「やめ……ろ…もう…や…め……?…!? 」
目を開けると見慣れた天井が映った。横を向き見回すと自分の部屋だとわかる。朝の日差しが差し込む少し開かれた窓からは小鳥の囀りが聞こえてくる。酷く魘されていたようだったが…思い出せない。
「夢……だった…か? 」
「目が覚めたね…不知火」
声に振り向けば陽炎がいた。横に並んだベッドに腰掛けてこちらを見る彼女は表情が硬く……! 思い出した!
「提督は? …大島提督は何処だ!? 」
あの時、デパートで買い物をする提督を護衛していた不知火と陽炎は奴等の接近に全く気づかず…提督を人質に取られてしまった。通用口らしき扉からバックヤードへ連れ込まれてから……どうなった? そこからの記憶が全く無い。
「二人ともついてきなさい。長官がお待ちです… 」
入口扉の横に丸椅子に座る神通が静かに促した。ずっとそこに居たらしい…気配に気づかなかった。
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佐世保鎮守府長官室に入った二人は笹岡長官から尋問を受ける。しかし、二人とも判で押したように拉致された直後からの記憶が全て消えていた。
「……その後に何処へ連れて行かれたかはわからないか。では‥君たちが…何をされたかさえ覚えていないのだな? 」
不知火は長官の言葉の意味が理解できず戸惑う。チラリと室内に居並ぶ艦娘…那智・神通・朝潮を見ると皆顔色が酷く悪い。
「お前達二人は…… 」
那智が重い口を開いた…
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佐世保鎮守府長官の笹岡は報告を受けて愕然としていた。佐世保第一艦隊司令官の提督が外出先で行方不明となったからだ。しかも、護衛を兼ねて同行していた艦娘二人共々消息を絶ったのだ。事の重さに笹岡は憲兵隊の出動命令を下すと共に長崎県警にも協力を要請し、三人の捜索に全力をあげた。
事の始まりは…
その日の朝、陽炎と不知火の二人は提督執務室に呼ばれていた。
「二人ともすまんな… その、私用に付き合わせて… 」
「なあに言ってるんですか! 大事なお嬢さんの誕生日プレゼントでしょ? 」
「ま、まあ‥ こんな時に申し訳ないなと思ってな」
第一艦隊司令官の提督である大島少将(40)は反攻作戦を控えての情況下で娘の誕生日プレゼントを選ぶために外出することを後ろめたく感じていた。だが、大事な一人娘の誕生日は祝ってやりたい…。妻子を地元に残しての単身赴任である大島は流石に休暇を採る訳にはいかず、せめてプレゼントを贈りたかった。
「笹岡長官の許可を得ているのだから問題ないでしょう? だから護衛兼任で私達がついていくんだしね不知火」
「ああ、それに長官専用車まで借りるのだから大丈夫ですよ」
二人が話した通り、今日の外出には二人の精強な艦娘に加えて長官専用車も借りたのだ。車両は見た目は普通の高級セダンだが軽装甲を施した自動車電話付きの特装車だ。
「本当にすまんなぁ、じゃあ今日はよろしく頼むよ」
「いいのよぉ、本当のところは私達もお出掛け出来るから楽しみにしてたんだから! ささっ、いきましょう! 」
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「運転手の話によると…三人の戻りが遅いので陽炎に持たせた無線機へ呼びかけたのですが返事どころか繋がらない状態だったそうです。人の出入りの多いデパートですので、出入口の多さからも…何処から外に出たのか掴めておりません」
「当然ですがデパートビル内に監禁されている可能性を考慮して徹底的に館内を捜索致しましたが発見に至りませんでした」
「設置されていた防犯カメラにも姿は確認出来ません」
笹岡中将は憲兵隊・県警から報告を受ける。…手掛かり無し。
「忽然と消えたというのか? …ありえん! 」
「失礼します! 長官に…お荷物が届いておりますが… 」
「荷物だと? 今はそれどころ…!? 何処からだ? 」
慌てた様子で入ってきた衛兵がただの荷物ごときで直接やってきたりするとは思えず笹岡は確認した。
「は‥それが…差出人の名前が『深海より愛を込めて』と! 」
「なっ!? なんだと……! ふざけおって! ‥ と、兎に角‥その荷物をここへ‥いや、待て! …外がいいな、中庭に運んでくれ」
居ても立ってもいられぬ様子で中庭へ向かおうとする長官に那智が声を掛ける。
「お待ち下さい長官…その荷物の開封は私達に任せて貰おう! 」
「…そうだな、爆発物の可能性以外にも危険だな。君の言うとおり、ここは艦娘に頼むとしよう」
「では開けるぞ! 」
那智はやや緊張の面持ちでひと抱えもある木箱の上蓋部分をバールでこじ開ける…
「…む!? …この匂いは? 嫌な予感がする」
開きかけた隙間からは中は見えないが、那智は漂い出た異臭に気づき眉をひそめる…血の匂いだった。
意を決して那智は上蓋を取り払うと中の状態に驚愕の表情を浮かべる…!
「くっ! お‥おのれぇっ!! 」
「どうした那智? なにが入って‥なっ!? 」
ガクガクと怒りに肩を震わせた那智の後ろから木箱の中を覗き見た天龍の目に映ったのは……
変わり果てた姿の陽炎と不知火だった。
「陽炎は殺害された後に体中を切り刻まれていました。不知火に至っては……激しく性的暴行を加えられた末に殺害されたと思われます。体内から男性の体液を大量に検出…… 」
「わかった……もういい」
「長官! 意見具申宜しいでしょうか? 」
「なんだ‥神通? 」
「二人を入渠させてみては如何でしょう」
「入渠‥? 何を言うのだ…二人は既に死亡…!? そうか! 可能性は…あるかもしれんな? 」
「はい、見た限りでは二人は砲撃等の攻撃による損傷ではなく刃物や鈍器等による物理的な傷と思われます」
これまでに艦娘が陸上で轟沈‥即ち死亡した事例は無い。前例がないが轟沈(死亡)した艦娘はその全てが身体を消失させている。死亡したならこの世から身体ごと消え失せる筈なのだ。
「確かに…轟沈したにしては肉体が残っていてはおかしい。よし! 直ぐに二人を入渠させるんだ! 」
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「陽炎は殺害される寸前の記憶があるそうだ。お前…は‥どうなのだ? 辛い記憶であるのはわかるが、大島提督の安否に関わるのだ… 」
「わ…私は……う‥思い出せない…! 一体何が‥あったのだ…… 」
この後、不知火は陽炎と一緒に艦隊から外され鹿屋警備隊へ転属した。
大型トラックが九州を南下している。運転席でハンドルを握る男は昨夜の博多の歓楽街での情事を思い出しニヤけ顔になる。
「久々の大当たりだったなぁ…透き通るような白い肌に紅のような瞳! ウオォ! 堪らんわい! 」
男は仕事が終わったらまた会いに行く気満々で興奮状態だ。
それから暫くして鹿児島市内の交差点に差し掛かった時、突如異変が男の身体に起こった。
「ッ!? か、体が… あが… ? 」
ハンドルを持つ手が硬直して動かない!
いや、首から下が全く動かない…!!
「あ…あっ! やばっ! 」
進行方向には路肩に二台の車が止まっており、一台はパトカーで婦警の姿が見える。
「やべえ! どいて…くれ… あー!! 」
このままだと間違いなく…大惨事だ。
顔面蒼白になりながら男は祈った。
「か、神様!! ……!? 」
祈りが届いたのか突然身体の硬直が解けた男はハンドルを切り激突寸前でパトカーの側面をすり抜けた!
「はぁ、はぁ… なんだったんだ? 疲れてんのか? 」
その様子を電線にとまって覗う二羽の烏。
「…何故やめた? 」
「あれを見ろ… 」
視線の先には婦警…と軍服姿の男…!?
「そう…か」
偶然なのかは判らないが、彼等が出会ったことには違いない。青年海軍士官の肩の上から睨みつけている妖精を烏達は漆黒の双眼で一瞥すると興味を失ったかのように飛び去って行った。
同時刻
佐世保鎮守府から少し離れた海上で操業していた漁船の網に男性とみられる遺体が掛かった。