笑顔の魔法を叶えたい   作:近眼

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ご覧いただきありがとうございます。

驚異の翌日投稿!!日刊近眼ですよ!!
…なんか語呂悪いから今のナシにしましょう。
ここから毎日投稿しないとお誕生日に間に合わない計算なので…あっお誕生日って言ってませんでしたね!そう!にこちゃん生誕祭に向けて連投しているのです!!お楽しみに!!
でもまだばっちり暗い内容です。
三人称視点にしたのですが、あんまり三人称っぽくなりませんでした…これは無能ですね!!

というわけで、どうぞご覧ください。




ふたつの悲劇を止めるため

 

 

 

 

 

穂乃果が離脱を宣言した翌日、μ'sは活動休止をすることになった。絵里の提案により、今後の方針を見つめ直すべきだと判断したからだ。

 

 

そしてその日、茜は学校に来なかった。

 

 

にこの携帯に連絡はなかった。教師にも連絡されていなかった。茜は無断欠席なんてするタイプではない。あれでも礼儀を重んじるタイプなのだ。

 

 

何かおかしいことはわかっていた。にこ自身も、昨日茜を家まで送り届けた時に流石に気づいていた。普段では考えられないほど放心していることには。

 

 

その理由は、大方の予想はついている。

 

 

だが、それについてどう言及すべきかは…思いつかなかった。

 

 

しかし、にこは他にもやらなければならないことがある。アイドルを目指す身としては、活動休止なんてしている場合ではないのだ。何かしらの形で活動はしていたい。

 

 

だから、人の居なくなった教室に花陽、凛、創一郎を呼んでこう言うのだ。

 

 

「私はアイドル活動を続けるわ。…一緒にやらない?」

「…うん!」

「いいけど…かよちんはわかるけど何で凛も?」

「俺が呼ばれた意味もわからんぞ」

「凛もやりたそうだったからよ。創一郎はマネージャー」

 

 

一応快諾してくれたことにはまず安堵。しかし心苦しいのはこの先だ。

 

 

「マネージャー…まあ雑用は受けるがよ。茜はどうしたんだ」

「…茜は」

 

 

そう。

 

 

茜のこと。

 

 

今日も何度もこちらから連絡を取ろうと思ったが、通じないのだ。今まで、にこからの連絡は一瞬で返事が来たというのに。

 

 

そして、心当たりもあるから辛いのだ。

 

 

「…まあいい。言いにくいなら聞かないでいてやる」

「…いいの?」

「いいさ、それくらい。それより活動は何をするんだ?とりあえず基礎トレとかはいいが、曲も歌詞も衣装もねぇぞ」

 

 

意外とさらっと流してくれた。創一郎がなんか一回り成長している気がする。

 

 

「曲は桜さんにでも頼むわ。でも歌詞と衣装は…自力でなんとかするしかないわね」

「えーっどっちも無理にゃー」

「やる前から無理とか言うんじゃねえ」

「いたっ」

 

 

ともかく、受け入れてくれたのはありがたかった。どうしてもすぐにはできない作曲は本業の方にお願いして、まだ経験のある歌詞と衣装はどうにかしよう。花陽ならそこらへんの知識はあるかもしれないし、にこ自身も過去のスクールアイドル活動において経験がある。出来ないことはないだろう、とにこは踏んでいた。

 

 

「まあ、何をするにも基礎だろ。明日からまた神田明神で朝練して、そこから少しずつ進めるのがいいんじゃねぇか」

「…あんた、なんか急に頼もしくなったわね」

「褒めてんのか?」

「褒めてるわよ」

 

 

さっきから創一郎が的確だ。あまり様子が急変されると対応に困る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「練習メニューとかは今までのを流用して問題ないかしら…結構完成された内容だったし。とりあえず朝の階段ダッシュと基礎トレ…あとは歌の練習もしなきゃ。あー真姫ちゃんも呼んだ方がいいかしら…」

 

 

その日の帰り道、にこは一人で帰りながら今後の方針を考えていた。今まではあまり細かく考えたことはなかったが、こうしてみると意外と大変だ。

 

 

部長がそんなんでいいのかとか言われそうだが。

 

 

(…やっぱり茜を呼び戻そうかしら。いや、私の連絡に返事がない時点で多分無理。私がなんとかすべきなんだろうけど…)

 

 

茜には、その後も何度もメールを送った。

 

 

何度も言うがいつもなら一瞬で返事が来るのに、今日は全く音沙汰ない。仕事があるという話も聞いていない。

 

 

茜の様子がおかしくなった原因は…直接の原因は穂乃果だろうが、根源的な原因は自分にあるということを、にこは知っていた。知ってはいるが、解決できるかは別問題。どうしたらいいかわからないから、今は茜は後回しにしてしまっている。

 

 

早急に何とかしなければとは思うが。

 

 

そう簡単に名案は浮かばない。

 

 

 

 

 

「おやーっ!!これはこれは宇宙ナンバーワンアイドルにこちゃんじゃないですかーおやー!!こんなところで奇遇だなおいおいおい!!」

「…」

 

 

 

 

思考が沈んでいるにこに、横合いから声がかかる。声の方を向かなくても、誰のものかはすぐわかった。

 

 

天童一位。

 

 

茜の仕事仲間にして、軽薄さでは他の追随を許さないようなノリで生きている変な人だ。

 

 

なのでにこは、テンションの低い今日はスルーさせていただくことにした。

 

 

「えええええ?!嘘でしょ?!こんな至近距離から元気よく知り合いに声かけられてガン無視?!スルースキルたけーなオイ!よーっしそういうことならお兄さん頑張っちゃうぞーほーれにーこーちゃん!あっそーれにーこーちゃん!!」

「あーもーうっさいわね!!何よ!!何なのよ!!今それどこれじゃないのよ!!」

「ハンプティダンプティ!!」

 

 

スルーできなかった。

 

 

やかましいにも程がある。

 

 

割と久し振りに見た天童の顔は、相変わらず胡散臭い笑顔をにっこにこにしてこっちを見ていた。無性に腹が立つ。

 

 

なので反射的に殴ってしまったがまあ気にしないことにしよう。茜も奇声を発するが、この人も殴られたときに変な言葉を発するタイプらしかった。なんだろうハンプティダンプティって。

 

 

「や、やっと反応してくれたか…」

「…ほんとに何なんですか?」

「おっ一応年上だということを覚えていてくれたのか。天童さん嬉しいぞ」

「帰ります」

「あー待って待って、15分でいいから話聞いて!!なんか奢るから!!」

「じゃあそこの喫茶店のパフェ」

「それ高いやーつ!!」

 

 

奢ってくれるそうなので15分だけ話を聞いてあげることにした。800円もするパフェを逃すにこではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喫茶店に入って、にこがパフェを、天童がコーヒーを注文してからすぐに天童が話し始めた。

 

 

「まあわかるだろ。茜のことさ」

「…」

「あれー?もうちょい食いついてくれると思ったのになー」

 

 

にこも予想はしていたが、何も茜に関する全てに過敏に反応するわけではない。いや平時なら反応したかもしれないが、今は状況が違う。

 

 

「…わざわざそんなに大げさに反応しませんよ」

「嘘だーいつもは過剰反応してたぞー」

「帰っていいですか」

「せめてパフェ来てからにしましょうよお嬢」

「自分で食べればいいじゃないですか」

「俺甘いの苦手なんだよなぁ」

 

 

にこの向かいの席で背もたれに寄りかかりながら怠そうにつぶやく天童。大事な話なのかつまらない話なのかイマイチはっきりしない。いつものことだが。

 

 

「…それで、結局茜がなんなんですか?」

「ああ、茜な。…あいつさ、昔からあんな感じなのか?」

「……どういう意味ですか」

「いや。昔からにこちゃん一筋人間だったのかなーって」

「…それ今関係あります?」

 

 

急によくわからないことを聞き始める天童。今後のスクールアイドル活動のことや茜の不調のことがあるせいでにこは若干気が立っており、つい棘のある返事をしてしまう。パフェとコーヒーも来たが、そっちには手を伸ばさない。

 

 

「…ふ。関係あるか、ねぇ」

 

 

それに対して。

 

 

天童は今までの軽薄な調子を一瞬で潜め、何か貫禄を感じる雰囲気をまとって返事をした。

 

 

にこも、そう何度も天童と交流があったわけではないが…明らかにいつも通りではない。こんなに、真剣な顔をするような人ではなかったはずだ。

 

 

「あるさ。ああ、多いにな。そもそもさ、薄々君もわかってるだろ?何をすべきか。そうじゃなきゃ今関係あるかなんて問いは出てこねぇ」

「…」

 

 

…これは一体誰だ。

 

 

反射的に、にこはそう思ってしまった。いつもの軽薄さは微塵もない。むしろ冷たく鋭く突き刺さるような空気を発して、にこの呼び方さえ「君」となった。これは本当に同じ人物と話しているのか、不安になるほどだ。

 

 

「返事がなくても勝手に喋るぜ?元々おかしいとは思っていた。()()()()()()()()()()()()()()…いや、それが人としておかしいわけではねーな、友達のいないコミュ障だって世の中普通にいるしな。そこじゃねぇ、あんだけコミュ力高くて、社交的で、国外にもパイプを積極的に繋げに行くようなやつが、自身の周りにほとんど知人がいないっつーのはどう考えても異常だ」

 

 

にこの返事は待たずに、しかしにこの目を真っ直ぐに見据えて本当にノンストップで語る天童。その目から放つプレッシャーに、にこも口を挟めない。

 

 

「幼馴染の女の子一人と、仕事仲間二人と、事故仲間が二人。()()()()()()()。世界的グラフィックデザイナーの交友範囲がこんだけ?ありえねぇだろ」

「…だったら、なんだっていうんですか」

「あいつの家の書斎、行ったことあるか?」

「え?」

 

 

書斎。そう、茜の自宅には書斎がある。しかし元々彼の父親の部屋でもあったし、にこはあの日以来ほとんど茜の家には行っていないから書斎に入ったことはなかった。

 

 

「ないけど…」

「あそこ、何が置いてあるか知ってるか?いや俺も知らなくてこの前桜に聞いたんだがよ」

「…知りません」

 

 

 

 

 

 

「にこちゃん観察日記、だとよ。3年前に見たときに、既に100冊以上あったって」

「…?!」

 

 

 

 

 

 

にこは驚愕に目を見開いた。

 

 

100冊以上。

 

 

それほどの量を書き連ねるほど、彼は自分を観察していたのか。

 

 

あまりにも膨大で…思わず鳥肌が立ってしまった。

 

 

「な?明らかにまともじゃねえ。1日1ページ以上のペースだぜ?自分のことでも1ページも日記書けねーわ。それを他人のことを、7年間…おそらく今も続けているだろうから10年間。君は10年間、休みなく、他人の観察日記を、毎日1ページ以上書いてられるか?」

 

 

無理だ。

 

 

にこは、ほとんど条件反射でそう思ってしまった。いや、そう思うしかない。日記を書こうとしたことはあるが、自分のことでさえ書けて5行。それを1ページ?何を書いたらそんなにいくだろうか。

 

 

「…そして、その中心は必ず君だ、にこちゃん」

「…」

 

 

返事はできない。しかし、そうだとは思っていた。茜がおかしくなった理由に心当たりはあった。

 

 

しかし、その解決策は…思いつかない。

 

 

「10年前に何があったかなんて聞かないけどさ、その時の君の行動が茜にここまで強烈に影響しているはずだ。…そうだとしたら、茜を助けられるのは君以外ありえない」

「何よ…そんなのわかってるわよ…」

「おや?」

 

 

自分がなんとかしなきゃいけないとはわかっている。

 

 

そもそも茜がおかしくなっていることは、茜がμ'sと関わり始めた時から気づいている(逆に言えばそれまで気づかなかった)。その時から自分の失態にも気づいていた。

 

 

「何とかしなきゃとは思うわよ。でも…どうしたらいいかわからないのよ!!どうしたら茜が元に戻るかなんて!!わかるわけないじゃない!!」

「オーケー落ち着けお嬢。今俺たちは喫茶店にいるわけだ。喫茶店なうなわけだ。周りにはお客様がそれなりにいらっしゃる。あんまり大声出すもんじゃないぜレディ?」

 

 

つい叫んでしまった。しまったと思い、天童も焦っている。周りの客の視線を感じて周りにぺこぺこ頭を下げる天童。天童的には心の中ではちくしょうなんて日だって感じである。気を紛らわせるために飲んだコーヒーも冷めている。ほんとになんて日だ。

 

 

「…ま、まあともかく…わかんねえなら誰かに相談するとか無いのかよ」

「こんなこと誰に相談するんですか」

「俺がいるじゃねぇか!!」

「…」

「せめてツッコんで?」

「私にそんな元気があるように見えます?」

「見えませんでしたすみません生きててごめんなさい」

「何なんですか」

 

 

頭を机にゴリゴリ押し付けて謝る天童。にこからしたら気持ち悪いこと極まりない。

 

 

「冗談は置いといて、君にはμ'sの仲間がいるだろ?彼女たちは信用ならないのか?」

「…それは」

 

 

にこが言い淀むと、天童はふっと息を吐いて、何か確信したような表情を見せた。

 

 

「…なあにこちゃん。誠に不愉快だろうが…君が茜を救えない理由を言い当ててやる」

「何ですって?」

 

 

鋭いプレッシャーは保ったまま、何か余裕のある表情で天童は続ける。

 

 

「その理由はな、—————————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、穂乃果を見ない。

 

 

穂むらにはいつも通りよく顔を出しているが、穂乃果が出てくるのをほとんど見ない。いつもなら店番してようが部屋にいようが邪魔してくるのだが…いや邪魔がないのは仕事上好都合なんだが。

 

 

だからってわざわざ穂乃果に連絡をとったりは…実は何度かしたのだが、全部返事なしだ。これは何かあったのだろう。

 

 

『…はい、園田です』

「あー、もしもし、水橋だ」

 

 

というわけで、とりあえず園田に電話した。本人に繋がらないなら周りから情報を得るしかないだろう。いやそんなに穂乃果が心配かと言われたらそうでもないんだが、ほら、いつも元気なヤツが元気無くなってたら気になるだろ。誰に弁明してんだ俺は。

 

 

しかし休日の朝8時に起きてんのかこの子は。穂乃果とえらい違いだ。

 

 

『お久しぶりです。しかし珍しいですね、桜さんが私に電話なんて…』

「あー、ああ、まあな…」

 

 

電話は苦手だから受け答えがコミュ障をモロに醸し出してしまって若干恥ずかしい。メールにすればよかった。

 

 

つーかお前も「桜さん」って呼ぶのかよ。

 

 

『…それで、一体どのようなご用件でしょうか?』

「…あー、穂乃果についてなんだがな」

『っ…』

 

 

 

 

一瞬。

 

 

 

 

確実に、息を飲む音が聞こえた。

 

 

 

 

 

ああ、これは何かあったな。確実に。

 

 

「最近全く姿を見ない。別に邪魔されなくなるから構わないんだが、流石に気になってな。…何かあったな?」

『…はい』

 

 

やっぱりな。そこは想定内だ。

 

 

 

 

『穂乃果が…スクールアイドルを辞めると…』

「…なんだと?」

 

 

 

 

内容は果てしなく予想外だった。

 

 

嘘だろ?あれだけ毎日毎日楽しそうにスクールアイドルの話をしていた穂乃果が。早起き苦手なくせに頑張って朝練してた穂乃果が。

 

 

…俺にソロを作らせておいて、辞めるだと?

 

 

「嘘じゃねーだろうな」

『…本当です』

 

 

そこからことの顛末を聞いた。南が留学すること、穂乃果がそれに気づかなかったことを気に病んだこと。今はほとんど仲違い状態であること。

 

 

『…なので、今はμ'sは活動休止をしていて…』

「実質解散みてーなもんか」

 

 

だいたい音楽グループが活動休止したらそのまま辞める。そうでもないときもあるが…だいたい期待しないもんだ。

 

 

「なるほどな。オーケー、助かった。教えてくれてありがとよ」

『いえ…。しかし、どうしたらよかったのでしょう』

「知るか。もう過ぎたことを、どうしたらよかったかなんて考えても不毛だろ。どうすればいいかぐらいならわかるかもしれねーが」

『ふふっ…そうですね。…それでは、桜さんはどうしたらいいと思いますか?』

「それも正直わからん」

『えっ』

 

 

えっじゃねーよ勝手に期待すんな。

 

 

「わからんが、とりあえず穂乃果に会いに行く。少なくともせっかく作ったソロ曲を受け取って貰わなきゃ、俺の気が済まん」

『…うふふ、そういうことにしておきますね。ありがとうございます、私も少し気が晴れました』

「どーいたしまして」

 

 

そこまで会話して、挨拶をして電話を切る。

 

 

「…さて、それじゃあ乗り込むか」

 

 

スマホをジーパンのポケットにしまって腰を上げる。…何を隠そう、今俺は穂むらにいるのだ。あとは穂乃果母に許可を取って部屋に突撃するだけでいい。

 

 

「あの、

「いいわよ」

「まだなんも言ってねーんですけど」

 

 

聞く前に返事が来た。何なんだよ。

 

 

「穂乃果を励ましてくれるんでしょ?それなら歓迎よ。お願いね、桜くん」

「何でそんなお見通しなんですかね」

「そりゃもー桜くんは息子みたいなもんだから!」

「意味わかんねーです」

 

 

本当に意味がわからん。

 

 

とりあえず無事に許可は出たため、二階にお邪魔させてもらう。穂乃果の部屋の前に着いても、中から音はしなかった。

 

 

恐らく寝ているであろう穂乃果に、気合いを入れてやろうと思って一気に扉を開ける。

 

 

 

 

 

「おい穂乃果!いつまで寝…て…」

「…えっ」

 

 

 

 

 

寝てなかった。

 

 

着替えていた。

 

 

あー、そりゃ朝8時すぎだもんな。

 

 

ああ、俺が悪かった。

 

 

「っきゃああああああああああ?!?!」

 

 

バシーンッ!!と。

 

 

なかなか威力のあるビンタに見舞われた。

 

 

流石に文句も言えん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いやすまんかったって」

「もう!!ノックくらいしてよ!!」

 

 

しっかり着替えを待ってから再入室したが、思いっきりご立腹だった。うん、ほんとにすまん。

 

 

「…それで、急にどうしたんですか?」

「ああ…スクールアイドルやめたんだってな」

「…っ!!」

 

 

その一言だけで穂乃果の身体は強張った。やはり、何かしら大きな負担になっているんだろう。

 

 

「…顛末も聞いた」

「それで…どうしたんですか。桜さんも私を怒るの?」

 

 

向かいに座って俯く穂乃果は、怒りや不満よりも恐れで声を震わせているようだった。

 

 

「別に怒りはしねーよ。そんな程度で怒らねー。やるも辞めるもお前の勝手だしな」

「じゃあ…」

「はいよ」

 

 

何事か言われる前に、渡すべきものを渡しておく。

 

 

渡すべきものとは、一枚のCD。

 

 

「…これは?」

「お前のソロ曲だよ」

「え?!」

「完成したから、持ってきた。歌うかどうかはおいといて、お前のための曲だからな」

 

 

そう、穂乃果一人が歌うための曲、「愛は太陽じゃない?」。歌詞も穂乃果に寄せて修整した。

 

 

「え…えっと、今聴いてもいい?」

「ああ、どーぞ」

「…恥ずかしがらないんだね?」

「そりゃ自分の曲は誇りを持って完璧だと言えるからな」

「すっごい自信満々」

 

 

俺の曲は人に聴かせて恥ずかしいような代物ではない。如何なる人が聴こうが賞賛されるものだ。本当にそうだったんだから仕方がない。

 

 

穂乃果は早速パソコンに取り込んで曲を再生した。ちなみに歌は人工音声だ。俺が歌ってもよかったんだが、この曲は俺が歌うわけにはいかないと思ったんでな。

 

 

一巡して再生が終わった後、穂乃果はしばらく感動したように目を閉じ、その後もう一度初めから再生して…もう一巡したところで、やっとまた口を開いた。

 

 

「…ねぇ、桜さん」

「なんだ?」

「桜さんは…やっぱり、この曲歌ってほしい?」

 

 

穂乃果はこっちを見ず、パソコンの画面を見ながらそう言った。恐らく歌いたいと思ってるだろう。しかし自分はμ'sを抜けてしまっているから歌うわけには…、そんな感じだろう。

 

 

そりゃあ曲を作った本人としては歌ってほしいに決まってるが…そんな理由ではこいつも満足しないだろう。まあ満足させてやる義理もないんだが。

 

 

しかしまあ、本心で返事するとしたら。

 

 

「…ああ、歌ってほしい」

「作曲者として?」

「それもあるが…俺はスクールアイドルをやっているお前に歌ってほしくてこの曲を作った。それをイメージした。その姿が一番お前に映えると思ったからな」

 

 

実際。

 

 

穂乃果がスクールアイドルをやっている姿は気に入っていた。

 

 

そもそも気に入らなければここまで肩入れしないわけだが、音楽の才能の塊みたいな俺が音楽関連の何物かを気にいることなどほとんどない。

 

 

μ'sは別に歌は(俺基準では)上手くなかった。踊りは知らん。

 

 

だが、心の底から楽しそうなその表情、雰囲気。そういうものには、心が惹かれてしまった。

 

 

「…」

「そして…やっぱり、そんなお前を、また見たみたいとは思う。しかもそれが俺の歌を歌ってくれているなら尚更な」

 

 

穂乃果は黙っていた。黙って考えているようだった。恐らく、自分がどうすべきか、どうしたいのか。

 

 

「…私は、μ'sやめちゃって…でも、やっぱり歌いたい、踊りたい。この前ヒデコたちと遊んだ時も、そう思った」

 

 

ヒデコが誰か知らんがこの際置いておく。

 

 

「でも…みんな、きっと許してくれないよ…」

「そんなもん知るか」

「えっ」

 

 

弱音を吐いて、慰めを期待するようにこっちを見てきたから…慰めないでおいた。そんな気休めはしない方がいいと思ったから。

 

 

「許してくれるまで謝ればいいんじゃないのか。…別に、犯罪起こしたわけでもねーんだし。土下座してでも謝って、またみんなで笑えるようにすればいい」

「でもそんなの…そんな簡単なことじゃ…」

「あー、あれだ。ついでに南も連れ帰ってこればいい。最悪渡航費くらい出してやる」

「流石にそれは無茶すぎない?!」

 

 

渡航費云々は冗談だが、南を連れ帰ってくることは割と本気だ。この前の電話の感じからして、天童さんも動いている。あの人が動いているなら、下手な安全策を取るよりも最高のハッピーエンドを目指すべきだ。

 

 

「とりあえず園田あたりに謝ってからだな。…どうしても勇気が出ないなら神田明神でも行ってこい。神霊なんか信じねーが、あそこでいつも練習してるならちょっとくらいご利益を期待してもいいんじゃねーか」

「…そうかな」

「そうだと思うぞ」

 

 

ご利益云々も冗談だが、実際穂乃果に多くの縁を繋いだ場所でもあるはずだ。穂乃果の気持ちに、何かしらプラスにはなると思う。

 

 

「…うん。夕方くらいに行ってみる」

「いやすぐ行けよ」

「まだ頭が整理できてないから…しっかり考えておきたいの」

 

 

少し笑顔が戻ったような穂乃果はそう言って立ち上がる。若干元気になったようだ。いやビンタできるくらいだから元々それなりに元気か。

 

 

「それに、お店のお手伝いもあるしね」

「それ先に言えよ」

「えへへ…何か買ってく?」

「いや、もう買ってあるし、今日はこの後おおさかに向かうからすぐ出るよ」

「えー」

「えーじゃねえよ。そもそもそうじゃなきゃ朝に寄らねーよ」

 

 

店の手伝いに向かう穂乃果と共に一階に降り、パソコンと周辺機器を回収して外に出る。外は相変わらずクソ暑いが、そんなに悪い気分ではなかった。

 

 






最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回は三人称視点からのにこりんぱな結成、そして黒幕っぽい天童さんです。三人称視点で天童さんのつかみ所のない感じを感じていただければ。
そして巻き込まれ大魔王こと水橋君、こんな時にもラッキースケベです。ラノベの主人公かよォ!!!割とデレ成分も多めですがまだまだくっつきませんよー。

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