リアムがアルザーノ帝国魔術学院に入学してから数ヶ月の時が経った。
リアムは目立つことを好まない為成績はあえて上の下辺りになるようにしている。
魔術の改変なども余裕でこなすことは出来るが当然学校では普通の学生と同じように呪文を詠唱している。
その為周囲からは普通に頭がいい生徒というイメージとなりカッシュには度々勉強を教えている。
また新入生歓迎パーティー後の件もありリアムはルミアに加えシスティーナとも話を良くするようになったし三人で一緒にいることも多くなった。
そんなリアムにカッシュ達、男子生徒は時々憎しみの目を向けている。
「じゃあな! リアムお疲れー」
「じゃあね! リアム君!」
「おうーお疲れー」
この日の授業は終わりリアムはカッシュとセシルといつもの分かれ道で別れる。
いつもと同じ道、変わらない風景。
そしていつもと同じ家。
いつも同じ、その家の扉を開ける。
「ただいまー」
「おかえりなさいリアム」
いつもと変わらない母の声によって出迎えられる。
いつものようにリアムはリビングへと向かう。
しかしリビングにはいつもと違う光景があった。
「!? 兄貴!? なんでいるんだよ?」
いつもは帝国軍の仕事で家を空けており今では別々に住んでいる兄、アルベルトの姿がそこにはあった。
「ちょうど任務が終了した。明日の葬儀のこともあり一旦戻った」
葬儀。兄の口から立たんと告げられたその言葉。
兄は帝国軍に所属している。
同僚が死ぬ事など珍しいことではない。
しかしその言葉にまだリアムは反応せざるを得なかった。
「葬儀…?」
リアムは聞かなくていいことを聞いたと後悔した。しかしアルベルトは顔色一つ変えずに答えた。
「あぁ、同僚が死んだ。特務分室のな」
帝国宮廷魔道士団特務分室。
帝国宮廷魔道士団の中でも選りすぐりの魔術師が集まった帝国軍最強の戦力だ。
そのメンバーが死んだとなると相手は相当な敵だったことが容易に想像できる。
「それにバカが一人辞めた」
「辞めた? それって…」
兄がバカと呼ぶその人は兄と一番組んでいる相棒のような相手の筈だ。
リアムが話を聞いてると仲良さそうに感じるのだが決して兄は仲が良いことを認めない。
「……大丈夫なのか…?」
「問題ない」
アルベルトはその場を去り自分の部屋へと向かう。明日の葬儀の準備をするのだろう。
リアムの目に映る兄の背中はどこか悲しそうで寂しく、いつもの兄、アルベルトとは様子が少し違っていた。
「……」
そんな兄の背中をリアムは見つめていた。
※※※
リアムが久々に兄、アルベルトにあってから一週間の時が経った。
リアムは今日もカッシュ、セシルといつもの分かれ道で別れ、家へと歩を進める。
その時リアムが急に立ち止まった。
リアムの他には誰もいない。
いつもなら人が何人か通っている時間だ。
「人払いの結界……準備万端なんですね」
リアムが後ろを振り返る。
そこには赤髪を三つ編みに束ねサイドテールにした一人の若い娘が立っていた。
その相貌は非常に精緻で目麗しくリアムが一瞬見惚れてしまうほどであった。
「貴女は…?」
その女は淡々と答えた。
「私はイヴ。特務分室の室長…て言えば分かるかしら?」
「特務分室…」
リアムの前に立つその娘は特務分室の室長。ということはアルベルトの上司に当たる人物だ。そんな人物がなぜ自分の所に?そんな問を投げかけようとした途端。
「私が貴方に会いに来た理由。それは特務分室に貴方をスカウトするためよ」
イヴの言葉はリアムが予想だにしないものだった。しかしそれは、リアムにとっては願ってもない話だった。
リアムの目標は兄である。
その兄と同じ部署で働ける。
リアムには断る理由などない。
しかし一つ引っかかる。
「有難い話ですけど…兄は…?」
そうあのアルベルトがこんな話を許すとはリアムには思えなかった。しかしイヴから返ってきたのはまたしても予想してなかった返答。
「話は通してあるわ。あとはあなた次第よ」
数日前───
特務分室の廊下でイヴとアルベルトがすれ違った時イヴがアルベルトに話しかけた。
「新しい特務分室のメンバーに相応しい人材を見つけたわ」
「そうか」
「興味無いって顔ね」
「まだ共に仕事をすると決まったわけじゃないからな」
そう言い残しアルベルトはその場を立ち去ろうとする。
その背中にイヴが声を投げかける。
「まだ子供だったとはいえ、貴方が見ず知らずの少年を助けるなんてね。意外だわ」
「……! おい」
「あら? 私が気づかないとでも思った? そうよ、貴方の義理の弟を特務分室にスカウトするわ」
「あいつはまだ学生、子供だ」
「グレンが帝国軍に入ったのも彼と同じぐらいだったはずだけど?」
「あいつじゃまだ実力不足だ」
「あらあら、そんなに弟が心配? 意外ね。彼の実力は貴方が一番分かっているはずだけど?」
「……」
「彼ならグレンの穴埋めどころかそれ以上の働きが出来るでしょうね」
「それに気づいているのでしょう? 彼の潜在能力に。子供だった貴方はそれを直感で感じ取り彼を助けた、違う?」
「……」
アルベルトは決して答える気は無いようだった。
「彼が捨てられたというのは嘘。捨てるしかなかったのよ。彼を助ける為に。恐らく彼の一族はなにか異能のような何かを持ってる。それを天の知恵研究会辺りが欲しがった」
「彼を助けたことは貴方が今まで上げてきた戦果に匹敵する、いやそれ以上の功績よ」
「異論は無いわね。流石に強制はしない。彼が望んだら特務分室に引き入れるわ」
「分かるでしょう? セラにグレンも失った。少しでも戦力が欲しいのよ」
黙ってイヴの話を聞いていたアルベルトがようやく口を開き
「勝手にしろ。だが一つ条件がある───」
「その話、受けさせてもらいます」
リアムがイヴを見据えて答える。
イヴは小さく笑うと
「そういうと思ったわ。付いて来て」
リアムはイヴへと付いて行った。
数時間後リアムは特務分室の室長室に居た。
様々な手続きを終えるとリアムはこの部屋へと連れてこられた。
「さて、貴方のコードネームだけど……」
「帝国宮廷魔道士団執行官ナンバー18《月》のリアム。これにしましょう」
「《月》──? 何でですか?」
「貴方の兄に出された条件よ。学校には非常時以外普通に通わせる。それが条件。だから貴方の活動は基本的には夜だけよ。《月》ってのはまさにピッタリね」
「兄貴がそんなことを…」
「何だかんだ弟思いね? 彼」
イヴが小さく笑う。アルベルトは冷静沈着な為こんな一面があるのはイヴにとって意外だったのだろう。
「これで貴方も帝国宮廷魔道士団特務分室の一員よ。さて、早速だけど任務に出てもらうわ」
その言葉にリアムが目を丸くする。
「え、今から!?」
イヴは当然と言いたげな顔だ。
「貴方の実力を見てみたいもの。それに──」
イヴが話そうとした時後ろのドアが開く。
「安心せい。ワシらがおる」
ドアが開いた音でリアムが振り返ると一人の老人と青年が立っていた。
「彼等が貴方をサポートするわ。《隠者》のバーナードと《法皇》クリストフ。戦力としては申し分ないわ」
「見せてもらおうかしら? 《月》……貴方の実力を」
こうしてリアムの帝国宮廷魔道士としての初任務が幕を上げる。