「ごめんなさい」
「なんでだよ☆」
半ば反射で断ってしまった。
この時点で既に『しゅがは』へと片足突っ込んでいるだけはあり、ツッコミも大したものだった。
「キスしてきたんだから、結婚まっしぐらだろ☆」
「そしたら俺、先約がいる事になるけど……」
「まじか☆」
なんだろう。
ちっひーたちとはまた違う話しやすさがある。
視線を誤魔化したりせずにジッと見てきたりしてるが……ノリがいいからだろうか?
「でもでも、一夫多妻だから気にしないゾ☆」
「なら、十番目くらいで」
「おぉい☆ どれだけいるんだ☆」
「それは冗談だ」
一々全力なのか、どこか疲れたように見える。
そういや、この様子なら普通はキスした翌日とかに呼び出しそうなものだが……軽い日をわざわざ選んだのか。
また俺にからかわれると予想して。
「……なあ、心」
「なんだ☆ お、おお? 近寄らなくてもいいんだゾ☆ ちょっ、ちかっ、近い……」
笑みを浮かべながら近づいていけば、また後退していくのだが……この間と同じようにすぐ壁へと追い詰められていた。
ただ、今日は抱きしめたりキスしたりすることはないが、鼻と鼻が触れそうな距離まで顔を近づけている。
しばらく目と目が合っていたのだが、心が目を閉じて『んっ』とキス待ち顔をし始めたので。
顔を離し、無防備となった額にデコピンをおみまいする。
「いたっ」
「心は反応が面白いね。残念ながら時間もあるしそろそろ戻るよ」
「ちょ、先輩だぞ☆」
「俺の講義を受ける先輩、まじ賢いっすー」
「うぬぬ」
そろそろ戻らなきゃちっひーたちに心配されて面倒なので、連絡先を書いた紙を心に渡して教室へと戻る。
「ん?」
色々と三人に質問されたが受け流しているとメールが来たので確認する。
『絶対に魅了させてやるんだから☆』
このまま返信しないのもいいんだが……弄らない選択肢は存在しない。
『キスひとつで顔真っ赤にする先輩、頑張ってください』
上の階から聞き覚えのある声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「さて、弾けそう?」
「なんとかいけるかもな」
「あと二曲作るから、よろしく」
「……作曲までできるとは正直思ってませんでした」
「翠くんってなんでも出来るんだね」
放課後になり、俺の家に集まって曲の確認である。
学校に持っていくのを忘れていたそれぞれのパートの楽譜を渡したので、今後はその練習に入る。
「完成度が高くなったら、動画撮ってネットにあげようかなと思ってる」
「身バレとか大丈夫か?」
「変装か、マントか。バレないようにはするよ。学校の許可も取れるだろうし」
「……ああ、そうだな」
なんだかんだでキチンとやってるのだから、これくらいは許してくれるだろう。
「まあ、とりあえず弾けなきゃ始まらないし。完成度高めることからやっていこう」
普通はどれだけ時間かかるのか分からないが、それなりに必要だということは分かっていると思う。
だから一ヶ月経たずに出来上がるとは思わないやん……。
いくら夏休みに入って時間があるとはいえ、早すぎるでしょ……。
キチンと宿題までやっているのだから何も言えないし。
三人とも、他の友達と遊びに行ってたりもしてましたよね?
「……俺の想定を上回る早さで完成度が高くなったので、動画撮りたいと思いまーす」
「元気ない?」
「君らのスペック高すぎてなんとも言えない気分になってる」
「それを翠が言うか」
「そうですよ。講義に作曲までやってるのに、私たちより完成度が高いんですから」
あー、何も聞こえなーい。
いつまでもこのままだと時間の無駄なので、用意したものを配っていく。
フード付きのマントで体格を隠し。
もし顔が映った時用に口以外を覆う仮面。
後は俺に黒髪のカツラで完成である。
いくら隠しても髪で丸分かりだからなぁ……。
めちゃくちゃ察しのいい人だと、身長差を見て俺たちだと気づく人もいるだろうけど、見知らぬ人にバレることはないだろう。
今回は半ば試しの部分もあるから演奏できる一曲だけを撮って載せるつもりだ。
「…………あ」
「おい、不安になるんだが」
「載せた後に学園祭で演奏したらモロバレじゃね?」
「「「…………あ」」」
まあ、学祭でもバレないように同じ格好でやればいいか。
バレたらバレたで何かあるわけでもないし。
気にしない、気にしなーい。
そもそも、短期間でそこまで有名になるわけない。
見知らぬアカウントが一発目に載せたものが話題に上がるなんてうんたらこうたら。
ってことで納得させて撮影を始める。
……もしかしたら、全員がマントや仮面で正体隠してるから、その方面で話題になるかもだけど。
まあ、これ以上余計なこと言わなくてもいいよね。
学園祭で演奏するならやっぱり盛り上がるし有名だと思う『God Knows...』しかない。
この世界の音楽界に殴り込みじゃ!
九石翠
新しい玩具(しゅがは)を手に入れた
有名になるとは思わないが、刺さる人に刺さればいいなと思う
千川ちひろ 日草奈緒
腕前がとんでもないことに
翠に言いくるめられて有名にならないと思い込む
高垣楓
歌声がとんでもないことに
同じく言いくるめられて有名にならないと思い込む
佐藤心
振られると思わなかったゾ☆
大きな声を出したことで携帯を見られそうになったが、なんとか阻止した