Linkage   作:enz

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異質なセカイ

 11月三週目の金曜日、少女はいつも通りの朝を過ごしていた。この家には、今は一人しかいない。もう一人の住人は、帰ってきた気配すらない。だが、それはいつもの事だった。

「峰地さん、ちゃんと休まないと、倒れちゃいますよ……」

 そんな彼女の呟きを聞くものはいない。

 いつもの様に学校へ向かい、教室の窓側、その真ん中の席へ座る。そこが彼女の席であり、この学校の中で、唯一の居場所だ。

 担任の先生が来るまで、まだ少し時間がある。その時間、ただ窓から外を眺めていると、声をかけられた。

「渚さん、土曜か日曜、あいてる?」

「ごめん。用事がある」

「そう、急にごめんね。じゃ」

 少し脅えながら声をかけてきたクラスメイトは、すぐに立ち去る。その先で、「よかった」声はかけたものの、来る事を望んでいないと取れる発言が、少女の耳に届く。その言葉を聞きながら、渚一葉は、短い髪をかき上げながら小さく呟いた。

「声かけなきゃいいのに」

 その声は、誰にも届かず消えていった。

 その日も、いつもの様に淡々と過ぎていく。

 一日の授業が終わり、帰ろうとしていると、よく声をかけてくる他のクラスの男子が、また声をかけてくる。

「渚さん、今帰り?もしよかったら一緒に帰らない?」

「ごめんなさい。行くところがあるので、帰れません」

「それじゃあ、途中まで一緒に行こうよ」

 断られても引き下がらず、いつも付いて行こうとする。迷惑がっている視線を向けられながらも、それに気付かない。

 一葉は、何度断ってもついてくる相手に嫌気がさしていた。

「ハァ、しつこいです。貴方と帰るつもりはありません」

「そう……だね。ごめんね。明日と明後日は用事があるんでしょ。それじゃあ、来週とかは、暇?」

 一葉は、何故この男子が自分の予定を知っているのか疑問だったが、今朝の事を思い出し、一人納得すると、いい加減しつこい相手に、うんざりしている。

「貴方の為に使う時間はありません」

 そう言いきると、足早に立ち去る。追いかけてこようとするが、一葉が、人ごみに紛れてしまい、後を追う事が出来なかった。

 

 

 

 

 一葉は、家へ向かわず、電車を使い少し離れた場所にある大通りに面した建物に入っていく。そこは、女子高生が向かうようなテナントは、入っておらず、一つの公的機関のビルだった。

 受付の人物は、普通では女子高生が来る場所でない事は理解している。だが、一葉を当たり前の様に迎え入れた。

「やぁ、一葉ちゃん、学校との両立は、大変そうだね」

「こんにちは。そんなことは、ないですよ」

 簡単な挨拶を済ませ、奥へと進む。更衣室で、ALUの制服に着替え、訓練所へと向かった。その手には、黒いギアが握られている。

「渚一葉、入ります」

 訓練所へ入ると、挨拶を済ませ、自身が率いる部隊員の下へ向かう。

「隊長、お疲れ様です」

「遅くなりました」

「何いってんですか。学生なんだから、しょうがないですよ」

 ALUにも、多くの喪失者(ロスト)が所属している。だが、前衛の部隊へ配属されている喪失者(ロスト)は、この一葉の部隊員だけだ。他の部隊は、ただ対ロスト・対ロストビーストの戦闘訓練を積んでいる普通の人間に過ぎない。

「私は、このギアを扱う訓練を続けるので、皆さんは、先ほどまでの続きをしていてください」

「了解」

 口々に返事をすると、元の訓練へ戻る。

 一葉は、ユニオンとの面識があり、夜星ほのか達よりも前から、複合ギアの存在を知っていた。だが、それを実際に扱った事は無く、その扱いに関しては、雨島の学生と比べても、劣っている。

 一葉は、確かに成長している。だが、その異能が、異質であるが為に、それが重しとなり、次の段階へ上がれずにいた。

 この日も、次への扉を開く事が出来ずにいると、峰地総一からの呼び出しがかかる。

 

 

 

 

 ALU室長補佐室にたどり着き、ノックをしながら声をかける。

「渚一葉です」

「どうぞ」

 その声が聞こえると、扉を開き、中へ入る。そこには、大量の書類に囲まれた峰地がいた。

 峰地に促され、手ごろな椅子に座る。

 峰地が、書類の整理を続けながら、用件を話し始める。

「前から言っているけど、明日と明後日、つまり、土日だ。この日に、イギリスのロスト関連機関の人間が、途中経過の確認に来る。それの経過報告を、東京の会場でやるらしいんだ。まったく、雨島へ行けばいいのに、喪失者(ロスト)の巣窟には行きたくないんだとさ。あちらからすると、自国の喪失者(ロスト)よりも、遥かに強い喪失者(ロスト)は怖いんじゃないかな」

 峰地は、笑いながら話している。先週の会議の件で、雨島の喪失者(ロスト)が、脅威というレベルを通り越したと、感じ取っていた。

「その会場警備に借り出されると聞いています」

「うん、まぁその通りだ。ただ、一つ問題があってね。人間派の派生団体が、しぶとく生き残っててね。今回の留学の話を聞きつけて、自国の利益を揺るがす危険性がって騒いでるんだよ」

喪失者(ロスト)を認めない人間派が、喪失者(ロスト)による利益を求めているのですか?」

「まぁ、そういうことだね。笑っちゃうよ。でだ、力の扱いは、どうだ?」

 警備の話は、前々から聞いていた。つまり、峰地の話の本題は、一葉の成長度合いだった。

 一葉は、うつむきながら、素直に答える。

「力の循環がうまく出来ません。せっかく用意していただいたギアも、これでは宝の持ち腐れです」

「一葉、ここにいるのは、僕達だけだ。そして、今の話は、娘同然の子に、成長度合いを聞いているんだから、堅苦しくしなくていいよ」

 それは、上司と部下ではなく、家族の一人としての言葉だった。

「いえ、今は、ALUの部隊員としていますから、公私は分けるべきです」

「まったく、真面目だなぁ。あ、そうそう、今日は僕も帰るから、一緒に夕食でも食べようか。続きは、その時にね」

 一葉は、その言葉を聞き、一瞬嬉しそうな顔を見せるが、すぐに気を引き締め、その表情を覆い隠す。

 峰地は、その一瞬の変化に気付きながらも、必死に隠そうとしている一葉を気遣い、気付かない振りをした。この日の夕食の際に、とことんいじろうと決めている。

 峰地の考えなど露知らず、一葉は、上辺を取り繕ったまま、訓練へと戻った。

 

 

 

 

 訓練所へと戻った一葉は、部隊員から、思わぬ歓迎を受けた。

「渚隊長、何かいいことでもあったんですか?」

「え?どうしてですか?」

「だって、すっごく嬉しそうな顔してますよ」

 部隊員が、口を揃えて言った。それほどまでに、わかりやすい表情をしている。

 一葉は、何度も顔を叩き、気を引き締めようとするが、一切の変化が無く、ただ顔が赤く腫れるだけだった。

「からかわないで下さい。訓練を始めますよ」

 この後の訓練は、いつも以上に思いがこもったお陰か、普段であれば行き詰るはずが、危なげなく複合ギアへのオリジンの循環をものにした。

 

 

 

 

 訓練が終わると、夜が更けていた。一葉は、峰地との約束の為、ロビーで時間を潰している。普段とは違い、嬉しそうな表情をしている一葉を、多くの職員が、珍しそうに見つめていた。

 そんな中、峰地が、ロビーへとやって来る。

「一葉、遅くなってごめんね」

「いえ、そんな」

 一葉は、峰地に声をかけられると、立ち上がり、身だしなみを整えた。

 その慌てた様子を見ながら、峰地は、今日の約束を果たす為に、口を開く。

「それじゃあ、何か買って帰ろうか」

「峰地さんは、何も作れませんからね。ちゃんと材料は家にあるので、大丈夫です」

「それは楽しみだね」

 そういいながら二人は帰路に着く。多くの職員が、その光景を見送っていた。

 

 

 

 

 夕食の後、峰地は、一葉に対し、いくつかの確認をする必要があった為、リビングで寛いでいる。

「さて、一葉、今日の訓練は、どうだった?」

「後半には、オリジンの循環に成功したので、複合ギアに関しては、扱えると思います」

 繊細なオリジンの操作は、ネクストを発現する為の鍵の一つだといわれている。その為、峰地は、一葉に対し、複合ギアを扱う特訓をさせていた。

 着実に、進歩しつつあるが、一葉の異能において、ネクストがどのようになるのか想像がつかない為、次の段階へ進めずにいる。

「一葉の異能は、便宜上加速とか時間とか言ってたね。今出来るのは、思考の加速と、数秒間の高速移動。それがネクストになると、どうなるのやら」

「空宮あやめは、不明型(アンノウレッジ)の一つだと言っていました。ですが、彼女達のネクストも、謎が多いと思います」

 空宮あやめの創造は、生み出す力だ。だが、一般的な喪失者(ロスト)であれば、生み出す事が出来るのは、ネクストを発現してからになっている。

 一葉は、他の例が、そもそも異質すぎる為、自身の力を把握できずにいる。

「今は、オリジンの精密操作さえ出来れば、ギアを十分に扱えるんだから、その先は、ゆっくり考えてくれ」

「……はい」

 事実、中型喪失獣(ロストビースト)までは、何とか対処出来ている。そして、大型喪失獣(ロストビースト)に関しては、ANTから供給されているウェポンギアを使い対処している。さらに、雨島学園の生徒が、バースト対応に出てくるようになっているので、幻獣型の対処は、そちらに一任していた。

 峰地は、現状で納得している。だが、一葉は、自身が力に成れていないと感じている為、峰地の提案を受け入れ辛かった。

「それに、明日はユニオンも来る。安心してくれ」

 この峰地の一言が、一葉に更なる現実を突きつけた。

 

 

 

 

 次の日、雨島への定期便が出ている港へと来ていた。この日、一葉の率いる部隊は、峰地の護衛を主な任務としているが、峰地が雨島の喪失者(ロスト)と行動を共にする為、ほぼ護衛の必要がないと、感じ取っていた。

「雨島から来る一般生徒は、イギリスからの留学生の護衛だから、僕のことは、一葉が守ってね」

「はい!」

「うんうん。いい返事だ。さて、そろそろ降りてくるかな」

 峰地の予想通り、フェリーから人が降りてきた。

 ブロンドの髪を持った姉妹、そして、Linkageの五人だった。

「一葉さーん」

 夜星ほのかが一葉を見つけ、大きく手を振りながら近づいてきた。後ろでは、天野司が、ローレンス姉妹にALUの説明をし、ほのかに着いていく様に促している。

 その光景を見た二人は、一瞬どちらがリーダーかわからなくなった。

「ほのかさん、お久しぶりです。今日は、峰地室長補佐の護衛役として、同行させていただきます」

「相変わらず硬いですね。私達は、アリシアさんとシャルロットちゃんが、私達のチームに仮所属しているので、一緒に来ました」

 ほのか達は、護衛という役目を知らされていなかった。けれど、ほのか達の性格を考えれば、仮とはいえ、チームメンバーである限り、必ず守るだろうと、考えられていた。

 ほのか達を加え、ローレンス姉妹の経過報告の会場へと移動するが、そこは、奇しくもロストアイランド協定の会議が行われた会場と、同じ施設にあった。

 会場入り口に集まっていた人間派の団体をやり過ごした後、会場の控え室で、時間まで休憩を取っている。けれど、ほのかは、経過報告の内容が、気になっていた。

「そういえば、ほのかちゃん、経過報告って言っても、どんなことをするんだろうね」

「イギリス代表の方が、指定するそうですよ。私達と違って、オリジンが見えるわけでもないですし、喪失者(ロスト)についてよく知っているわけでもないので、何をするかは、想像つきませんけど」

 雨島学園の様に、喪失者(ロスト)という分野が、確立しているわけではないので、明確な基準があるわけではない。だからこそ、何をもって成長したと考えるのかが、わからなかった。

「確かに、イギリス代表の考えることはわからないよ。会場警備に喪失者(ロスト)を使うなって言ってくるし。だから、ローレンス姉妹の護衛って理由で、ほのかちゃん達を連れてきたし、僕の護衛で一葉達を連れてきたんだから」

 イギリス代表が、何故日本の喪失者(ロスト)に脅えるのかがわからず、最低限にも満たない人数しか用意出来ていない。だが、峰地は、用意した護衛の質を考えた時、一つの仮説を思いついた。

「あー、この前の会議であやめちゃんが暴れすぎたかな」

 喪失者(ロスト)としての絶対的で、圧倒的な力、異常であり、次元の違う力を振るった事が、雨島の喪失者(ロスト)を恐怖の対象として見るには、十分な理由となっていた。

「確かに、彼女の力からは、異質なものを感じました。辛うじてロストだとは、思えたのですが、それ以外は、まったくの別物だと感じました」

「あ……えっと、空宮さんは、その……」

 ほのかは、口を開けなかった。不明型(アンノウレッジ)の事を伝える事は、黒月紫苑から禁止されていた。その為、横目で峰地を見る事で、助け舟を求めた。

「まぁ、彼女は、特別だからね。それ以上は、伝えられないな。君達の為にもね」

 峰地の一言で、アリシアはこれ以上踏み込んではいけないと悟る。それを感じさせるだけの何かが、峰地にはあった。

 空気が重たくなるのを感じ、一葉が話題を変えた。だが、決して軽くなる話題ではなかった。

「皆さん、会場入り口に、人間派がいましたが、彼らの主張をどう思われますか?」

「一葉、それを皆に聞くのは、酷だよ。だって、彼らが非難する対象が、喪失者(ロスト)なんだから」

「結局、彼らは、口では人間だと言っても、心の中では、化物だと思っているんですよね。まさか、日本で見るとは思っていませんでしたが」

 アリシアも、自国で同じような経験があり、イギリスよりも、喪失者(ロスト)の有用性が示されている日本ですら、差別され続けている事に、驚きを隠せなかった。

「ほら、そんなに暗くならないで。そろそろ経過報告の時間だよ。ホールまでは結構あるんだから、そろそろ行った方がいいよ」

「ほんとだ、もうこんな時間ですね。案内しますから、行きましょう」

 ほのかは、暗くなった雰囲気を立て直すのを止め、峰地の助け舟に乗る事にした。事実、時間が近づいていた事もあり、誰も抵抗せずに、会場へ向かう事になった。

 控え室には、峰地と一葉だけが残される。

「では、私も他の隊員同様に、会場を回ります」

「ああ、ちょっと待って。今会場にいる喪失者(ロスト)は、君達だけだから、無理をしないように。それと、暴徒が入り込んでも、会場までは、手出し無用だよ」

「今日の予定は、わかっています。時間までには、配置に着きます」

 そういうと、一葉は、控え室を後にする。

「予定通りに言ってくれればいいが」

 その呟きが、人の耳に届く事は無かった。

 

 

 

 

 経過報告の会場では、ローレンス姉妹が、イギリス代表の指示した課題に取り組んでいた。

 雨島の協力により、経過報告の為に、ギアが貸し出されており、媒体には、事欠かなかった。

「では、次だ。反対側の壁への長距離射撃を行ってもらう」

 見本市などが行われる会場だけあって、かなりの広さがあり、反対側の壁にある的を肉眼で見るのは、普通の人間には、ほぼ不可能だった。その為、各所にカメラが設置してあり、柱の裏側などの、死角も見る事が出来るようになっている。

「了解です」

 ローレンス姉妹は、貸し出されたギアから力を引き出す。それぞれ、風と水の弾丸を操り、的へと撃ち出す。

 雨島の喪失者(ロスト)にとっては、難しい事ではない。だが、雨島での訓練を始めて、一週間ほどしか経っていない二人にとって、かなりの精神力を使う事だった。

「当たって!」

 精一杯の力を振り絞り、細かな制御を試みる。その甲斐あってか、的の隅を掠る様に射抜く。

 だが、イギリス代表は、その結果に満足していない。

「そこの雨島の生徒、試しにやってみてくれないか?君達との実力差を知りたい。本気でやってくれ」

「そうですか。いきます」

 ほのかは、的を横目に、イギリス代表の方を向いたまま、視線だけを向ける。的を中心に空気を圧縮させ、的を握りつぶす。ほのかにとって、この程度の距離は、集中する必要も、意識をしっかりと向ける必要もなかった。

 アリシアは、何が起きたのかを感じ取るのが精一杯の様で、ただただ、呆然とするだけだった。

 ほのかと同じ風属性の喪失者(ロスト)である以上、多少なりとも、空気圧が局所的に変化した事は、理解出来た。だが、一瞬の出来事であり、突然の変化が起きた事以外、何もわからなかった。

「あ……ああ、流石だな。アリシア・ローレンス、同じ風属性なのに、これほどの差があるのか」

「申し訳ありません。彼女達のレベルには、程遠い力しか、扱えません」

 ほのかは、その会話を聞き流し、会場の入り口となっているホールの騒がしさに気が付く。

 様子を探る為、空気を辿り、今入るホールの外へと意識を向ける。

 ほのかの様子に気付いた司達は、会場とホールを繋ぐ入り口を警戒する。

「皆さん、一箇所に集まってください。外で何か起こっています」

「襲撃だ」

 ほのかは、短く言い放つ。

 入り口のホールでは、会場警備のスタッフが、襲撃者の相手をしているが、段々と後退しており、押されているのが一目でわかる。

 襲撃者の一人が、爆発物を投げ、入り口が破壊される。だが、ほのかは、爆炎が中へ入ろうとした瞬間、空気の流れを操り、外へと排出する。その結果、煙に視界が閉ざされる事は無く、襲撃者の姿がすぐに見て取れた。

「やれやれ、デモ隊のほとんどが、襲撃者か」

「峰地さん、いつの間に」

「ああ、さっきね」

 目の前に危険が迫っているにも関わらず、一切いの同様を見せずに様子を伺っていた。さらに、警備員すら、いつの間にか、ほのか達の背後や、柱の影に身を潜めていた。

 ほのかは、その動きに、一切の無駄がなく、あたかも予定されていた様に感じ取った。

 けれど、そんな峰地達の様子に惑わされまいと、ほのか達は、襲撃者を睨みつける。

「我々は、日本の在るべき姿を取り戻す為に活動している。その力を他国に売り渡そうとする売国奴め。粛清を受けろ」

 その言葉と同時に持ち込んだ銃器の引き金を引く。ただ無差別に弾丸をばら撒き、この場を制圧しようとする。

 ほのかは、その弾丸に対し、空気圧の壁を使い、弾丸を止める。周囲の人間は、その技量に大濾器を隠せずに入るが、Linkageの面々と峰地だけは、当たり前だといわんばかりに佇んでいる。

「峰地さん、どうするんだ?」

 司は、峰地に指示を求めた。この状況で、不用意に動く事が、危険と判断したからだ。

「それじゃあ、ちょっと聞いてみようか。君達、ここでイギリス代表や、留学生の二人が怪我をしたら、どうなるかわかっているのかい?かなりの賠償を迫られるんだよ。それが、日本の在るべき姿かい?」

 峰地の核心をついた一言に、襲撃者達は、言葉を失う。彼らの正義感によって行動したが、目先の事に囚われ、後先を考えていなかった。けれど、まだ最初の段階にも関わらず、ここで出鼻を挫かれる事になるとは考えてもいなかった。

「我々は、お前達の様な人の皮を被った化物と、それに味方する人間を粛清する為に来たのだ。そして、そこのイギリス人も、イギリスから見れば、化物と裏切り者に過ぎん。ならば、我々が責められる謂れは無い」

「おやおや、開き直ったね」

 峰地の言葉に対し、喪失者(ロスト)を化物と呼ぶ事で、自分達の退路を断った。それが、行動を起こした襲撃者のリーダーの決断だった。

 だが、それはリーダーの独断であり、予定に無い発言だった。その為、他のメンバー動揺が走る。だからこそ、その一瞬の隙が、ほのかに行動をとらせた。

「押さえつけます」

 その一言と共に、大気圧による荷重を加える。

 動揺していた襲撃者達は、急激な変化に対応できず、地面に平伏した。

「手際がいいね。冷静な時にやると、反撃されかねないからね」

「峰地さん、確保をお願いします」

「そうだね。じゃあ、お願いします」

 峰地の指示で、警備員が確保へ向かう。だがリーダーが、一つの指示を出した。

「やれ!」

 襲撃者達の中に、一人の少年がいた。だが、他の襲撃者達と違い、ただの布の様な服を着せられていた。

 押さえつけられながらも、少年だとわかった瞬間、ほのかは、大気圧を弱めてしまった。

 少年は、ゆっくりと起き上がりながら、力を込める。

「う……うああーー」

 ただ力を振り絞る。ほのか達には、何をしているのかわからない。けれど、結果だけは見る事が出来た。

 襲撃者達にかかっている大気圧が、徐々に和らいでいく。だが、ほのかは、手を抜いたつもりは、一切なかった。

「な、なんで」

「ほのか、どうしたの?」

「わからない。でも、制御から、離れていくの。なんで」

 ほのかは、何が起こっているのか理解出来ていない。唯一わかる事は、風が、ほのかの手から離れていく事だけだった。

 襲撃者達は、大気圧による枷から、完全に解き放たれる。

「よくやった。この状態を維持しろ。さて、そこの化物は、後でどうにでも出来る。峰地総一、我々を惑わせた罪は重いぞ。まずは、お前からだ」

 そういうと、リーダーは、銃口を向ける。ゆっくりと、しかし、確実に引き金を引く。

 弾丸が、峰地の額へと吸い寄せられていく。誰もが、同じ結果を予測する。けれど、黒い物体が、峰地と弾丸の間に割って入り、弾丸を逸らす。

 そこには、先ほどまでいなかった、一葉がいた。

「すみません。遅くなりました」

「いや、いいタイミングだ」

 突如現れた一葉に、再び同様が走る。だが、先ほどの事もあり、その動揺も、すぐに消える。

 けれど、同様したのは、襲撃者達だけではなかった。

「いつの間に……」

「ほのかちゃん、君は一葉の異能を知らなかったね。まぁ、じっくり見てくれ。かなり異質だから」

「ですが、あの少年の力の詳細がわからない以上、下手に動けません」

 一葉は、少年の力が喪失者(ロスト)の異能だと考えている。だが、風属性の喪失者(ロスト)だとしても、ほのかほどの実力者から、制御を奪い取る事の出来る人物はユニオンを除き、いないといっても過言ではない。その為、自身と同じタイプに属する異能だと考えている。

「でも、喪失者(ロスト)なら、雨島が……」

「いや、断ったやつもいるだろ」

 雨島に所属している喪失者(ロスト)は、雨島に救われ、雨島で生きる事を選んだ。けれど、その誘いを断り、雨島の外で生きる事を選んだ者もいる。

 だが、あの少年は、そのどちらでもない。

「おそらく、彼は雨島のリストに載らなかったんだろうね」

「峰地さん、何か知っているんですか?」

「詳しく話す時間はないから、手短に言うけど、喪失者(ロスト)を売買する情報が、情報網に引っかからなかったんだ」

 襲撃者達は、これ以上自分達を無視した会話を続けさせる気は無く、自分達の存在を主張する為に、銃口を向け、引き金を引いた。

 銃声に反応し、ほのかは、大気の壁を生み出す。その結果、弾丸は、ほのか達に届かない。だからこそ、ほのかは、襲撃者達の周辺だけが、自身の自由にならない事が、理解できなかった。

「やつらまで覆え」

「は……い」

 少年は、辛そうに力を振り絞る。

 ほのかによって制御されていた大気の壁が解放される。だが、それ以上の変化を、ほのか達は感じ取っていた。

「オリジンが、消されていく」

「皆、下がって!」

 ほのかは、風を司る異能を持つからこそ、少年を中心とし、風を制御下に置けなくなっている事に気付く。

「距離を取れば、あいつの異能の影響を受けないってことか」

「遠隔、制御、出来て、ない」

「ちっ、最大まで広げろ」

 少年は、力を最大まで広げる。だが、それに合わせて下がるほのか達にを多い尽くす事は出来なかった。

「ごめんなさい。届きません」

「なら、お前が動けばいい」

 襲撃者達は、少年を掴み上げ、ほのか達へと迫る。少年を中心として異能を発動している以上、少年が動けば、その範囲が動く事は、必然だった。

 ほのか達は、徐々にオリジンが消されていく事に気付く。だが、下がりきってしまった故、これ以上下がる事が出来ない。

 襲撃者達は、追い詰めた事を確信し、銃口を向ける。

「撃て」

 ほのかは、消されかけている制御をかき集め、辛うじて空気の壁を生み出す。だが、それもすぐに霧散してしまう。

 その時、頭上から声が響き渡る。

「『ガン・パレード』」

 突如、数多の銃声が響き渡る。

 襲撃者達の銃弾を、圧倒的な物量で押し潰す。弾丸で構成された壁が、襲撃者達に襲い掛かる。けれど、少年に近づけば近づくほどに、弾丸を構成するオリジンが薄くなり、襲撃者達に届く事は無かった。

 銃声が止み、頭上を見上げると、禍々しい黒い翼を持った、漆黒の髪の少年が佇んでいた。

「なるほどねー。いくつかの予測は立つけど、確証がないな」

「八神君、遅かったね」

「昼寝の最中だったからな」

 峰地と八神刹那との、何気ない会話が続くが、その圧倒的な力に、襲撃者達は動けずにいた。

 刹那は、襲撃者の中にいる少年を見下ろしながら口を開く。

「おい、ガキ、お前は、俺の……いや、俺達の敵になるのか?」

 刹那の問いに、少年は答えない。いや、その眼差しに脅え、答えられなかった。

 刹那は、ゆっくりと地面に降り立ちながら、続けた。

「答えたくないなら、それでもいい。その行動が、何よりの証拠だ」

 禍々しい翼が、少年の異能の影響を受け、若干薄くなるが、刹那が少しオリジンの供給を増やすと、元の禍々しい翼へと戻る。

「八神さん、あの子の力、わかるんですか?」

「夜星、結果から推測してみろ。タイプは、わかるだろ。なら、それに合わせて考えればいい。さて、『ガン・パレード――オーケストラ』」

 数多の銃器に加え、多量の重火器が複製される。その全てが、少年に狙いを付けている。その光景は、見るものに死の絶望を与える。

 その影響か、少年に変化が見える。息を荒くし、平静を失う。次第に、放出される力が強くなる。

「あの子、暴走してる」

「暴走ってまずくないか?」

 喪失者(ロスト)にとって、異能を暴走させるという事は、自身が持つオリジンを大量に消費させる事を意味する。それは、喪失者(ロスト)にとって、致命的な事だった。

 その様子を見ても、刹那は躊躇無く引き金を引いた。全ての火器から弾丸が発射され続ける。けれど、力を増した異能は、少年に届く前に、弾丸を薄くし、消し去る。

「なるほどね。無効化系の力か。あえて名前を付けるなら、拒絶か否定か、その辺だな。オリジンを消し去る力ね。異能で精製したものは、オリジンで構成されるから、それを消し去れば、物体も消えると。やべーな俺」

 それは、刹那にとって相性の悪い力だった。刹那は、自身の幻想を現実へ複製している。だからこそ、ありとあらゆるものを生み出してきた。けれど、その全てがオリジンで構成されている為、相手のオリジンを消す事が出来る力は、弱点といってもいい。

 けれども、刹那は楽しそうに笑っていた。ただ一方的な蹂躙ではなく、自らを傷つける可能性のある敵に対し、妙な高揚を感じていた。

「八神君、君の乱入で相手も手を出せないでいる。ほのかちゃん達は、今の状況では力を使い辛いだろうから、君に任せるしかない。好きなようにやってくれ」

 オリジンを無効化する領域にいる以上、刹那も用意に手を出せない。

 お互いに、決め手が無く、膠着状態を維持するのが、精一杯だった。

「化物に、売国奴め、大人しく殺されればいいものを」

「化物を殺したいんなら、まずそのガキを殺したらどうだ?喪失者(ロスト)を嫌うくせに、そうやって喪失者(ロスト)と肩を並べているのは、何故だ?」

「八神君、そうやって痛い所を突いちゃダメだよ。僕も同じ事をして、開き直られたんだから」

 襲撃者達は、人間派と呼ばれる反ロスト団体の一つだ。多種多様な主張を持っているが、ほとんどのグループに共通して言える事は、喪失者(ロスト)の存在を認めない事だ。けれど、この団体は、どのような形であれ、喪失者(ロスト)をメンバーとしている。それは、一つの矛盾だ。だが、その答えは、簡単だった。

「そうやって虚仮にされるとはな。お前達は、こいつが暴走していると言ったな。つまり、自滅するまでの時間稼ぎが目的か……。なら答えてやる。お前達雨島のリストは、あくまでも、喪失者(ロスト)の売買や、公の組織に届けられた情報を元に作られたものだ。なら、自分の子供が、喪失者(ロスト)になれば、それを雨島から隠すのは容易い」

「その子が……」

 ほのか達には、信じたくない真実だった。ほのか達は、雨島によって助けられたが、雨島に気付かれもせずに、虐げられ続けた子供がいる事を、信じたくなかった。

「なるほどね。確かに、俺達の情報網も、絶対じゃないからな」

「八神さん!」

「夜星、俺達は、万能じゃないんだ。出来ることと出来ないことがある。それを理解しろ。とりあえず、ガキには、まだ返事を聞いてない。だから!」

 そういうと、刹那は姿勢をギリギリまで低くし、少年へ向けて一気に加速する。

 少年に近づくほど身に纏うオリジンを消され、スピードが落ち、姿勢制御が難しくなる。だが、それでも踏み出す。

 襲撃者達は、刹那へ銃口を向け、引き金を引く。だが、刹那の身に纏うオリジンによって阻まれる。そもそものオリジンの濃さが違う為、そう簡単には消え去らない。それを利用した突撃だった。

 けれど、一歩踏み出せば射程圏内という位置で、体の表面に纏うオリジンが完全に消える。襲撃者達は、オリジンを見る事が出来ない。しかし、弾丸が肌へ食い込んだのを確認し、防御を消した事を悟る。

 刹那は、弾丸を身に受け、血を流す。だが、それだけだった。確かに、体の表面を覆うオリジンは消え去った。けれど、体の中にあるオリジンは、一切の影響を受けていない。

「他の……喪失者(ロスト)の体を……簡単に、いじれると思うな!」

 最後の一歩を踏み出す。禍々しい翼も消えている。使えるのは、自身の体のみ。だが、体の中をオリジンが流れている以上、その膂力は、常人を遥かに上回る。少年を取り囲む男達を無視し、少年へと、その腕を振りかぶる。

「ぐ……」

 刹那の腕が少年の体を捕らえ、めり込む。

 少年の体を激痛が走る。あまりの痛さ故、意識を手放す事を許されない。だが、少年の鼓膜が、微かに震えた。

「考えとけ、お前自身が、どうしたいかを」

 刹那は、一気に腕を振り抜き、少年を力任せに吹き飛ばす。

 少年の体が壁へと打ち付けられ、意識が耐え切れず、気を失う。それと同時に、異能の発動が止まり、刹那達は、異能の制御を完全に取り戻す。

「さて、お前達は、俺達の敵に回った。なら、それを後悔しながら死ね」

 禍々しい翼が出現し、リーダーだけを残し、襲撃者達を斬り刻む。

「さて、八神君、そのリーダーはこちらで貰うよ。そっちの子は、好きにしてくれ」

「ああ、そういう約束だからな。それにしても、否定か。異能の無効化なんて、やっかいな力だな」

「私の時間よりも、わかりやすいと思いますよ」

「ふっ、確かにな」

 その会話を最後に、刹那は少年を連れ去ろうとする。

 だが、ほのかが引き止める。

「八神さん、その子どうするんですか?」

「選ばせるんだ」

 そういうと、今度こそ少年を連れて消えてしまう。けれど、一葉だけは、その移動を知覚出来ていた。

「さて、イギリス代表と、ローレンス姉妹は、どうしますか?ある程度の経過確認は出来たと思いますよ」

「あ、ああ」

 刹那達のあまりにも当たり前の様な行動に戸惑い、ろくな返事も出来ない。

 それも予定通りなのか、峰地は一方的に続けた。

「それでは、そろそろ終わりにして引き上げましょうか。会場の後始末は、こちらで行いますから」

 峰地の発言を最後に、経過報告が終わる。

 ほのか達には、何も出来なかった事と、何も知らされていなかった事が、悔しさとなり、心に突き刺さった。

 

 

 

 

 雨島諸島には、保健室と呼ばれている病院がある。そこの一室に、学園の生徒ではない少年が静かに眠っていた。

「刹那、この子の異能は、不明型(アンノウレッジ)の否定で間違いありませんか?」

「ああ、紫苑だって知ってるだろ。俺の複製は、詳細を把握出来るんだ。だから、間違いない」

 その病室では、黒月紫苑と刹那が少年の様子を見ていた。

「複製する為の工程の一つですね。もう、貼り付けたのですか?」

「流石に、不明型(アンノウレッジ)は影響が強そうだからな。確保はしたが、まだ複製は終わってねーよ」

 刹那は、自身の異能を細かく理解し、いくつかの段階に分けて考えていた。対象の理解、対象の確保、そして、対象の貼り付けである。刹那は、否定の異能を、確保した段階で、止める事で、いつでも自身の力に出来るようにしている。

「前に、一葉の時間を複製した時は、しばらく寝込んでいましたね」

「あの時は、やばかったな。流石に死ぬかと思ったぜ。物質型(マテリアルタイプ)貯蓄型(チャージタイプ)なら、そんなことなかったんだがな」

「燃費向上の為に、一般的な異能を複製してましたね。貼り付ける時は、前もって言ってもらえれば、二人に時間を作りますから」

 そんな話をしていると、少年が目を覚ました。

 けれども、状況が理解できず、ただ呆然としている。

「起きたか」

「怪我は治してありますが、それを体が自覚していない可能性があるので、安静にしていてください」

 少年は、刹那を見つめ、気を失う寸前の事を思い出す。その結果、とっさに異能を使おうとした。けれども、刹那が、何処からとも無く銃器を取り出し、銃口を向ける。

「大人しくしろ。お前が力を使うよりも前に、殺せるんだ」

「刹那、この子には、今から大事な選択をしてもらうのですから、平静を失うようなことはしないでください」

 紫苑は、刹那をなだめる。そして、少年に対し、説明を始めた。

「はじめまして、私は、黒月紫苑といいます。雨島学園で生徒会長をしています。とりあえず、長い話になるので、落ち着いてくださいね」

 紫苑は、雨島学園へ来た他の生徒達と同様の説明を少年にした。冷徹に真実を突きつけ、この先を大きく左右する決断を迫る。

 この少年が、どんな決断をしたのかは、一切公にはならなかった。




こんにちは

色々とシーン単位では決まっていても、それをつなげるのは、かなり大変でした。
場合によっては変更したり、削ったり、そして、何より主要キャラを数人ほったらかしにしたり……

それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからも、お付き合いいただけると、幸いです。
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