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「それでは主様、失礼いたします」
「ええ、ありがとうポルト。とても助かったわ」
アリスの言葉に幸せな笑みを見せながら、ポルトは消えた。
「さて、ビーストマン、体調はいかがかしら」
「ばっちりですぜ、ご主人!いますぐにでも戦えまさぁ!」
「そう、頼もしいわね」
微笑むアリスに、しかし彼は不安そうに訊ねる。
「ですが、その、いいんすか?ご主人にとって、おれは…その…」
「ああ、良いのよ、その点は。一度殺してスッとしたから」
きょとんとした彼。アリスは続ける。
「私ね、元々人間だったのよ。だから人間が死ぬのは、好きでないの。あなた達を殺したのは、つまり、癇癪というやつね」
「はぁ」
「不服でしょう」
「いえ、滅相もない。納得しました」
あっけらかんとした答えに、アリスは目を丸くした。
「ご主人は、強い。強者に必要なのは、ほどよい傲慢さっす。気に入らないから、戦いを挑み、倒す。弱い者を屈服させ、従わせる。あたりまえの事っすわ」
そんなもんですよ、そう言う彼の瞳に曇りは無い。
これが種族の違いか。アリスは思った。
「けど、じゃあ、のっぴきならない問題があるんすけど」
「なに?」
彼、自分の口を指差し、苦笑い。
「おれ、なにを食べたら良いので?」
「それもそうよね」
アリスは、短剣を掴んでいた手を虚空へ突っ込む。彼は初めて目にした光景に目を見開く。
「ちょっ、なんすか!?」
「気にしないで、荷物入れに手を入れているだけだから」
「えぇ…?」
アリスは短剣をしまい、かわってひとつの指輪を取り出した。
「飲食が不要になる指輪よ。ついでに、肉体的には疲労しなくなる指輪も。これらをつけなさい」
言外に人間食を禁じられ、耳や尻尾が項垂れながらも、受け取る。
「不満?」
「いえ、そんな…ところでこれ、どこに巻き付ければいいんです?」
「え?…ああ、それは使用者にあわせてサイズが変わるから、そのまま…」
「?」
「少し待ってちょうだい」
アリスは、ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーターを取り出し、お腹一杯になるまで水を飲ませてから、指輪を装備させた。
お腹に耳をあてながら。
(……ぐるぐる鳴ってたのが、ぴたりと止んだわね…不思議だわ)
アリスの不可解な行動に困惑しながら、彼はつとめてゲップを飲み込んだ。
「さて、では行きましょう。お花を摘みたくなったなら、遠慮せず言ってちょうだい」
「うっす…」
目的地や、被襲撃時などの打ち合わせを済ませてから、彼の先導で歩き出す。
日没までには、我々が襲撃した場所に着けるだろうという彼は、彼なりに気を配ったペースで進む。
「そういえば」
最初こそ、黙々とついていっていたアリスだが、数時間もして、やがて代わり映えしない景色を眺めるのに飽き、警戒を怠らない彼へ話しかける。
「名前を、聞いていなかったわ」
「や、こりゃ失礼しました…ですが、ご主人」
彼は、振り返らずに続けた。
「おれは、勝てずに殺されて、しかも今は従僕みたいなもんです。前と同じ名は、もう名乗れません」
「あら、たとえ、故郷に帰れたとしても?」
アリスは遠慮なく言い放つ。彼に対して気を遣う気は、あまりないのだ。
「帰れたとしても、でさぁ」
即答である。
「なら、呼び名を決めなくてはね。ビーストマン、リクエストはあるかしら?」
「いえ、好きなように呼んでください」
「たとえ汚く貶められた名前でも?」
苦笑しながら、ビーストマン。
「ええ、たとえ汚く貶められた呼び名でも、かまいませんぜ。逆らえやしませんからね」
「随分と潔いのね」
ふふふ、アリスの笑い声が耳を擽った。なぜだかむず痒くなる心に、彼は頬を掻く。
「ではこうしましょう、ビー」
言いかけて、背後の地面が、噴き上がる。
自然、アリスと彼の足が止まった。
勢いよく地面から頭を出した、巨大なミミズのようなモンスター。
ヤバイ、彼は直感する。あれは我々をも容易く餌とする、恐ろしいモンスターであると、彼は記憶していた。
「ごしゅ」
主は、魔法を使う、それは凄まじい威力だ。
しかし、あまりに近い距離からの奇襲では、魔法の発動が間に合わないだろうというのが、ビーストマンの共通認識である。
主と定めたからには、この人間を、失いたくない。
それは部族の矜持であり、敗れた身としてアリスを尊いものと感じている彼の、意地である。
慌ててアリスの背後へ、半ば捨て身の突撃を敢行すべく、脚へ力を込めた瞬間。
「じん」
どこから現れたのか、何時から居たのか、全くわからなかった一体の、水色の髪に青と白の衣装が印象的な人形が、モンスターへと綺麗に透き通った短めの槍を突き立て。
モンスターは、1秒にもみたない微かな時間で、その全身を凍てつかせ。
「ビーストマン、あなたは」
追撃の、なぎ払うようなひと振りで、粉微塵に砕かれた。
キラキラと輝く汚い氷の破片。対抗するように、青く輝く光の粒となり、消え行く人形。彼は驚きのあまり、たたらを踏んだ。
「今より、タモン」
「……タモン」
「そうよタモン。あらためて、よろしくね」
「は…はい!」
背後を一瞥し、何事もなかったかのように歩みを再開するアリス。あらためて、彼は礼をした。
「ところで、タモン」
「はい!なんすか?」
「まだ、お花を摘みに…いえ、その…用を足したくは、ならないのかしら?」
「あっ、はい」
やがて、順調に歩き続けたアリスは、タモンのいったとおり明るいうちに、竜王国の都市に無事、辿り着くことができた。
さんさんと輝く太陽のもと、不整地を歩き続けたというのに、喉も渇かず、疲れもしない。
魔法ってすごい。
アリスとタモンは、改めてそう思った。
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