月光が照らすは蒼き髪
この世界には魔術がある。しかし魔術は魔法ではない。
身体を自由に浮かし空を飛ぶことは出来ないし、いきなり物を生み出したりすることも出来はしない。だがそれに近いことは出来る。例えば箒を浮かせそれに乗ると空を飛ぶことは出来る。素材を集めれば物によっては創り出せる。
そんな魔術だが、その魔術が何に一番使われるかと言われればそれは人殺しだ。銃で一人を撃ち殺す間に魔術だと十人殺せる。魔術とは基本的には人殺しの道具なのだ。よって魔術を悪用する人間は多くいる。悪用する人間いるならばそれを止める人間もいる。魔王がいれば勇者もいるものだ。
「───はぁ……はぁ……クソッ!」
三人の男はアルザーノ帝国フェジテの街を駆けていた。男の腕には短剣に絡みつく蛇の紋が彫られている。それはアルザーノ帝国に蔓延る魔術結社───
天の知恵研究の紋章だった。天の知恵研究会はアルザーノ帝国を乗っ取ろうとする組織。つまりは悪だ。悪がいれば正義もいる。男達は一人の男に追われていた。初めは五人だったが既に二人殺られていた。
「路地裏に逃げ込むぞ!」
三人の男は路地裏の奥へと逃げ込むと男達は裏路地の壁に背中を預ける。既に三人とも肩で息をしている状況だ。
「──撒いたか…!?」
男達が周囲を見渡すが自分達を追っている者の姿は無さそうだった。
「ちっ…噂に聞く《月》が相手とは…」
「ま、まあ…なんとか撒けたみた───」
男の言葉が紡がれることは無く赤い紅が飛び散った。
残った男二人は、先程までいた仲間の方を恐る恐る見るがそこには倒れた仲間の姿がありその側にフードを被った男が手に剣を携え立っていた。その剣には赤い血がついている。
「クソがぁああああああ!!!」
「こいつ…!!」
仲間を殺られ冷静さを失った男二人がその男へと黒魔【ライトニング・ピアス】を放つ。ライトニング・ピアスは軍用魔術。銃弾以上のスピードがある。二本の光がその男に向かって走る。
光の線が男を貫いた。だが光が貫いたのはフードの男ではなく魔術を打ったはずの二人の男。フードの男は瞬時に男達の背後へと回り込み【ライトニング・ピアス】を同時に二発放っていたのだった。
その場に倒れ意識を失う二人の男を尻目にフードの男がそのフードを取った。満月の夜、月の光が男の青髪を照らしていた。
「……ふぅ。任務完了。楽勝だったな」
◇◇◇
アルザーノ帝国魔術学院。その名を知らぬ者はアルザーノ帝国において誰一人としていない、有名魔術学院である。
「あ────寝みぃ……」
とうに授業開始時間は過ぎているのだがその教室に教師らしき男の姿はない。その教室の一番前の席で一人の少年は眠そうな声を上げていた。
「眠そうだね。リアム君」
その少年リアムに隣に座る金髪の少女が話しかけた。少女の名はルミア=ティンジェル。優しく素直な性格でスタイルもいいこともあり男子生徒からの人気は絶大だ。
「あー。ルミアかー」
「昨日遅くまで何かしてたの?」
誰の目から見てもリアムの様子はいつもとは違い疲れきって眠そうだった。
「んーまぁちょっとな」
「??」
ルミアはリアムの返答に疑問を感じたようだったがリアムは気にせず話を続ける。
「そういえばシスティーナは?」
「システィならあそこだよ」
ルミアが教卓の前で歩き回ってる長い銀髪の娘を見た。
「……遅い!」
少女は相当機嫌が悪そうに見える。彼女の名はシスティーナ=フィーベル。大貴族フィーベル家の令嬢だ。成績優秀、容姿端麗ともなれば男子生徒からの人気は絶大なものと思えるが気が強く口うるさく「お付き合いしたくない美少女」とされている。
「どういうことなのよ! とっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!? もう職員室に言いに行こうかしら!?」
「何かあったのかな?」
ルミアは首を傾げてみせる。
「まあ俺はこのまま来ないでくれると寝れるから助かるんだけどな」
リアムが呑気に眠ろうとした所にシスティーナが近寄ってきた。
「なんですって!? リアム!?」
「うわっ…相変わらず耳いいな!」
ちなみにリアムは学年トップクラスの成績を誇る。学院には女子生徒によるファンクラブもあるが、システィーナ、ルミアと言う学院でもトップレベルの美少女と仲が良いこともあり多くの男子生徒から妬まれている。
「貴方はもっとアルザーノ帝国魔術学院の生徒としての自覚を───」
システィーナがリアムに説教を始める。これはいつもの光景でクラスの皆はまた始まったかという顔だ。
「まあまあ程々にね。システィ…リアム君も疲れてるみたいだし…」
「ルミア…貴方はリアムに甘いのよ! 夜遅くまでダラダラしてるから眠くなるのよ!」
「それにしてもヒューイ先生はなんで辞めたんだろうなあ」
「ちょっと話を逸らさないでよ!」
「でも本当になんでやめちゃったんだろう…ヒューイ先生」
元々二組の担任ヒューイが突然の退職、よって非常勤の講師がやってくることになった。その非常勤講師の事をホームルームにやって来た大陸屈指の魔術師、セリカ=アルフォネアは「まあ、なかなか優秀な奴だよ」と言った。大陸屈指の魔術師にそこまで言わせるのだから生徒達は期待していたのだが…もう既に授業時間は残り半分もない。
「全く、この学院の講師として就任初日からこんな大遅刻だなんていい度胸だわ。これは生徒を代表して一言…」
「あー悪ぃ遅れたわー」
教室の扉が開き、クラスの生徒皆が注目する。しかし入ってきた人物の様子は想像していたものとは全く違っていた。ずぶ濡れの服、擦り傷、あざ…青年の格好はとても教師には見えない。
「あ、あなたは─────ッ!!」
「違います。人違いです。」
「人違いなわけないでしょ!?」
その男にシスティーナが喚き立てる。ルミアもその男の姿を見て驚いている。どうやらこの二人は知り合いのようだ。リアムがルミアに話しかける。
「なあ、ルミア? システィーナはあいつと知り合いのか??」
「う、うん。ちょっと…ね」
ルミアは今朝の出来事をリアムに話した。システィーナと二人で登校していると飛び出して来た男にシスティーナが魔法でぶっ飛ばしその後ルミアにセクハラに近い行動を働いたというそしてシスティーナが再びぶっ飛ばしたようだ。
「そういうのはきちんと言わないとダメだぞ。ルミア」
「私は気にしてないから大丈夫だよ?」
「ルミアのそういうとこは直した方がいいと思うぞ…」
リアムとルミアが今朝あった事を話している間も男とシスティーナの口論は続いていた。そして一段落すると男は教卓へと向かっていた。どうやら授業を始めるらしい。
「しゃーねーな。授業始めるかー。」
クラス全体が静まり返り視線が男に注目する。静かな教室に黒板に字を書くチョークの音のみが響く。そして書かれた文字は…
自習
「は?」
クラスの者全員が黒板に書かれた二文字に驚愕する。
「一限目の授業は自習にしまーす」
「眠いから」
「ちょおっと待てぇええええええ!」
教科書を手に取りシスティーナは男の元へと駆け出していた。
「お、ラッキー」
リアムはこれ幸いと呑気に寝ることにした。
◇◇◇
「あ、リアムくーん!こっちこっちー!」
システィーナと食事を取っていたルミアがリアムの姿を見つけリアムを呼ぶ。
「ああ。今行くー」
リアムは二人の元へ向かい、ルミアの隣に座った。リアムはとてつもない数の視線を感じていた。
(毎度の事だけど男の視線が…まぁ慣れたけど)
それもそのはず、学院でもトップレベルの美女二人(一人は口煩いが)と食事など男子生徒が妬んでも仕方ない。実は一部の女子生徒もシスティーナの事を軽く睨んでいたりするが本人に気づく様子はない。
リアムは食事をしながら二人と話しているうちに非常勤講師の名前がグレン=レーダスということ、また女子更衣室に入ってきたことを知った。
「とんだロクでなしだな…」
「ほんとそうよ!!」
「あはは…」
(それにしてもグレンっていうのか、あの非常勤講師。その名前どこかで…? んーグレン…グレン…)
リアムが非常勤講師、グレンの事をどこで聞いたか思い出そうとしているとシスティーナがリアムに話しかけた。
「それにしても…」
「ん?」
「相変わらずたくさん食べるわね、あんた」
確かにリアムの食事の量は多い。大盛りのサラダ、大盛りのビーフシチュー、大盛りのライス、コーンスープ二杯、さらにはデザートのいちごタルトが三つである。いくら食欲盛んな学生とはいえその食事の量は学年トップクラスである。事実食堂を見渡してもリアムより多く食べている生徒は一人もいない。
「まーなー食事は俺にとって至福の時間な…」
「ん? どうしたの?」
リアムは急に話をやめ口をあんぐり大きく開けている。その様子をシスティーナが不審に思っていると
「失礼」
グレンが一応断りを入れて空いているリアムの隣の席に座った。
「あ、あ、貴方…!」
「違います。人違いです」
華麗にスルーしてグレンは食事を開始した。
「な、なんで…ここに座るのよ!!」
システィーナがグレンのことを問いただすとグレンは料理を口に運びながら答えた。
「他に空いてる席ねーんだから仕方ねーだろ」
確かに周りを見渡すと生徒で埋め尽くされている。楽しく三人で食事をしていたのが一転グレンが来たことでシスティーナは何も言えなくなった。会話がなくなり重苦しい空気のまま食事が続くかと思いきやとその空気を変えたのは以外にもルミアだった。
「先生ってずいぶん、たくさん食べるんですね?リアム君と一緒で食べるの好きなんですか?」
「ん?ああ、食事は俺の数少ない至福の時間だからな」
「ふふっ、リアム君と同じこと言ってますね」
「この、リア充と同じ?」
「誰がリア充だよ…」
ルミアが積極的にグレンに話しかけるとグレンは普通に応じた。どうやら話しかければ応じるタイプのようだ。
「これでリア充じゃなかったらなんなんだよ」
「ふふっですね」
「ちょっ…ルミアまで」
「あはは、冗談だって」
三人の楽しそうな会話を聞いてつまらなそうなシスティーナの姿があった。
「…ところで、そっちのお前。お前はそんなんで足りるのか?」
グレンがシスティーナに話しかけた。グレンの事を嫌っているシスティーナも流石に話しかけられるとそれに応じた。
「余計なお世話です。私はこれで足りるんです」
確かにシスティーナのメニューは薄くジャムを塗ったスコーン二つとルミアよりも少ない。
「午後の授業が眠くなって集中できないから、昼はそんなに食べないんです。まあ先生には、関係なさそうですけどね」
システィーナが思いっきり皮肉めいた口調でグレンに言い放った。
「回りくどいな、ほれ」
システィーナの皿にグレンがキルア豆を載せた。キルア豆はフェジテの名産の一つだ。
「ちょっ…何をっ!」
「欲しかったんだろ?」
「いや、私は…!!」
食ってかかるシスティーナを完全に無視してグレンはフォークをシスティーナのスコーンに突き立て口の中へと放り込む。
「お、スコーンもなかなかうめーな」
「ああ───っ!! 何、勝手に取ってるのよ!!」
「いや、まあ等価交換ってやつ?」
「ど こ が 等価なの!? どこが!?」
こうしてシスティーナとグレンはナイフとフォークでチャンバラを始めた。
何事かと周囲から集まる痛い視線。ルミアとリアムは顔を見合わせ苦笑いをするしかなかった。
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4巻の内容までが原作沿いでそこから先が完全オリジナル展開です。
これからよろしくお願いします!