骸骨と天使   作:怪盗K

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感想、お気に入り、評価、誤字報告ありがとうございます。
お待たせしました、第七話となります。
戦士長殿とデスナイト先輩、そして大天使エンリの活躍をお楽しみくださいませ。


では、駄文となりますが、よろしくお願いします。


第七話

 すでに限界であるはずである。これが英雄である者だとでもいうのか。スレイン法国の指揮官、ニグンは信じられないものを見るようにして、眼前の血まみれの男を捉えた。

 ガゼフ・ストロノーフは満身創痍と言っていい体でありながらも、その目は未だ輝きを失わず、数度短く呼吸をすることで僅かにでも息を整えようとしている。

 

「……しぶとい……これが王国最強の戦士か」

 

 既に部下の中には魔力切れ寸前となり、飛礫などで攻撃を加えるようにしている者たちも居る。ガゼフの部下たちも、多くは既に倒れ、傷が軽い者は重傷の者を庇うように前線から距離を取っている。

 その戦況にニグンは舌打ちを零してしまう。本来であれば、確実に殺すことができたはずである。

 王国の貴族を秘密裏に動かし、至宝と呼ばれる装備をはぎ取り、この僻地に少数でおびき出した。ガゼフの戦闘能力を見誤った訳ではない、ただその執念を見誤っていたのだ。

 

 そして何より、黒い巨躯を誇るアンデットの騎士の存在があった。

 

 その黒き騎士はこの戦場でまさに、イレギュラーとしての姿を現していた。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)よりも高位の召喚魔法で呼び出され、さらにニグンの生まれながらの異能(タレント)によって強化された監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)。それを二体引き受け、さらに時折隙をつくように他の天使に攻撃までしていたのだ。

 アンデットならばと神聖属性の魔法を射ち込むも、その盾を破るには至らなかった。

 そして、時間をかけながらも二体の監視の権天使(プリンシバリティ・オブザベイション)を撃破してしまう。間違いなくこの戦場での戦功で一番を問うならば彼であろう。

 ニグンの完全な計算外とすれば、それはこの騎士であった。

 今も、黒い騎士が庇いたてる隙に、ガゼフの体力は幾らばかりかの回復をしてしまった。このままでは負けかねない、ニグンの脳裏に敗北の二文字がよぎる。

 

「幾らでもかかって来い! お前たちの天使なぞ、大したものではない!」

「オオオオァァァアアアア!!!」

 

 戦士長が吠え、それに呼応するように黒きアンデットも咆哮する。ニグンは自身の部下たちに動揺が走るのを感じながらも、そっと懐にある”至宝”に触れる。

 それはともすれば、国にとってニグンの命、さらに言えば陽光聖典そのものよりも価値があるかもしれないものである。

 逡巡は数秒。ニグンはやがて、こちらが消耗しきる前に決断をする。

 

「お前たち! 時間を稼げ! 最高位の天使を召喚する!」

『ハッ!』

 

 ニグンは懐から、一つの輝く水晶を取り出す。その輝きにこの戦場に居る全ての者が顔色を変える。

 法国の兵士たちの顔には勝利の希望であり、ガゼフと王国の兵士たちは相手が切り札を持ち出してきたことへの焦りであった。

 法国の兵士たちは間違いなく優秀であった。ニグンの指示に従い、動揺を即座押し殺し指示通りに敵に対して、天使を再召喚し、あるいは召喚していた天使を突撃させる。

 

 

 

 

 

 

 

「まずい……!」

 

 ガゼフも戦士として直感する、目の前のあの水晶、あれを解放させてはならないと。武技を使い、身体能力を上昇させながら駆けだす。死の騎士(デス・ナイト)がそれに合わせるように、ガゼフよりも速い足を活かして敵軍へと吶喊する。

 ガゼフはとうに限界を迎えている体に無理を言わせ、敵の指揮官を倒すためだけに動き出す。天使を倒すための武技も、数を払うための大技もここでは必要ではない。ただ、何よりも早く、敵を切り札ごと切り伏せることを目的とする。

 天使が群がり、その剣を突き立てんと迫る。ガゼフは被弾を省みずにさらに、あえて一歩先へと進む。それは串刺しを覚悟したわけではない。

 

「オオァ!!」

 

 黒い影がガゼフを包み込む。その盾は厚く、全ての攻撃を引き受け、その光の剣に貫かれた身体からは浄化されている証である煙が昇る。天使の波が、一瞬だけせき止められる。盾越しに睨む亡者の瞳に、表情を持ちえないはずの天使が動揺するように動きを止めてしまう。

 まさしく不退転が如く、一歩もその身を引くことはなかった。さらにはこの程度の攻撃かと、手に持つフランベルジェを振るい二体の天使を返り討ちにする。

 

「……恩に着る!」

 

 その一瞬こそが、ガゼフが何よりも求めてやまなかった好機。天使たちを潜り抜けてきたガゼフに法国の兵士たちに明らかな動揺が浮かぶ。それは今まで天使で壁を作り、遠距離から魔法を撃つだけだった者たちにとって、そして幾千もの戦場を剣で切り抜けたガゼフにとっては決定的な隙であった。

 

「これで、終わりだぁあああああ!!」

 

 大上段に振りかぶり、一撃を以てこの戦いを決さんと剣を振るう。まさしく、その剣は決着をつけるに相応しいものであっただろう。

 しかし、それは一コンマ、一秒にも満たない時間だけ遅かった。

 

「見よ! 最高位天使の尊き輝きを! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

 水晶から光が溢れ、ガゼフの一撃と衝突する。英雄であるガゼフの一撃は容易く弾かれ、自らの攻撃の衝撃で大きく弾き飛ばされてしまう。

 

「ぐぅ……」

 

 着地のタイミングで受け身を取り、しかし、再度攻め込むことはできずに顔を上げる。側に寄ってくる黒い騎士が低く唸り声をあげる。

 そして、ガゼフは召喚されたそれを目にしてしまう。

 

 それはまさしく、神の威光を世界に示すために使わされた天使であった。

 

 光り輝く翼の集合体であり、王権の象徴たる笏を持つ手以外、すべてがその翼の内側へと隠されている。異様な外見であるが、その場にいる誰もが、その存在が聖なるものであると感じ取っていた。

 戦場が聖なるものに満たされる。

 至高善である最高位の天使に、ニグンは感嘆の言葉を漏らす。それはニグンの部下も同様であり、誰もが戦場でなければ膝をつき祈りを捧げていただろ。

 

「……くそ……」

 

 ガゼフは急激に自分の中からナニカが失われていくのを感じた。それは勝利への渇望であり、この国の敵を倒し、民を守るという意思に支えられた戦意であった。鋼と呼ぶにふさわしい精神を持つガゼフをして、目の前の存在はそれだけの力を感じさせる存在であった。

 

「せめてもの情けだ。ガゼフ・ストロノーフ、貴様の闘いぶりに免じ、苦しみなく一撃で殺してやろう。……<善なる極撃(ホーリースマイト)>を放て!」

 

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が召喚主の指示に従い、その笏を振るう。第七位階という人智を超えた魔法を、独力で発動させる。

 その光が収束する一瞬、ガゼフは村に居るアインズと名乗った仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)のことを思い出した。それが何故かは、ガゼフ自身にも分らなかった。

 そして、究極クラスの魔法が、ガゼフの頭上へと降り注ごうとした。

 

「な……?」

 

 ガゼフは、どん、と何かに突き飛ばされた。それが誰かを確かめるよりも早く、ガゼフの視界に光が溢れる。目を潰さんばかりに、その光に思わず目を瞑ってしまったガゼフの耳に、この場において聞き慣れた呻き声のような、呪詛の声が聞こえてくる。

 

「馬鹿な!? 最高位天使の魔法に、耐えただと!?」

「き、貴殿は……」

 

 光が収まったその場に立っていたのは、黒き騎士。

 未だう呻き声のような声を挙げながら、ガゼフを庇うようにしてそこに立っていた。しかし、その身は既にいつ崩れ落ちてもおかしくはなかった。盾は消し飛び、剣も失われ、その鎧の大部分はその体と共に浄化されながらも、その騎士は立っていた。

 弱点である神聖属性、それもアンデットであるならばその罪深さから同格はおろか格上すら滅ぼす一撃を受けて、なおその死の騎士は健在。

 

「ありえん! ありえるはずがない! 魔神と単騎で闘える最高位の天使の魔法だぞ!!」

 

 ニグンが狂ったように叫ぶ。その様を笑うように、黒き騎士は脚を進める。

 ガゼフは察していた。その身がもう一撃、それこそ自身が振った剣の反動ですら消え去りかねないものとなってしまっていることに。

 それでもなお、目の前の騎士は敵を倒さんと歩みを止めていないのだ。

 

「もう一度だ! もう一度<善なる極撃(ホーリースマイト)>を放て!」

 

 ガゼフは己を奮い立たせる。もう一度、あの極光には彼は耐えられないだろう。いやむしろ、先ほどの一撃を耐えたことが奇跡なのだ。

 ガゼフは剣を握る。呼び出された天使そのものには敵わない、しかし、敵の召喚主であれば話は別である。

 

「させるかぁああああああ!!!」

 

 ガゼフは立ち上がり、駆け出さんと身をかがめる。その瞬間であった、すぐ横、耳元から声がかけられた。

 

 

 ────そろそろ交代だな。

 ────ああ、行こうか。アインズ

 

 

 ガゼフの視界が切り替わる。夕暮れに染められた平原ではなく、土間を思わせる素朴な住居の一画のような光景。

 周囲を見れば、部下たちが倒れており、村人たちが心配そうにこちらを見ていた。

 

「こ、ここは……」

「ここはアインズ様が魔法で防御を張られた倉庫です」

「そんちょうか……、ゴ、ゴウン殿の姿が見えないが……」

 

 急激に切り替わった世界に、思考が追い付かない。目の前に居るのは敵ではなく、守るべき村人たちと誇りである部下たちなのだ。

 

「いえ、先ほどまでここにいらっしゃったのですが、戦士長さまと入れ替わるように姿が掻き消えまして」

 

 ガゼフは全身から力が抜ける感覚に、剣を取りこぼしてしまう。ふと、腰の革袋に入れていた木の彫刻を取り出した。そして、それは役目を終えたかのように光となって溶けていく。

 そして、ガゼフも緊張が抜けるように、地面へと倒れてしまう。

 己にできることはすでにない。あの強大な力を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならば、必ず勝利をするだろう。

 そんな確信と共に、ガゼフの意識は泥のように沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使が放った極光が収まる。それが憎たらしい黒き騎士を跡形もなく消失させていることに、ニグンは安堵を抱く。しかし、ニグンはさっきまで居たガゼフ・ストロノーフの姿が無くなっていることに気づく。

 ニグンは突如として消えたガゼフ・ストロノーフの姿を探した。

 その男が居たはずの場所には、三人の人影があった。それは先ほどまで存在していなかったものではなかったことが、ニグンをさらに困惑させた。

 一人は仮面を被った魔法詠唱者(マジック・キャスター)風の男。

 一人は夕暮れの中でもなお赤く、燃え上がるような髪に黄金色の瞳を持った、純白の翼を持った村人のような格好をした少女。

 そして、その二人を守るように頭上を飛ぶ少女と同じ翼を持った天使。その美麗な表情を微笑みのまま固定した、ニグンも知らない天使たちであった。

 

「貴様、ガゼフ・ストロノーフをどこにやった?」

 

 ニグンは目の前の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がガゼフを隠し、さらに天使を召喚したと判断する。自身たちの知らない天使であり、その姿が人のものとほぼ同じであることに疑問を抱いたが、ニグンの元には最高位の天使、権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が居ることが態度を大きなものへとさせていた。

 

「はじめまして、スレイン法国の皆さん。私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと親しみを込めて呼んでいただければ幸いです。戦士長殿ですが、皆さんとお話をするために一時的に村の方へ引き下がっていただきました」

 

 その声はなんら緊張感と言うものが抜けていた。ニグンはそのことに薄気味悪さを覚える。しかし、それを確かなものとする前に、目の前のアインズと名乗った魔法詠唱者(マジック・キャスター)は言葉を続ける。

 

「そして隣に居るのがエンリ・エモット。頭上ですました顔をしているのはラストと言います。まずは皆さまと取引がしたいのですが、少しばかりお時間をいただけないでしょうか」

 

 疑問は尽きない、ゆえに、この会話で一つでも情報を引き出さんと、ニグンは顎をしゃくるようにして続きを促す。それとともに、権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)にいつでも魔法を撃てるように指示を出しながら。

 

「素晴らしい。……お時間をいただけるようでありがたい。さて、もう日が落ち始めておりますし、要件だけをお伝えしたいと思います。まず、皆さんでは私には勝つことはできません」

 

 ニグンはそんな世迷言を言い放つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)に嘲笑を隠せなかった。彼我の実力を測ることもできないのかと。アインズという魔法詠唱者(マジック・キャスター)がニグンの中で最大級の愚者と位置付けられた。

 

「無知とは哀れなものだな。この権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の偉大さすら分らぬ異教徒なだけはある。すぐにその愚かさの代償を支払うことになる」

「……さて、それはどうでしょう? 私たちは皆さんの戦いを全て観察していました。その私がここに来たというのは必勝という確信を得たから。もし、皆さんに私が勝てないようだったら、あの男は見捨てたと思われませんか?」

 

 確かに、とニグンは思うが、それ以上に側にいる最高位の天使がその可能性を叩き潰した。目の前の敵に何一つとして勝機は存在していないのだと。目の前の愚かな魔法詠唱者(マジック・キャスター)は姿を隠す魔法でガゼフ・ストロノーフを隠し、この問答もただの時間稼ぎにすぎないと。

 

「それを理解してもらったところで質問があります。まあ、確認程度ですのでお答えしていただかなくて───」

「やはり、貴様の取引とやら聞くことはないな。それより、こちらの質問に答えてもらおう。ストロノーフをどこにやった?」

 

 喋る男を遮り、絶対な上位者としての傲慢さを滲ませながらニグンは笑う。まだそう遠くにまで逃げられていないだろう。最高位の天使の力があれば容易く追いついて殺すことができる。

 

「人が話している最中に、それも一度は了承したのを遮って……」

「ふん、同等の立場ではないから当然のことだ。それで? ストロノーフはどこにやったんだ?」

「村の中へ、と先ほど述べたと思いますが。私の魔法で村の中へと転移させたのですよ」

「……何? 愚かな。偽りを言ったところで、村を捜索すれば分か────」

「────偽りなど滅相もない。お聞きになったからお答えしましたが、実は素直に答えたのにはもう一つ理由があります」

「……命乞いでもするか? 私たちに無駄な時間をかけさせないというのであれば、考えよう」

「いえいえ、違いますとも。……実は、お前たちにはある実験に付き合って欲しくてな」

 

 嘲りを含んだニグンに対し、アインズの口調と雰囲気が一気に変わった。既にニグンから興味を失ったかのような、取るに足らない虫けらにでも向ける様な感情を、ニグンはアインズから感じ取った。

 

「エンリ。後はお前の時間だ、好きにするといい」

「はい」

 

 アインズに代わり、天使の翼を持った少女が前に一歩歩み出した。それに対応するように、ニグンも権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を自身の前へ出す。

 

「あなたたちは……あの村をどうするおつもりですか?」

「なに? ……天使が喋る……? まあいい、知れたことだ。我々の存在を知られるわけにはいかないからな、皆殺し以外あるまい」

「……そうですか」

 

 ニグンの答えに、エンリの黄金色の目に何か決意を秘めた色が宿る。それは守るために剣を振るった、先ほどまで手こずったあの王国最強の戦士と同じものであった。

 そして、今まで静観していた男の天使が口を開く。その声は美しき調のようであり、戦場であると言うのに、優美な天上の宮殿を思わせる。そんな美しい声であった。

 

「では、アインズ、エンリ。始めよう」

「ああ。そうだな、何かあれば私たちがすぐに助けに入る。だから、充分に勝てるはずだ」

「分かりました。ラスト様、アインズ様」

 

 エンリが翼を広げ、重力と言う楔から放たれる。そして、天使としての力を解放する。ぼぅっと、エンリの周囲の空間が歪んだようにニグンは見えた。

 

「行きます!」

 

 赤熱を帯びた髪から、火の粉が散り、周囲の気温を上昇させる。ニグンにエンリの周囲が歪んで見えたのはそれだけの高熱が、エンリを包み込み始めていたからだ。

 エンリが右手を突きだせば、その手には燃え上がる炎そのものが剣を形どった。ニグンは、エンリと言う天使が脅威であると感じざるをえなかった。

 しかし、こちらには最高位天使が居る。

 

権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)! 身の程を弁えない者たちに己の分と言うものを知らせてやれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使となったことで、エンリは自分が今までではあり得なかった力を得てしまったことを自覚していた。そして、それが自身の精神に少なくない影響を与えているということも。

 それは戦うこと、命の奪い合いに対する忌避感が薄れてしまったこと。

 もちろん、エンリ自身は争いごとなどしたことはないし、今も望んでしたいとは思っていない。しかし、自分の大切な妹や、村長を始めとしたカルネ村の皆を守るためであれば、この力を振るう事に躊躇いはなかった。

 

『ですが、忘れてはいけない。奪われた悲しみを、守れなかった後悔を。そして、今生きているあなたたちが何をできるかを、考えなさい』

 

 宙を駆けるエンリの脳裏に、ラストの言葉が思い返される。その言葉は、エンリに己が何を為すべきかを教えてくれた。

 炎がエンリの身を包むようにして、さらにその熱量を上昇させていく。

 

「私が……皆を守る!」

 

 炎が剣を形どった一撃を、戦闘本能に任せて振るう。天使に転生しことは、天兵たる断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)に必要な技術、剣の振るい方、効率的な戦い方まで授けていた。

 ラストの授けた羽根は、エンリに戦うために必要なことを教えてくれた。

 

 敵を焼却させんと、炎が奔る。

 

 断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)はそのステータスが攻撃に大きく傾いているモンスターであり、その攻撃力は実質四十レベル以上を誇っている。

 その特徴はエンリにも表れており、その中には大きなデメリットが存在しながらもお釣りが来るほどの大きな攻撃力を得る特殊技術(スキル)が存在していた。

 一つは大量のHPロスを受けることによって、それに比例して攻撃力を上昇させるものである。エンリは目の前の天使を確殺せんと、その特殊技術(スキル)を発動させていた。

 目指すは一撃。炎が自身の身体を焼く感覚に顔を歪めながらも、炎剣を振りぬく。その炎剣は防御に使われた笏を焼き切り、その翼に覆われた身を大きく削る。

 勝利を信じて疑っていなかったニグンは、その光景に顔を驚愕で歪める。

 

「まだ、終わりじゃありません!」

 

 エンリが突き刺したままの炎剣に力を籠める。そしてもう一つの断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)の切り札を発動させる。

 突き立った炎の剣が膨れ上がり、エンリの身体ごと巨大な爆発を巻き起こす。

 いわゆる自爆技、先ほどのHPロスを前提とする特殊技術(スキル)と合わせて使用すれば、一気にエンリ自身が瀕死になってしまう程の捨て身の一撃である。

 

大治癒(ヒール)

 

 エンリの背中から、暖かい光が包み込む。炎と爆発の衝撃に意識が飛びそうになる中、傷が癒される感覚にラストの顔が思い浮かんだエンリは笑みを浮かべる。

 空いた左手に、もう一度炎剣を呼び出す。その炎は先ほどと同じくエンリの身体ごと天へと届かんばかりに燃え上がる。

 

「これで! 止め!!」

 

 二度目の自爆技。エンリの全身が再び爆炎に包まれる。激しい痛みに、エンリは歯を食いしばる。しかし、この程度の痛み、両親を失った時に比べれば、と根性で我慢する。

 元より、素手でその怒りから騎士へと拳による一撃をお見舞いするだけの気概があったエンリである。守るためなら、大切なものを奪われんとするためなら、エンリは自身をどれだけ傷つけてもかまわなかった。

 そんな息をつかせぬ決死の連撃に、権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は悲鳴にも似た声を上げ、その身を光の粒子へと変えていく。それは権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)が敗北を示すものであり、エンリが勝利した証であった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 その身は既にボロボロである。美しかった純白の羽根は焼け焦げ、衣服もただの村人の服であったため大半が燃え既に服の体を為していない。

 しかし、その燃え上がるような赤い髪と強い意志を宿した黄金色の光は輝いていた。そこには、魂までも燃やしている凄絶な美しさがあった。

 燃ゆる火の粉が、日の光が夜へと追い立てられていく世界を赤に染め上げていた。

 ラストと、そしてアインズはその勇猛な天使、つい数刻前まではただの村娘だったエンリに関心とも、感動とも言えるような感情を抱く。

 

「馬鹿な! ありえん! 最高位の天使だぞ! 人の身では召喚できない、そんな存在なんだぞ!」

 

 一呼吸もしない内に消え去った最高位の天使に、ニグンは絶叫にも似た声を上げる。そして、エンリの炎の剣が向けられると共に、ひぃ! と腰を抜かしてしまい、倒れ込んでしまう。その目は揺れ、過呼吸を引き起こす。

 最高位の天使と信じていたモノを消し去られた彼らは、既に目の前の天使からの断罪を待つ罪人でしかなかった。

 

「降伏をしてください……。まだ私は、人を殺めたくありません……」

 

 ただの村人であった少女は、この瞬間をもって完全なる天使へと転生を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ、ラストさん。あなた彼女にバフかけました?)

(いや、攻撃系のバフは何も。せいぜいが死んだら即時全快蘇生する聖者の復活(イースター)をかけてたくらいですよ)

(あんたの切り札じゃねぇか! しかも一日に一度しか使えないタイプの!)

(いやだって、流石にエンリちゃんのステが攻撃寄りで、俺たちが相手が魔法を撃ってきたときに打ち消すとしても万が一があるじゃないですか)

(はぁ……まあいいです、一概に間違った判断でもないですし。ひとまず、完全に戦意喪失したみたいですし。いいですよ。それにしても、断罪の能天使(パワーズ・ジャッジメント)ってあそこまで火力ありましたっけ。権威の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を瞬殺するとはさすがに思ってなかったんですが)

(そうですねぇ、私の自軍強化系の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)のせいかもしれませんけど……まだまだ要検証ですかね。エンリちゃんの資質とか、リアルになったならそう言った要素が絡んでいる可能性もありますし。それに、スキル自体が強化されてるかもしれませんからね)

(また勝手に天使増やさないでくださいよ? 本当にびっくりしたんですから)

(すいませんでした……)

(ひとまず、完全に戦意喪失したみたいですし、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を呼んで運んでおいてもらいましょうか)

(了解です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石は至高の御方々。ここまでお考えだったとは……」

 

 アインズ達がカルネ村に向かっている間、守護者たちは、二人の様子を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使い見守っていた。

 たった今、ただの村娘であったエンリが格上のモンスターを焼却したのを見納めたデミウルゴスが感動を零してしまうようにつぶやく。

 

「ドウイウコトダ? アインズ様トラスト様ガ、村娘ト騎士ノ死体を眷属ニシタノニハ何カ深イ意味ガアルノカ、デミウルゴス」

「ああ、もちろんだ。御二方が今回頑なに供を拒否した理由も、ここまで深い意図があったなんてね」

「そうでありんすねぇ。現地で眷属を作る予定でありんしたのかしら?」

「それだけじゃないさ、シャルティア。アインズ様とラスト様は、現地の、それこそ脆弱な人間ですら、あれだけの力を持つ眷属へと変わるものだということをお示しになられたのさ。実際、あの村娘はラスト様の御手自ら天使になったことで、本来レベルで勝るはずの敵を二撃で屠れるようになってしまったからね」

 

 その答えに、コキュートスは興奮したように冷気の息を吐き出す。武人であることを望まれ、また己も一振りの剣でありたいと願う彼は、二つの戦いに感じるものがあったのだろう。

 

「君たちも、あの人間たちを見て……っと、一人は既に天使だけど、何か感じるものがあっただろう?」

「アノ戦士長と死の騎士(デス・ナイト)の連携ハ見事デアッタ。ソシテ、敵ガ格上デアルト感ジナガラモ決死ノ覚悟デ自身ノ身体ヲ燃ヤシナガラ剣ヲ振ルッタアノ娘モ、マタ敬意ヲ払ウニ値スル」

「私はその辺分かんないけどさ。ただ、人間たちもアインズ様やラスト様の役に立つってことは分かったよ?」

「そ、そうだね、お姉ちゃん。でも、あの天使になった人、凄いよね。レベル差が結構あるはずなのに、倒しちゃうんだもん」

「当然よ! だってラスト様が自ら転生させたんだから! ただの天使なわけないじゃない」

 

 アウラが目の前での戦いが面白いゲームだったとばかりに、身体をソファに持たれかける。ただ一人、アルベドだけは鏡の向こうのエンリと言う娘にあまりよろしくない目を向けていた。どろりという表現が合うようなその瞳は悪魔であるデミウルゴスをして寒気を覚えてしまいそうになるほどであった。

 

「ラスト様の眷属……いや、羽根を分けた娘……つまりは、私の娘?」

「……」

 

 デミウルゴスは頭痛がするような感覚を覚えながらも、後であの村娘には、アルベドのことを母親と呼ぶように忠告しておかないと、と心にとどめておく。

 守護者の様子を見れば、総じてエンリ・エモットという元人間に好意的であった。それはつまり、ナザリック外の存在でありながら、その勇気を、その力を、その覚悟をある程度認めさせたということである。

 デミウルゴスは将来、ナザリックの増強という意味でも、至高の御方々が人間を含めた外の世界に価値を見出していることに思い至る。ナザリックの多くは異形種であり、総じてそれ以外の評価は低い。それは一般メイドたち戦闘能力を持たないものも含めてだ。

 ナザリック至上主義、それはデミウルゴスも当然の義務であると考えているし。ナザリックの者たちでそうじゃない者は守護者として誅罰を下さねばならない。だが、それが慢心や驕りを生み出してはいけないということを、御方たちは伝えたかったのだろう。

 そして、守護者たちの意識は今、程度の差はありながらも修正された。至高の御方々は見抜かれていたのだ、人間を侮るその愚かな思想を。それは至高の御方々が目指す世界征服にとって、大きな足かせになりかねない感情を。

 

「皆、これでアインズ様とラスト様のお考えは分かったと思うが、人間も含めて、外の世界の敵を侮るということはできなくなっただろう? いやはや、まさに目から鱗と言うべきだね」

「そうでありんすねぇ。わたしも、現地で活きがいいのが居たら眷属にしようと思わされたでありんす。ちょっと外が楽しみになってきたでありんすね」

「ワタシモ、外ノ世界ノ強者ニ興味ガ沸イタ。実力ダケデハナク、弱クトモ立チ向カウソノ心ニ」

 

 つまりは、人間の有用性、そして侮りがたさ、それをこの作戦で余さず守護者たちに伝えたのだ。

 ナザリックが、選ばれし資格を持ち得る人間を受け入れる下地。そういった意味でもあのエンリ・エモットという少女は価値があるだろう。

 デミウルゴスは自身では考えつきもしないその叡智に、更なる忠誠と敬服を払うのだった。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

前半はデスナイト先輩大活躍回でした。
ボロボロになりながらも戦士長を庇い、最後はHP1になりながらも光の極太ビームに耐えきる。まさに騎士の鏡。けど流石に最高位天使には勝てませんでした。

後半は大天使エンリちゃんの断罪がニグンさんたちに振り下ろされました。火力特化の捨て身モンスター、ユグドラシル時代もレベルで無効化するスキルを持って無い敵に波状自爆攻撃をしていたのでしょう。
まだ覇王の称号は付きませんが、大天使炎莉は名乗っても許されると思います。
目指せ覇天使炎莉。まずは打倒(ネタバレのため自重)!

そして、大天使炎莉のお陰で、守護者内での人間を含む外の世界の評価が上昇しました。人類さんにはハードモードになった可能性も上昇しました。
外の世界の人間も、捨てたもんじゃないな程度ですが、それでも十分すぎるでしょう。流石至高の御方々、ここまでお考えとは。

では、今回はこの辺りで、これからもよろしくお願いします。
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