ティッシュを鼻に詰めている時子様がシュールだが、ちっひーたちがその姿を笑うことはない。
少し前まではちっひーたちも似たようなものだったし、普段男と接することのない女性の反応としては当たり前のものだからだ。
「そう言えば、サイン決めてないよね」
「翠くん以外はありますよ」
「え? なにそれ聞いてない」
「個人とバンド名の二つ、練習してくださいと前に伝えたと思うけど?」
「過去は振り返らない主義で」
なんかそんな事を伝えられていたような気もするけれど、今更どうしようもないよね。
取り敢えずサインっぽく書けば良いだろう。
少し丸っこい感じで、"す"と"い"を繋げて書けば……。
「よし、こんなもんだろう。名前はなんて入れる?」
「そう言えば自己紹介がまだだったわね。財前時子よ」
「時子へ、と」
名前を入れて手渡せば、嬉しそうにそれを眺めたあと、丁寧にファイルで挟みカバンへとしまっていた。
「今更だけどご存知の通り
「最後のがなければとても良いんですけどね」
「もう連絡済みでしょ?」
「……まあ」
「そういうとこ好きよ」
そっぽを向いているが、耳が赤くなっている。
クールぶっているけれど、未だにストレートな言葉に弱い。
それはちっひーだけじゃ無いんだけどね。
向かいの席で時子様が羨ましそうに見ているのも面白い。
右手をテーブルについて身を乗り出し、左手を時子様の頰へ添える。
そして──。
「僕のものにならない?」
「ふぁい、なりましゅ……」
ちょっとしたからかいのつもりだったが、それじゃ済まなくなってしまった。
前の時子様も良いと思うが、今のは今ので可愛らしい。
お嬢様だし、バイオリンとか習っていそうだから美優さんと一緒に頑張ってもらおう。
鼻に詰めていたティッシュがすぐに血で染まり、垂れそうになっているのでちっひーと奈緒が慌てて介抱しているのを見ながらそんな事をのんびり考えていた。
「翠くんの事だからまだ増えると思ってましたけど」
「ん?」
隣に座る楓が服をチョイチョイっと引っ張ってくる。
「ちゃんと私と、みんなの事も平等に可愛がってくださいよ?」
「はー、可愛い。この生き物すごく可愛い」
上目遣いにそんな事を言われてしまい、堪えきれずに抱きしめてキスをする。
「みんなで過ごせる家にそのうち引っ越そうね」
今からでも構わないのだが、一応はまだ学生である。
通ってないけど学祭でバンドやる予定があるし、何より母さんが許さないだろう。
だからそこらへんは卒業してからになるかな。
心がパフェを食べながらチラチラとこちらを伺っている。
けど少し弄ってから構う方が二度美味しい。
表情の変化から心の感情の変化が丸分かりである。
ちっひーと奈緒も大人びているようで甘えん坊だし、菜々も心と同じで二度美味しいタイプ。
美優は自分から甘えに来れないけどふとした時の破壊力はさっきの楓並みだ。
こんな思いをしていてそのうち痛い目を見そうだけど、まあ大丈夫だろう。
これ以上放置するといじけ始める心に構いながら、そのような事を考えていた。