自分の名を呼ぶ声がする。夢を見ているような見ていないような、そんな間の虚ろな空間で。
その声は次第に遠のいて行き、いつしか聞こえなくなった。
手を伸ばせば届く距離から呼ばれていたのに、手を伸ばすことはしなかった。
自分でも理由はわからない。伸ばす価値がないとでも思っていたのだろうか。夢現つの真っ黒な世界をたった1人で歩く。
影もなければ光もない、自分の居場所が地面なのか空なのかすらもわからない。
ただひたすら黒い空間に。自分は此処と似た空間をよく知っている。実に居心地の悪い場所で、体の中から蝕まれるような、そんな場所。
眉間に皺を寄せながら行く宛もなく歩き続ける。突如、目の前の闇を引き裂いて一筋の光が溢れ出してきた。あれが出口だと直観的に感じた。
もう何も無い空間をさ迷うのは懲りたと、光に手を伸ばし目を閉じた。
「次はキマイラかな」
「それ俺が先にとったクエストだぞ!」
「ナイトさんあとおひとり、いませんかぁ?」
ざわざわと騒がしい城下町のクエストボード。
その前に設置されたベンチで、彼は目を覚ました。
俯いたまま体を動かさずに、紅い瞳だけを動かして周囲を観察している。
しばらくして体を起こし、顔を上げる。瞳に入ってくる天道の光に目を細めた。
少し苛立った表情で、ベンチから立ち上がり、軽く体を解す。同じ体勢でいすぎたせいで、体が固まってしまったのだろう。
彼は彼の隣に立てかけてあった1本の刀を持ち、未だ騒がしい人混みの中へ歩き出す。
此処へ来た理由と、これからの目的を探すために。
赤いコートの、白髪の男を通り越して。
夢を見る。毎回同じ内容の、自分が一番見たくない夢を。
村が燃え、父と母が死に、妹が泣き叫ぶあの夢を。
どうしてか、自分が一番嫌なはずなのに、その夢を見せるのは自分自身だ。
今日もまた、冷や汗と涙に濡れてベットから体を起こした。重い気持ちで洗面台に行き、顔を洗う。
鏡に映った自分の緑色の瞳は、恐ろしい程に濁っていた。切り替えよう、と軽く頬を叩き、再度鏡を確認する。
もうあの絶望のどん底に突き落とされた男の顔は写っていない。よし、と自分に大丈夫だと言い聞かせ、洗面台をあとにした。
軽い食事を済ませ、外に出る。
相変わらずの快晴で、目に入る光が眩しく、思わず手で遮る。
隣に住んでいるお婆さんがこんにちは、と挨拶するので、自分もこんにちは、と軽く会釈をしてその場をあとにした。
クエストボードに向かって歩みを進める。
「お前ナイトできる?」
「バトムさんとこいこ!」
「やべぇルルハさんから連絡きた」
クエストボードの前は案の定ハンターで溢れかえっていた。
自分は背は高い方だから、ある程度人が溢れかえっていても、背伸びをすれば見える。
人よりも少し高い位置からクエストボードを眺め、自分ができそうなクエストを探す。
バッファロー掃討戦と書かれた一枚のクエストロールを手に取る。
報酬は強化ソード。まだ手持ちの武器を育てきれていないし、そのせいで強いわけでもない。
キマイラやパピーなどの強敵と無理に戦うより、弱い敵を何体か倒したほうが楽ではある。
クエストロールをポーチに仕舞い、未だ騒がしい人混みの渦から出る。
目的地のゴブリン村へ向かうためには城下町の門を通してもらわなければならない。
クエストボードから西に向かって歩みを進める。
黒いコートの、エメラルド色の髪の少年を通り越して。