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そもそも、自らにいつの間にか根付いている、所謂前世の記憶とやらが。
本当に、かつて別人だったころの自分が体験した事実である、と。
どうして確信できようか。
死滅へ向かう営みのなかで、アンドロイドも電気羊も決して手に入りはしない庶民からすれば、
現実の地球と比べ、天国のような世界での豊かで暖かな文明的生活の記憶など、
己が脳が無意識に産み出した、現実逃避の夢。それでおわりだ。
確かに、何度も夢にみたゲームのタイトルが実際に商品となったが、そのタイトルを知った瞬間に過去の記憶として、それらしく捏造されたのが前世の記憶だという可能性もありうる。
どんなに既視感があろうとも、今生きる現実の世界には関係がなく、日々酷使される疲労も、搾取される悲哀も何一つ変わらない。
それに、何より。
死んでから極楽浄土に行っても、意味がない。
彼は、この末期的世界の中で、必死に子を生み育てるという偉業を成し遂げた親に、この現実世界で生きているうちに。
親孝行を、したい、それが夢なのだ。
しかし最早それは叶えられない。
自分が生きることに精一杯だった彼は、親を看取ってやることもできなかった。
泣いた、それはもう、魂の奥底からとめどなく溢れかえった。
それでも彼は生きねばならない、親の努力そのものである自分が、無駄死にするわけにはいかないと。
思いはすれど、悲しみが消えることはなく。
日々のストレスも重なって、気分転換を切実に求めた彼は、いっそ虚しい夢を見てみようと。
なけなしの貯蓄を使ってユグドラシルに飛び込み、気が付けばスッカリ夢中になった。
やがて、夢に見たギルドと出会い、ますます彼は、のめり込み、けれども常に付きまとう世界的閉塞感の絶望に苛まれて。
サービス終了が発表される頃、事故でまともに働けなくなったことを切っ掛けに、彼は散々否定し続けた夢に、すがることにした。
働かずに余生を送るには、あまりに不十分な貯蓄を注ぎ込
み、夢の通りにいってもいかなくても逝くしかない彼は、サービス終了の瞬間まで、ログインし続けたのである。
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彼、いや『彼女』は目を開ける。
視界に映る景色の変化に、全身がふるえた。
「そんな、ばかげている…」
そもそも、今、二本の脚で立っている感覚が、ある時点で、そうなのだろう。
しかし受け入れがたい。
当然だ、こんな事が本当に都合よく起きるのならば、現実世界は神の奇跡で救われているべきだ。
「いや、しかし」
それに、これが、究極的に内向的な夢の中とも限らないだろう。
「けど」
けれど、こうなった以上は、栓なきことかもしれない。
現実世界の自分がどうであれ、今現在の自分が認識できるのが、この眼前に広がるらしい、夢の世界だけならば。
「…私は、わたしでは、なくなってしまったのか」
時に今の『彼女』の声は、とても綺麗かつ柔らかい、美少女然とした声だ。
彼と親の良く知る、馴染んだ声では無い。
彼の髪はウェーブがかった金髪ではなかった。
彼の容姿は過去の西洋人形のように美しいものでなかった。
彼の身長はもう少し高かった気がするし、手足だって実に美少女らしいものでもなかった。
彼は服に飾り気など求めていられなかったし、こんな上等で、白と青と赤のお洒落でヒラヒラとした服など手に入れるのも難しかった。
「う゛っ」
猛烈に吐き気がする。
彼が、母と父から生まれた子である証は消え去り、今の『彼女』は『アリス』と名付けたアバターとなってしまった。
夢の通りに設定が反映されるのならば、彼は人間とすら言えないかもしれない。
死んだようなものだ、そう感じる。
自暴自棄だった彼の心が、取り返しのつかない変化に後悔して、泣いた。
「…うっ、ひっく…」
どれほど泣いていただろう?
明るい木漏れ日のさす森からでは、太陽が見えない。
アリスは、まだ納得しきれない自身の変質から目をそらすように、虚空へ手を突っ込んだ。
ゲームだった頃と同じように取り出したのは、一冊の分厚い魔導書。
装備した者を様々に補助する、神器級アイテムだ。
彼は本当にこうなるとは思っていなかったので、アイテムボックスにしまったままだった。
「フライ」
飛行の魔法を唱えてみる。
ただ漠然と口にしただけなのに、私の中で駆け巡るエネルギーのようなものを感じ、ほぼ同時にフワリと浮かび上がった。
どこまでの高さか、どれほどの速さか、決めてはいなかったが、不思議とそれなりの速度でまっすぐ上に。
「いたっ、く、ない………あ、空………おお、おおっ!」
常時発動しているスキルにより、痛みをともなわず木々の逞しい枝葉を押し退けて、晴天のもとへ出たアリスは、生まれてはじめて目にした太陽の眩しさに、わけもわからず涙を溢した。
「なんて、良い、におい」
ゲームとは次元の違う、遠近感、実在感。
理屈もわからず宙に浮いているというのに、恐怖は何故か薄かった。
はじめて嗅いだ、森林をなでるそよ風の、深い香り。
風に流される白い雲を目でおうと、森の切れた平原が。
「…ん?」
そちらから、うっすらと、焦げ臭さ。
細い黒煙も、いくつか。
ドキリとした。
お決まりのイベントというやつかと。
すわどんな展開かとはやる気持ちをおさえ、そちらへ飛ぶ。
今なら鳥にも負ける気がしない。
「あれは…はぁっ!?」
が、そんな心地好さは消し飛んだ。
あっというまに到達した、平原は、つまり宴会場だったのだ。
「う゛…オエエッ!」
それはグロかった。
すさまじくグロテスクだった。
やっていることは、人間とおなじである。
家畜を食肉に加工したり、野菜を食べやすい大きさにカットしたり、焼いたり茹でたり、かじったり。
まあ、庶民は代用食品ばかりだが、とにかく調理する点はおなじである。
つまり100体はいるであろうビーストマン達が、捕らえたであろうそれ以上の数の人間たちを、美味しくいただいていた。
「うっ…ううっ…」
強化されているであろう五感が、とにかく鮮明に、それを描く。
やっていることは、人間と変わらない。
とはいえやられているのは人間だ。
アリスは、それが設定由来であろうとも、自分の衝動をおさえる気は、全くもっておきなかった。
「……っ!」
アリスは魔法でまだ生きている人間がいないことを確認。
次いで、ビーストマン達を魔法的に捕捉した。
「こんなの、こんなの」
ここが本当に夢のとおりならば、ビーストマンの行為も、よくあることなのだろう。
弱肉強食が世の常なのだろう。
文句を言われる筋合いもないのだろう。
それでもアリスは、傲慢にビーストマンを否定した。
強者は好き勝手やるのが、この世界の常識なのだからと、言い訳のように考えながら。
「不快よ!!」
無詠唱化、最強化、三重化、効果範囲拡大。
魔導書の補助もあって、放たれた第10位階魔法は、数十体のビーストマンを眩い光で貫く。
当たり前のように消し飛ぶ命に、しかしアリスは何も感じない。
この感覚こそ、人間でなくなった証だと、アリスは思った。
不意の襲撃に、動揺しながらも素早く戦闘体制に入るビーストマン達は、空に浮かんだアリスに気付くも、続いて行使されたスキルで打ちのめされることになる。
「スキル・リトルケントゥリア」
それは小柄な人形である。
それらは片手であつかえる円形の盾と、剣を装備している。
それらは外装を設定できるため、美しい顔と上品な衣装を備えている。
それらが100体、どこからともなく現れて、ビーストマンに勝る素早さでもって襲い掛かる。
「ナンダぁコイツらは!?」
次々と的確に、首を切り裂かれるビーストマン達の慟哭や、噴き出す鮮血。
そのグロテスクさにおぞ気こそあれど、罪悪感はろくにわかない。
「元が人間だから、少しだけ人間びいき…そんなことも、書いてあったかしらね」
アリスの種族の、フレーバーテキストを思い返しながら、アリスは次の攻撃魔法を発動する。
呼応して、魔導書が仄かに光った。
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