五十鈴れんドッペル開放ストーリーみたいなの。

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五十鈴れんドッペル開放ストーリーみたいなものです。
ドッペルに関する多大な独自解釈が含まれます。



いつか、白い光で

「ふぅ……」

 

 崩壊する結界から、五十鈴れんはゆっくりと現実の地面に足を下ろした。手下だった。魔女ではなかったが、放っておけばいずれ魔女となり、罪のない人々の悪意を増幅させ、不幸をばら撒く。グリーフシードが手に入らないからといって、見過ごせる理由にはならない。

 辺りが暗くなってから、かなりの時間が経ってしまった。家の近所を夜に散歩するのはれんの数少ない趣味であった。魔法少女になってからというものの、魔女の結界を探すパトロールを兼ねているから、自然と出歩く時間も延びていってしまっている。両親がすっかり寝静まったのを確認してから外出しているとはいえ、少しだけ自分が不良になりつつあるような気がしていた。

 

 使い魔の結界を追っているうちに、家からは随分と離れてしまっていた。それでも周囲はれんの知らない風景ではなかったから、ちょっとだけ普段より冒険したな、くらいの感覚でしかなかった。

 このあたりまで足を伸ばせば、れんの家がある住宅街と違って店もビルも数が多い。今は深夜だからどこもシャッターが目立つものの、それでも居酒屋やコンビニの明かりが点々と光っているから、こんな深夜になってもまだ神浜は眠っていないことが感じられた。

 大人たちの笑い声が聞こえる。ちょっと不良な学生が、コンビニの駐車場で()()()()()いるのが見える。れんはこんな時間に繁華街のあたりにまで出てきたことがなかったから、そういう風景がどれも新鮮に見えた。

 魔法少女は魔女を倒す。れんが今さっき倒した魔女の手下を野放しにしていたら、今ここで笑いあっている誰かが被害にあっていたかもしれない。それを自分の手で守れたことを自覚して、れんは少し誇らしかった。ここにいる人たちは魔法少女の()の字も知らない。感謝されることもない。それでいいのだ。誰かに感謝されるために魔法少女になったのではないのだから。

 

 曲がり角に差し掛かって、れんははたと立ち止まった。何かが聞こえた気がした。このあたりはすっかり住宅街で、街灯の数もめっきり減っている。どこか薄暗く、夜の闇がぼんやりと前を覆っているようだった。

 とにかく帰るためにはこの道を進むしかないから、れんは足を進めた。どこか遠いところから、喧騒が聞こえてくる。それは歩を進めるごとに大きくなってきているから、嫌でも自分の行く先で何かが起こっているのは理解できた。

 男の声だった。二人分。何かを怒鳴りながら言い争っていた。内容はれんには分からなかった。というより、分かろうという気がなかった。その声は、目の前の十字路の向こうから聞こえてきていた。帰るためにはその十字路を突っ切ればいいのだが、れんにはどうしても、その勇気が出なかった。怒鳴り散らす男の声は、それだけでれんの中の恐怖心をかき立てるのには十分だった。だかられんは、その十字路の手前で、大喧嘩を繰り広げているであろう男二人が通り過ぎるのを、道の端でただ待つことしかできなかった。

 

 どすん、と音がして、れんは反射的に十字路に目を向けた。男がいた。数発殴られたかのように顔は赤くなっていて、何かに突き飛ばされたみたいに道路の真ん中に尻餅をついていた。恨むような、憎むような、そんな目で通りの向こう側を睨み付けている彼の姿を見て、れんは思わず、短い悲鳴を上げてしまった。

 

「──あん、誰かいるのか?」

 

 動けなかった。意識ごと時間が止まってしまった。角から姿を現した大柄な男の、その鋭い目に射抜かれて、れんは息ができなかった。口を開いた。何かを言った。こちらに向かって一歩を出した。見下す目が、逆光で隠れた。心臓が早鐘を打っているのが分かった。自分の鼓動の音で、何も聞こえなくなっていた。つん、とお酒の臭いがした。

 

「ひっ……」

 

 情けない声が出た。男が嗤った。視界の端で倒れていた男は、いつの間にかいなくなっていた。世界が自分とこの男の二人になった。胸の辺りをつかまれた。体がぐんっと引っ張られて、それで、目の前が真っ暗になった。

 

 どぷん。何かに沈んだような気がした。

 

 

 

──人の世の悪意は消えない。

 

 真っ暗な世界だった。自意識だけがそこにいるような、曖昧で、消えそうな世界。

 

──魔女をいくら倒しても、意味なんてない。

 

 誰かがいた。それはれん自身だった。顔も姿も見えないけれど、それだけははっきりと分かった。

 

──人は、魔女なんかいなくても悪意に染まっていく。

 

 その声はれん自身とは思えないほど冷淡で、冷酷で。

 

──輝くものだって、やがて悪意に覆われて霞んでしまう。

 

 落ちていく。どこか、遠いところへ。

 

──それならば、いっそ……。

 

 それなら、いっそ……。

 

 

 

 気がついたら、れんは()()()()()。一歩引いたあたりで、さっきまでれんを見下していた男が、化け物でも見るかのような目で、れんを見上げて怯えていた。

 

「おい……なんだよこれ……」

 

 れんはそうして初めて、目の前の男が意外と情けない顔立ちをしていることに気づいた。それだけだった。妙に眠かった。衝動に突き動かされて、自分でも分からない()()()した。電気が走ったような、痺れを感じた。目の前の男がびくんと跳ねた。たったそれだけで、彼はぴくりとも動かなくなった。

 何も分からなかった。妙に眠かった。だけど絶対に寝てはいけないような気がした。ぐらりと視界が揺れた。意識が揺れた。それから、それから……。

 

 

──────

 

 

 最近、れんちゃんの様子がおかしい。携帯のメールをチェックしながら、綾野梨花はメロンソーダを一口飲んだ。たとえば今日。いつものれんなら待ち合わせの十分前には必ず待ち合わせ場所にいるし、何かで遅れるときは絶対にメールが飛んできていた。それが、ちょっと前から変なのだ。

 まず、あまり姿を見なくなった。前は木崎衣美里ことエミリーのお悩み相談室に来ていたり、都ひなのの科学教室に顔を出したりと、何かと梨花と行動を共にすることが多かったのだが、少し前からとんと姿を見せなくなったのだ。梨花がメールを飛ばせば返信は帰ってくるので安否は確認できるのだが、そのメールの文言もどこか要領を得ない。なので今日、こうして馴染みのファミレスに呼び出したのであるが、かれこれ待ち合わせ時間から15分は経っているのに、いまだにれんは顔を見せない。さすがの梨花もじれてきて、こうして2分に一回は携帯の画面を確認している。メロンソーダが底をついた。梨花はつまらなそうにひとつため息をつくと、別の飲み物を取りにドリンクバーに向かうために立ち上がった。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店員の声が聞こえて、梨花は入り口の方へ振り向いた。待ち人来る。

 

「あ、れんちゃーん!こっちこっち!」

 

 所在なげに店内を見回していたれんの顔は、そんな風に手を振る梨花を見たとたん、花が咲くように笑顔になった。梨花はグラスに適当に水を入れ、れんと対面になるように元いた席に座った。

 

「どしたの?なんかあった?」

「……えっと、その……」

 

 梨花が目の前に広げたファミレスのメニューを眺めながら、れんは曖昧な返事をした。梨花も同じメニューを眺めるフリをしながら、れんの様子を窺った。あまりいつもと変わらないれんの雰囲気に、梨花は少しだけ安心した。それでもやっぱり、梨花には何かが違うような気がしてならなかった。

 

「……ん、あたしはパスタにしよっかなー。れんちゃんは?」

「……それじゃあ、私も、パスタに、しようかな」

「ん、すいませーん!」

 

 梨花が近くにいた店員に注文を伝える間、れんはただ、ぼぅっとしたような、どこか焦点の合わない瞳で梨花を見つめていた。梨花が注文を終え、れんに視点を戻したときには、れんは窓の外を眺めていた。

 

「今日も、いい天気……」

 

 ぼそりとそう呟いた。梨花はグラスの中の水を飲みながら、そんなれんを眺めていた。

 

 やっぱり、最近のれんちゃんは変だ。

 

──────

 

「はぁ……大丈夫かなぁ……」

 

 梨花はれんと別れた帰り道、ため息とともに気持ちを吐き出した。ファミレスで待ち合わせをして、ショッピングモールでウィンドウショッピングをして。いつもと変わらない日だったが、れんだけがおかしかった。ずっと上の空で、話を聞いているのかどうか。それなのに時折怖い顔をして、道行く人のことをじろじろ観察したり。傍目から見ても正常な人間のようには思えなくて、梨花は何度も「大丈夫?具合悪いの?」なんて問いかけたが、帰ってくるのは生返事ばかりであった。

 れんは純粋だ。だから不安定だ。梨花はれんの自殺を止めた経験があるから、そのことは誰よりも分かっているつもりだった。最近はよく笑顔も見せてくれるようになって、あの日のことなんてすっかり忘れたみたいだったのに。

 どうしよう。誰かに相談しようか。れんちゃんが落ち着くまでは待ったほうがいいのだろうか……。

 思考が廻る。どこを目指すわけでもなく、ふらふらと夜の街を梨花は歩く。

 

 ──気配がした。背筋がぞわりとする、独特の感覚が体に走った。魔女だ。近い。

 

「あーもう……人が悩んでるときに!」

 

 ソウルジェムの導きで、魔女の結界まで走る。路地裏だった。人気のない夜の路地裏は薄暗く、不気味だったけれど、身にまとう魔法少女の衣装と、闇を照らすソウルジェムの輝きで、梨花はゆっくりと歩を進めることができた。

 

「……よし」

 

──────

 

 結界内に踏み込んだ梨花は、順調に手下たちを倒していった。深層に魔女がいるのは入った時点でなんとなく分かっていた。さっさと本丸を落としてしまおうと急ぎ気味に結界を駆け抜けていたから、あまり褒められた戦い方をしていなかったけれど、そんなことすら気にしてはいなかった。けれどある程度進んでいったところでようやく、この結界にはすでに誰か先客がいることには気付いた。

 それは気配に気付いたとか、他の魔法少女の痕跡を見つけたとかいうのではなくて、角を曲がったら偶然鉢合わせた、ただそれだけのことだった。すっかり手下だと思って、梨花はとっさに武器を構えて攻撃しようとした。けれど、目の前でため息をつく魔法少女の姿に気付いて、梨花は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「うぇぇ?みゃこ先輩!?」

「なんだ、梨花か……」

 

 サイケデリックな色合いの液体が入った試験管を鞄にしまいながら、都ひなのは梨花を改めて見た。

 

「あーあー……今日はまた一段と酷いな。大丈夫か?」

 

 梨花の、結界内の戦闘で所々ボロボロになった魔法少女服を直しながら、ひなのはそう聞いた。そう聞かれてはじめて、梨花は自分が酷い見た目なことに気付いた。ひなのに釘を刺されてからというものの、自分を大切にしない戦い方はしないようにしていたのに、いつの間にかそんなことをすっかり忘れたようだった。れんちゃんの上の空がうつったかも、なんて、梨花は頭の中で言い訳をした。

 

「あはは……」

「まったく……。何か、あったのか?」

 

 その顔は、ずるい。

 

「……うん。れんちゃんの事なんだけど……」

「れん……っつーと、こないだ連れてきた……」

「そうそう、覚えてる?そのれんちゃんなんだけど……」

 

 

 

「ふむ……。それで、元気がないから励ましてやろうってわけか」

 

 どんどん結界の奥に進みながら、梨花はひなのに事情を説明することにした。結局一人で抱え込んでいてもどうしようもないような気がしていたし、頼れる先輩の助言を仰ぐのもいいと思った。

 ひなのは少し考えてから、「アタシには、お前らの関係は分からんが……」と前置きして、

 

「向こうが何も言う気がないなら、無闇に踏み込むべきじゃないじゃないか?」

 

 と言った。

 

「たとえ友達でも、踏み込まれたくない一線ってのはあるだろ?」

「それは……そうだけど……」

 

 言葉に詰まった。梨花はそんなことは百も承知で、それでもやっぱりれんの事が心配だった。だけど改めて言葉にされると、なにか視界の端にその一線が見えたような気がして、思わず踏みとどまってしまう。

 自分の心配は、れんちゃんにとっては重荷になってしまうのではないか?相変わらずれんちゃんはあまり自分のことを話そうとはしないから、あたしの知らない一線が本当はすぐそばにあって、今まさにあたしはそれを飛び越えようとしてしまっているかもしれない。

 梨花は思わず首を振った。

 

「……でも、いまのれんちゃんは本当に何か変なんだよね。だから、やっぱりあたし、力になってあげたい」

 

 結界を先導していたひなのは、それを聞いて足を止めた。そうしてくるっと振り返って、ニヤリと笑った。

 

「いいじゃないか、お節介。アタシはそういうの、嫌いじゃない」

「先輩……」

「それに。梨花がそんだけ惚れ込んでるんだ。悪いヤツじゃないのはよく分かったしな」

「うん……。って、え?惚れ……って!」

「あー、分かってるよ。ラブじゃなくてライクってやつだろ?」

「あーっと……」

 

 目を泳がせた梨花を、ひなのは手で静止させた。その顔はもう真剣そのもので、梨花も自然と背筋が伸びた。

 

「結界の最深部だ。準備はいいな?」

「うん。大丈夫」

 

──────

 

 神浜の魔女は強い。とはいっても、魔法少女がチームを組めば、決して苦戦するような強さではない魔女も多くいる。梨花とひなのは難なく結界の主を倒し、無事に現実世界に戻ってきていた。

 

「ふー、退治完了!」

「ま、こんなもんだな」

 

 戦利品のグリーフシードを手で転がしながら、ひなのはふいっと梨花のほうを見た。

 

「頑張れよ、魔法使いさん」

「……うん、そうだね。あたしは人を笑顔にする魔法少女だもんね」

 

 ようやくいつもどおりの、梨花の屈託のない笑顔を見て、ひなのも自然に顔が綻んだ。

 

「ほれ、こいつはやるよ」

「えっ?いやいやいや、これは先輩が先に倒してたやつでしょ!」

 

 投げ渡されたグリーフシードを慌てながらキャッチした梨花は、それを見てけらけら笑っているひなのの方を見た。返そうと思った矢先、ひなのはくるりと後ろを向いて、

 

「あんなボロボロになるお前には、グリーフシートが何個あっても足りないだろ」

 

 とだけ言った。そうして夜の街に消えていくひなのの後姿を見送って、梨花もまた夜の街にくり出した。もうすっかり日も暮れてしまっている。今かられんを探すといっても、そもそも外出しているかどうかも分からない。携帯に連絡だけ入れておいて、お節介を焼くのはまた明日。そんな風に考えながら歩いていると、ふと、視界の端に見知った人影が映った気がした。

 あの後姿。間違えるはずもない。

 

「……れんちゃん?」

 

 間違いなくれんだった。しかし、その姿はどうにもおかしい。魔女の結界内でもないのに魔法少女の装束で、昼間見たときよりもずっとふらふらとした覚束ない足取りで、光に引き寄せられるように歩いていた。遠目から見ても異常な状態であることは明らかだった。梨花はそんなれんの事をしばらく呆然と眺めていたが、彼女がその手に戦闘用の杖を出現させたことで、はっとした。何をしようとしているのかは分からなかったが、とにかく止めないと何かヤバい事になる。梨花の背筋を、今まで感じたことがないほどの悪い予感が走った。

 夜の街は、不気味なほどに人の気配がなかった。梨花は走った。遠目に見えるれんを目指して。ちょうどれんの進む先には、コンビニの駐車場でたむろす、いかにもな男の集団がいた。彼らは近づいてくるれんに気づいた様子で、けれどどう見ても狂った様子のれんの姿を見て、困惑しているようだった。

 梨花は走った。れんの足が止まった。そのまま、杖を男たちのほうに向けた。何かを呟いた。そうして──。

 

「れんちゃん!」

 

 息を切らせて出てきた梨花を見ても、れんは何も言わなかった。いまや梨花に向けられる格好となった杖には、れんの魔力が込められているのが梨花には分かった。れんの目は、梨花を見てはいなかった。どこか遠いところを見ているような、深いところを覗き込んでいるような、そんな目だった。もはやどうすればいいか分からなくなってしまって、梨花は思わず叫んだ。

 

「れんちゃん!お願いだから元に戻って!」

 

 そうして、わけもわからず、梨花はれんに抱きついた。

 

──────

 

 がんっ。突然体を揺らした衝撃で、れんは目を覚ました。ゆっくりと瞼を開く。ここがどこだかは分からない。暗いのか、明るいのか。どっちが上で下なのか。だけど、目の前にいる少女……姿のよく見えない彼女が()()()()であることだけは、はっきりと分かった。

 

「目を覚ました……のか?何故?」

 

 その自分は驚いているようであった。どうして?分からない。けれど、ぼんやりと戻ってきた記憶から、その自分が何をして、どうしているのかを理解しつつあった。そうだ。私は、私は……。

 

「梨花ちゃんが、呼んでくれた、から」

 

 口が勝手に喋ったみたいだった。自分が自分じゃないような……そんな気がした。けれどきっとそれは、私がまだ目覚めていないからだ。記憶の糸を手繰って、今まであったことを思い出す。

 そうだ。私は、あのときに眠った。私の中にいたもう一人の私に負けて。あれは、私の中にずっと燻り続けてきた私だ。死に損なって、魔法少女なんかになって。それでまた絶望して。また死に損なって。そんな、馬鹿で滑稽な私。梨花ちゃんと出会って、捨てたはずの私。世の中に絶望して、人の悪意を根絶しなきゃいけないだなんて、躍起になってた頃の私。

 

「この世界には、何もない。人を害する悪意が蔓延っているだけだ。魔女も何も関係ない」

「それは、違う。悪意は、確かにある。だけど……」

 

 それだけじゃない。そのことを教えてくれた人がいる。どれだけ深い絶望の海に沈んでも、決して見捨ててくれない人がいる。そうだ。なんでこんな……大切なことを、忘れてしまっていたんだろう。

 

「この世界には、キラキラ光るものもある。……あきらさんが、衣美里さんが、莉愛さんが、このみさんが、ひなのさんが、かのこさんが……梨花ちゃんが、教えてくれた、から」

「キラキラ光るものが……」

「嫌なこともある。それをなくしたいっていうのも、確かに私の気持ち……。だけど、どれだけ嫌なことがあっても、キラキラ光るものがあれば、絶望なんてしないって、そう思える。だから……」

 

 一度深呼吸をする。いつもは重い私の口が、今だけは軽い。

 

「いつか私が、誰かの希望になれればって」

「誰かの、希望に……」

「私が、梨花ちゃんに救われたみたいに、私も誰かを救えれば、そのうち、世界の悪意なんて消えちゃうって、そう、思うから」

 

 私は、笑った。

 

「そうか。そういう方法も……、いや、その方が……」

「楽しい、です。きっと……!」

 

──────

 

 しばらく、れんは固まったままだった。そうしてしばらくした後、梨花はゆっくりと、れんが動いたのを感じた。

 

「れん、ちゃん……?」

 

 梨花が顔を上げると、ちょうどれんと目が合った。しっかりと梨花を見つめていた。それだけで梨花には、いつものれんに戻ってきたことがよく分かった。

 

「れんちゃん……!大丈夫?」

「うん……、大丈夫……!」

 

 いつの間にか、周りに人はいなくなっていた。梨花はれんと離れて、もう一度れんを見据えた。そうすると、れんの首もとのソウルジェムがかなり濁っていることに気がつけた。グリーフシードのストックはないはず……と思ってポケットを探ると、ひなのから譲り受けたグリーフシードが指先に触れた。

 

「あー、ソウルジェム濁っちゃってる。これ使って!」

 

 梨花がおもむろにポケットから取り出したグリーフシードを見て、れんは自分が魔法少女服のままなことに気がついた。服を解除した後に、れんはおずおずとそのグリーフシードを受け取った。

 

「……うん、もうホントに大丈夫みたいだね。一人で帰れる?」

 

 ソウルジェムを浄化しているれんに、梨花は優しく問いかけた。れんはそれを聞いて、静かに首肯した。梨花はそのあとに何かを言いかけた。けれど、やっぱり何も言わずに、れんが浄化を終えるのをゆっくりと待った。

 

「それじゃあ、また明日ね。えみりんのとこで待ってるからね!」

 

 そう言って行ってしまいそうな梨花に、れんは咄嗟に口を開いた。いつもは重くて思い通りに喋ってくれない自分でも、今だけは何でも言えそうな気がした。

 

「梨花ちゃん……!」

「……ん……」

「ありがとう……!」

「……いいよ、別に」

 

──────




 感謝の言葉を伝えても、きっと全部は伝わっていない。僕の拙い言葉では、君に全部を伝えるなんて出来ないだろう。それでもきっと、君は僕の予想を超えて、全部を分かってしまうんだろう。
 今日は、真っ白な色鉛筆を買った。君を覆う暗い闇を、いつか僕の白い光で、全部追い払えるようになるために。

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