「私、歌担当? …………うん?」
「さっき、ちっひーと奈緒も呼んでバンド組む? って聞いた時、面白そうだねと答えたではないか」
「……あれ、私に聞いてたの?」
「大丈夫。皆素人だから」
「そういう問題じゃないだろ」
突っ込みと一緒に纏めてもらったデータを貰う。
ふむふむ。何回かやってきただけあって分かりやすい。
「そんじゃ、母さんに許可もらって色々用意するから、後はよろしく」
「全部丸投げなんですね……」
高校生になり、外出できる許可に加えて学園祭の参加も認めてもらえた。あと、ついでに色々と緩くなった気がする。
碧が話してた、色々と諦めたのは本当らしい。
「あと少しで終わるんだがなぁ……」
休み時間も終わる。
放課後に少し残ってやるのもありだが、ちっひーと奈緒を付き合わせるのは悪いか。
明日の朝に渡せば間に合うし、大丈夫か。
「おし、楓。今日暇か?」
「う、うん。特に用事はないけど……」
「ならバンドについての話をするから、帰っちゃダメね」
「あれ、冗談じゃなかったんだ……」
「本当にやるつもりなんですね……」
「まだ、だいぶマシだと思うが……」
なんとも言えない表情で三人が俺のことを見ているが、授業が始まるので席に戻っていった。
……ああ、楓は隣の席だからあまり変わらないな。
「さて、バンドについてなんだが」
「私たち、楽器持ってませんよ?」
「……うん、大丈夫。付いてきて」
学校が終わり、楓を連れて家に帰ったら珍しく誰もいなかった。
居てもいなくても変わらないが、取り敢えず三人を連れ。あのバカにならない値段のピアノが置いてある防音部屋へと案内する。
なんだかんだ、二人も今まで入ったことない気がした。
ずっとリビングか俺の部屋だったし、わざわざ言うものでもない。
俺がピアノを弾くときは二人に用事があって暇なときだったし。
部屋のドアを開ければ中にピアノ、ドラム、ギター、ベース、音楽機材、たくさんの本が置いてあった。
「……いつ用意したんだ?」
「……元々、防音部屋とピアノはあったんだよ。他のは母さんが『バンドもやりたいんじゃ?』と揃えたらしい。俺も許可とった時に初めて聞いたから」
その許可も放課後、帰る前に取ったものだから俺も驚いている。
物は母さんの知り合いに詳しい人がいるらしく、その人から話を聞きながら買ったとか。
「これでいつでも練習できるな」
「素人の私たちにどうしろと」
「……ここに本があるじゃろ」
「……もう分かった」
「ちなみに俺はギターやるから」
本を手に取って見せれば理解してくれたらしい。
楓が付いてこれないときはちっひーか奈緒が何やらアドバイスをしていた。
『諦めろ』『そういうものです』『受け入れたら勝ち』などなど。なんとも言えない扱いをされている気がする。
「楓の歌はちっひーと奈緒がなんとかよろしく」
「だいぶ投げやりだな」
「俺が高三まで見ることになった原因、忘れてないからな」
「「…………」」
それを知らない楓はいいとして、心当たりがある二人は俺から目をそらす。
「暇なときはいつでもきて練習してくれていいから。めざせ学祭で演奏!」
「……私、も?」
「当たり前!」
「……そっか。なら、一生懸命に練習しないとね」
伊達に三年間も俺の隣の席に座ってない。
すでに受け入れてやる気を出している。
全く、二人も見習って欲しいね。
「安心しろ。一年も経てば私たちのようになる」
んなバカな。
翌週から始まった講義の感触からして、大丈夫だろう。
三人には母さんから許可もらって家の合鍵を渡しているから、俺の下校を持ち回りにして練習をしている。
楓の家は奈緒の家より五分ほど遠くの位置らしく、三人は走って帰れば体力作りになると言っていた。
……微々たるものだと思うが、無いよりはあったほうがいいのか。
二ヶ月が経ち。
二人の腕前、楓の歌声がとんでも無いことになっていた。
そこでこんな話がでてきた。
「学園祭で演奏するのは、作ったりするんですか?」
「いや、俺に作れと?」
「もとより、始めたのはお前だろう」
「私は既存曲でも構わないけど?」
「さすがの翠くんもそこまで出来るとは……ねえ?」
明らかに三人は組んでおり、俺に作らせようとしている。
……もともと、有名な曲がないのは寂しいと思ってたし、それでいっか。
バレないよう変装かマントでも被って動画撮って載せたりとかもいいと思うし。
「素晴らしいのを楽しみにしてるがいい!」
「練習の時間とかも考えてくれよ」
「ああ。分かってるさ」
大丈夫。一度聞けば覚えていられたから、完コピできる。
ただ、その作業が面倒なだけで。
講義とか他にやることがあるのも面倒なだけだから。
…………やっばり、分身したい。
九石翠
分身したい
千川ちひろ 日草奈緒
思っていたよりもバンドたのちい
高垣楓
二ヶ月、練習しながら過ごして慣れてはいけないものに慣れ始めてきた