笑顔の魔法を叶えたい   作:近眼

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ご覧いただきありがとうございます。

前回からまたお気に入りしてくださった方がいらっしゃいました!!ありがとうございます!!もっともっと頑張ります!!

今回は藤牧さんの過去編です。波浜君とは別視点の、バス事故の記録となります。


というわけで、どうぞご覧ください。




あの惨劇の記録

 

 

 

 

 

あの日。

 

 

私は両親…藤牧雄二と藤牧楓と共に、とあるプログラムに参加していた。才能ある子供たちを集め、交流を促そうというプログラム。

 

 

「私にそれが必要ですか、父様」

「勿論だ。自分が如何に優秀だからといっても、他者を蔑ろにしてはいけない。人との関わりが何かを救う時も、時にはあるのだから」

「父様がそういうのなら参加しましょう」

 

 

私は本当に何でもできた。小学生の時分から大学で習うようなことを完全に把握し、あらゆるスポーツ選手にも負けないほどの身体能力を有していた。父様のように医師になることもできたし、研究者になることもできたし、建設業なんかでも全く問題は無かったはずだ。

 

 

そんな私のために、何か指標になるものを与えようとしてくださっていたのだろう。

 

 

「ああ、それと数学者の波浜先生の息子さんもいらっしゃるそうだ。きっと仲良くなれる」

「波浜先生…波浜大河先生ですか。変数格納型プログラム言語の」

「そう。先月の論文の話もしたいからな、今日会えるのが楽しみだ」

「もう、蓮慈よりあなたが浮かれてどうするんですか。プログラムの主役は蓮慈たちなんですから、自重なさってくださいね」

「ははは、手厳しいな。大丈夫、わかっているさ」

 

 

父様は医者でありながら非常に勉強熱心な方だった。父が数多くの分野の知識を得ていたからこそ、私の才能も開花したと言える。対して母様は勉強熱心ではなかったが、柔らかい物腰と強い芯を持った精神的に成熟した方だ。夢中になって文献を読み漁る私たちを諫めるのに最適な人物だ。

 

 

ほどなくして集合場所に到着すると、既に多くの人がいた。少し遠くに波浜大河先生がいるのが見える。その近くにいる小さいヤツが息子さんだろう。彼の近くにはおそらく同年代であろう、気の抜けた顔をしたヤツがいる。同年代の参加者はそれくらいしかいなさそうだ。

 

 

早速近づいて話しかけてみた。

 

 

「というわけで僕が波浜茜です」

「へぇ、君が波浜少年か。私は藤牧蓮慈だ。よろしく」

「…俺は雪村瑞貴。同年代は俺たちだけなのか?」

「っていうか大半中学生以上だし」

「1桁の年齢は私たちだけだな。まあ当然か、この私に匹敵する頭脳などいないだろうしな」

「何この人」

「俺に聞くなよ」

 

 

事実を言っただけなのだが、何か気に入らなかったようだ。

 

 

「こら、蓮慈。あまり自分の才能を過信するんじゃない。驕りは成長を止めるぞ」

「む、父様。失礼しました」

「大丈夫よ。お父さんも怒ってるわけじゃないわ」

「うん、わかってるよ母様。少し驕りが過ぎてしまった」

 

 

そうだった、事実だからといって過信してはならない。私の天才性は紛れもない事実だが、わざわざ吹聴することもないのだ。

 

 

父様や母様は同じ親同士で会話を始めてしまった。

 

 

「これはこれは…藤牧先生、お会いできて光栄です」

「こちらこそ、波浜先生。先月の論文、拝見させていただきましたよ。非常に画期的な式でした…プログラムにも組み込みやすい。ただ数学として進歩するのみならず、ITにも衝撃を与えるでしょう」

「それほどのことではありませんよ。2つの変数の比例関係を見出し、1つの変数として再定義しただけですから」

「それだけでどれだけ計算が簡単になるか計り知れませんよ。それに…」

「ははぁ…やっぱり天才の親も天才ってことなのか?」

「そんなことはないよぅ。私たちはただの一般人だけど、瑞貴はこんなに立派だもの」

「その通りですよ、雪村さん。私も夫はあんなのですが、私は一介の医師にすぎませんし」

「私もただの専業主婦ですもの!!」

「波浜さんはともかく、藤牧さんは十分優秀じゃありませんかね?」

 

 

私の両親は2人ともコミュニケーション能力が高い。初対面の方々ともすぐに打ち解けたようだった。

 

 

「僕らはもうバス乗っちゃっていいのかな」

「扉は開いてるが、入っていいのかはわからんな」

「開いてるのだから入っていいに決まっている。さあ行くぞ」

「うわ力強い」

 

 

ここから先の移動はバスの予定だった。目の前に扉の開いたバスがあるが、波浜と雪村は何をためらっているのか動き出さない。用が無ければさっさと入ってしまうがいいだろう。

 

 

2人の手を引っ張って車内に入り、最後列に座る。波浜と雪村も私に倣った。

 

 

「あれ、雪村君のご両親は?」

「うちの親は今日も仕事だ。夏休みとはいえ、平日だから普通そうだと思うんだがな」

「私の両親は医師でありながら参加しているぞ?」

「絶対おかしいと思うんだよな」

「うちは父さんはともかく母さんは暇だから」

「茜ー聞こえてるわよー!」

「やばい」

 

 

私たちが乗ってから、すぐに両親たちやその他参加者も乗り込んできた。私たちとは少し離れた、車内中央付近にいる。他の参加者達とも交流しろ、ということだろう。

 

 

出発したバスは都市部を抜けて山間部に入る。本プログラムは山中の屋敷で行われる予定だった。

 

 

「とりあえず仲良し計画として、雪村君はゆっきー、藤牧君はまっきーって呼ぶね」

「なんだそのダサいあだ名」

「いいじゃないか、私は構わないぞ。私だと判別できればなんだっていい」

 

 

波浜も私たちと交流を深めようとしているらしかった。呼ばれ方は何でも構わないが、何か工夫した方が心理的に近くなるという意図だろう。

 

 

「ところで、2人はどんなすごい人なの」

「私は見ての通りの天才だ。すでにストークスの定理程度ならマスターしている…他の大方のことはできないことの方が少ないな」

「なんでこんなに自信満々なんだろうな」

「ねー。僕より上手く絵を描けるのかな」

「非常に残念だが、そういった芸術方面は探究分野ほど明るくない。出来なくはないが、天才には至らないな」

「何故こんなに鼻につく言い方なんだこいつ」

「にやけてるからじゃない?」

「…素直に賞賛されなかったのは初めてだ」

 

 

私の才能を聞く人は皆賞賛したものだが、彼らは違った。その普通でないリアクションも悪くない。彼らも天才と呼ばれる才能の持ち主であり、一般とは異なる感性を持っているのだろう。

 

 

「俺は立体把握とデザインだな。小物とか服とかを、完成品から展開図をすぐに連想でき、展開図から完成品を想像できる。立体的なデザインのセンスも買われたな」

「服作れるの?」

「ああ。…あんまり気にしたことないが、難しいらしいな」

「むう…私も服は作ったことはないな。できなくはないだろうが」

「最後の一言いるか?」

 

 

気を悪くしてしまったのか、雪村が不服そうな顔をしていた。

 

 

「僕はお絵かきだよ。鉛筆でデッサンしてることが多いけど、水彩画とかもやるしデジタルで描いたりもするよ」

「また芸術分野…まあ私がいたら探究分野の天才は呼べないか」

「猛烈に腹立つな」

「落ち着いて」

 

 

2人とも芸術に関わる才能を持っているようだった。私が学問全般の天才である以上、少なくとも同世代では学問に関する天才は呼べなかったのだろう。

 

 

 

 

 

そんな話をしながら、バスは山の中を走っていた。

 

 

 

 

 

平和なはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズゴッ!!!!!!っと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい音を立てて大岩が降ってくるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何…ッ?!」

「え」

「ぐっ?!」

 

 

咄嗟にシートの背を掴む。雪村もしがみついていたが、波浜は間に合わなかった。

 

 

「波浜っ、掴まれ!!」

 

 

咄嗟に右手を伸ばし、波浜の手を掴む。向こうも掴んできたが、波浜の筋力が足りずにすり抜けていってしまう。

 

 

「波浜ぁあああああ!!!!」

 

 

叫んで、更に右手を伸ばしたが、もう届かない。

 

 

伸ばした右手は、大岩によって破断されたバスの天井によって肩から先を抉り取られていった。前の状況はもう岩に隠れて見えない。隣の雪村の足が潰れていくことだけが見えた。

 

 

そのままガソリンの爆発によって車外に放り出された私は、咄嗟に右肩を庇いつつ受け身を取った。その後凄まじい出血を少しでも抑えるために上着を脱ぎ捨て包帯代わりとし、左脇の下を通してキツく縛った。これを左腕だけでできるほど器用であって本当に助かった。

 

 

「ぐぅう…あとどれだけ保つか、多くみて2時間が限度か、出血が多すぎる…!」

 

 

咄嗟の判断としては悪くなかったが、何より出血が多い。爆発の残り火で焼くことも考えたが、アドレナリンの鎮痛作用を考慮しても流石に意識を保てる自信がない。

 

 

「くっ、携帯電話は無事か。とにかくどこかに連絡をしなければ…。消防隊、そして病院。ここに来られそうな総合病院は…少し遠いが西木野総合病院か…!」

 

 

左手を駆使して即座に電話をかけ、火災の延焼と怪我人の搬送を依頼する。もっとも、ほとんど生存者はいないだろうが。

 

 

「それでも…」

 

 

ああ、それでも。

 

 

 

 

 

 

 

「助かる命は、助けられる命だけは救わなければ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

父様が言っていた。

 

 

天才であるならば、より多くの人を救える人になりなさいと。

 

 

天才とはそうあるべきなのだと。

 

 

私もそう思うのだ。

 

 

だから、動ける限りでいいから、一人でも多く救わなければならない!!

 

 

「くっ…れ、蓮慈…」

「と、父様!!大丈夫ですかっ、今助けます!!」

「いや、やめておけ…下半身が完全に潰されてしまった、もう長くは保たない…」

「そんなっ、父様…!」

 

 

降ってきた大岩の下から、父様の上半身が飛び出ていた。もう腰から下が完全に持っていかれている、私にもわかる。これはもう、助からない。意識を保っていられるだけ奇跡だろう。

 

 

「ど、道具と、母さんの命は死守した。…肩を見せろ。応急だが止血してやる…」

「父様…」

 

 

父様は鞄に入っていた様々な医療道具取り出そうとするが、もう手が震えてまともに掴めない。

 

 

ならば。

 

 

「…父様、大丈夫です。私は自分でやれる」

「…ああ、そうだったな…お前は、私の自慢の息子だからな…」

 

 

自力でやる。

 

 

麻酔が無いためものすごく痛むが、今はアドレナリンが過剰分泌されているため耐えられないことはない。焼くよりマシだ。

 

 

速やかに大動脈の結束や患部の封鎖を行なっていると、父様が声をかけてきた。

 

 

「…蓮慈」

「うぐっ…な、なんでしょう」

「…返事はしなくていい。これは私の一方的なお願いだ」

「…」

「今まで…お前の将来を、狭めないようにと…何でも好きなことをしなさいと言ってきたが…やはり、その才能は、医学に使うべきだと思うのだ…」

「…父様…」

 

 

今にも息絶えてしまいそうな父様は、最後の力を振り絞るようにこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮慈、医者になってくれ。医者になって、母さんを、見知らぬ人の命を、その手が届く限り救ってあげてくれ。天才とは、そうあるべきだ。希望の無い誰かのために、希望を差し伸べるために生きるんだ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

私は天才だ。

 

 

その才能は独りよがりにつかうものではないのだ。

 

 

ああ、父様、わかっています。それができるのが真の天才であると。

 

 

それでこそ私なのだと。

 

 

自身の右肩の施術を終えた私は、父様を正面から見つめた。目は逸らさない。

 

 

「…はい。私は医者になります。いえ、言われなくてもそうするつもりでしたとも。私の才能は人を救うためにあるもの…そうでしょう?」

「ふふふ…何度も…教えたからな…」

 

 

父様は笑っていた。もう消えそうな命の中で充足していた。

 

 

「いいか、蓮慈…慢心してはならない…。どうしようもなくなったときは、友を頼るんだ…」

「…父様」

「仲間は…もしかしたら、お前でさえできないことを、やってのけるかもしれない。…他人を疎かにしてはならないぞ…」

「父様、それ以上は…」

「…母さんを、頼むぞ…………そして……私の、分まで………多くの……人を…………救っ………」

「…」

 

 

続きはなかった。

 

 

頸動脈に触れても、脈は感じなかった。

 

 

…父様、ご冥福をお祈りいたします。

 

 

涙は流さない。泣いている場合ではない。落ち込んでいる場合ではない。今ここにいる人の中で、助けられる人は助けなければならない。

 

 

このままでは私以外全滅してしまう。

 

 

父様の鞄を掴み、周りを見渡すと、そう遠くないところに母様が倒れていた。

 

 

「っ、母様!!ご無事ですか、母様ッ!!」

 

 

声をかけても反応はない。しかし脈はある。頭部から出血しているが、目立った外傷は見受けられない。脳震盪だろう。ただ、おそらく重度だ。当分目覚めることは叶わないだろう。

 

 

大きな施術は必要ないが、ガーゼと包帯で頭部の損傷は手当てしておく。あとは安全な場所に運び、楽な姿勢にしておくべきだろう。

 

 

幸い、吹き飛ばされた座席が近くに転がっていた。再度爆発が起きても被害を受けないようにバスの残骸を盾にしつつ、長座席にそっと寝かせる。

 

 

「…母様はこれでいい。あとは…」

 

 

周りを見渡しても、ロクな生存者は見当たらない。近くにある大岩のしたからは止めどなく血が流れてくる。一体何人がこの岩の下敷きになったのか。

 

 

爆発に巻き込まれて焼死した人や身体の一部が吹き飛ばされた人も珍しくない。足元にも誰かの頭や足が転がっている。

 

 

誰か息のある人は…、いや、見つけた。私が投げ出された場所の近くに、両脚の失われた雪村が倒れていた。座席がクッションになってくれたようだ。

 

 

「雪村っ!無事か!!」

「……ぅ…」

「…くっ、意識は無いか。しかし生きている!」

 

 

流石に痛みのショックで意識を失ってはいるが、まだ息はある。しかしこの出血を何とかしなければすぐにでも死んでしまう。

 

 

「…後で綺麗にしてやる。頼む、覚醒しないでいてくれよ…!!」

 

 

意識が無いならば。

 

 

私と違って焼いてしまうのが一番早い。

 

 

近くに落ちていた引火した枝を掴み、切断面に押し付ける。人肉の焼ける異臭が立ち込めるが、そんなものを気にしている場合ではない。焼いて止血したあとは感染症予防のためにガーゼと包帯で患部を保護する。

 

 

「あとは…この出血では輸血がいる。彼の血液型は不明だから…いや、父様のことだからそもそもO型しか持ち歩いていないか」

 

 

父様の鞄には輸血パックも入っていた。いつでもどこでも人を治療できるように、持ち歩き可能な範囲で限界まで医療道具を格納してあるのだ。

 

 

「アレルギーなんか起こしてくれるなよ…頼むから…」

 

 

いくら天才でも、患者の情報がまるで無い中で輸血を行うのは恐怖でしかない。彼がRH-だったりしたらもうどうしようもないのだ。祈るしか無い。

 

 

即席の輸血キットを繋いでシートに寝かせ、すぐに次の生存者を探す。延焼も進んでおり、いくら野外でも酸素濃度が心許ない。あまり悠長にはしていられない。

 

 

自身の傷や酸欠にも気を配りながら死屍累々の惨状を歩き回っていると。

 

 

恐ろしい光景を目の当たりにした。

 

 

「…な、波浜…!」

 

 

恐らくは落石によって引きちぎられたバスの支柱。

 

 

鋭利な槍となったそれに、背中側から胸を貫かれ、串刺しとなったまま支柱の半ばでぶら下がっている波浜がいた。

 

 

「そんな…そんな、いくらなんでもそんな惨い死に方があるか…っ!!くそっ!!」

 

 

思わず駆け出した。あの場所は爆発地点にも近く、再度爆発が起きれば串焼きになってしまう。せめて地面に下ろしてやりたかった。

 

 

近くまで駆け寄った時に気づいた。胸を貫かれている割には出血量が少ない。

 

 

「…まさか。いや、そうだ!途中で枝分かれしているのか!両肺を損傷することにはなったが、()()()()()()()()()()!!」

 

 

支柱は波浜が突き刺さった衝撃か、とにか何らかの物理的衝撃によって半ばで枝分かれを起こしているようだった。二股の槍は波浜の左右の肺を貫いたものの、心臓は恐らく無傷。

 

 

肺が無残な状態にはなっただろうが、酸欠にさえ気をつければ助かる見込みがある。

 

 

「その体勢は辛いだろう、今下ろしてやるからな…」

 

 

ひとまず下ろして楽な姿勢にしてやらなければならない。そして、()()()()()()()()()()()()。抜けばすぐにでも失血死してしまう。刺さったままであるが故に傷を塞いでいるのだ。

 

 

だったら支柱を根本から叩き折るしかない。幸い支柱は斜めになっているし、父様の鞄の中には電動カッターも入っている。丈夫な支柱ではあるが、私の計算では十分切断できるはずだ。

 

 

回転する刃を支柱に押し付けると、火花を散らせて食い込み始めた。時間がかかるだろうが、波浜が息絶えるまでに十分間に合うはず…

 

 

だが。

 

 

「うぐぁっ!!!」

 

 

ズガンっ!!!!!と、突如爆発が起きた。支柱を半分ほど切ったタイミングであり、衝撃に煽られて電動カッターを手放してしまい、遠くへ吹っ飛んでしまった。

 

 

おまけに爆発の衝撃で飛んできた金属片が右目に刺さった。すぐに引き抜いて止血するが、確実に網膜までやられた。もう二度とこの目は見えないだろうが、左目が残っているなら問題ない。

 

 

それよりも波浜だ。

 

 

「くそっ…いや!やってやろうではないか…!!」

 

 

まだ半ばまでしか切れていない支柱だが、逆に言えば半分ほど切れているのだ。

 

 

私ならば力尽くで叩き折れるはずだ。

 

 

…万全の状態なら。

 

 

今は右腕が無く、かなり失血しており、先程右目まで怪我をした状態だ。万全とは程遠い。

 

 

「先端を持てば作用点にかかる力は強くなる…そこに賭けるしかないな」

 

 

いわゆるテコの原理だが、力のかけ方を間違えると変なところが曲がってしまうだけだろう。何しろ明確な作用点が存在しないのだから。そこは私の天才的頭脳でカバーするしかない。

 

 

槍の先端をつかむための足場を探していると、足元に手が2つ転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指輪に見覚えがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

この手は波浜夫妻のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

最期の最期まで、息子に手を伸ばし続けたのだろう。

 

 

「…ああ、お任せください」

 

 

足場は無さそうだ。

 

 

それなら跳ぶしかない。

 

 

「せめて貴方達の息子だけでも、命を救って見せますから…!!」

 

 

私なら届く。

 

 

届かないとしてもやらねばならない。

 

 

私は天才であるが故に、不可能はなく。

 

 

救われないはずの命も救わねばならないのだ…!!

 

 

方向を調節し、軽く助走をつけて踏み切る。左腕を伸ばし、鋭利な先端の少し下を掴む。そのまま腕を引いて()()()()()()、支柱の真上に移動し、

 

 

その先端を全体重を乗せて踏み付けた。

 

 

バキンッ!!という甲高い音と共に支柱が折れた。すぐさま支柱の下に移動し、そのまま倒れてしまわないように支える。

 

 

これで随分楽になったはずだ。流石に支柱が刺さったままではシートに寝かせられないので、地面に横たえるしかないが。

 

 

後は酸欠をどうにかしなければならない。

 

 

「酸欠は…肺が損傷している以上、無闇に呼吸させるわけにもいかない。ならば()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

父様の鞄から取り出したのはもう一つの輸血パック。ただし、中に入った血液は鮮やかな赤色だ。

 

 

肺から取り込まれた酸素は赤血球と結合し、身体中に酸素を運んでいる。そして酸素と結合したり赤血球は真っ赤に色づく性質がある。この輸血パックの血液は酸素と結合した血液が入っているのだ。

 

 

元々輸血が必要な出血をしているのだ、これが最善となる。

 

 

「よし…よし、これで暫くは保つはずだ」

 

 

ひとまず3人。あと他には…。

 

 

時折起きるガソリンの爆発や広がり続ける山火事に気をつけながら生存者を探したが、残った全ての人々は手遅れだった。

 

 

そもそも大半は最初の落石で潰されただろう。そしてその後の爆発だ、4人生きていただけでも奇跡的だ。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、奇跡なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

それでも。

 

 

 

 

 

 

 

「…たったの4人しか救えないのか…」

 

 

 

 

 

 

 

プログラムの参加者は、親御さんを含めて38名。

 

 

その中で救えたのは、自分を含めて4名。

 

 

あまりにも少ないではないか。

 

 

「物理的な限界ではあるはずだ…。だが、それでも…」

 

 

実現可能な最大人数に応急処置を施したはずだ。きっと私でなければ不可能で、天才たる私であるからこそ救えた命だ。

 

 

そうであってもだ。

 

 

「目の前で、人が死んでしまうのは…こんなにも苦しいことなのか…」

 

 

救えなかった命が目の前に転がっている。

 

 

その事実だけで私の心を折りかねないほどの悲壮だった。

 

 

失血で足がふらつき、遂に膝をついた。遠くからヘリの音が聞こえてくる。助けが近づいているようだ。

 

 

助けられた人たちは、まだ生きている。ドクターヘリが来れば、波浜はともかく他二人は安全に搬送できるだろう。

 

 

逆に言えば、波浜はまだ安心できない。

 

 

その命を救うためには膝をついている場合じゃない。

 

 

「ふふふはは…。天才は辛いな…休む暇も悲しむ暇もないとはな」

 

 

まだまだ。失血程度で倒れていられるか。酸素が行き届いていなくても問題ない、未だ8歳のこの身で高山トレーニングも難なくこなせるのだ。血が巡らない程度でへこたれるな。

 

 

事故現場から少し離れた、比較的開けた地を探す。邪魔な倒木は蹴り飛ばし、広い土地を確保してから火のついた枝を集めて円を描く。

 

 

即席ヘリポートだ。まずはここにヘリを誘導する。雪村や母様は滞空したヘリに吊るのも可能だろうが、波浜はそうもいかないからな。

 

 

さあ、あとは全員が無事搬送されるまで耐えるだけだ。

 

 

私だけは気を失うわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、無事全て見届けた後はすぐに気を失った。次に目を覚ました時には茜の手術も終わっていたし、私の右肩は縫合され、右眼球は摘出された後だったな」

「…信じられないようなことしか言わないわね…」

「真実しか伝えていないのだがな。あといつも通り敬語がなっていないぞ」

「敬語はもういいじゃない!!」

「良くないが」

 

 

母様の容態を確認しつつ昔話をしたら、西木野嬢は随分と複雑な表情を浮かべていた。天才たる私の所業が理解できないのは仕方がないかもしれない。

 

 

「とにかくだ。意識不明の母様に延命処置を施すためにはそれなりの施設が必要だった。だからここを使わせていただいているのさ」

「そうだったの…」

「西木野先生の温情で安く使わせていただいてはいるが…甘えてばかりはいられないからな。私も医師免許を取得してからは手伝いをさせていただいている、というわけだ」

 

 

西木野先生は別にいいと言ってくださっているが、そういうわけにもいかない。

 

 

それに、母様を治す手立てを探すいい機会でもあるのだ。方法はわかっていても、確実に遂行する「手段」がない。母様の状態を分析したところ、私の腕を持ってしても100%治療することが難しかったのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

確実な施術ができたのだ。

 

 

「…まあ、この部屋を使わせていただくのもあと少しだがな」

「え?」

「最も必要だったのは、私の右腕だった。そして、図らずもそれは手に入ったのだ。湯川氏の手によって」

「右腕って…たまに使ってる、気持ち悪いやつのこと?」

「マイクロミケランジェロ…いや、オリジナルのミケランジェロでも良いか。あの義腕のおかげで私の限界以上の手術が可能だ」

 

 

そう。

 

 

今なら、私の右腕の代わりがある。湯川氏の技術力には脱帽する他ない。

 

 

なるほど、父様の言う通り、友は大切だな。

 

 

「来週にも施術を開始する予定だ。気になるなら君も見に来るといいだろう」

「いや気にならないけど…っていうか見ていいの?」

「見られてどうなるものでもないのでな」

 

 

見られた程度で失敗するほど天才は甘くない。

 

 

とても、とても長い時間待たせてしまったが。

 

 

今こそ救ってみせましょう、母様。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

藤牧さん(8歳)(プログラム言語習得済み)(片手だけで自分に包帯を巻く)(片手かつ麻酔なしで自分の肩を応急処置)(片手で雪村さんを持ち上げてシートに寝かせる)(片手でバスの支柱を叩き折る)(失血状態で倒木を蹴り飛ばす)
なんやこの化け物。
しかもすごくいい人。よくよく考えたら作中でも大抵医療行為しかしてませんね。出番が少なかったのと言い回しが腹立つせいでいいところが霞んでしまっている…笑
藤牧さん話はもう少し続きます。
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