笑顔の魔法を叶えたい 作:近眼
ご覧いただきありがとうございます。
お気に入りも感想もぐいっと増えてほんとに嬉しいです。嬉しすぎて寿命伸びるどころか死に近づいた感さえあります。タイトル回収したしいいんじゃない??
まあまだ続きますがね!!
というわけで、どうぞご覧ください。
なお、今回一万字超えてしまったので読むの時間かかるかもしれません。
走らない程度に急いで絢瀬さんを追いかける。姿は見えないから足音だけが頼りだ。その足音も弱々しく、ずいぶんメンタルブレイクしている模様。歩みが遅いのはありがたいけど、足音が聞き取りにくいのは困る。ここ右かな?
「うちな」
「希…」
角を曲がろうとしたところで、東條さんと絢瀬さんの声が聞こえた。足を止めて成り行きを見守る…いや聞き守ることにする。聞き守るってなんだよ。
「えりちと友達になって生徒会やってきて、ずーっと思ってたことがあるんや。…えりちは本当は何がしたんやろって」
そういえば長らく東條さんと関わる機会がなかったから忘れていたが、この2人は教室でも生徒会でもいつも一緒にいる無二の親友だ。そんな彼女は絢瀬さんが廃校阻止のために孤軍奮闘している間、何をしていたのだろう。こうして彼女が揺らぐ瞬間を待っていたのだろうか。
「ずっと一緒にいると、わかるんよ。えりちが頑張るのはいつも誰かのためばっかりで、だからいつも何かを我慢してるようで…全然自分のことは考えてなくて!」
「…!」
だんだん声に力がこもってくる。いつもの余裕綽々な言動もなりを潜め、ただ必死に親友に言葉を投げる。きっとこれが東條さんの本心で、ずっと綾瀬さんに伝えたかったことなんだ。だったら僕の出る幕じゃない。
「学校を存続させようっていうのも生徒会長としての義務感やろ!だから理事長はえりちのこと、認めなかったんと違う?!」
そういえば、理事長さんも絢瀬さんの活動を結構認めなかった。彼女は気づいてたってことか。綾瀬さんは義務感で、僕らはやりたいから。理事長として、学生である僕らにとって許可すべきはμ'sの方だと判断したのだろう。
「えりちの…えりちの本当にやりたいことは?!」
涙声だった。今の今までの、親友であるが故に気付けた本心、そして親友であるが故に言えなかった本心。東條さんの中で溢れる想いが器を超えたのだろう。最近本当に泣き声を聞く機会が増えてしまった。全然嬉しくない。
2人は無言だった。僕も当然無言で、廊下は静まり返っていた。といっても実際は朝練やってる運動部とか吹奏楽部とかの音はそれなりに聞こえている。もちろん屋上で練習してるμ'sの声も。
その一切が完全に途切れた一瞬。いい加減出て行こうかと思った矢先、遂に沈黙が破られた。
「何よ…。なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!」
またもう1人分。
泣き声が増えた。
「私だって!好きなことだけやって、それだけで何とかなるんだったらそうしたいわよ!」
堰を切って溢れ出した本心は、いっそ銃声よりも激しく聞こえるほどだった。誰かのために身を削り続けた氷の女王の、生身の部分の慟哭だった。
「自分が不器用なのはわかってる!でも!…今更アイドルを始めようなんて、私が言えると思う…?」
全部吐き出して、走り去る足音。追いかける足音は聞こえなかった。そろそろ出番か。
「…聞くつもりはなかったんだけどね」
「…」
「追ってみたら全部聞こえてしまったよ。ごめんね」
「…」
「…えーっと東條さん?」
後ろから話しかけても無言である。ガン無視ですか?傷つくなあ。まあ僕にはにこちゃんがいるからいいや。そう思って横を過ぎようとすると、俯いて泣いている東條さんの横顔が目に入った。彼女より背が低くてよかった、素通りするところだった。ん?よかったのか?
「…うちじゃ、助けられんかった」
「誰を?」
「えりち」
鼻をすんすん言わせながら、震えながら話す東條さん。そのままへたり込みそうなほど悔しそうだ。悔しそうで、哀しそうだ。
「えりち、いつも誰かのために、みんなのためにって、頑張ってた、から、うちが、うちだけでも、えりちのためにって、」
「はいはい落ち着きなさい。まだ授業始まってもいないのに泣かないの」
せめて放課後にして。タイミングの問題じゃないって?そんなこと言わずにさ。
「でも」
「でももだってもないの。人ひとりが出来ることなんてたかがしれてるってこと、君も絢瀬さんも学ばなきゃね」
「じゃあ、どうしたらいいって言うん?波浜くんなら何とか出来るって言うつもりなん?」
涙目でこっちを睨む東條さん。そんな顔も出来るのね。怖いわー。超怖いわー。
「今ひとりで出来ることなんてたかがしれてるって言ったばっかで、そう言っちゃうのは馬鹿っぽいでしょ。単純な話、ひとりじゃなければいいんでしょ」
それだけで伝えて東條の横を過ぎる。足音の方向と距離からして、生徒会室には向かってない。それ以外で絢瀬さんが行きそうなのは…教室かな?
「そんな、そんな簡単にっ…!」
「簡単だよ。だって今から僕が行くし、僕にはにこちゃんがついてるし、にこちゃんにはμ'sのみんながいる。総勢9人、単純計算なら9倍効率。僕らが君ほど活躍できなくても、2倍くらいにはしてやる」
「…」
「東條さん、そんなに自分を責めないで。君が役に立たなかったんじゃない、絢瀬さんが思ったより頑固でぶきっちょだっただけ。君の過失じゃない」
「でも、えりちは…!」
「君の親友。そうだね、きっとそうだと思う」
絢瀬さんも東條さんも、結局優しすぎたんだろう。絢瀬さんがどうのこうの言ってるけど、東條さんがやってることも結局自分度外視の自己犠牲だもの。「自分よりみんなのために」、「自分よりえりちのために」。行動の仕方が違うだけで理念は同じ、結局はお互いのサポート範囲である自身を軽視してしまったが故に起きた誤算。
だったら、彼女らをまとめてフォローできる子を放り込めば万事解決だ。
「でも僕だって友達のつもりで、にこちゃんも一緒に友達なんだ。親友だからって自惚れるな、相手の全てがわかるなんて、全てが救えるなんてとんだ傲慢だ。僕ですらにこちゃんの全部は知らないし、にこちゃんひとり未だに救えないんだぞ」
実際それは僕ではなく、にこちゃんでもないと思う。
でも、それが出来そうな人に心当たりはある。
「…でも」
「あーはいはいわかったわかった。それでも救いたいなら、後から来る女神さんたちと合流してから追ってきなさい。僕は先に行って時間稼ぎしてるから」
「ま、待って…」
「待たない」
振り向かずにガンガン歩いていく。東條さんはなんだかんだ足が動かないらしかった。頭の処理が追いついてないんだろう。仕方ない、ため息をついて一度立ち止まり、少し振り向いて言葉を発する。
「一旦頭を冷やしな。行き当たりばったりじゃ救えるものも救えない」
少し厳しめなことをいったら微妙に気まずくなってしまったから、また前を向いてさっさと歩き出した。きっと僕は悪くない悪くないよ。
理由はわからないけど、にこちゃんのためになるかどうかはこの時頭に浮かばなかった。
「さて、話をしようか」
「…っ、波浜くん…」
案の定教室にいた。教室の扉を開けると同時に声をかけると、絢瀬さんは半泣きかつ驚いた様子でこちらを向いた。今日は表情筋が忙しいね。
「…何よ、今日は練習を見る気分じゃ
「さっき東條さんと話してるとこ聞いてしまったからさ」
「…!」
不機嫌そうな表情が明らかに引きつった。そりゃそうか、親友に非難をぶちまけるのを聞かれたらそりゃ嫌だ。
「…だったら何なのよ。説教でもしにきたの?」
「うん」
「それなら…え?」
苛立ち募る中、僕の答えが予想外だったらしく呆気にとられた様子の絢瀬さん。何しにきたと思ったんだ。
「うん、説教しにきた」
「え…え?あの、」
「ちなみに反論は受け付けない」
「えっ」
とりあえずぼけっとしている間に畳み掛けよう。
「全く、氷の女王とはよく言ったもんだ。自分一人で何が救えると思ったんだ君は。傲慢も極まるね」
「…生徒会長だもの。私が学院を救わなくて誰が救うって言うのよ」
「そこが傲慢だって言ってるのに」
「どこがよ!それなら君なら廃校を止められるって言うの?!」
「そんなわけあるか。そもそも主語がおかしいんだよ君」
「…何を言って、」
「『僕が』『私が』じゃないだろう。…『みんなで』救うんだろ、音ノ木坂を」
息を飲む音がした。まるで盲点だったと言わんばかりに。そういうところが思い上がりだと言っているのにもう。
「普通に考えなさいよ。廃校を阻止したいのは君だけじゃなかったでしょう?東條さんだったり、にこちゃんだったり、高坂さんだったり、きっと生徒会の皆様も。他にも探せばいっぱい居たと思うけど、それらに目を向けずに勝手に突っ走ったのは、君でしょう?」
「…それは、」
「君はみんなの意見をちゃんと聞いたか?アンケートとか取ったか?聞いた上で、気に入らないからとか不合理だからって君の主観で切り捨てなかったか?全部聞けとはさすがに言えないけど、多くの意見から最善を引っ張り出すとかいうのは考えなかった?」
「…」
返事はない。図星だったんだろう。
「μ'sは気に入らなかったかい?行き当たりばったりでやってるスクールアイドルなんか当てにできなかったかい?残念だけども、あの子たちは君のやり方よりはるかに注目を集めているよ。何故だろうねぇ、君はあんなダンスじゃ響かないっていうのに」
「…それは…」
何かを答えようとする絢瀬さん。意外にも、何か心当たりがあるようだった。
「亜里沙が…妹が言ってたわ。μ'sのライブを見てると胸が熱くなるって。一生懸命で、目一杯楽しそうで…元気が、もらえるって」
君妹いたんかい。何ともいいこと言う妹さんだ。オープンキャンパス来るだろうか。いやそんなことより、絢瀬さんもことの本質は薄々わかっていたようだ。
「何でだろうね?」
「何でって…」
「さあ、初ライブで高坂さんが何て言ったか思い出そうか。さっき屋上で何て言ったか思い出そうか。…東條さんの言葉を、思い返そうか」
何故だろうか、別に歌とか踊りが上手でもないのに、応援したくなる人がいる。一流じゃないけど、頑張れって言いたくなる人がいる。いつぞやにこちゃんが「オーラ」とか呼んでいた代物を持つ人。
そういう人は、例えば高坂さんのように、決まってこう言うのだ。
「『
「…希は、私のやりたいことはって…」
「嫌々やってることに心なんて動かない。気持ちなんか揺るがない。東條さんはそういうことを言ってたんだろう。やりたくないことやっても気合は入らないし、人の心なんて動かせるわけもないからね」
結局はそういう話。
みんなのためにではなく、自分のためにでもなく。その両方のために頑張れる原動力は、やっぱり「やりたい」ということ。何がどうだか何て関係ない、一切合切合理論はすっ飛ばして、好きだからやりたいからの一心で貫けるなら、それはきっと万人の心を動かすのだ。
「まあ、君が何をしたいか何て僕は知らないわけだけど。君さっき何て言ってたっけ。好きなことだけやって、それだけで何とかなるんだったらそうしたい、だったかな」
「…ええ、そう、言ったわ」
「そうすればいいじゃないか」
「簡単に言ってくれるわね」
「簡単だからね。君みたいに頑固かつ不器用でなければ」
明らかにムッとした様子の絢瀬さん。随分かき氷お嬢ちゃんに戻ってきた。いいね、その方が話しやすい。
そう思って満足げにしていると、不意に扉が開いた。その先にいるのは、高坂さん筆頭のμ'sの面々+東條さん。ちゃっかり涙の跡は消してある。流石だ。っていうかみんな早かったね。
「…さて、本命も到着したし、あとはお任せするかな」
「え、さっきまでしていた話は…?」
さっさと皆様の後ろに引っ込む僕に戸惑う絢瀬さん。そりゃそうだ、急に会話切っちゃったもんね。ごめんね。
「僕のお話はおしまい。時間稼ぎでしかなかったし。ここからクライマックスなんだから、演出側の人間は舞台にいるわけにはいかないの」
そんだけ言って、後はお任せ。何か合図とかする必要もなく、高坂さんが絢瀬さんの目の前に躍り出る。続いて他の面子も。
「あなたたち…」
「生徒会長…いえ、絵里先輩!お願いがあります!」
「練習?それなら昨日言った課題を…」
「絵里先輩、μ'sに入って下さい!」
「…!!」
驚いた様子の絢瀬さん。僕も予想していたし、その他大勢も笑顔である。こうなることは前もって知らされていたか、みんなこうなると思っていたのだろう。なんか適応してきちゃったなあ。
「一緒にμ'sで歌って欲しいんです!スクールアイドルとして!!」
「…何を言ってるの?私がそんなことするわけ
「するんだよ」
「ない…え?」
「そうよ。やりたいなら素直に言いなさいよ、絵里」
「にこちゃんが言うかい」
「何よ」
未だ強情にも拒否しようとする絢瀬さんの言葉を遮り、にこちゃんが追い打ちをかけた。ただし台詞はブーメランになってるよにこちゃん。
「ちょ、ちょっと待って、別にやりたいなんて…大体私がアイドルなんておかしいでしょ?!」
「なんかおかしいかな」
「おかしくないわね」
「やってみればええやん。特に理由なんて必要ない。やりたいからやってみる。…本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?」
よくわからない主張を3年生仲間で捻じ伏せる。これには絢瀬さんも困惑だ。困惑しつつも、少しずつ嬉しそうな表情になる絢瀬さん。そこに高坂さんが手を差し出した。
「…いいの?あんなに、邪魔したり、嫌がらせしたりしたのに…」
「自覚はあったんだね」
「むぅっ」
揚げ足をとるとムッとされた。ごめんて。
「いいんです!私たちだって、絵里先輩とスクールアイドルをやりたいんですから!」
元気よく答える高坂さん。この子器大きいねえ。流石リーダー。こういうところはきちんとリーダーだね。いや、こういうところでしっかりしてるからリーダーなのか。
高坂さんの返事を聞いた絢瀬さんは遂に笑顔になり、真っ直ぐ高坂さんの手を取った。やっと、意地っ張りな生徒会長が、絢瀬絵里としてやりたいことを掴んだのだ。
「絵里先輩…!」
「これで8人!」
「僕入れて9人ね」
「…あっ」
南さん酷くないかい。まあ僕はマネージャーだけどさ。
まあそれよりも。もう一つやりたいことがあるんだけど…にこちゃん最優先をいい加減遵守しないと、って思ってたらにこちゃんと目が合った。にこちゃんは真摯な目で頷いて見せた。やれってか。にこちゃん僕が何を思ってたかわかったのか。何それ照れる。
とりあえずGOサイン出たので、やる。
「…で、どうするの東條さん」
「…どうするって?」
「にやにやしてるってことは察してるでしょうに。君はμ'sに入るのかって」
以前から思ってはいたのだ。やたら肩入れする割にはμ'sに入ろうとしないな、とは。その原因が絢瀬さんだとしたら、もう障害はないはずなのだ。
「…ふふ。にこっちのことばっかり考えてるかと思ったら、結構よく見てるんやね」
「いや僕はにこちゃんのことしか考えてないよ」
「ふんっ」
「んぎゃ」
肘が脇腹に刺さった。痛い。にこちゃん手加減プリーズ。
「…占いで出てたんや。このグループは9人になった時、未来が開けるって。…だからつけたん。9人の歌の女神…μ'sって」
「ええ?!」
「じゃあ、あの名前をつけてくれたのって希先輩だったんですか?」
「うふふっ」
「薄々そんな気はしてたけどねえ…。神話の女神なんて如何にも君が好きそうなジャンルだし」
よく占いがどうとかカードがどうとか言ってるもんね。タロットを持ってるのもよく見かけるし、そういう類の話には詳しいと思っていた。
「あと、うちらを照らす太陽さんと、うちらを守る騎士さんもね」
「流石に僕に二役は厳しいんだけど」
「せやね。だからあと一人。マネージャーが必要かもしれへんね」
心当たりはまったくないんだけどね。みんな頑張ってさがして。
「まったく、希ったら…」
呆れたように微笑んだ絢瀬さんは立ち上がって扉へ向かう。
「絵里先輩、どこへ?」
園田さんが問いかけると、さっきまで半泣きだったくせにすっごい笑顔で振り向いてこう言い放つのだ。
「決まってるでしょ。練習よ!!」
その日の放課後。授業後の練習に行く前に生徒会の仕事があるため、希と一緒に生徒会室に向かっているときだった。
「…えりち、波浜くんのこと…どう思った?」
「え?波浜くん?」
希が急に問いかけてきた。波浜くんといえば、にこのことばかり考えている、かなり意地の悪い男子だけど…どういう意味で聞いてきたのかしら。
「今朝の波浜くん、いつもと違ったと思わへん?」
「いつもと…?」
確かに説教くさかったけど、いつも通りだったと思う。
「いつもの波浜くんは、にこっちの側にいつもいて、行動の中心が全部にこっちなんよ。…今朝みたいに、自分から動くのは珍しいと思う」
「そうかしら?μ'sの初ライブの時とかも一人で行動してたと思うけど」
「そうなんよ。彼、μ'sと関わり始めてから、一人で行動することが増えてるん。1年生のときも、2年生のときも、男の子一人しか居らへんかったからよく見てたんよ。その頃はにこっちにべったりで、長時間離れるのは見たことない」
「うーん…」
そうだったかしら。…恥ずかしながら、今まで学校のためにってことでいっぱいいっぱいで、波浜くんのことは試験の成績上でしか見なかったからあまり記憶にない。
「それでね。なんとなくだけど、今朝の波浜くんの方が…いつもよりよく喋るな、とも思ったんよ」
「あ、それは私も思ったわ。すごく口が回ってた」
ついでに自分のことを棚に上げすぎとも思ったけど。あなただってにこのことしか考えてないじゃない、って。でも大人気ないのでそれはナイショ。
「いつもとは別人みたいに心配して、周りを見て…全体を見て行動してた。にこっち中心じゃなくて、波浜くん本人を中心に。うちらの悪いところもちゃんと叱ってくれて、たまに口調も変わって…でも、いつもみたいな芝居がかった感じじゃなくて、とても自然な話し方だったと思う。だから、うち思ったんよ」
珍しく真剣な顔の希は、真っ直ぐ私を見てこう言った。
「もしかして、波浜くんって本当は———」
さて、オープンキャンパス前日なわけですが。
「…困った」
うん、困った。
何がって、会場が芝の上の特設ステージなのだ。いやそれの何が困るのかって話かもしれないが、芝の上にトラックやらフォークリフトが乗り込むわけにはいかないのだ。傷むから。特設ステージの骨組みだって接地面を目一杯減らしたものを選んできた。
選んだはいいが、設置する場所まで運ぶ手段が、手運びしかない。
新メンバー追加による仕事の増加もあるし、絢瀬さん考案の練習スケジュールに手を加えたりしてたら会場がどこか確認するのをすっかり忘れていた。照明演出失格である。引退しよかな。
一応ヒフミのお嬢さんらが頑張ってくれてるが、所詮一般の、しかも女の子である。骨組みもアルミ合金とは言えそこそこ重い。だいたい僕には持てない。このペースだと今日中に終わらないというか、夜が明けても終わんない。やばい。照明器具の設置もしなきゃいけないし。やばい。とても。
「むー、いっそ設営業者に無理言って派遣してもらうか?いや今から頼んでもすぐには来れないだろうし…むむむ」
「…おい」
「人脈が狭いからなあ…。桜か天童さんか…あいつら?ダメだ、パワーが足りるビジョンが浮かばないわ。台車とかでどうにかするしかないのか…」
「おい」
「しかし照明器具はどうするよ。振動に弱いのも無くはない。あんまり負荷かけたくないんだよな…あーくっそどうするかなぁぐぇ」
「聞いてんのかコラ」
首根っこをつかまれてぶら下げられる。気分は首を咥えられた子猫だ。嬉しくない。っていうか、僕が軽いとはいえ片手でぶら下げるって何事。
僕を引っつかんだ何者かは、そのまま僕は自身の目の前に持ち上げた。…デカい。すっごくデカい。2mあるんじゃなかろうか。射抜くような三白眼をサングラスで隠し、銀髪をオールバックでまとめていてなんかヤのつく一族みたいだ。あと筋肉やばい。とにかくやばい。
「何さ、僕は忙しいんだけど」
「状況の割には冷静だなオイ…。忙しいのはわかってる、というか忙しそうだから声をかけてるんだ」
「はあ。嫌がらせかな」
「違ぇよボケ」
「口が悪いね」
礼儀がなってないね。そもそもいきなり人の首を引っ掴むようでは礼儀もクソもないか。
「手伝うぞ」
「はいはいだから…んん?」
「だから手伝うぞ」
んんん?
どうしてそうなった。
「えーっと…ありがたいけど、何で?」
「何でってお前…μ'sのライブなんだろ?」
「うん、いやそうなんだけど理由になってないよね」
「μ'sのファンだ」
「うん」
「…それ以上なんか要るか」
「………いや、うん、わかったよ」
まったく脈絡がないけど、まあパワーありそうな人が手伝ってくれるならありがたい。ここはお言葉に甘えようか。
「じゃあまずは…」
やばい。
彼、なんか、こう、強い。
「おいこの骨どこだ」
「向かって右の奥の方。番号書いてあるからその通りに」
「了解」
…何で片手で2本も骨持ってるんだろう。女の子たち見なよ。両手で1本でしょ。君は両手で4本だよ。おかしいよね。いや片手で僕を持ち上げれるんだからまだ余裕あるのか。なんだ彼。強い。
「さらに僕を肩車する理由がわかんない」
「あ?指示が聞きやすいだろ」
「そんだけの理由でウエイトを増やすのか」
筋肉ダルマめ。
「おらコレどこだ」
「ステージの角だよ。うん、そこ」
筋肉ダルマのくせに察しがいいのだ。しかも仕事は丁寧、照明器具も慎重に持ってくれる。なんだ彼、強い。
「この鉄骨はなんだよ」
「あー、後ろのアーチ用のトラスだね。裏側だよ」
彼が指さしたのはアーチ状のアルミ合金製鉄骨群。個々のサイズは大きいけど見た目よりは軽い。彼なら楽々持てるだろう。十数本あるから何度か往復が必要だけど。
「これ縛ってあんのか?」
「そうそう。その紐っぽいやつは切っちゃっていいからね」
「ああ、そうする…後でな」
「は?」
筋肉マン君はおもむろに積んであるアーチの最下段をむんずと掴むと、あろうことか全部一気に持ち上げた。パラパラと土が落ちる。何これ世紀末?頭上に鉄骨が浮いてるんだけど。
「…何してんの?」
「この方が早いだろ。つーか軽いなこれ」
「嘘だろ」
予想以上に脳筋だった。脳筋すぎるだろ。
でも、そのおかげで予想外に早く準備が進み、照明の仕込みまで終わらせられてしまった。屋上でリハーサルしてるにこちゃんとは一緒に帰れないかと思ったらいい感じに間に合いそうだ。
「…いや、本当に助かった。ありがとね」
「おう」
短く返事する筋肉マン君。下から見上げると威圧感恐ろしいんだけど。ヤンキーも裸足で逃げ出す勢い。いやマジで。
「明日も聞きにくるでしょ。名前は?」
「…滞嶺、創一郎」
「滞嶺君ね。覚えた」
滞嶺…そういえば以前、小泉さんが1年生に滞嶺っていう男子いるって言ってたな。君か。いや校内に制服でいる男子なんだから消去法で彼しかいなかったわ。
「あー!波浜先輩!お疲れ様です!…って、わああ?!」
「準備はもう終わっ…ぴぃ?!」
「穂乃果、ことり、どうしまし…ひっ?!」
自己紹介を終えたところで、ちょうどμ'sのみんなが校舎から出てきた。出てきたはいいけど、2年生の皆様が滞嶺君におビビり申し上げてる。失礼でしょ、と言いたいところなんだけど、何というかしょうがない。見てくれの恐さが半端ないもん。3年生ズも警戒してる。滞嶺君は気にしてなさそう…いや、しょげてる。グラサンの向こうの目が悲しそうになってる。意外と豆腐メンタルなのか。
「あっ滞嶺くんにゃ」
「こんな時間にどうしたんですか?」
「授業は午前中で終わったじゃない。早く帰りなさいよ」
おや。1年生ズは恐がってない。むしろめっちゃフレンドリー。仲良いの?意外。
「…野暮用だ」
「彼、設営手伝ってくれたんだよ」
「おい」
「そうなの?!ありがとう!」
「ん、お、おう」
何故かはぐらかそうとしていたので暴露した。怒られそうになったけど星空さんが先手を打ってくれた。ありがとう。
「あのー、凛ちゃん…知り合い?」
「同じクラスの滞嶺創一郎くんにゃ」
「い、1年生?!」
高坂さんと園田さんが仰天している。まあ1年生には見えないよねえ。でかいし。恐いし。…でかいし。
「お、大きいわね…」
「208cmだ」
「にこちゃんに50cm足しても届かないね」
「茜もでしょ」
でかすぎない?
しかし、そんな巨人に対してもまったく物怖じしない子もいる。特に星空さんはさっきからひたすら滞嶺君の手を引っ張っている。
「一緒に帰ろーよー!」
「帰らねえよ…つか押すな」
「んぐぐぐぐ…重いにゃ!」
「145kgだからな」
「ひゃくっ…?!」
「重戦車かよ」
なんだこの怪物。そして何故そんなに懐かれているのか。
「そんなこと言わずに、せっかくなのでスクールアイドルについて話を…!」
「受けて立とう」
「にゃー!凛とも遊んで!」
「片手間にな」
「何やってんのよもう」
「理解が追いつかない」
「安心して波浜くん、私もよ」
何故か鼻息荒い小泉さんの提案にノリノリな滞嶺君。ご不満な様子の星空さん。呆れる西木野さん。うん、意味がわからん。
まあ、とりあえず彼がいい人ってことだけはわかった。そうじゃなければ、星空さんはともかく小泉さんが仲良くしない。そもそも僕を手伝ってくれたしね。今度バイト代払おう。
そして、オープンキャンパスでのライブは。
「皆さん、こんにちは!私たちは、音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!」
たくさんの人が来てくれて。
「私たちは、この学校が大好きです。この学校だからこのメンバーに出会えて、この9人が揃ったんだと思います」
多くの人が目を輝かせ。
「これからやる曲は、私たちが9人になってはじめてできた曲です。私たちの、スタートの曲です!!」
何より。
「「「「「「「「「聞いてください!『僕らのLIVE 君とのLIFE』!!」」」」」」」」」
みんなの、にこちゃんの笑顔が。
とっても輝いていた。
ここからまた始まる。にこちゃんの笑顔の魔法を、世界に広めるのだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
タイトルは無事回収できましたが、まだまだお話は続きますよ。むしろここから本番ですね。だんだん他の男たちも出てきます。