笑顔の魔法を叶えたい 作:近眼
ご覧いただきありがとうございます。
今回は間に合いましたよ…!3連休パワーですね!!やった!!
そして前回いただいた感想で気づいたんですが、いつのまにか100話いってました。毎回変なタイトルつけてるので話数把握してませんでした!!
今回は劇場版の中間くらいです。多分。あの人が出たり出なかったりします。誰だろう。
というわけで、どうぞご覧ください。
「よし、この辺り一帯は問題無し。予想通りだな!行くぞ!」
「はい!」
「うーんスムーズ」
「こういう時は天童さんが味方だとありがたいな…」
「おーい滞嶺君、『こういう時は』って何ぞ?いつでもありがたみを感じて欲しい所存なんですけど??」
穂乃果ちゃん宅である「穂むら」に向かう道は天童さんがバッチリ確保してくれていた。なんだろうねこのチート感。実際チートなんだけどさ。便利だよね。
「ですが、やはり…」
「うん、お店の前は人がたくさん…」
「閉店間際なんだけどね」
「まあまあ、慌てなさんな。こういう時こそ大地の出番よ。さあ行ってこい人間磁石」
「誰が磁石だよ…まあわかるけどさ…」
「わかっちゃうんですね」
御影さんの扱いそんなのでいいの?
当の御影さんが路地から人目につくところに出て行くと、早速ファンの方々が群がってきた。うーん改めてえげつない知名度。
「このようにして進むのだ」
「完全に御影さんの扱いが人柱なんですけど」
「ノーコメントで」
「やっぱりこの人ダメなんじゃねぇか?」
「ダメとはなんだダメとは」
「天童さんには人の心がわからぬ」
「そんなことないしー!!」
実際天童さんがダメなのかどうかは謎が多すぎて不明なんだけどね。いつまで経っても謎なんだよなこの人。
とにかくお陰様で穂むら前まで無事にステルスできた。この人数で全く気づかれないとかもはや怖い。
「じゃ、俺と明と湯川君は大地を回収したら撤退するから」
「あれ、一緒に来ないんですか?」
「バッカ、この先はμ'sの問題だろ?俺たち部外者はその先の話には関与しねーよ。
「
「そんなことないぜ?いやそんなこともあるかな!!あるわ!!」
「早く帰ってください」
「茜は俺に恨みでもあんの?!」
天童さんたちはこのまま退散するらしい。まあそりゃそうだよね。そりゃそうだから天童さんは帰って、どうぞ。
「指定時刻まで32秒」
「らしいから、もう大地を回収しに行くぜ」
「はい。μ'sの皆様、頑張ってくださいね」
「はい!」
「じゃあ僕らも中に入ろうか」
天童さん達とお別れして穂むら店内へ。流石に閉店時間なので中にお客さんはいなかった。
「あっ、お姉ちゃん帰ってきた!」
「ただいまー!疲れたー!!」
「何で真っ先に俺の方に突っ込んでくるんだ」
「いや何で桜がいるのさ」
「ほむまん買いに来たに決まってんだろ」
「どんだけ穂乃果ちゃんが心配なのさ」
「聞いてんのかお前」
でも何故か桜がいた。
空港ではいつのまにか居なくなってたのに。なんでさ。いやどうせ穂乃果ちゃんが心配で来たんだ。絶対そう。
「まったく、普段の数倍混んでたから何度か帰ろうかと思ったくらいだぞこっちは」
「そうなの!あのライブ中継の評判がやっぱりすごかったらしくて、あちこちで取り上げられてるよ!ほら!」
「ほんとだ!!」
「わぉ、著作権料いっぱい取れそう」
「無断使用なのかよ」
「連絡あったところもあるけどね」
映像の無断使用ダメ絶対。著作権はちゃんと守ろうね。茜さんとの約束だよ。
まあそんなことより、μ'sの人気が爆上がりしてることの方が問題だ。
「大変だったんだよー、戻ってくるまでずっとお姉ちゃんを訪ねて店にやってくる人達いたんだから。…まあ、おかげでお店の売り上げ上がったってお父さんもお母さんも喜んでたけど」
「ほんと?!お小遣いの交渉してくる!!私のおかげで売り上げが上がったんでしょ?!もう少しアップしてもらわなきゃ!!」
「ねぇこれ止めるべき?」
「実際穂乃果のおかげって部分が無くはないから困るわね…」
「馬鹿か、先にしなきゃならねぇ話があるだろ。自分のことは後でやれ後で」
「えー!」
μ'sの発起人は穂乃果ちゃんなわけだし、功績としては大きいんだけどね。
「そうよ、人気アイドルなんだから行動に注意しなさい」
「そんなぁ…」
「A-RISEを見ればわかるでしょ?人気アイドルというのは常にプライドを持ち、優雅に慌てることなく……………ぬぃっこぬぃっこぬぃ〜………」
「…何してるん?」
「大丈夫、にこちゃんワールドが始まっただけだから」
「それ大丈夫なん?」
にこちゃんがステキな妄想に溺れてしまった。自分の発言で催眠されてどうすんの。かわいいじゃん。さすがにこちゃん。
「にこちゃん帰っておいでー」
「…っは?!と、とにかく!どこに目があるかも分からないんだから、外に出る時は格好も歩き方も注意すること!」
「えーっ!!」
「歩き方」
歩き方はいいじゃん。モンローウォークでもさせる気なの。
「そこまで気をつかうのは…」
「私もちょっと…」
「めんどくさいにゃー」
「意識ってのが足りてないわねあんたら!!」
「まあ確かに壁に耳あり障子にメアリーとも言うけど」
「そりゃ言うが…ん?メアリー?」
「メアリー in the 障子」
「適当に言ってんだろお前」
語感がよかったからつい。
でも実際、不用意に外に出られなくなったのは困りどころだね。
「…つーか、他にも考えるべきことがあんだろ。こんだけ人気出てるんだから」
「考えるべきこと…?」
「分からない?」
「こんなに人気が出て、ファンに期待されてるのよ?」
「そだねぇ」
そう、街中で人に追い回されるのもめんどくさいけど、もう一つ考えなきゃいけないことがある。
「これだけ多くの人にライブが注目されたんだ。そうなると間違いなく…」
「…なるほどな。
次のライブ、か」
そういうこと。
もうお終いにすると決めたμ'sに。
次のライブが期待されてしまった。
というわけで翌日。
「みんな次のライブがあるって思ってるんだなあ…」
「これだけ人気があれば当然ね」
「だからって捕縛してまで問い詰めるかなぁ」
「ほんとだよー!疲れたぁ…」
何やら穂乃果ちゃんが遅いなあと思ってたらヒフミのお嬢さんズに拉致されてライブを迫られていたらしい。もはややる事がテロだ。本気だ。マジだ。
「μ'sは大会を持って終わりにする…と、メンバー以外には言ってませんでしたね」
「でも、絵里ちゃんたちが3年生だっていうのはみんな知ってるんだよ?卒業したらスクールアイドルは無理だって、言わなくてもわかるでしょ?!」
「多分、見ている人にとっては私達がスクールアイドルかそうじゃないかって事はあまり関係ないのよ。」
「実際、スクールアイドルを卒業してもアイドル活動をしている人はたくさんいる。」
「『これだけ凄いんだから、これからも続けていくに決まってる』…そう考えるのも不思議じゃないんだよね」
「つーかそもそも卒業がどうとか考えてないやつらも多そうだな」
「わかる」
結局、第三者の期待っていうのは現実的じゃないんだ。当事者の事情なんて考えてないからね。
だから僕はいつも他人の「期待」は気にしないことにしてるんだけど。
今はμ'sの、「アイドル」の事情だ。僕の絵みたいにほぼ自己満で作る芸術じゃなくて、たくさんの人に喜んでもらうためのものだ。
簡単に無碍にはできないね。
「そっか…」
「では、どうすればいいんですか?」
まあ、どうするかって言われたら。
「ライブ、やるしかないんやない?」
そういうことになる。
でも今から急いで曲を作って、練習して、衣装も作って本番に間に合わせるとなると、だいぶ厳しい。
「そう。みんなの前でもう一度ライブをやって、ちゃんと終わることを伝える。ライブが成功して注目されている今、それが一番なんやないかな」
「どちらにせよ、ライブをするとしたらあと一回が時期的に限界だろ。公式のファイナルライブってところか」
「そういうこと」
「でも色々準備が間に合うか怪しいけど」
「大丈夫。
「ちょっと!」
何の話。相応しい曲って。
「相応しい曲?」
「そんな曲が?」
「希!!」
「いいやろ?実は真姫ちゃんが作ってたんよ。μ'sの新曲を」
「ほんと?!」
「いつの間にそんなものを」
結構ハイスペックだね真姫ちゃん。でも何で今更新曲を作ってるんだろうね。
「でも、終わるのにどうして…?」
「…大会で歌った曲が最後かと思ってたけど、その後色々あったでしょ?だから、自分の区切りとして一応」
「まあ気持ちはわかるかな?」
「ただ、別にライブで歌うとかそんなつもりはなかったのよ」
「とか言いつつ音楽プレイヤーを取り出すツンデレ真姫ちゃん」
「何よ!」
「うわっティッシュ箱シュートは意外と危ない」
最後の最後がぐだぐだすると少し後味悪いもんね。それはわかる。そしてせっかく機会ができたんだから形にしたくなるのもわかる。そして真姫ちゃんらしくツンデレるのもわかる。だから物を投げるのはやめようね。にこちゃんじゃないんだから。にこちゃんでも物投げるのはよろしくない。
スーパー反射神経でティッシュ箱シュートを避けてる間に、穂乃果ちゃんとことりちゃんが片方ずつイヤホンを耳に付けていた。おっいい絵面。
「これ…」
「いい曲だね!」
「いいなー、凛も聴きたい!」
「私のソロはちゃんとある?!」
「まだ歌詞付いてないしぶぎゃる」
「…なるほど、こうして比べると真姫と比べてにこの方が数倍容赦ねぇな」
まだ曲しか無いから歌詞もパート分けも無いよ。だから殴るのよくない。創一郎も冷静に分析してる場合か。
「聴いて!すごくいい曲だから!」
「凛も凛も!」
「はい!」
「にゃあー!」
「私も早く聴きたい!」
「おっ、えりちもやる気やね?」
「そ、そういうわけじゃないわよ…」
「ほら創ちゃんも!!」
「ああ?おう…ああ、なるほど…良い曲だ…」
「ちょっと僕もー」
そんなに渋滞してると気になるじゃん。
創一郎からイヤホンを片方もらって耳につけ、曲を聴くと…へえ、なるほど。これは確かに良い曲だね。何というか、温かさを感じる。とても優しい曲だ。すてき。
「海未ちゃん、これで作曲できる?」
「はい。実は私も少し書き溜めていたので」
「私も海外でずっと衣装を見てたから、アイデアが湧いてきたかも!」
「やる気満々マンだ」
「女子はマンじゃねぇだろ」
「気にしない気にしない」
本当に終わりにする気あったのかってくらい準備いいね君ら。
「ふふ、みんな考えてることは同じってことやね。どう、やってみない?μ'sの最後を伝えるライブ」
「やってみない?っていうかもうやる気満々マンじゃん」
「さっきから何よ、そのやる気満々マン」
「語感良かった」
いいじゃんやる気満々マン。
だけど。
「………」
「ん、どうしたの穂乃果ちゃん」
「何のために歌うのか…」
「はい?」
急に考え込んだ穂乃果ちゃん。どうしたのさ。
「あ、ごめん…。こんな素敵な曲があるんだったらやらないともったいないよね!やろう、最後を伝える最後のライブ!」
「練習、キツくなるわよ?」
「なんだかんだ衣装作ったり振り付け考えたりしなきゃいけないしね」
「うちらが音ノ木坂にいられるのは今月の終わりまで…」
「それまでやることは山積みよ!」
「うん!」
一応乗り気みたいだけども。微妙に心配だねぇ。
とりあえず気合が入ったというタイミングで、部室にノックの音が響いた。
「みんな、ちょっといいかしら?」
「…理事長?」
「わお大ごとの予感」
いらっしゃったのはなんと理事長だった。いや別に「なんと」ってほどびっくりじゃないけどさ。なんたってことりちゃんのお母さんだしね。
「ことり、それと高坂さんと園田さん…来てもらってもいいかしら?」
「あ、はい」
「わかりました」
なんか2年生が呼び出し食らった。何だろね。
「またなんかやらかしたのかな」
「流石にそんな頻繁にやらかさないと思うけど…」
「いや、穂乃果ちゃんならあり得るにゃ!」
「やらかしたならわざわざ直々に呼びに来ないだろ。校内放送で呼び出すのは忍びないような内容じゃないか?」
「ま、まさかメジャーデビュー…?!」
「そんなにこちゃんじゃあるまいし」
「にこちゃんならメジャーデビューできるって少しも疑ってないんだね…」
「疑う余地もないぐえ」
「何で殴った?」
流石にそんなにやらかさないか。やらかさないよね?あと何でにこちゃん殴ったの。わかった照れ隠しだ。今の威力は照れ隠しパンチの威力だ。うーん威力で感情を測れるようになってしまった。恐ろしい。
「困ったことになっちゃったね…」
「ほんとだよ。最後のライブだーって話してたところにまったくまったく」
で、中庭で何の話だったか聞いたら。
μ'sを続けて欲しい、ってさ。
気持ちはわかるけどさ。
「私は反対よ。ラブライブのおかげでここまで来れたのは確かだけど、μ'sがそこまでする必要があるの?」
「そうだよね…」
「でも、大会を成功に導くことができればスクールアイドルはもっと羽ばたける」
「その通りだ。海外のライブもそのためのものだったんだ、ここで更に踏み込めば、今以上に素晴らしい
「ちょっと待ってよ!」
存続に傾いた話の流れを真姫ちゃんがぶった切る。
「ちゃんと終わりにしようって…μ'sは3年生の卒業と同時に終わりにしようって決めたんじゃないの?!」
「真姫の言う通りよ!ちゃんと終わらせるって決めたなら終わらせないと!違う?!」
「そうだよ。君らのあの決断がそんなさっくり翻る程度のものだったとは…あんまり思いたくないな」
みんなで泣いてまで決めたことなのに、いざ続けてって言われたら反故にしちゃうなんて、流石に笑えない。
だけど、この話はそんな笑えない展開も考えられるくらい、未来のある話なんだ。
「にこっち…いいの?続ければドームのステージに…」
「もちろん出たいわよ!!…けど、私たちは決めたんじゃない!!11人みんなで話し合って…あの時の決心を簡単には変えられない!!わかるでしょ?!」
「にこ…」
だって、ドームだ。
日本で一番大きいと言っても過言じゃないステージだ。
アイドルを目指したにこちゃんが、乗りたくないわけがない。
しかもだ。
「もしμ'sを終わりにしちゃったら、ドームはなくなっちゃうかもしれないんだよね…」
「凛たちが続けなかったせいで、そうなるのは…」
「それはそうだけど…」
影響するのは、僕らだけじゃない。
スクールアイドル全体の未来にも関わる話だ。この先のスクールアイドルの在り方にも影響を与えるとしたら。
だからといって、いつかした決断を翻してほしくはない。
でも、それで失われる未来があまりに大きい。
「穂乃果ちゃん…」
「穂乃果はどう思うの…?」
「…」
答えは出ない。
出るわけない。
だから、
「すぐに答えなきゃいけないことでもないでしょ。…時間が時間だし、もう帰ろう。考える時間も必要だよ」
「そうだな…。今この場で、場の空気で答えることじゃねぇ」
一回帰ろうか。
冷静になって考えてみなきゃいけない。僕らとスクールアイドルの未来がかかってるんだから。
「どうしよう…」
「毎度思うんだがな、それを俺に聞いてどうすんだよ」
「だって桜さんはμ'sの特別顧問じゃん!!」
「いつなったんだよ。初めて聞いたわ」
こんな話を聞くのも3日目くらいな気がする。なんか理事長とかA-RISEに続けて欲しいとか言われたらしく、だからなんだって話なんだが、わざわざ毎日俺に聞きにくる。どちらかといえば毎日穂むらに来る俺が悪いのか?
「…だって、難しすぎるよ」
「何がだよ」
「続けるか、終わらせるか」
「だから好きにしろっつってんだろ」
「それがわからないから聞いてるの…」
流石に穂乃果の元気も枯れ気味だ。外も雨降ってるし、流石に心配になってきた。
いや心配じゃない。断じて心配などしない。
「はぁ…そんなところで意気消沈してる場合かよ。悩んでるくらいなら何かしろよいつも通り」
「そんなこと言われても…何したらいいの?」
「知るか。俺は雨音のサンプリングに行ってくる」
「じゃあついてく!」
「そうはならんだろ」
散歩に出かける犬かお前は。
しかし、どうせ拒否しても無限に着いてくるだろうから諦めてついて来させる。
傘を差して外に出ると、思ったより強めの雨が降っていた。これはズボン濡れるわ。ちくしょう。
「…」
「…雨降ってんのにそんな辛気臭い顔してたらカビるぞ」
「カビないよ!!」
元気あるのか無いのかどっちなんだお前は。
「みんなと決めたことは、やっぱり曲げたくない…でもそのせいでスクールアイドルの人気が止まっちゃったらって思うと…」
「影響力を持ちすぎたんだろ、お前らは。スクールアイドルっつー枠組みの中で飛び抜けて存在感を出しすぎた、だから失われるのがためらわれる」
「…何か、間違ったのかな」
「馬鹿か?いつぞやの解散騒動の時みたいなのとはわけが違うぞ。お前らが悪いんじゃねーよ。周りが追いつけないのが悪いんだ。日本の全スクールアイドルが束になれば太刀打ちできるかもしれんがな、それほどレベルが引き離される方がどうかしてる」
「…」
ちょっと言いすぎたか。他のスクールアイドル達をディスり過ぎたかもしれない。
だが、実際そうだとは思う。なんというか、目標の、目的の規模が違いすぎた。「勝ちたい」とか「目立ちたい」じゃない。自分のためだけじゃなかった。「見てくれる人のために」みたいな大仰で不明瞭な目標も立てなかった。
μ'sは、ただ、自分たちの「好き」と「楽しい」を伝えたかっただけだった。それだけであるがゆえに、明確で、強い目標だった。
みんなで叶える物語。
その言葉に込められた想いが、他のスクールアイドルとは比にならないくらい強かった。
「…まぁ、お前が周りのやつらを置いていくのはよくあることだし…
…あ?穂乃果、どこ行った??」
嘘だろ。
このタイミングで行方知れずとかあり得るかよ。
つーかなんで隣で歩いてたのに居なくなるんだあのバカは。
「はぁ…仕方ない、一旦戻って探しに
「心配するな。すぐ戻ってくる」
は?」
来た道を引き返して、穂乃果を探しに行こうと思って一歩踏み出した瞬間。背後から声をかけられた。
振り向くと、見知らぬ男性がいた。帽子を被った、パーカーを着た男性。当然知らん。誰だこいつ。
「…誰だ?」
「初対面で誰だって…まあ仕方ないか」
答えろよ。
「あー、諸事情で詳しくは答えられないんだが…そうだな、アメリカで嫁が世話になったって言えば伝わるか?」
「…あの人が言っていた旦那さんか」
「その通り」
「何で日本にいるんだ?」
「用事があってな」
「…信用ならないな」
「だろうな」
死ぬほど胡散臭いなこの人。
だが、俺と穂乃果が女性シンガーに会ったということはどうも当事者以外知らないようだし、少なくともあの人の関係者ではあるだろう。
「今、ほ…いや、うちの嫁が…あー、君の連れと話をしているところだろう。待っていれば勝手に来る」
「何か歯切れ悪いなあんた」
「…こうしてみると敬語って大事なんだな」
「何だって?」
「いや、何でも。とにかく待っていればいい」
「そう言われてハイそうですかっつって待ってると思うか?」
「まあそうだよな」
歯切れは悪いくせに物分かりは良いなこの人。
「穂乃果はどこにいる?」
「すぐに来るつってんのに…」
「だから信用できるかって言ってんだろ!」
「はぁ…まあわかりやすくていいけどさ」
「何なんだよあんたは一体!」
「俺が何者かはどうだっていいんだがな」
流石にいい加減穂乃果を探しに行かないと心配だ。いや心配じゃない。不安だ。違う、不安でもない。何だ。とりあえず早く探しに行かないと。
正体不明のおっさん…いやおっさんって歳ではなさそうだが、とりあえずこの人に構ってる暇はない。無視して来た道を引き返す。
「それだけ大切に想っているのに、いつまで誤魔化すつもりだ?」
足が止まった。
「心配だろう、不安だろう、焦るだろう、気になるだろう。彼女が不幸な目に遭ったら我慢できないだろう。いつまで誤魔化しているつもりなんだ」
「な、何を…」
「まあ言ったところで変わらないだろうが、一応言っておくぞ。
「おっ…お前は何を知って…ぐっ!!」
振り向いて、反論しようとしたその時。急に突風が吹き、傘も吹き飛ばされてしまった。
「知っているさ、全部」
さっきまでいた街中とは別の場所にいるかのような、花畑にでもいるような雰囲気だ。この人の迫力がそうさせているのか。
「だから言わせてもらう。
相手の声だけが響いてくる。俺は、声が出ない。
「穂乃果のことだけじゃない。
目を見開いた。
こいつは、この人は、
「…逃げなくてもよかったんだ。仲間がいるんだから。愛する人がいるんだから。一緒に背負ってくれる仲間がいるんだから…」
「まっ………待て、待ってくれ。なんっ、何であんたはそんなことを…!!」
やっと絞り出した声で、そう問いかけた瞬間。
「桜さーん!!」
「っ!穂乃果?!」
背後から穂乃果の声が聞こえた。咄嗟に一瞬だけ穂乃果の方に振り向き、またさっきの男性の方を見ると…もうあの人はいなかった。景色もいつもの街並み、ただし雨は止んでいる。
「…何だったんだ?」
「あれ、桜さんも傘飛ばされちゃった?」
「お前もかよ。つーか何で元気になってんだ」
「あ、そうそう!さっきそこでアメリカにいたシンガーさんが居てね、話を聞いてもらってたんだ!」
「『何で元気になってんのか』って問いの答えにはなってねーぞ」
「それで答えが出たの!」
「あーそーかい」
…あの女性シンガーは本当に穂乃果と話していたのか。
「明日の朝、音ノ木坂に行ってみる」
「まあ、好きにしろ」
「ありがと、桜さん!!」
「ん?何で俺が礼を言われてんだ」
「桜さんのおかげでやらなきゃいけないことがわかったよ!!」
「は?」
「よーし、そうと決まれば帰ろう!」
「何なんだ本当にお前」
まあ元気になったならいいんだが。μ'sの活動をどうするかとか、決断できたならそれでいいか。
『お前の人生からいつまでも目を背けるな』
「…」
「桜さん、どうしたの?」
「何でもねーよ。さっさと帰るぞ」
「えー、待ってよー!」
雨が止んだ今、サンプリングする音もない。帰るか。
人生から目を背けるな、だと?
…出来るわけねーだろ、そんなこと。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
困ったことになってしまいましたね…とかいうタイミングで、唐突に入ってくる水橋君の謎フラグ。桜さんに時々降ってくる伏線が大体不穏です。誰のせいだ!私か。
しかしここらへんからクライマックスに向けて走り出すはずなので、もう少しだけお付き合いください。
まあ本編完結してもこの作品は終わりませんが!笑