京都に行きたい
「この八ッ橋もおいしーよ。はい、あーん」
俺は今、小学校低学年くらいの女の子を対面する形で膝に座らせ、京都を代表する和菓子の八ッ橋を食べさせられていた。
「あたしと結婚したら好きなだけ食べられるよー?」
はむはむと八ッ橋を食べている俺の肩に手を置き、そんな提案をしてくる少女の顔は赤くなっており、ジッと俺の目を見つめてくる。
八ッ橋、美味しいな。
……現実逃避している場合ではないな。
きっと今頃、ちっひーと奈緒が俺のことを探していそうだし。
どうしてこうなったかなぁ。
☆☆☆
「京都に行きたい」
中学を卒業し、高校が始まるまでの春休み。
ちっひーと奈緒、碧の四人でお菓子を食べながらトランプの七並べをしていたとき、ふと思ったことを口にした。
だから二人とも。なんだこいつ、みたいな目で見ないでおくれ。
俺は修学旅行に行けていないのだから、遠出して見たいんだ。
今までで家から一番遠くに出たのが学校とか寂しすぎるだろう。
「外出は高校からできるんだから、そこまで我慢しろ」
「そうです。中学の時でさえ学校内しか行動できなかったのに、色々あったのを忘れたんですか?」
「たぶん、母さんもそこが分かってたから高校からにしたと思うよ?」
「むむむ、皆して俺をいじめる」
三人とも、的確に突いてくるから俺も言い返すことができない。
「でもさ、一回も行ってないのは寂しいやん?」
「翠くんは体質もありますから」
「だからこそ、日差しが弱い今の内なんだよ。分かるじゃろ? 今後もきっと、旅行に行く機会が増えるだろうし。その練習も兼ねて」
「確かに、その通りだが」
だが、ってなんじゃ。だが、って。
そんな信用のない目で見られたら、期待に答えるしかないではないか。
「取り敢えず、母さんの許可がでるかだね」
「……嫌なことを言う」
「もし許されたら、一緒に行くよ」
「そうですね。私と奈緒は修学旅行で一度行ってますから、多少案内できると思いますし」
「……言ったな? 許可でたら一緒に行くと」
「あ、ああ……別に構わないが」
よし、言質は取った。
二人は俺の顔を見て、やらかしたみたいな表情をしているがもう遅い。碧はニコニコしていて俺のやる事を分かっているようだが。
「んじゃ、上がり。さっそく母さんに許可もらってこよっと」
「やっぱり止めてたのお前か!」
俺のおかげでカードが出せなかった奈緒が何やら言っているが、これが勝負というものだ。
自分の部屋でなにやら作業すると言ってこもった母さんの元へ向かう。
ノックをして十秒と経たずドアが開き、母さんが俺に抱きついてきた。
母さんが満足するまでしばらく抱きしめられてから部屋へと案内され、イスに座らされる。
「どうしたの? 翠が母さんの部屋に来るなんて初めてよね?」
「ちょっと、京都まで旅行に行きたい」
「んー、遠出は高校からって約束よ?」
「それだと夏が近づいてくるじゃん? だから日差しが多少弱い今のうちに行っときたいなって思って」
「でも、仕事があるから……」
「ちっひーと奈緒がついてきてくれるって。俺が
「うぐぐ……やっぱり、二人は翠のことを狙って……」
母さんの思考が逸れている。
俺が旅行に行くことよりも彼女ができる方が嫌なのか……。
「二人は気のいい友達だよ。ただの旅行に何かあるわけないじゃないか」
「翠がそう言うならそうなんだろうけど、あの二人もそう思ってるとは限らないよ?」
「その時はその時だよ」
「……小さい頃に世間の情報を遠ざけたのは間違いだったかな。まさかこうなるとは」
なんとなく察してはいたが、テレビとかを見せてもらえなかったのはそんな理由か。
ただ、それが無かったとしても貞操観念が逆転してることに気づくのが早いか遅いかの違いしか無かったが。
「……しょうがない。いいよ、行ってきても」
「お、ありがと」
母さんがどんなことを考えていたのか分からないが、まあ許可が出ただけよかった。
「何泊するとか決まってるの?」
「まだそこまで考えてないよ。行こうかなって思ってるだけ」
「なら、母さんの伝手で旅館とか予約してあげるから、何泊するとか決めてらっしゃい」
そこまでしてくれるとは。
……きっと、部屋を二つとってきっちり分けるためだろうけど。
感謝の気持ちに頰へキスして部屋を出る。
二人に許可が出たことを話して日程を決めなければ。
なにやら母さんが騒いでいるようだけど、一体どうしたのだろうか。
「ってことで、許可でたから二人も行こっか」
「……まさか本当に取ってくるとは」
「こういう時の行動力、もっと他に使いませんか?」
「僕は行かないから、三人で楽しんできてね」
「ん? 行かないん?」
「うん。だって、そしたらちひろさんと奈緒さんは僕のことも気にするでしょ? そしたら兄さん、どっかいっちゃうから」
……俺の考えが読まれている、だと。
ちっひーと奈緒を撒いてブラブラする予定が今、崩れた。
「そういえば、修学旅行は何泊だったっけ?」
「確か三泊四日だな」
「んじゃ、四泊五日で」
「今更だけど、ちひろさんと奈緒さんは親の許可とか大丈夫なんですか?」
碧にそう言われて俺も気づいた。
今までなんだかんだ一緒にいるから忘れていたが、心配しないのだろうか?
まあ、逆転してるのだから俺が心配しているような事は起こらないと思うが、犯罪は一応あるんだし。
二人も今、親に連絡とって確認している。
ただ、話しているのが『四泊五日で旅行に行く』といった事後報告なのはどうなのかと。
「許可取れたぞ」
「私も大丈夫と」
「あ、はい。それじゃ明日準備期間にして明後日から行こうか」
「ほんと、何も考えないで生きているな」
「忘れ物はなんとかなるさ」
結局それでごり押し、日程が決まった。
どこを見て回るか話してすらいないが、その時その場で決めるのも旅行ならではだと思うし、なんとかなる。
「……なんか緑が多いだけで普通だな」
「翠くんが想像しているような場所は一部で、他は変わらないですよ」
「イメージだけが先走ってるようなものだからな」
京都にたどり着き、周りを見回して放った一言に二人が呆れている。
だが、それは仕方がないことなのだ。
なぜなら俺はこれが初めての遠出なのだから。
そんなことを話していると、手を振りながら一人の女性が近づいてくる。
「君が蒼ちゃんの子で、二人がその友達ね?」
「翠って言います」
見て回るのに荷物が邪魔だなと話してたら、旅館の人がわざわざ迎えにきて運んでくれるのだとか。
……母さんとこの人の繋がりはなんなのだろう。
車に揺られながら外を眺めていたら、だんだんとイメージ通りの街並みになってきた。
そしてたどり着いた旅館は……なんていうか、すごい。
隣で二人も『え? ここに泊まるの?』みたいな顔してるし。
案内された部屋もどことなく質素な感じがして落ち着く。
値段に釣り合うような豪華な部屋よりも、こういう部屋の方がまた来たいと思える。
部屋はキチンと二つ取られていましたよ。
「さて、どこ行こうか」
「全くといっていいほど、予定決めてないですもんね」
「今日は移動とかあったし、この近場を見て回ればいいだろう」
「それもそうだな」
荷物は部屋に置き、必要なものをカバンに移して集まり、どうするのか話し合う。
と言ってもすぐに決まるわけだが。
「ちっひー! 奈緒! 舞妓さんだぞ、舞妓さん!」
「恥ずかしいです」
「ただでさえ視線集めるんだから大人しくしてろ」
「初めての旅行でテンションが上がらないわけないだろう! お、饅頭売ってる」
「あまりウロチョロするなよ」
「分かってる!」
二人を撒いてブラブラすることも考えていたが、別にそこまでしなくても楽しめるではないか。
できたての饅頭も美味しい。
碧の手作りの腕がとんでもないことになってるが、こういうのは雰囲気も合わせて食べるものだから。
「んー?」
饅頭を食べていたら服が引っ張られたのでそちらを見ると、小学校低学年くらいだと思われる銀髪の女の子が俺を見上げていた。
「饅頭、食べる?」
「貰ってもいいん?」
「大丈夫大丈夫。おねーさん、も一つ饅頭下さいな」
俺のことを見ていた気がしたが、すぐに視線が食べかけの饅頭へと移っていたので食べたいのだろう。
もう一つ買って、それを渡そうと屈んだら食べかけの方を持ってかれた。
「こっちじゃなくていいの?」
「こっちがいい」
「そっか。どこか座れるとこ知ってる?」
きっと現地の子だろう。
座ってゆっくり食べられるとこがないかと聞けば、手を握って案内してくれる。
「こっちにな、あたしのお店があるん。そこでゆっくり食べよ」
ははは、そしたらそこのも買わなきゃいけないではないか。
別にそれは構わない。罠にかかったのは俺なのだから。
「俺の名前は翠。君は?」
「周子っていうん。よろしく!」
九石翠
高校から外出できると聞かされて我慢できずに旅行へ
予定では大人しくするつもりだった
塩見周子
饅頭を奢ってくれた翠に懐く
千川ちひろ 日草奈緒
翠の無茶振りにどこか慣れてきた
高校が始まるまでノンビリできるかと思っていたが、気づけば京都に