「いやー、もう歩きたくないねー」
「杏も動きたくない……」
あれから一日中、気ままに歩き回っていた俺と杏ちゃんは旅館のロビーでグッタリとしていた。
楽しんでいた時には忘れていた疲労が一気に押し寄せてきており、ここから部屋に戻ることさえしんどい思いである。
俺たちのそばには買い食いして美味しかったお菓子や饅頭、その他諸々のお土産が積まれている。
……流石に持ちながらはきつかったから旅館まで送って貰ったのだが。その日のうちに届いているのはおかしいと思う。
「もう動きたくないけど……うん、とても楽しかったな」
「そっか。それは俺も連れ回した甲斐があったよ」
疲労が隠れることはないが、それでも心の底から楽しんでくれたのなら、とても良かったと思う。
「公園で演奏した時に人がたくさん集まって警察が来たりとか」
「あー、知らない人からお捻り貰ったあれかぁ」
「駅前で杏が歌わされたのは恥ずかしかったけど」
「集まった人も褒めてくれたじゃん。……あの後警察来たけど」
「……気づいたらステージで歌っていたもんね」
「ほんと、不思議だ」
2回ほど警察から注意を受けた後、気づいたら広場にあったステージで演奏することになっていた。
たくさんの人に見られるわけだから、流石に今回はバレたかなとも思ったんだが。案外、変装していたら気づかないもんなんだね。
側にいたのが杏ちゃんだったり、持っていたのがバイオリンだったり。そもそも、俺がこんなところにいる筈がないって思い込みが一番強いかも。
「杏は今日のこと、忘れない自信があるよ」
「それは良かった」
一時間ほど今日のことを話し合っていたら、杏ちゃんの両親が戻ってきたのでそこでバイバイした。
明日の朝、もしかしたら会えるかもしれないけど、俺が部屋から出られないかもしれないし。
「私たちが心配していたというのに、随分と楽しそうですね」
俺のすぐ後ろにはきっと、般若が立っているのだから。
あの後、五人に連行され部屋に連れていかれ、ずっと搾り取られ続けた。
なにやら怪しげな液体も飲まされ、朝までずっと。
なんでも心配、不安にさせた罰としてらしいが、全員発情しているように見えたから違う理由がある気がする。
だけど藪をつついて蛇を出すこともないので黙っておいたが。
一日中歩いて疲れていたし眠りたかったが、ちっひーたちに好き勝手されるのもそれはそれでアレだったので無理して頑張った。
太陽が昇って空が白くなり始めた頃、俺の周りにはちっひーたちが寝転がっていたので勝ったのだと思う。
身体中が汚れていたので温泉に向かうことはできない。
いいとこの部屋だから風呂とシャワーがあるのにものすごく感謝をした。
身体中をアワアワにして汚れと匂いを落とし、気分転換に温泉へと向かう。
朝風呂ってのもまた違った景色が見れていいもんだなと、十分に堪能して風呂から上がり。慣れ親しんだロビーにあるイスでのんびりとフルーツ牛乳を飲んでいたら、杏ちゃん一家が荷物を持ってやってきた。
「……お姉さん、疲れてる?」
「あはは……色々とやらかしたからちょっと絞られてね」
「あまり迷惑かけたらダメだよ?」
「んー、それは時と場合によるかなぁ」
文字通りだが、俺が女性であると思っているから通じない下ネタである。
案に今後も迷惑かけるといった発言はキチンと理解してくれたらしく、ダメだこいつみたいな目を向けられたが。
飛行機の時間があるから長々と話せないが、最後に顔合わせできたからよしとしよう。
出会ってからまだ三日目だが、とても濃い日を杏ちゃんと過ごした気がする。
連絡先は交換しなかったけど、またどこかで会える時を楽しみにしていよう。
まだ振り返りながら手を振ってくれる杏ちゃんを見送りながらそう思った。
「ここにいたんですか。心配かけた分、まだ終わってませんよ?」
杏ちゃんの姿が見えなくなってすぐ、肩に手を置かれながら耳元で囁く声が。
いつもと違うちっひーの声に本能が恐怖を感じ、逃げることすらできない。ってか体が動かない。
再び部屋へと連れていかれた俺は五人を相手に奮闘するのであった。