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アリスが持つ記憶の中に、世界規模の大戦争を生き抜いた人のインタビュー映像がある。
暖かな地域での死臭について、いわく『敵も味方も臭いは同じ』『100ヤード離れていてもすぐにわかる』『あの臭いは忘れられない』
その言葉を実感すると、今日までは思ってもみなかったアリスは、森の中で口許を押さえ込み、言い表せない感情に渦巻かれていた。
「う…」
それでも決して踞ることなく、ゆっくりと歩み続けるアリスへと、タモンは優しく声をかける。
「おれたち、同じ種族と戦うことは、よくあるんす」
「たまに居るんですよ、なかなか馴れない奴。ご主人、あまり同じ種族と戦ったこと、ないんでしょう」
「大丈夫ですよ、そのうち馴れます。死体も、倒した相手の事も、餌にした連中の声もね」
年季が違うのだ。
アリスは実感した。
所詮自分など、かけだしだ、この世界では。
アーコロジーにおいてのアリス…彼は、被支配者であり、虐げられることはあれ、自らが武力を行使する機会は滅多になかった。
昔ながらの、血生臭い戦争の経験もない。
「…ありがとう。幻滅した?」
「まさか」
鼻で笑う彼を、いままでどれほど食べたのかもしれない彼を、現金なことに頼もしいと、アリスは感じた。
「それも、ご主人ですよ」
ふと、アリスが彼だった頃、アーコロジーで目にした軍人を思い出す。
兵器の性能が、信じがたいほどに優秀な時代、軍人は頭の良さが求められた。
自然、エリート層が多くなる。それも、支配者層に都合の良い教育を受けた世代だ。
軍人達は、前世の記憶にある軍人達とは、比べ物にならないほど傲慢に、見下していた。
「…タモン」
人を食らい、闘争を好む、獰猛な虎のようなタモンの方がよほど優しい目を向けてくる。
アリスは、改めて、自分の暮らしていた世界のク〇ッぷりを実感してしまった。
「これからについて、だけれど」
「はい」
「これを着て、これを首にかけなさい」
それは、性能はともかく見た目はとっても神聖な印象を受ける、金属と革の胴鎧、籠手、そして小さな羽をかたどった木彫りの首飾り。
「こいつぁ…いいんですかい?おれなんかに、こんな凄いのを…」
「安心しなさい、わたしの故郷では、壊れたり捨てたりしても、惜しくないような程度の物よ」
タモンは道中に少しだけ聞いた、ユグドラシルなる主の故郷の異常さを、少しばかり実感することになった。
「けれど、それで、あなたの印象も少しはマシになるでしょうから」
「そいつは、ありがたく。そんで、この首飾りは何です?」
「空を飛べるようになるだけ、それも大したものではないわ」
「えぇ…」
タモンは、主とユグドラシルの異常さについて、考えるのをやめた。
おなじ頃、目的地である竜王国の都市では、法国の特殊部隊を率いるニグンが、森と、都市をかこう厚く高い防壁のあいだの荒野に集まり、攻撃に参加する全部族がそろうまで待機しているらしいビーストマンの集団を、睨んでいた。
防壁の上からは、ギラギラと眼を光らせたビーストマン達が舌なめずりをする様までも、よく見えた。
頬の傷痕を撫でながら、部下達と共に並んで立つ、竜王国の弓兵を見やる。
覚悟を決めた表情だ、彼らの多くは、この都市の出身とはいえ、二十歳にも満たないというのに。
ニグンは、かつて亜人種の村をめぐり相対した、名声高き冒険者チームを、胸中で罵る。
この現状を見よ、と。
背後には、防壁に囲われた街区中央には、戦力不足故に護衛しきれないため未だ脱出できていない、幼子や女性などが身を寄せあっている。
防壁を突破され、建物や障害物を利用した抵抗をも破られてしまえば、待っているのはビーストマンの尻の穴からひり出される運命だ。
「隊長…我々だけならば」
傍らの部下が、震えた声で。
「馬鹿者。心持ちは皆、同じだ」
ニグン率いる、陽光聖典がこの地にいるのは、ある予言に基づく。
本来ならば今回の派遣では、ビーストマンと正面からぶつかる必要など全く無い。
しかし、王国領内で実行する作戦の準備をしていた陽光聖典が、予定を変更して竜王国へ来てみれば、運悪く例年以上に苛烈な襲撃にさらされた。
まるで作物を収穫するかのように、包囲してからの襲撃であった。
確かに、陽光聖典だけならば、目の前で繰り広げられる殺戮劇から逃れることは可能である。
どれだけ生き残れるのかは別として。
しかし、法国の部隊として、今後に及ぼす政治面での悪影響を考えれば、何もせず撤退するわけにはいかない。
神々の名のもとに強引な外交を行っている法国の、それも精鋭たる特殊部隊が。同じく人類種の未来を憂いている国の、夥しい数の健気な民を、涙を堪える若き兵を、見棄てるなど。
勿論、脱出はする。陽光聖典はあくまで法国の軍。異国の地でやみくもに損害を出し、あまつさえ壊滅するなど、あってはならない。
優秀な兵が、畑でとれる訳はなく、ましてやニグンの預かる貴重なアイテムは、絶対に奪われてはならないのだから。
(くそっ、明らかにこちらの数が足りていない…)
必要とあらば、ニグン達は幾らでも残虐非道になれる。
事実、予定されていた作戦では、王国の村をいくつも襲うことになっていた。
過去に行ってきた作戦同様に、罪悪感を薄め徹底して冷酷になれる薬も支給されれば、彼らは例え同胞であろうとも笑いながら殺すことができる。
しかし、そもそも彼らには、人類種の守護という信念を、大なり小なり持っている。
でなければ、一般兵より遥かに厳しい選抜試験と特殊訓練をこなせない。
「陽光聖典、各員!敵は我が方を侮り、舐めきっている、遊び半分に考えている!故に好機!好機である!」
ビーストマン集団が、揃って地を踏み、攻撃へのカウントダウンを轟かせる。
闘争こそ我らが本能、そう言わんばかりに大地を揺らす。
「あの穢らわしき獣どもに、偉大なる神々の祝福を受けた、我らが法国の力を見せつけてやるのだっ!!」
ニグンが懐の、魔封じの水晶に手を添え。
ビーストマン達が、突撃の雄叫びをあげようとした、その瞬間。
(……うん?)
どこからともなく、皆の耳に音が届いた。
『リヒャルト・ワーグナー』の『ヴァルキューレの騎行』である。
目の前で、誰かが奏でているのかと思うくらい、はっきりと。
「なんだ、これは」
その曲名も、作家の名も、この世界の住人は知る由もない。
「お、おい、みろ!」
誰かが空を指差した。
誰もが言葉を失った。
勇猛な音楽と共に、優雅な羽ばたきでもって降下してきた、黄金色のドラゴンが3体。
その名は「テクノドラゴン」
古代文明驚異の技術力により生み出された、サイボーグである、といったような設定だ。
3体のテクノドラゴンが、ビーストマンと防壁の間へ滞空し、アリスも防壁を背後に降下、滞空。
傍らにはタモン。そしてさらに、3体の人形を引き連れている。
1体は、金髪と黒の多い洋服が印象的で、赤い月の飾りがついた帽子を被っている。
1体は、ウェーブがかった淡い水色の髪と、淡い桃色の洋服で、青い太陽の飾りがついた帽子を被っている。
1体は、亜麻色の髪に、黒縁入りの赤い洋服で、帽子には流れ星のかざりがついている。
それぞれの周囲には、様々な楽器が、ぐるぐるとただよっている。
この3体が演奏しているのだと、皆が思い、実際そうである。
奏でる曲によって、各種の効果を付与する人形たちなのだ。
(不思議な音色だ…魔法をかけてもらったように、力がわいてくる…)
陽光聖典や、竜王国のマジックキャスターなどは、この音楽がなにかしらの魔法であると気付いたが、詳細はわからない。
ただ、自分達を支援してくれるらしい、というのは、何となくわかった。
(別に、アリスの曲でも良いのだけれど……空中からの攻撃といえば、やっぱりコレよね)
3体が演奏できる曲は、たくさんある。
が、なかでも『上海アリス幻樂団』とカテゴライズされた曲は、与える効果がどれも物騒な物ばかり。
フレンドリーファイアが有効な、この世界においては、あまり気楽には使えないのである。
「さて、と。私の可愛い子供たち」
一見ご機嫌な様子で、アリスは右手をおおきくふりあげ。
「蹂躙せよ!」
命令と共に降り下ろす。
逃げ出したくなる衝動を、音楽と空元気でのみこんで。
直後に響く、咆哮。
そして絶叫。
凄まじい速さで、地表スレスレを飛行するテクノドラゴンらの巨体が、集まっていたビーストマン達を塵屑のように撥ね飛ばし、ひき殺す。
「隊長、これはいったい!?」
「おれが知るとおもうか!だが、今のところ、対象はビーストマンどもらしい。絶対に、絶対に!こちらから手をだすんじゃあないぞっ!!」
空からあらわれた強大なドラゴンが、一瞬間で数十の同胞を蹴散らすなど、夢にも思わなかったビーストマン達。
混乱している今が好機と、アリスは必死に頭を働かせる。
傍目からはわからないが実は、テクノドラゴンはアリスが大まかに操作しているのだ。
アリスの視界にのみ映る、各種情報やカーソルなどをあやつり、攻撃方法や動作パターン、移動ルートの設定などなど……。
(きっついわー。3体同時は流石にきっついわー)
音楽担当の3体は、いまのところ自動で動いているから問題ないが、テクノドラゴンはそうではない。
しかも、テクノドラゴンの稼働時間は、選択した攻撃方法や被ダメージなどにより変わるのだ。
必死に頭と手を動かすアリスだが、その所作はあまりに優雅であり兵は皆がみとれていた、などと後の歴史書に記されることになる。
「クソッ、クソッ、チクショウ!」
そんなアリスの様子を気にする余裕など、ビーストマン達には無い。
テクノドラゴンがその、恐ろしく硬い身体を高速でぶつける、ただそれだけでビーストマンは死ぬ。
だが密集していたとはいえ、本来ならば、回避も不可能ではないし、ましてや主な敵は3体。
なるべく逃がさぬよう、集団の外側から内側へと、徐々に円を狭めるようにして飛んでいるが、ビーストマンの数も多いため、大半は取り逃してしまうはずなのだ。
だというのにビーストマンたちは、誰もが逃げようとせず、わざわざ立ち向かい、挽き肉になっていく。
原因は、3体の人形の演奏にあった。
ビーストマンたちは、勇敢である。
無謀と履き違えない知能もある。
それを狂わせているのだ。
勇気を与え『首を狙えば』『胸の宝石を砕けば』などといった、根拠のない弱点を、考え付かせる。
自尊心を煽り、逃げることは死ぬより辛い生き恥であると思い込ませ、誇りのために玉砕する道しか考えられなくする。
代わりにせめて一撃いれてやらねばと、親しくもない同胞への義を奮い起こさせる。
それでも、冷静に状況を把握して、逃げようとするビーストマンは。
「イヤダ、イヤダ、イヤダァーッ!」
思考とは裏腹に、脚が、身体が、皆と同じ方へと走り出してしまうのだ。
(やだ……おれのご主人、えげつない)
泣き叫びながらも、自らテクノドラゴンの逞しい腕に飛び込み、弾けるビーストマンを見て、タモンは恐怖した。
が、同時に素晴らしい、とも思う。
(けど…圧倒的だ)
地をも溶かすのではないかと思える、烈火を放射しだしたテクノドラゴンだけでも信じがたいのに、まだまだ手駒が居ると言うのだから、味方であるならばこれほど頼もしい存在は、そういないと。タモンは、アリスに従うと決めた自分を称賛した。
(……あーあ、死んだ奴等、みんなメチャクチャじゃねえか)
ビーストマン達の惨状に、竜王国の兵も、タモンとおなじく若干の哀れみを感じはじめた。
しかしニグンや、陽光聖典は、それ以上に絶望的な想像を膨らませてしまう。
(もうひとつの予言にあった…あれらが、もしも破滅の竜王だとしたら…)
もし、法国が黄金のドラゴン3体に牙を向けられたら。
もし、ドラゴンを従えているらしい女に、悪意があるなら。
勝てるのだろうか、と。
「そろそろ、ね」
それぞれの思惑など知らないアリスは、テクノドラゴンに最後の攻撃を行うように、命じた。
「何をする気だ?」
誰かが呟く。
3体は、アリスの前へ集まると、トライアングル状にならび、同時に大きく口を開き、咥内で光が発せられ。
「なんだ、何の光だ!」
眩い光は、溜め込まれるように輝きをましてゆき。
「薙ぎ払えっ!!」
アリスの号令で、放たれた。
真っ白に染まる視界。
襲い来る衝撃波。
きのこ雲が舞い上がり、立ち上る黒煙が晴れた後、人間達が見たのは、ひたすらに焼けただれた痛ましい大地であった。
敵は消えたが、歓声は無い。
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