骸骨と天使   作:怪盗K

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駄文ですが、よろしくお願いします。


第一話

「あ、モモンガさん。この後って時間あります? ちょっと装備の新調に必要なアイテムがアンジャドゥリリ山脈でドロするんで掘りに行きたいんですけど、手伝ってもらえませんか?」

「あ、全然大丈夫ですよ。あそこは確か、氷系モンスターの場所でしたっけ」

「そうですねー、ちょっとバフってもらわないとソロ掘りはきついんで」

 

 薄暗い森の中を二つの人影が歩いていた。時折、顔のアイコンをピコンと出しながら、彼らは楽しげな声音で連れ立って歩いていた。

 

 一人は歩く骸骨。その手にはしわがれた人の手を重ねて作られたような杖が握られており、身に纏う紫紺ローブも相まって悪の死霊術師と言った様相を呈していた。事実、現在の彼は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)という種族であり、そのビルド構成も死霊系の魔法を中心とした凶悪なものとなっている。

 

「っと、ストップです。人間種プレイヤーの反応ありですね」

 

 もう片方の人影がモモンガを手で制す。

 彼は大きな三対六翼の翼を携えた主天使(ドミニオンズ)であった。しかし、その服装は黒で統一された軍服であり、その右腕には鉤十字の腕章が付けられていた。長い金糸のような髪をうなじの辺りで結び尻尾のようにしてある彼の顔は神の造形と呼べるほどに整えられており、前時代的な格好であったとしても彼がすることで様となっていた。

 信仰系の魔法を中心に習得し魔法戦士としてビルドしていた彼は、種族特徴としてその広い探知範囲で他のプレイヤーの反応を拾い上げる。

 しかし、それは相手方も同様であり、その反応が自分たちの方へ向かっているのを天使は自覚していた。

 

「最近このあたりのエリアで異形種狩りがあるって聞きますけど。どうです?」

 

 言外に彼らがその異形種狩りであるかを問う骸骨に、天使は呆れる顔のアイコンを出して答える。

 

「あー、確実にこっちに来ますね」

 

 二人は今現在のゲームにおける風潮を知っていながら、そして実際に何度か襲われていながらもその声に緊張感はさほどもなかった。

 それはほとんどを二人で返り討ちにしたからであり、それに裏付けされた自信であった。一人では狩られるだけだっただろう。一人ではこの理不尽へと対抗できなかっただろう。

 だが、今ここに信仰系の魔法で回復しながら敵の攻撃を受け持ち、その天使としての力を振るう前衛と、アンデットを生み出しダメージを分散させながらも自身も多様で凶悪な魔法を操る後衛が轡を並べているのだ。

 

「それじゃあ、モモンガさん、いつも通りで行きましょうか」

「はい、前はお任せしますよ、ラストさん」

 

 彼らは何の気負いをすることもなく、迫りくる獲物を見据えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下墳墓、悪名高い異形種ギルドであるアインズ・ウール・ゴウンの本拠点であったその場所は今まさに一つの世界の終焉を迎えようとしていた。

 それはユグドラシルというゲームのサービス終了であり、今まで彼らが築き上げたすべての終わりであった。

 かつての栄光は去り、最後に残された墓守たちはただただ、その最後の時を迎えるだけとなっていた。

 

「やっぱり最後はモモンガさんと一緒にかー。どうせなら骸骨じゃなくて可愛い女の子がよかったな」

「ちょ、ひどくないですか!? 最後なんですし、もうちょっと湿っぽくなったりしましょうよ」

「ははは、そうは言われてもですねぇ」

 

 四十一作られた広い円卓の席で、今現在席に座っているのはたったの二人。それは死の支配者(オーバーロード)となり、その姿もかつてとは比べるもなく魔王へと変わった骸骨と、変わらず旧時代の軍服を纏った天使であった。

 ただ、天使も最上位種族である熾天使(セラスフィア)の背中から伸びる翼はより大きく、さらに六対十二翼になり、その輝かんばかりの神々しさは魔王然としているモモンガに勝らぬも劣らないものとなっていた。

 

「ほら、最後は玉座にでも行きましょうよ。何なら邪悪な魔王と聖なる天使ロールでもします?」

「うっ、あれは黒歴史なんだから、二人でロールプレイしてるところをタブラさんたちに見られて大笑いされちゃったじゃないですか」

「そんなこともあったなー。あ、それ、持っていきましょうよ」

 

 天使はその白い手袋で包まれた指先で円卓の奥、壁にかけられた一本のスタッフ。

 ヘルメス神の杖(ケーリュケイオン)をモチーフにして作られたギルド武器は、まさしくギルドの象徴であり、このアインズ・ウール・ゴウンの心臓であると言って過言でもない。

 モモンガはそれを持ち出すことをためらう、これは自分だけの物じゃなく、ギルド全員のモノであるからと。自分だけの我儘で持ち出してしまっていいものではないと。

 

「……いいんですかね。皆の大事な武器持ち出しちゃって」

「いいんですよ。最後ですし、何より、モモンガさんはそれだけの資格があるんですから。今まで、最後の最後まで、ずっとナザリックと一緒だったんですから」

 

 そんなモモンガに、ラストは諭すように言いながら笑顔の顔アイコンを出す。その心には誰よりも現実(リアル)から逃げてきた自分たち、この幻想の中でしか夢を見ることすらできなかった目の前の彼に、後悔の無い最後を迎えてほしかったからだ。

 

「……」

 

 そんなラストの言葉に、モモンガは壁にかけられた杖を手に取る。

 

「うわ、演出凝りすぎ」

「ヘロヘロさんたちAIガチ勢の本気だなぁ」

 

 モモンガが手に取った瞬間、赤黒いオーラが湧き出て、それは人の顔を形取っては消え、その度に苦悶の声をあげるような演出まで出てくる。

 

「……」

 

 モモンガはそれを見ながら、過去に思いをはせるようにじっと杖を見つめている。

 ラストはそれに気づき、表情は変わらず、そっと心の中だけで苦笑を浮かべる。誰よりもこのギルドを愛し、誰よりもこのギルドに執着していたことを知っていたからだ。そして、それはまた自分もであり、このギルドで得たものは今までの人生でかけがえのないものであった。

 

「行こうか、我が友よ」

 

 ギルマスとしてのロールを始めた友だちに、ラストも恭しく答える。

 

「ああ、是非もないよ。我が友よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、終わるんだな」

 

 玉座の間にて、骸骨の魔王は過去を懐かしむように、そしてその終わりを惜しむように言葉を漏らす。玉座の隣には黒い翼を持つ純白のドレスを纏った美しい女性。そして眼下には最後だからとこの玉座の間へと招いた執事であるセバス・チャン、その部下であるプレアデスたち。

 誰もが首を垂れ、玉座に座る死の王とその傍らの熾天使に忠節を示していた。

 

「ああ、終わるんだ」

 

 その小さなつぶやきに、ラストも返すように小さく頷く。

 

「楽しかったんだ。そう、楽しかったんだよ」

「私もですよ。モモンガさんのお陰で、ユグドラシルはただのゲームじゃなかったですもん」

「ははは、お互い、会うまでは結構PKされたりしてましたしね」

「ほんとほんと、なんやかんやでたっちさんに誘われて、弐式炎雷さんがナザリック見つけて……」

 

 数々の冒険をした。それら全てが仮想現実であり、現実(リアル)でなかったとしても、そこに確かに想いはあったのだ。かけがえのない思い出がこのナザリックを創り上げたのだ。

 八ギルドによる1500人の討伐隊を退けた時は、アインズ・ウール・ゴウンの誰もが喝采し、自らがなした偉業とも呼べる、ユグドラシルの歴史に自分たちの名を刻んだことを誇りに思ったのだ。

 

「ほんと、色々ありましたよね」

 

 言葉を萎めながら、モモンガがそう締めくくる。ふと、手持ち無沙汰になったのか、手に持つスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い傍らのNPCの設定を開く。すると、一瞬にして現れたのは長文の列、列、列。

 読む気が失せてしまうほどの長い設定に、モモンガも、隣からのぞき込んでいたラストも声を漏らす。

 

「うわ、設定長っ!」

「タブラさん、設定魔だったからなぁ。アルベドでしたっけ、確か。どれどれ、『ちなみにビッチである』って。えぇ……」

「……ギャップ、萌え……?」

 

 見つけてしまった最後の一文に二人は揃って困惑の表情を浮かべる。二人とも『ギャップ萌え』について熱く語っていたタブラ・スマラグディナを思い出す。人一倍設定にも凝っていた彼なら、この驚きの設定にも二人は納得していた。

 ただ、それを理解できるかは別であった。二人からすれば、美しい女性であるアルベドがビッチという設定を持っていることに憐憫とも悲哀とも思う複雑な思いを抱いた。二人ともがその股座に存在する武器を未だにその使用意図通りに使ったことがないことも、女性への一種の幻想染みた妄想へ拍車をかけていた。

 

「流石に可哀想じゃないですか……? ビッチって」

「うーん、タブラさんにはちょっと申し訳ないですけど。なら、こうしてみます?」

 

 モモンガがコンソールを操作し、『ちなみにビッチである』の一文を消す。そして、そこに同じ文字数だけ文字を打ち込む。

 

『ビッチだが一途である』

 

「なんか矛盾してません?」

 

 ビッチと一途という相反する属性にラストが首をかしげる。モモンガも少し腑に落ちないと思いながらも、ある人物を挙げながら弁明する。

 モモンガにとっても、ラストにとっても様々な意味で色々な影響を与えたある鳥人(バードマン)のことであった。

 

「いや、なんか昔、ペロロンチーノさんが処女ビッチって話してた気がするんですよ。ビッチだけど、一途で清純派って」

「うーん、ありなの、かなぁ?」

 

 鳥頭の友人の顔を思い出し、彼ならそんな素っ頓狂なことを知っててもおかしくはないと納得する。

 そして、アルベドの設定を上書きし、最後の最後、二人の出会いから始まり、仲間たちと出会い、ここまで歩いてきた。

 そう、楽しかった。満たされていた。願うなら、永遠に続いてほしかったのだ。

 お互いに親友と呼べると思っている二人は、名残惜しくも、最期の時を二人で迎えられたことに感謝した。

 

 (我儘を言うなら、皆ともこの最期を共有したかったな)

 

 モモンガは心の中だけで、そう呟いてため息を漏らす。この時ばかりは、動くことのない骸骨の表情に感謝した。どうせきっと、目の前の親友も同じようなことを思ってるのかなと思いながら、その時計を見つめた。

 

 23:59:35、23:59:37………。

 

「っと、もうほんとのほんとに最後ですね」

 

 23:59:46、23:59:49……。

 

「えぇ、ラストさん。あなたと、そしてアインズ・ウール・ゴウンの皆んなとユグドラシルをプレイできて、本当に良かった」

「私もですよ」

 

 死の支配者はその杖を大きく掲げ、熾天使である明けの明星はその翼を神々しく広げて天を仰ぎ羽根と輝きを撒き散らす。

 高らかに、我らはここに居たとどこまでも響き渡れと。

 

 23:59:55、23:59:57……。

 

「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」

 

 0:00:00。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 0:0:1、0:0:2……。

 

「……ん?」

「……あれ?」

 

 刻は終わりを過ぎ去り、玉座の間に未だ二人は残されていた。二人の意識はサーバーダウンとともにブラックアウトするはずであった。

 しかし、今なお二人の意識はしっかりとし、お互いの顔を見合わせる。その表情には骸骨は分かりにくいが戸惑いが、熾天使には分かりやすく動揺があった。

 

「サーバーダウンの延期?」

「ですかね? 運営からお知らせは……あれ、コンソールが開かない。GMコール。……あれ?」

 

 彼らは思いつく可能性を挙げながら、運営との接触などを試みてみる。しかし、その手段を行うコンソールは開かず、またGMコールといった手段も同様に取ることが出来なくなっていた。

 

「……どういうことだ?」

 

 はじめは戸惑いが大きかった。モモンガは疑問を自分の中に溶かし込むように、小さくつぶやく。しかし、次第に焦りが大きくなる。

 ログアウトができないという明らかな異常事態への焦りから、続く言葉は怒気と動揺が滲み大きくなってしまう。

 

「……どういうことだ!」

 

 ちらとモモンガのいやに冷静な部分が傍らのラストへと意識を向ける。しかし、彼も同じようにGMコールなど、そして他の手段を焦った表情で試みているようだった。

 そんな彼に声をかけようと声を発そうとし、一つの異変に気づく。

 

(表情……?)

 

 そう、彼の表情が変わっているのだ。

 仮想現実では常に玲瓏な微笑みで固定されていたはずだったラストであったが、今は焦る表情でコンソールを動かし、翼をせわしなく羽ばたかせ羽根を周囲へ零してしまっている。

 まるで、本当の天使がそこであたふたしているようだ。

 モモンガはそう思った。そして、これまた冷静な思考が一つの仮説を出そうとした時、女性の声が二人にかけられた。

 

「どうかなさいましたでしょうか? モモンガ様、ラスト様」

 

 それは先ほど二人の側にいた、命令無しで動くはずのないNPC。

 その声の主はアルベドであった。その表情もラスト同様変化し、恭しく礼を取りながらこちらへと笑みを投げている。

 

 今度こそ、モモンガも混乱の極地へと放り込まれるのであった。

 

「……GMコールが効かないようだ」

 

 絞り出すように、モモンガがアルベドに答える。さきほど混乱の極みに落とし込まれた思考の波は抑えつけられるように鎮められ、冷静ながらも困惑しているという奇妙な状態へと陥っていた。

 

「……申し訳ございません。無知な私では、GMコールというものに関してお答えすることができません……どうかお許しを。そして、叶うのならばこのような無能な私に失態を挽回する機会をお与えくださいませ」

 

 モモンガは会話が成立していることを確信した。まるで生きているようなアルベドの様子に混乱し、そして再度抑制されるように動揺が鎮められる。

 そして、ラストも今のやり取りに気づいたのか。口をぽかんと開けながらモモンガたちを見ていた。そして、自身の翼を撫で、さらに周囲に散らばった羽根を拾い上げる。

 

 何をすべきであるか。どのような行動がこの時に最適であるか。モモンガとラストは同じく思考を巡らせる。

 モモンガが目に付けたのはアルベドとは別に、玉座の下で首を垂れている執事と六人のメイドたち。彼らもアルベドと同様に動き出しているのか、もし動くのならば自分たちへの反応はどんなものか。

 ラストが思いついたのはこのナザリック墳墓の外、この墳墓の外には毒の沼、そしてモンスターたちが跋扈していた。

 そこはどうなっているか、この異常はこのナザリックだけなのか。

 

「セバス! そしてメイドたちよ!」

『はっ!』

 

 モモンガの声に、執事であるセバス・チャンとプレアデスたちは声を合わせ答え、頭を上げる。

 

「玉座の元へ」

『畏まりました』

 

 躊躇うことなく、彼らは命令に従う。モモンガの命令はAIに組み込まれてはいないものであった。モモンガは彼らが自分の言葉を理解し、その命令に従うことを確信した。

 

「──セバス」

 

 今必要なのは情報だ。モモンガはそう判断し、命令を下す。その様子を見て、ラストも焦りを必死に抑え込んでモモンガに合わせようとする。

 

「ナザリック周辺の地形を確認せよ。そして、知的生命体及び脅威となりうる存在があった場合、敵対行為ではなく交渉を優先しろ。相手の提示する条件はほとんど受け入れてもかまわん」

「も、モモンガ、私も同行していいかな? あー、えと、魔法での探査とかもしたほうがいいだろう? スクロールは私が持ってるからさ」

 

 純粋な魔法職では無い分、モモンガの方が魔法での調査という点では適任である。さらに、より正確な情報を第五階層に居るNPC、ニグレドで行うこともできた。

 ラストはそれを思いつくほどに、事態に慣れていないというのもあった。

 

「そうだな。ラスト、任せる。だが、何があるか分からないので、気を付けてくれ」

「ああ。もちろんさ」

 

 死の支配者とその友の明けの明星ロールプレイは何度もしてきた二人だ。それのせいでギルドの仲間に冷やかされたり、より恥ずかしい黒歴史を作ったりしたが、それのお陰で今こうしてNPCたちの目の前でロールができた。

 

「セバス。あーと、えっと、ナーベラルに補助のために一緒に来てもらって構わないかい?」

「もちろんでございます」

「勅命いただき、ありがとうございます! ラスト様!」

 

 セバスとナーベラルが承服したことを確認したモモンガは、ラストに小声で耳打ちをする。

 

(セバスと外に行って様子を見てきながら、他にもスクロール魔法とかが使えるか確認お願いします。感覚的には使えるってのは感じられるんですけどね)

(分かりました。それにしても、いったい何が……)

(それの確認も、後々しないとですね)

(はい、それじゃあ後で)

 

 ラストは、セバスとナーベラルが目の前で傅いているのに少しむずがゆさを感じながらも命令を出す。

 

「それじゃあ、行こうか。セバス、ナーベラル」

『はっ!』

 

 ラストがセバスとナーベラルを伴って、玉座の間を退室していく。扉の向こう側へと手を軽く振って向かうラストへ頷きを返す。

 

「プレアデス。お前たちは九階層の守護を。アルベドは各階層守護者を六階層のアンフィテアトルムに集めろ。時間は今から一時間後。アウラとマーレには私から知らせるので必要はない」

「承知いたしました。モモンガ様」

 

 アルベドも恭しく礼をし、玉座の間から退室をしていく。

 その後ろ姿を見ながら、モモンガはしばしの間呆けてしまっていた。ようやく人の目が無くなり、一息付けたということもあった。

 そして、その空虚になった頭蓋の口から、一つの仮説が零れ落ちた。

 

「仮想現実が……現実になった……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に広がる光景に、ラストは言葉を失った。ここがユグドラシルであれば、目の前に広がるのは毒の沼であるべきだったはずだからだ。そして、それ以上に驚愕すべきことがラストの思考を混乱させていた。

 

「これは……」

 

 後ろに控え、周囲へと目を配るセバスと、情報収集系の魔法への対抗魔法に対してのスクロールを使用しているナーベラルのことも、事態を知らせるべきモモンガのことも、忘失してしまうほどの衝撃にラストは襲われていた。

 

 満天に広がる星空、見渡す限りの緑の草原。息を吸えば肺に流れ込んでくる新鮮な空気。

 そのどれもが、ラストにとって知識でしか知らなかったことだった。ギルメンの一人が熱く語っていた雄大な自然が目の前に広がっていたのだ。

 そして、それとともに確信する。ここが仮想現実ではなく、現実であると。自分が感じる見渡す限りの現実(リアル)を五感総てで感じ取っていた。

 

「ラスト様、準備が済みました。これより<広範囲・敵感知(マス・エネミーセンス)>を使用したいと思います」

「あ……すまない。任せきってしまったか。ちょっと待ってくれ、特殊技術(スキル)で範囲と効果を広げるから」

 

 メイド姿のナーベラルの肩にそっと手を乗せる。その瞬間に本能に近いものに従い、特殊技術(スキル)を使用する。

 

熾天使の加護・魔法拡大範囲(セラスフィアブレス・マジックダブルエリア)

熾天使の加護・魔法拡大確実化(セラスフィアブレス・マジックレリアブル)

 

 これは接触によって対象に使用することのできる特殊技術(スキル)であり、対象の使用する魔法の効果を拡大する能力である。接触によってしか使用できないうえに、一度の魔法に限るという欠点はあったが、奇襲などを範囲魔法でする場合やこういった場合には重宝する特殊技術(スキル)であった。

 そして、もう一つ発動させたたのは確実に相手に魔法を届かせる特殊技術(スキル)であり、もし敵が耐性などを持っていた場合、それを貫通して届かせるというものである。この加護を受けた魔法は無効化系のスキルすらも一度は無視して貫通するという凶悪なものであった。

 

「これがラスト様のご加護……。では、魔法を使用します」

 

 ナーベラルがわずかに頬を紅潮させ、そして数瞬後に切り替えるようにスクロールで魔法を発動する。

 魔法の波動と思われる不可視のナニカが周囲へと広がっていく。ナーベラルは自身に流れ込んでくる情報と、自身の本来の能力を大きく超えて発動した魔法に驚愕する。これが至高の四十一人の力だと、そしてその力が自らの中に流れ込んでいると思うと、自然と体が忠誠心で熱くなるのをナーベラルは感じていた。

 

「いかがですか? ナーベラル」

「はっ、この周辺には知的生命体及び人種族はおりません。小動物の類は居ますが、どれも一般的な動物でありモンスターなどではないようです」

 

 その報告を聞いたラストは、満足げに頷く。

 

「ありがとう、ナーベラル。流石だな。セバスもよく護衛をしてくれた。私はモモンガの元へ報告へ行ってくる」

「……っ。お役に立てて光栄です! 至高の御方のために働けることこそ我が身の喜びです……」

「はっ! 畏まりました。では、この後はどういたしましょう。ラスト様」

 

 ナーベラルは今にも泣きだしそうなほどに喜び、セバスも表情は変わらぬが少し雰囲気が柔らかくなっている。ラストは再び伝言(メッセージ)の魔法を使って、モモンガへとひとまずの結果を報告する。

 

『モモンガさん、そっちはどうでした? こっちは周りは草原になってて、周りにも敵とかモンスターは居なさそうです』

『こっちもゴーレムとかアイテムもきちんと使えるみたいです。この後、階層守護者にアンフィテアトルまで来てもらうように言ったので、ラストさんにも来てもらっていいですか?』

『了解です、いつ頃向かえばいいです?』

『そうですね。あと20分後ってところで、お願いします』

 

 

 

 

 

 時刻は僅かに遡り、アルベドが退室した後の玉座の間から指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使ってモモンガは自身の私室へと戻っていた。

 

指輪(コレ)も使えるか。本当に現実になったって言うなら。色々検証しないとなぁ。それにラストさんが戻ってきたら色々話し合わないと」

 

 この世界には何があるか分からない以上、ラストも一緒に外へ向かわせたのは軽率だったかもしれないとモモンガは少し反省していた。だが、今現状で最も信頼できるのもラストであり、彼なら自身の望む情報を得てくるだろうとも思っていた。

 

「それなら、俺も俺でできることをするか」

 

 モモンガはそう言いながら、ナザリック内の設備、ゴーレムなどを確認していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セバスたちはもう九階層に戻ってて構わないよ。私は、ここでもう少し星を見ていようと思う」

 

 モモンガが言っていた時間まではもう少しだけ余裕があったラストは、生まれて初めて見る夜空に心が奪われていた。

 かつて、自然に関する薀蓄を語っていたギルメンと、それに付き合いながらも曖昧な相槌しか打てなかった自分を思い出す。

 

(ブループラネットさんが言ってたこと、今なら本当の意味で分かった気がするなぁ……もっと、ちゃんと聞いてあげようとすればよかったな)

 

「お言葉ですが、御身に何かあったら私共、この身を幾ら引き裂いても足りませぬ。どうか、ナーベラルだけでも御身の御側に置いていただけはいけないでしょうか」

「そうか。それじゃあ、一緒に星でも見てるか? ナーベラル」

 

 セバスは目の前の主がこの星空に耽りたいということを察していた。ならば、その願いを叶えるのが執事たる自身の務め。しかし、至高の造物主の一人であるラストを一人にするわけにもいかない。彼の身の安全は自分たちで確保しなくてはいけない。

 そこで白羽の矢が立ったのはナーベラルであった。信頼できる彼女を傍に置き、自身は少し距離を置き周囲を警戒する。瀟洒な執事であるセバスは瞬き一つもしない内にその思考を導き出していた。

 

 驚いたのはナーベラルであった。至高の御方であるラストから勅命の使命をされ、今は共に夜空を眺めようと誘われている。嫌だという思考は微塵もない、ただただ、総身に畏れ多いという震えが駆け抜けていたのだ。

 

 そして、それとともに、ラストの横顔を見つめてしまった。その、誰もが神の指先で作られたと疑わぬ美しい横顔を。ラストが星空に心を奪われたのなら、ナーベラルはそのラストの憂いを含んだ横顔に目を奪われてしまった。そして、その頬に月と星の灯りに照らされた涙を幻視してしまった。

 

 なぜ、この人はこんなにも儚げな表情をしているのだろう。その頬を伝う涙を拭って差し上げたい。

 

 ナーベラルの胸中にはそのような思いが浮かび上がった。真に芸術というべき彼の方の支えとなりたいという、感情がちくりと胸に棘を指し始めていた。それは仮想現実から現実へとなった彼が持つ特殊技術(スキル)故か、それとも彼自身が為したのか、誰にもわかりはしない。

 

「ナーベラル? どうかしましたか?」

「も、申し訳ありません。セバス様」

「具合でも悪いのか? ナーベラル、それならメイド長のところまで送るが」

「い、いえ! 滅相もありません! 大丈夫です! 星見のお供、畏まりました!」

 

 ナーベラルは自分の中に生まれた不敬な感情をかき消すように声を上げる。そのことにセバスは少し眉根を寄せながらも、主人が気に止めぬというのなら、自分が言うことではないと判断した。 

 自身の隣へと手招きし、ナーベラルが畏れ多いとばかりに引き下がるのに苦笑いしたラストとナーベラルの様子を見て、セバスはさっき決めたとおりに少し離れた位置から周囲へと眼を向けることにした。

 

「それじゃあ、もう少しだけ、一緒に見ていようか」

 

 ナーベラルから目を離し、再度空へと目を向ける。薄い雲が流れてきているのを確認したセバスは消し飛ばしに行くか悩み、派手な行動を控えるようにとも言っていたモモンガの言葉を思い出し自重した。

 幸か不幸か、雲は風に流され、ラストとナーベラルの星見を邪魔することはなかった。

 

 その後、決めた時間に遅れ、ラストはモモンガに怒られることとなった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
出来る限り、次も早く投稿できるように頑張ります
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