瓜生が着任して早々に建造ドックへ足を踏み入れていた頃、艦娘の兵舎では足柄以下全員が食堂に集まっていた。待機命令を受けてから1週間、彼女達は満足に食事を採れていない…元より『満足な食事』を与えられたのはいつのことであったろうか? しかしながら今はその粗末な食事すら口にできず空腹を堪えている。
「ウェェ~ン! 私汚れちゃった! 初めてだったのにぃっ!! 」
空腹のあまり誰もが無言で静まり返る室内で一人泣き腫らしている艦娘…足柄である。
「…一足遅かったみたいね。初めてがあんな奴じゃトラウマになるわね…わかるわ」
横で寄り添い足柄を慰めるように由良は呟く。由良はあの時、男に髪を掴まれ引き摺られてゆく足柄の姿を思い出し、その後に起きたであろう惨劇を想像して悪寒が走る…あの男の逞しく野性味溢れる肉体に暴力的に激しく犯される足柄…。何故か由良の身体は熱を帯びて下腹部に湿りを感じていた。
「…!? 由良は大丈夫だったの? 貴女も奴等に…その… 」
男達に袴いじめにされていた由良を助ける筈が返り討ちに遭い、剰え自身が屈辱的に凌辱されかけたのだ。足柄は由良が男達に輪姦されたのではと… しかし、そのような行為に言及することが躊躇われ口籠る。
「はえっ!? わ‥私は間一髪で助けられたから大丈夫だったわよ。江田島大尉ってすごーく強いの! びっくりしちゃったわ! 」
妄想に没頭しかけているところに声を掛けられ慌てる由良の声は上擦る。
足柄が貞操の危機に瀕していた時には既に残りの男達はハルナによって制圧されていたのだ。男達が駆逐艦達に手を出したかはわからないが、由良は輪姦の危機を逃れていた。
「そう‥だったのね。あなた達が無事で良かった…私は
「……軍医さんに診て貰いましょう。その…妊娠の危険もあるしね? 」
「えっ!? に、妊娠!? 」
「そうよ、辛いことだけど…艦娘だって身体は人間の女の子と一緒なんだから…そ、その‥
駆逐艦の艦娘は微妙だが、足柄や由良のような巡洋艦の身体は成熟していることから性交すると妊娠の恐れがあるのだ。暴漢が避妊などする筈がなく、由良は足柄の身を心配していた。
「…それは無いわ。だって…そこまでヤられてないから」
「え? …だって初めてって? 」
「…そ、その… ファーストキスだったの! 」
「……」
由良の顔は一瞬『なんだ、その程度かよ! 心配して損したぜ糞が! 』と書いてあるように歪んだ…
「そ‥そういえば、食事の用意をしようとしてたんだっけ!」
漸く落ち着きを取り戻したことで気づいた足柄が周りを見ると駆逐艦の面々が何かを口にしている。空腹に堪えかねた少女達が口にしているのは生のにくや魚の切り身、または米やトウモロコシをそのままボリボリと食べていた。
「ちょ、ちょっとあなた達… 駄目よ! なにか作りましょ! 由良、手伝って」
「え、ええ… でも、私‥料理なんて作れないけど?」
この基地に所属する艦娘は他の鎮守府で建造された後、基礎訓練を受けて直ぐに鹿屋へやって来た娘ばかりである。艦娘としての教育は最低限受けているが、人間の少女が義務教育で受ける『家庭科』のような教育は受けていないのだ。これまでは洗濯など身の回りのことを除いて全て基地管理要員が賄っていたので問題無かったのだが、この度の基地閉鎖に伴い最低限の警備要員を残して撤収してしまっている。炊烹所は当然だが酒保も閉鎖している。
「司令官にお願いして食材を使わせて貰うべきね。ちょっと行ってくるわ」
足柄だけは佐世保鎮守府に居た頃から炊事を行ってきた経験があるので、今朝方見た食材からおおよその食事の目処がついていたのだった。
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足柄が兵舎を出て歩いていると司令官が副官二人を伴い歩く姿がある。向かう先には建造ドックが存在することを足柄は知っているのだが、その場所は彼女ら鹿屋基地の艦娘にとっては少々曰く付きの場所である。
「もしかして建造? まさか着任早々に? 」
足柄が訝しげにみるのも訳がある。前任者が建造に一度も成功しなかったことと、現在その前任者のせいで資材が枯渇寸前で出撃もままならない状態なのだ。三人が建造ドックの建物に入るのを見届けるとそっと忍び足でドック入口扉の傍に身を隠すように張りついた。
「話し声は…流石に聞き取れないわね。妖精さんが三人? 」
扉の影から伺うと瓜生司令の側に妖精が姿を現したのだが、此れまで『提督』が妖精を連れている姿を何度か見たことはあるが全て提督一人に対し妖精も一人だった。一人で複数の妖精というのは初めてである。暫しの後、妖精達がドックに向い怪しげな行動を起こし、その様子を見て司令官も少し動揺しているようである。付き従う副官は一般の海軍士官であるために妖精達の姿が見えず… 否、男性士官はそうだが…… 女性士官の方は様子からして…… まさか!?
「江田島大尉? 妖精が見えているの? ‥!? 」
妖精の姿を見ることができる人間は『提督』だけである。妖精の加護を受け、正式に海軍からの辞令により『提督』として着任していなくとも本人に資質があれば妖精を視認可能である。今朝、彼女は足柄の問いに対し即座に否定したが、彼女『江田島ハルナ』は提督候補に違いない!
「やっぱり提督候補なんだ? 江田島ハルナ大尉… ハルナ? 」
足柄は今朝の司令官着任挨拶の席で提督に続いて副官二人も自己紹介したが… 彼女は『江田島ハルナ』と名乗っていた。
本来の半分も能力を出せていないとは言え、艦娘の自分を易々と組み敷いた男にして『バケモノ』と揶揄される程の身体能力は見目麗しい江田島大尉の姿からは想像がつかない喩えである。男に凌辱され気が動転していたとは言え、どうして気づかなかった?
「いったい彼女は… 」
「誰だ! 」
しまった!
気配を消して潜んでいた筈?
流石に今度の『提督』には通用しないようだ…と、次の瞬間!
『 カァーン! ヒュッ ‥ゴッ! 』
頭上で金属同士がぶつかる反響音が聞こえた刹那! 足柄の脳天に激痛が走る!
「うにゃー!? ‥痛ったぁーい! 」
堪らず頭を抱えて蹲る足柄の足下に銀色の小さな箱のようなモノが落ちているが、今は其れどころではない! 潜んでいる場所まで見つかってしまったからには…
「も、申し訳ありません! お姿を見掛けましたので… 」
頭を擦りながら姿を現した足柄を見て司令官はやや驚いた様子である。…気づいていたにしては変だが、賊と思っていたのだろう。
「!? あ‥足柄か‥ ど、どうしたのだ? 」
司令官は私の姿を見て動揺する様子が見てとれた。考え事をしていて視線を逸らしていたので気づかなかったが、司令官の前にはいつの間にか一人の少女が現れている。何処から現れたの? 建造ドックから出てきた… 艦娘? いや、それは有り得ない。建造により現れる艦娘は僅か数分では無理、しかも見た感じでは巡洋艦級‥見覚えの無い装束だ? 巡洋艦級にあの様な和風装束は…ま・さ・か!?
「足柄? 黙りこんでどうしたのだ? 何故ここに? それに… 」
私に見られては不味い相手であることが伺える。彼女のことを詮索するのはよそう。私は彼女の存在に気づいていない素振りで本題に入る。
「はっ! も、申し訳ありません! 実は昼食の用意をしようと思い、そ‥その、食品庫の備蓄食材の使用許可をいただきたく… 」
「昼食? この基地では艦娘が調理しているのか? 」
「いえ、閉鎖してから調理担当の人が居なくなったのです。司令官にお出しする食事を用意しなければと思いまして… 」
思わず司令官の食事ということにして許可を取り付けようと姑息な言い訳を口にした自分が少し恥ずかしい。
「そうか… よろしい、許可する! 足柄のカレーが食えるとは着任初日から光栄だな。よろしく頼む! 」
「は? ‥はい! 有難うございます」
私は…耳を疑った。どうして… 司令官は私がカレーを作ろうとしていると? 本来ならカツカレーにしたいところだけど、肉が少ない上にパン粉もなくてカツ抜きカレーで我慢して頂くのが申し訳ないんだけどね?
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「どっ、どうしたの!? 被弾してるじゃない! 」
戻った足柄を見た由良の第一声である。
嬉々として戻った足柄は頭から盛大に流血していたのだ。由良が驚いたのも無理はない、艦娘は艤装展開していない状態に於いてもある程度の防御力が備わっていて怪我を負う事態にはそうそう至らない筈である。しかも防御力が高い重巡洋艦の足柄が恐らくは直撃弾を喰らったかのような損傷(流血)となれば…
「あぁ、これね! 直撃喰らっちゃったわ♪ …私に一撃で損傷を与えるなんて流石は提督だわ! 素晴らしいわ! 」
流血をものともせず、恍惚とした表情で足柄は歓喜にうち震えるように語る。彼女は久しぶりの『本物の提督』に巡り会えた感触を本能的に感じていた。
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司令官の許可を得て早速厨房にて足柄達は久しぶりの食事を準備している。冷凍庫には鶏肉が少し残っていたのがうれしい。食品庫の隅ににカレー粉が一缶、米と小麦粉が少々。野菜は馬鈴薯と玉葱だけだが残っていた。なんとかカレーは作れそうだ…
「駆逐艦の子達にこれで
駆逐艦達に馬鈴薯の皮剥きを頼むにあたり足柄は包丁ではなくピーラーという道具を渡す。ピーラーとは皮剥き用の調理器具で、初心者が安全且つ迅速に皮剥きを行えるのだ。由良には先程から流水解凍しておいた鶏肉を切り分けてもらおう。
「わかったわ… う、グネグネして切りにくい」
由良は鶏のモモ肉に包丁を当てるが、力を入れると皮がズレ動き上手く切れない様子だ。
「肉の向きが逆よ! 皮を下にして肉の面から包丁を入れるのよ」
「あ、成る程! 流石は足柄ね」
由良は言われた通りに鶏肉を裏返し、肉の面に包丁を当て入れるとスウっと肉が切れてゆく。そして気づいた… 慣れた手つきで玉葱を切る足柄の表情がどことなく暗いというか深刻そうなことに?
「どうかしたの? 何だか浮かない顔だけど? 」
「え? ……うん。由良はハルナって名前に聞き覚えないかしら? 」
足柄は先程から『ハルナ』という名前が気になっていた。勿論、現在そのような名前の艦娘は存在していないのだが… 遠い記憶の彼方にその名を聞いたような… 懐かしくもあり、何故か頼もしくもあり… しかし、何処かに引っ掛かり記憶は浮かびかけては沈んで思い出せないという歯痒さが胸中にモヤモヤと漂う。
「ハルナ? 江田島大尉のこと? たしか『ハルナ』って女の子の名前では珍しく無いらしいわよ? それより、『ミハル』のほうが男の子の名前にしては珍しいわよ! 」
由良はハルナと聞いても特に何も感じず、寧ろ普通にありふれた女の子の名前だという印象だ。それより、司令官の美晴(ミハル)のほうが女の子の名前みたいで珍しく感じていた。
「そ、そうかしら… そうね、やっぱり考えすぎだったかしら… 」
「あっ! ハルナって!? 」
「どうかしたの? 」
突然何かを思い出したかのように叫んだ由良に足柄は包丁の手を止めた。
由良は思い出したのだ…
由良は呉鎮守府に居た頃に資料館で見た嘗ての帝国海軍に存在した軍艦の写真の数々… その中に『榛名』という名を持つ戦艦がいたような…
「戦艦榛名… 敗戦間際の空襲で大破着底したって呉の海軍資料館で見たわ。そうよ! ハルナって名前の戦艦が昔存在したのよ! で、でも? 江田島大尉とどういう? 」
現在、確認されている艦娘に戦艦は存在していない。そのため足柄も由良も戦艦級の艦娘に関する情報は全く持ち合わせていないのだ。その姿‥推測でしかないが、艦娘が海防艦→駆逐艦→巡洋艦と順に見た目年齢が上がる傾向から戦艦は成人女性の容姿ではなかろうかと噂話を耳にしたことがある。あくまで噂の域を出ないので、戦艦級の装束は想像すらつかないでいる。重巡洋艦の艦娘の装束は艦型により個性豊かなものが多いことから戦艦ともなれば豪華? 豪奢?
少なくとも目の前にいる妙高型よりも気合いの入った戦装束に違いない!
「戦艦榛名… そうよ! そうなんだわ! あの漲るパワーは戦艦級のものに違いないわ! だとしたら彼女は提督候補じゃなく、未だその姿を現さない戦艦の艦娘なのかもしれないわ! 」
「副官の江田島大尉が…艦娘!? まさか? だって正規の軍人になるには日本国籍が必要でしょ? 私達艦娘は国籍どころか… 先ず『ヒト』じゃないんだから? 」
由良は足柄の仮説に異を唱える。江田島ハルナ大尉は海軍士官であるだけでなく、基地司令官の副官という要職に就いているのだ。軍組織というものは国防上の理由により国籍に関しては特に厳しいが、士官はさらに身辺調査を入念に行った上で任官出来るのだ。
「ええ、でも… 『提督』は国籍とかよりも資質が優先されるみたいでしょ? もしかすると特例とかかも? 」
「資質… 前の司令官みたいに? 」
『提督』の資質とは妖精の加護があれば良いのだ。それさえ有ればたとえ外国人であろうと国籍は帰化という手段でどうとでもなる。事実、現在の提督はその殆んどが民間人あがりであり、一部の人物においては人間としての資質が欠けているにも拘わらず提督として着任している状態なのだ…
「前の司令… あの人は資質があるのか疑問だらけだったわね。いえ、それよりも妖精…… あら? 」
足柄はそこまで言いかけて止める。何故かそのさきが…思い出せないことに気づいた。
「妖精… あれ? 前の司令官に妖精さん居たかしら? いたわよね?」
足柄と由良の二人はほんの1週間前まで居た筈の妖精の姿が思い出せないことに気づいた。間違いなく『それ』は居たという事実は記憶に有るのに、『それ』に関する情報が記憶からスッポリと抜けてしまっている。
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話は少し戻り、大精霊と美晴の邂逅
大精霊という少女‥ 姫様という感じなのだが、少しばかり‥いや、おもいっきり違和感がある。なんというか…着ている着物はおもいっきり純和風なのだが、顔立ち‥いや、それよりも金髪縦ロールってなんなのよ? 俺の知識を参考に形成されたにしても酷すぎるセンスに失笑ものだな。
「二人ともあまり詮索をするでないぞ。やはり…そっちの艦娘には妾の声は届いておらぬな?」
艦娘? あ、ハルナには妖精が見えるんだ。 …待てよ? 横に袴田も居るのに不味いな。彼にはハルナが艦娘であることは秘密なのだ! 声が聞こえなくてもハルナの様子から察してしまうくらいに袴田は抜目がない。
こんな時は時代劇でよく見るあれだ!
「っ! 誰だ!」
天井に向け手に持っていたライターを投げつける! あれだよあれ! 天井裏に潜んでいる賊に気づいた悪代官とかが槍で‥槍は無いのでさっき煙草に火をつけようと手にしていた愛用のライターを咄嗟に…俺は悪役かい! ま、兎に角は二人の注意を逸らして…
『 カァーン!! 』
ライターが鋼鉄の梁に当たって跳ね返る音が響く!
と‥直後に勢いよく何かにぶつかる。
『 ゴッ! 』
「うにゃー!? ‥痛ったぁーい!? 」
あ‥れ? ほんとに誰か潜んでいる? しかも『うにゃー』って悲鳴あげるなんて…猫かよ
扉の陰から姿を現したのは猫ではなく足柄だった。我々の様子を盗み見していたのだろうか?
「!? あ‥足柄か‥ ど、どうしたのだ? 」
物陰から出てきた足柄を見て驚いた!? なんと頭から激しく流血しているではないか! 俺が投げて跳ね返ったライターが直撃したのだろう… 血が滴り落ちる程の大怪我なのだが、当の本人は小石でも当たった程度の素振りで気にする様子でもないな? しかし、何故か足柄は思案顔で怪我のことよりも他に気になることがあるようだ…
「足柄? 黙りこんでどうしたのだ? 何故ここに? それに… 」
用があるなら早く言えっての! それに、なんでもいいから早く手当てしてくれないかな? 頭から流血した女が無言で立ち竦む姿を見せつけられるのはホラーでしかないから。
「はっ! も、申し訳ありません! 実は昼食の用意をしようと思い、そ‥その、食品庫の備蓄食材の使用許可をいただきたく… 」
「昼食? この基地では艦娘が調理しているのか? 」
昼食の用意をしたいと聞いて、艦娘が台所に立つ姿がいまいち想像出来ない…。お前らまともに飯作れんの?
「いえ、閉鎖してから調理担当の人が居なくなったのです。司令官にお出しする食事を用意しなければと思いまして… 」
ここで『艦これ』をプレイしていた当時に何処かの設定資料を見た記憶から足柄の得意料理が『カレー』だったことを思い出した! ‥カツカレーだったかな? まあ、カレーに違いないだろう。
「そうか… よろしい、許可する! 足柄のカレーが食えるとは着任初日から光栄だな。よろしく頼む! 」
「は? ‥はい! 有難うございます」
快く承諾すると足柄は一瞬戸惑いを浮かべたが、満面の笑顔で嬉しそうに帰っていった。…血痕を残しながら
さっき投げたライターはハルナの買い物に行った折に気に入って購入したデュポンのガスライターでかなりゴツく角張っている。そんなものが頭に当たれば普通に大怪我しても不思議ではない。あくまで『普通』の人間ならばだよ?
艦娘があんなに簡単に怪我するものなのだろうか?
疑問を感じながらも、今はあれだよ!
「袴田は食品庫内の食材使用手続きを頼む、ハルナは足柄に怪我の治療‥入渠指示を頼む」
こうして建造ドックから人払いを済ませ、いよいよ精霊の金髪ネーチャンと二人っきりでお話タイムの始まりだ!