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「おえぇっ!げほっ!げっほぉっ!……ふう……あら?」
時に、アリスは夥しい数の死体や肉片、体液の水溜まりなどを見ていて、自らの体に興味をいだいた。
スキルで現れ、今もせっせと止めを刺してまわる人形達は、ともかくとして。
アリスの体は、睡眠や飲食が不要で、そのうえ不老である、はずだ。
ただ、いままで意識しなかったが呼吸しているなら酸素が必要なのか、酸素を取り入れるのならば血液は循環しているのか、などの医学見地な詳細は、サッパリわからない。
悲しいかな、アリスに学は無かった。
それでもアリスは考えてしまう。
今しがた、自らが作り上げた惨劇の、おぞましい色と臭いによってまたもや嘔吐したアリスだが、その吐瀉物はすえた臭いからして胃液だと思われる。
冷や汗などは、かいていない。しかし涎は出ている、涙も。
(吐ける…吐けるのね、なら…内臓は機能している?人間と同じように?胃や腸も動くのならば、老廃物を排泄する必要があるのかしら…)
だが、この世界で、ユグドラシルの抽象的な設定が現実化するのだから、自身も何かと都合良くできているのではないか。
そんなことを考えながら、アリスは転がっているビーストマンの死体を見やる。
(どれも、汚物が漏れてないのよね)
死んですぐ、筋肉が弛緩したせいで色々と出てきてしまうことは、珍しくない。
しかし、ビーストマンたちは一切、それがない。
人間たちのは、調理の過程で出たらしいものが、離れた所に掘られた穴へ纏められていたが。
(けど、死体の臭いには、糞尿らしき臭いも混じっているし、おなかを切られたものからは、それらしき物がこぼれて…)
「う゛…」
口と共に吐き気を抑えたが、不安はおさえきれない。
自分が、あまりに身体の仕組みをしらないから。
(新陳代謝は、老廃物は排出されるのか、されるとしたらどのようにか?
トイレは?
鼻水は?
血液は新しく作られているのか?
汗や垢は?
自分ではよくわからないが、体臭はどうなっているのか?
衣類は?
汚れない魔法なんて、アバターの設定時にかけてなんか、いない。
濡れてしまったら、汗をかくなら、衣類も洗わねばなるまいが、そもそも、いま身に付けている物は、水や汚れや臭いがつくのか、つかないのか。
水を吸わないのに、汗をかいたりなどするならば、ひどく心地悪そうだし、不衛生だ。
爪や毛は、伸びるのか?
なんだか妙にスベスベお肌だが、腋などのお手入れはいるのだろうか?
剃刀や爪切りなどが、いるにしても入手できるのやら。
それに、例えば今は晴れているが、雨に降られたらどうなる?
今の私はブーツ履き、それに下着だって、中は蒸れないのだろうか?
感染症や寄生虫などは?
あと、涙や嘔吐で体外に出てしまった水分などは、魔法か何かで自動的に補給されるのか?
……なにより、怖いのは。生理の有無だ、もしゾンビじみた身体の私でも、内臓が活動するとして。
一時的にせよ、身体機能が活性化するとして。それは一部なのか、全体なのか…)
あれこれ悩むアリスだが、そもそも、脳みそがなくとも思考できるような世界なのだから、と。
ひとまず、考えるのをやめた。
魔法的なアレやコレやでなんとかなるのを、期待することにした。
(こんな世界では、現実世界の仕組みは、当てはまらない事の方が多いのでしょうね)
ただし、はやいうちに、自分の身体の隅々までも観察すべきだと決意する。
たとえ、この世界が夢なのだとしても、覚めるまではこの新しい身体と、アリスという変質した自己意識でもって、行動する他ないからだ。
「あら」
気が付けば、100体の人形たちが、見事に整列している。
そして、実に不気味な感覚ではあるが、制限時間が残り僅かだと頭の片隅で感じた。
(モデルが軍隊だからか、随分と様になっているわね)
人形とはいえ、忠誠心が伝わるほど規律ある姿に、アリスは感動を覚える。
「えー、こほん……みんな。素晴らしい活躍だったわ、本当にありがとう」
アリスが自然と頭をさげ。視線を戻せば、人形たちは五体当地レベルで平伏していた。
(…えぇ…)
アリスは気圧された。
スキルによる召喚で、これである。
確かに、通常のアンデット作成などにくらべ、いくらか外装などの設定をできたり、毎回新しくなるのではなく毎回に同一個体を呼び出すことになっていたりするが、それにしたって忠誠たかすぎやしないか、と。
(あっ)
そうこうするうち、人形たちは蝋燭の灯りを吹き消すかのごとく、消えてしまった。
(人形達は、果たしてどこへ消えたのかしらね…ま、とにかく次よ、次)
アリスは、スキルと魔法を併用して、新たな人形を召喚する。
(今更だけど、この魔方陣みたいな派手なエフェクト、戦闘中だと目立ちすぎよね)
ゲームの頃は、無ければ味気無いだろうが、実際に命のやりとりをするならば、気になってしまう。
しかし、エフェクトをオフにできるのかなど、気にしたこともなかったため、保留とするしかない。
(色々と、あるけれど…保留ばかりね。もっと本気で詳しくなるべきだったわ、どうしようもなく今さらだけれど)
眼前に浮かび、神々しく光る魔方陣から生えるようにして、1体の異形なる人形がその姿を成した。
「御指名ありがとうございます、主様」
あのさぁ……と、胸中でおもわず呟くアリスの前に現れたのは、またも外装やフレーバーテキストを設定した召喚用NPCである。
ステータスなど、直接戦闘に影響する部分は変更不可だが、ある程度までは見た目を弄くれるために、元々の醜さは鳴りを潜めている。
とはいえ、彼女…「ポルト」は、普通の人間からすれば恐ろしい外見をしている。
その上半身は成人女性にとてもちかい。だが、長く癖のない銀髪を分かつように、額から一本の角が生えている。
その肌は色白というにはあまりに白く、蝋のよう。逆に瞳や、口のなか、舌など、毒々しいまでに鮮やかな赤の部分もある。
そのバストは豊満であった。そのバストは、あまりにも豊満である。
両腕は、上半身にくらべ異常なまでに大きく、指先も鈎爪状だ。
下半身は蛇のようで、すこしつぶれたように幅広で、上半身ふたつ分程の長さだ。
彼女は、生体部品を多用して作られた人形である。
(人形…人形?)
剣や盾などは装備せず、ヴァンパイア・ブライドのものと似たような衣装を身に纏うだけの彼女は、所謂三つ指をつくように丁寧な礼をした。
実に水商売めいている。
(私は無実だ)
誰にともなく言い訳をするアリスだが、確かに召喚時の挨拶などを細かく設定してはいない。
NPCが意思をもつ、という事を、アリスは実感した。
「なにか、ございましたか?」
額に指を当てていたアリスの様子に、不安をおぼえたらしく、ポルトは上体をおこし首を傾げ、上目遣い。
ちなみに、腕は前で組んでいる。つまりはそういうことである。
「……良い…」
「え?主様、なにを……あぁん!」
私、おんな。彼女、にんぎょう。これは忠誠心を確かめ、信頼関係を深めるためのスキンシップだからセーフ、明らかにセーフである。
などと、脳内で明らかにアウトな言い訳を並べながら、アリスは召喚した目的そっちのけで堪能した。
(…嗚呼、やわらかい………あったかい………)
「んっ、あっ、ありがとうございます主様…はぁん!」
ポルトのバストは、豊満であった。
つまりは、そういうことである。
「……ふう………あっ、そうだわ、そうだった」
暫し後、恍惚とした表情で倒れ伏すポルトをよそに、正気を取り戻したアリスは、乱れた服をなおしてやる。
「えっと、ポルト、お願いしてもいいかしら」
「はっ、はい!」
アリスが、何もなかったと言わんばかりに毅然とした態度でもって声をかけると、先程の事が嘘のように、真面目な表情で起き上がる。
「この死体を」
アリスは、指先で、首を貫かれたビーストマンの一体を指し示す。
「蘇生してほしいの」
「畏まりました」
それは、このビーストマンの集団で、一番レベルの高い者の死体だった。
(本当は、確実に道案内のできるビーストマンにしたいのだけれど…)
これからアリスは、地図どころか方位磁石すらもなく、未知の土地を進まなくてはならない。
魔法やスキルなどを使って、自分の位置や周辺地理などを調べるのは、どちらかといえば可能であるが、恐ろしく効率が悪いうえに。
そのような、かつて地球の隅々を探索した偉人達のような技術も知識も、アリスには無かった。
たとえ夢の中であっても、ゲームの頃の恩恵を受けても、できない部分はたくさんある。
だから、とりあえず、なるべく蘇生が成功しやすそうなビーストマンを選んだのだ。
理想で言えば指揮をする者だが、所詮は庶民であるアリスに、乱戦のなか誰がもっとも上位の指揮官である、などの判断はできなかった。
(それにしても…魔法を使うところも、端から見るぶんには良いけれど、自分でやるとなると少し照れ臭いのよねぇ)
ポルトのおかげで一時忘れていたが、いまだ周囲の死体は悪臭を放っている。
口許を手で覆いながら眺めていると、蘇生が成功したらしく、ビーストマンの身体がピクリと動く。
傷は塞がり、飛び散った体液も消えていた。
(蘇生……できちゃうのよね……現実世界のほうが、科学文明は進んでいるのに……両親は、できなかったのに、ね………)
「ウ、あ…」
そして荒い呼吸をしながら、飛び起きた。
「ビーストマン、目は覚めたかしら?」
「ヌッ!?」
ふらつきながらも、両の拳をかまえる、虎が二足歩行形態に進化したかのようなビーストマン。
身体の要所に装着された革と金属の板の鎧には、無数の傷跡が刻まれ、獰猛さを物語っている。
しかしビーストマンの勇ましさも、アリスの傍らに立つポルトを認識するまで。
(不敬だ!偉大なる我等が主様を前にして、その態度は、なんだ!)
言葉にはせずとも、顔には出る。怒りに顔を歪め、いまにもとびかかり、くびり殺さんと爪を広げたポルト。
本能的恐怖に、足がすくむ。
「ポルト、どうしたの?」
「主様、こいつ、主様のおかげで蘇生することができたというのに、敵意を向けるだなんて!」
「ああ…そうね、ありがとう、けれど今は落ち着きなさい」
にもかかわらず、傍らに立つ一見無力な人間女性のアリスは、平然とポルトの肩に手をおく。
「はい…」
それを直ぐ様受け入れ、一歩、というか一這い下がるポルト。
みたままで判断すれば逆な上下関係に、朦朧とした頭がますます混乱しそうになって、ビーストマンは思わず口にする。
「な、なん、なななっ」
しかし舌は回らない。アリスは特に気にするでもなく、ビーストマンへ、ゆっくりと語りかける。
「選びなさい、ビーストマン。今すぐ、無様に、野垂れ死ぬか…私に、従い、私のために、働くか…選びなさい」
ビーストマンは必死に考える。確かに、種族の矜持からいえば、生きている限り戦うべきだ。
しかし、しかしである。
自分達は、訳もわからぬままにではあるが、全力で戦っていたはずだ。
記憶が少し曖昧だが、空に浮かび、見たことも聞いたこともない魔法を放っていた眼前の人間らしき者に、我々は敗北した。
そこら中に横たわる、討ち捨てられた同胞たちが、その強さを何より雄弁に語っている。
そんな強者が従えているらしい、恐ろしき魔物が言うことには、自分は、命を拾われた。
「…お、おおお、おれ、れは、はっ」
戦った末に敗れ、生かされたのならば。
従うのが、我々の。
少なくとも自分の一族に、おいては。
正しい選択、である。
「し、あな、した、たがしたが、あ、あ、あなた」
伴わない舌に苛つきながら顔を叩き、分かりやすいようにと、ひざまづく。
腰にくくりつけていた、おもに獲物の首を切り取るために使っていた短剣を、差し出す。
「私は、アリス」
あらためて聞けば、綺麗な声だ、そう感じた。
不思議だとも、ビーストマンは思う。
少なくとも我々は、人間の雌に惹かれることなど、ありえなかった。
「呼び方は、ひとまず、あなたの、判断に、まかせるわ」
実際、静かに短剣を受け取った、女性に、発情などしていない。
ただ、ただ。
幼き日に、勇ましき父の背中越しに、眺めた朝焼けのような。
原始的な、身体の芯をふるわせてくる、そういった何かを、彼女に認めたのである。
それを何と呼べば良いのか、彼には解らない。
だが自然と、言葉になった。
「ご主人、おれ…服従、します」
おまえもそんな感じかよ。と、胸中つぶやくアリスの口許が、ごく僅かにひくついた。
幸いにして、ポルトにはさとられず、機嫌を損ねたと勘違いされることもなく。
彼の命は、繋がった。
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