあい甘やかされているときに己は生きていると実感を感じるようになった」
人格がきちんと統合されレクサスという人格をしっかりと形成するにあたり、さすがに、フェイトにしか価値を感じないという偏った時期は過ぎ去った。
己も人間の一人という事実を受け入れ、一人一人の価値を見極めるようにもなった。
そして他人を受け入られるようになった。
その過程故に、人に甘やかされると充足感を感じるようになった。
あと、男は研究者とかのマイナスイメージが強いので、フェイトのような美人な女の子に甘やかされたいという、極めて自然な流れでそう思うようになった。
「なるほど。筋が通っているわね」
「そんなことを思ってたの!?」
「なんで驚いてるんですかフェイトさん」
「だって聞いたことなかったし……」
「言ったことがないから当然」
「なんだかはずかしいな」
「だから己はフェイトを嫁にする」
「ふふ、楽しみにしてるね」
ティアナは悟っていた。フェイトは子供の戯言扱いだが、レクサスは多分割と本気であるなと。
知っていたのだ。
実は保護責任者がリンディだったり、養子縁組はやんわりと断っていたり。
それになんとなく結婚できなさそうなフェイトさんは、自動的に落ちていそうだなと。
なんだか周りもそれを狙っている雰囲気があるし。
まあ、私には関係ないけど。
「ティアナも好きである」
「いきなり何言ってんのよあんたは!?」
「うぬ?なんか言ってほしそうだった」
「フェイトさんに膝抱っこされながら言われてもね……」
あれ、それって……。
「そういえば、デザートとは別にアイスを仕込んでいたのだった。たべる?」
「食べる」
「今日のは何かな?」
「己はアイスはチョコクッキーが一番好き。好きだったメーカー、アイスの味が変わってしまった。己はとてもかなしい」
「だから自分で作るんだよね」
「うむ」
レクサスが自分好みを目指して作ったアイスはとてもおいしかった。
おかしいんだ。
フェイトちゃんに甘えるだけの話を書こうとすると、話の途中で事件が起こって、なぜかシリアスに持っていこうとするんだ。
そんでもって、研究所育ちで倫理観とか道徳がちょっと吹っ飛んでるレクサスが顔を出すんだ。
クズは死ねっていう、恐ろしい論理回路なんだよ。
自然公園に行ったらなぜか密猟者とかち合ったり、
遊園地行ったら、爆弾が仕掛けられてたり、
身代金目的の誘拐犯が悲惨な目にあったり、
どこで甘えたらいいんですか!?